099 卒業記念~The Catcher in the Swamp
五月に入って俄に組合内が騒がしくなってきた。領主の末娘が飼っていたフェアリー・ドラゴンが居なくなってから久しいのだが、それを「不帰沼」で見かけたという噂が流れたのだ。不帰沼は南への街道を下った先にあるリトバ村の東に広がる広大な沼地で迷い込むと帰れないと言われている。
そこは沼トカゲの生息地で、このトカゲとフェアリー・ドラゴンとが片面共生の関係にあるらしい。つまり沼トカゲは何の見返りもなくフェアリー・ドラゴンを保護し、世話する関係にある。ちなみにフェアリー・ドラゴンと言われているが本物のドラゴンではなく、単なる"比較的"小さなトカゲである。人に言わせるとどこが可愛いのだか、と言う話なのだ。
フェアリー・ドラゴンは魔物だが、他の魔物と少し違ったところが在る。まず人に懐くことはないのだが、他の魔物のように人を襲うこともない。それに他の魔物と違って少しずつだが餌を食べるのだ。それが可愛くて領主の娘はペットにしていたらしい。
最初は領主も娘の要望を聞いてやる良い父親を演じて形ばかりの懸賞金を掛けていた。だが我が娘が悲嘆に暮れて食事も喉を通らないという状態になってしまったので領主はトカゲの確保に金貨十枚の懸賞金をかけた。それが半年ほど前のことになる。
なにしろ何処に居るのか見当もつかない中で闇雲に捜索しても見つかるはずもなく、当時は割の悪い依頼で、オーク狩りの合間に見つけられれば儲けものという程度の認識でしかなかった。
しかしゴブリンの大繁殖で獲物が極端に減って組合員の中に生活に困るものが出てくる状態が続き、領主が娘に泣き付かれて賞金を金貨二十枚に増額し、おまけに目撃情報が出てきたとなると状況は変わってくる。探しに行ってみるかという話し合いがあちこちのテーブルでなされ出した。
問題は現地まで徒歩で一日かかることと不帰沼が名前の示す通りそれなりに危険な場所と言うことだ。それが原因でまだ魔猟士が殺到するという状況にはなっていない。
「グリフォンの夢」もその相談をしている分隊の一つだった。
「なあ、不帰沼に行って見るべ」
いつものように四人が勇人たちの部屋に集まって駄弁っていたところで、ガブルが遠慮がちに言い出した。だが目はキラキラと光っている。
「沼なんて嫌だわ。フェアリー捜して泥まみれになるなんてご免よ」
町娘の格好をしていても出は貴族のヨナにとっては、お気に召す話ではないようだ。
「確かに泥まみれになってまで探す価値はないね。今まで学校に預けたお金がヨナは九両、ボクとガブルとユージンの三人は十八両、このまま卒業までゴブリンを狩り続ければ一人当たり二百匹は討伐することになるから、その報奨金と魔石代で五、六両にはなるよ。
それにウサギやタヌキ、キツネなんかの毛皮の代金、売却した肉の代金にユージンの【虚空庫】に眠ってるオークや山トカゲの肉を売却した場合の代金なんかを合わせれば一人五十両くらいにはなるんじゃないかな。それにみんなここに来るまでに個人的に手に入れた金はあるんだろ。ボクも三十両くらいは持ってる。今更二十両に拘る必要なんてないよ」
「オラは持ってねえだ。ここまで来るのが精一杯だっただ」
「ガブルはいざとなったら種馬で稼げるよ」
ジェシーはブルカン村の話を持ち出して鼻で笑った。
「ジェシー、その話は止めてほしいだ。他人に聞かれたらとんでもねえ誤解をされるだで」
「誤解ねえ」
ジェシーは意味ありげな口調で一言付け加える。口元が少し歪んでいる。笑いをこらえているのだろう。
「まあ、おれも百両くらいは持ってるな」
勇人はガブルが可哀想なので話を少しだけずらした。
「私は屋敷を出る時に五百両ほど突っ込んできたわ。もっと持ってきたかったんだけど、私の【虚空庫】じゃ、他のものも入れるとそれが精一杯だったのよ。あとはその辺にあった安手の宝石を手当たり次第に入れてきたけどこれはお金に変えるわけには行かないわね。一発で身バレしてしまうわ」
「どっちにしろ、個人のお金は分隊として使うわけにはいかないでしょ」
「確かにジェシーの言うとおりだな。だけどそれを抜きにしても十分な金はある。無理にフェアリーを捜す必要はないと思う」
「オラが言いたいのはそんなことじゃねえだ。卒業記念にどうかって思っただ」
「卒業記念ねぇ。ゴブリンのお陰で後半の狩りの実習は散々だったし、良いかも知れない」
ヨナも卒業記念と聞いて乗り気になってきたらしい。
「見つければ分隊の名前が上がるだし、見つからなくても沼トカゲを二、三匹狩ってくれば草臥儲けってことはないだ」
「沼トカゲって売れるの」
