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新入社員・田中君と新藤さん(短編連作)  作者: 遠藤 世羅須


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15/19

第14話(新藤美咲)「本屋で、人格が棚に並ぶ」

最初は人に聞けない色々な悩みがありますけど、

人に聞くという所から既に気恥ずかしいですね。

日曜の夕方、新藤美咲は駅前の本屋に入った。

目的は一つ。仕事で使えそうな“社会人マナー本”を買うこと。

初週で悟ったのだ。美咲は、言葉の地雷を踏みやすい。


棚の前で、タイトルを眺める。

『入社一年目のルール』

『敬語とメールの基本』

『会話が途切れない雑談術』


どれも必要に見えて、どれも買うと“必死”がバレそうで、手が伸びない。

……それでも、一冊を手に取る。

(でも必死なんだよね。新人なんだから)


そのとき、背後から声がした。

「新藤さん?」


振り向くと、田中厚太が立っていた。

突然の遭遇、休日の私服。


急に“同期”が生活圏に出てくると、心臓が落ち着かない。

挿絵(By みてみん)


「田中くん……」

「偶然ですね。僕も、ちょっと」

田中の手には、同じ棚の本が一冊。

タイトルは『失礼をしない話し方』。


二人は、互いの本を見て固まった。

沈黙が、心の代弁者として主張する。


美咲が先に口を開いた。

「……買うんですね」

田中が真面目に頷く。

「買います。今週、自分の発言が信用できなくなりました」


美咲は笑いそうになって、笑えない。分かりすぎる。



美咲は場の空気から逃げ出そうと、取り繕うつもりで

思わず、同じ棚から別の本を、タイトルを見ずに取ってしまった。


『好かれる距離感の作り方』


田中がそれを見て、深く、ひどく深刻そうに頷いた。

「……距離感、難しいですよね」


美咲の顔が熱くなる。

(違う。仕事の距離感。仕事の距離感だから)


棚が、会話の地雷原になる。


美咲は慌てて言い訳した。

「いや、これは、その……職場での……」


すると田中は、藁にもすがるような目をして言った。

「わかります。僕もこの前、高瀬さんへのチャットで

 距離感を間違えかけたので。その本、参考にさせてください」



美咲は笑ってしまった。

笑った瞬間、負けた気がした。

二人とも必死なのに。


レジへ向かう途中、田中が言った。

「新藤さん、買いすぎると逆に不安になりません?」


美咲は即答した。

「なります。だから一冊にします。今日は」

「今日は、ですか……」

「はい……」


結局美咲が選んだのは、

『敬語とメールの基本』だった。

田中は『失礼をしない話し方』を買った。

二人の袋の中身は、同じ“初週”の重みだった。


店を出て別れ際、美咲はつい言ってしまった。

「……来週も、生き延びましょう」


田中は真面目に答えた。

「はい。健全に」



日曜の夕方の風が、少しだけ優しかった。

それでも頬は、しばらく熱かった。



(つづく)

社会での言葉、距離、応対って、年月経て覚えていくものですから。

二人とも頑張れ。

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