「オラの聞いた話じゃ、山トカゲより大柄で肉も美味いから高値で取ってくれるらしいだ」
「じゃあ、なぜみんな狩りに行かないのよ」
ガブルの説明にヨナがもっともな質問を返した。
「聞いた話だども、あいつらは昼間は巣穴で大人しくしていて攻撃されない限り人が巣穴に入っても何もしねえだども、攻撃されると巣穴の中で大暴れするんだと。だから昼間の狩りは命がけなんだべ。夜になると活発に動き出して沼中を歩き回り攻撃してくる。だから夜の狩りも命がけなんだと」
「なんだ。それじゃ昼も夜も狩れないじゃないか」
勇人はガブルの説明に呆れ返ってしまった。それでは沼トカゲが市場に出回るはずがない。
「だどもオラたちにゃ、ユージンの一号砦があるだ。ここを朝に出て夕方に沼に着いたとして、沼の中に一号砦を建てて立て籠もればそこから安全に狩りができるだ。翌日は朝から巣穴の中に入ってトカゲを攻撃しないようにフェアリーを捜すだ」
「なるほど、それなら上手く行くかもね」
「私もそんな気がしてきたわ」
「そうだなぁ。ゴブリン・リーダーの攻撃にも耐えたからなんとかなるかな。みんなどうする」
ここまで来ると「勢い」だった。反対するものは居らず明日からの休日に出かけることになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、「グリフォンの夢」の面々は朝一番で南門を出ると一路リトバ村へ向かった。リトバ村までに二つの村が在り、川沿いの道だけあって道の両側には田圃と畑とが広がっている。林が点在するもののゴブリンが出てくるような広いものはなく、至って平和な道中だった。
リトバ村に着いたのは夕方四時頃で、村から東を見ると田圃が続いたその先に所々に高木や灌木が生えた沼地が見えた。沼地と言っても全部が水面ではなく、低地の間を縫って沼が点在する土地らしい。田圃と沼地の間に低い木の柵が巡らされている。四人は村には入らずに沼地に向かった。
「あんな低い柵で沼トカゲが村の方へ来るのを防げるのか」
勇人は柵を見て思わずそう漏らした。
「聞いた話だけんど、沼トカゲはあの沼から外へは出てこないだ。何でも沼から離れると沼の魔素が薄くなってやつらは生きて行けなくなるだべ。その限界があの柵だと。あれは沼トカゲを出てこなくする柵では無えで、人が入らないように注意するためのものだべ」
「行儀の良いトカゲなのね」
ガブルの聞きかじりの解説を聞いて、ヨナがピント外れの納得をした。四人は柵を超えて沼地に入り込むと乾いた土を辿って三十分ばかり奥に踏み込んだ。そこには周囲を点在する沼に囲まれた、沼地としては小高くそこそこの広さの有る平地があった。一行はここを拠点にすることにして、一号砦とその中に二号砦とを出した。
周囲は沼地か陸地かに関係なく、所々に高木と灌木が生えており、沼地の周囲の山が低いためそれを目標にして自分の居る位置を決めることもできず、一度迷ってしまえば太陽以外に頼るもののない世界だった。
「なるほど『不帰沼』と言われるわけだね」
ジェシーが気丈に言うが、声にも顔にも不安の色が見えている。
「取り敢えず、砦で夜をやり過ごして、明日は朝からフェアリー捜しだ」
勇人も不気味な風景に気圧されている。
(ここで死んだやつがアンデッドになって出てくる言うようなことは有らへんやろなぁ)
「なあ、ジェシー、この世界に『アンデッド』は居るのか」
「何だよ、それ」
「なんと言うか、強い怨念を持って死んだ人間とか魔物とかが強い魔素なんかにさらされて生き返って来た魔物のことだ。ゾンビとかグールとかリッチとかレイスとか」
「あんたねぇ。魔物を何だと思ってるの。古代に強い魔素の影響で変化した動物が魔物なんだよ。死体が生き返るなんてこと有るわけ無いよ。『死んだ魔物は良い魔物』だよ」
(開拓時代のアメリカ人みたいなこと言いよるわ。あっちのほうが断然罪深いけどなぁ)
グリフォンの夢のメンバーに緊張している様子は全く見られない。みんな一号砦の堅牢さに自信を持っているのだ。風呂に入り、夕食を食べ、食後のお茶をまったりと楽しんでいた。時々沼トカゲの鳴き声らしい喉の奥で唸るような声が聞こえたが誰も知らん顔だった。
そのうちに砦を引っ掻くようなガリガリという音や、体当りする振動と音とが聞こえるようになり、その頻度が次第に多くなってきた。
「ちょっと様子を見てきたほうが良いよね」
ジェシーはそう言うと立ち上がり、身軽に二階、三階と登っていった。他の三人はそれをチラッと見ただけで、立ち上がろうともしない。
「みんな、来て、これはちょっとヤバい!」
そんなときジェシーの切羽詰まったような叫び声が聞こえた。




