100話 日はまた登る
そこで見たのは信じられない光景だった。頭から尻尾まで五メートルから七メートルは有ろうかという大トカゲが砦の一面だけで何頭も後足立になって取り付いていた。何頭かは手足の爪を引っ掛けて砦に登りつこうとしている。尻尾を打ち付けたり頭突きをしたりしているトカゲも居る。
勇人は思わず登りつこうとしている大トカゲの頭目掛けて【亜空間庫】から対魔弾を撃ち出した。ほぼゼロ距離で発射された対魔弾は過たずに大トカゲの頭に命中し、頭を爆散させた。良かった対魔弾は効く、勇人は安堵したが考えてみればトカゲに対して全く数が足りていない。作るのが面倒なので二十発しか作っていないのだ。
今度は加速したこぶし大の石を撃ってみた。これでも頭を撃ち抜ける。加速された石はトカゲに当たると粉々に砕け、その破片がトカゲの頭を撃ち抜いて対魔弾と同じ様な効果が出た。これなら百以上ある。勇人が襲ってきた沼トカゲの討伐に自信を持ったときだった。後ろからヨナの叫び声が聞こえた。
「ユージン、こっちからも登ってくるわ」
次いで左側の面を覗いていたガブルも大声で呼びかけてきた。
「こっちからも登り着いてくるだ」
「ユージン、このままでは駄目だ。弓はまったく歯が立たないよ。【風刃】は表面を傷つけるだけだ」
「槍も通るには通るだが、あまり効果が無えだ」
「【電撃】も少し気絶させるだけだわ。【火箭】は効くみたい」
勇人一人で四方を守るのは無理だ。
「しかたない。籠城するから二階まで降りてくれ」
勇人の言葉に三人は慌てて二階に降りた。これが最後の手段だ。勇人は身を低くして身体を三階の城壁より低くすると【亜空間庫】から一号砦の屋根を取り出して城壁の上に乗せた。
屋根と言っても厚みが五十センチはある石の屋根だ。これが壊れるようなら後がない。勇人は心配顔で屋根を仰ぎ見ながらそろそろと一階に降りた。他の三人も砦の真ん中に身体を寄せ合うように固まって立って心配そうに見上げている。
「みんな、ちょっと脇に寄ってくれ。二号を出すから」
暑い時期なので二号砦は出さないつもりだったが、そうも言ってられない。勇人は最後の砦として二号砦を出すことにした。これにベッドを二台入れ、トイレユニットを連結した。
「ここなら沼トカゲが襲ってきても、僕の移動範囲が狭いから石礫と対魔弾で撃退できる。何とかなるさ」
勇人は他の三人を安心させるように言ったが、本人が安心していないのだから説得力は全く無かった。
「ベットを出したから二人ずつ寝よう。四人とも一晩起きててもあまり意味はないし、疲れてしまう」
「そうね。男女ペアで寝ましょう。最初は私とガブルで起きているから、ユージンとジェシーは休んでちょうだい。四時間で起こすから」
「じゃあ、そうさせて貰うよ」
ジェシーはあっさり了承すると、兜と胸当てを外してベッドの一つに横になった。勇人もここで譲り合っても仕方ないのでヘルメットと胴鎧を外して横になった。自分が思ったより疲れていたのだろう。眠れっこないと思っていたにも拘らず横になった途端に寝てしまっていた。
「ユージン、起きるだ。奴らが入ってきてるだ」
感覚的に言うと寝込んで直ぐに起こされた感じだ。
「う、うん。エラドか」
「何寝ぼけてるだ。オラだ、ガブルだ。沼トカゲが入ってきてるだ」
次第に意識がハッキリしてくる。「不帰沼」で沼トカゲの大群に襲われていたんだった。勇人は飛び上がる勢いでベッドから降りると二号砦の狭間に向かった。
「ユージン、こっちだ」
ジェシーに呼ばれるままに彼女の方に向かう。ジェシーが指さす狭間から覗くと僅かに三階の様子が見えた。なんと一号砦の屋根がズレている。あれは九✕九メートル、厚さ五十センチ、ざっと百トンくらいな重さはあるはずだ。
しかもずれないように四隅に砦のそれとピッタリ合う足が付いている。その足が折れ、トカゲが一頭入れる隙間が二箇所に開いている。
三階まで登ってこれるだけの大きさの沼トカゲはそう多くはないので大挙して押し寄せてくるという訳では無いが、何匹かはもう入り込み、後からも続いている。
ヨナが【電撃】で動きをとめて頭部か心臓を狙って【火箭】を放ち仕留めているがやはり時間が掛かっている。
(ここは屋根の穴で仕留めてそれで穴に蓋するんが正解かな)
「暫く、入ってきた奴は任せた。二号に近寄せないことを第一に迎撃してくれ」
「わかったわ」
「ヨナ、【電撃】を中心に頼むよ。相手が止まればボクでも仕留められる」
「了解よ」
「ガブルは奴らが二号に近寄らないように二人が相手にしていない奴を牽制してくれ。これは一号ほど頑丈じゃないから尻尾の一撃で壊れるかも知れないぞ」
「分かっただ」
勇人は三人が既に一号砦内に入り込んでいる沼トカゲに対応している間に二箇所の隙間を監視していた。今だ。ちょうど屋根の隙間に頭を突っ込んで入ろうとしていた沼トカゲに石礫を撃った。それは沼トカゲの頭を打ち抜きその死体は屋根の穴を埋めた形になった。これでひと息つける。入ってきていた沼トカゲも三人で狩れたようだ。四人ともその場にへたり込んでしまった。
「まだ来るかの。我はもう限界じゃ」
ヨナの口調が素に戻っている。
「僕とジェシーが起きてるから、ヨナとガブルは休んでくれ」
「そうさせて貰うだ」
ガブルは兜を脱いだだけで倒れるようにベッドに横になった。ヨナに至っては何も言わずに文字通りベッドに倒れ込んだ。
「まだ来るかな」
「穴を完全に塞いだわけじゃない。沼トカゲの死体で栓をしただけだからいずれそれを押し込むなり引き出すなりして入ってくるのが出るんじゃないかな」
「ボクの【風刃】じゃあいつらに致命傷を与えることはできないよ」
「同時に二箇所から入ってきたときに僕が一匹仕留めるあいだもう一匹の足止めをしてくれればいい」
「それくらいなら何とかなるかな」
そう言っているうちにも沼トカゲが屋根の穴から仲間の死体を押しのけるようにして入ってこようとしていた。勇人は石礫を撃って倒す。結果的に二匹の死体が穴を塞ぐことになった。こちらからは暫く入ってこないだろう。直ぐにもう一方から入ってこようとする個体が出てきた。倒す。外に落ちた。
そんなことを繰り返しているうちにヨナとガブルも起きてきて戦線に加わった。何時間たっただろう。穴を塞いでからはほとんど入ってこなくなったが、砦の壁を叩いたり引っ掻いたりする騒音やけたたましいトカゲの鳴き声の聞こえる中で常に侵入に備えなければならない状況に四人の精神は削られ続けた。
四人の精根がまさに尽き果てようとしていたとき、東側の狭間から陽の光が差し込んだ。それと時を同じくして急に辺りに今までの騒音がまるで嘘のように静けさが戻った。
「朝だ。あいつら居なくなったよ」
二階まで登って狭間から外を見たジェシーの声が静かな砦の中に響いた。三人はその声を終わりまで聞くことなくその場で寝入ってしまった。
「ボクだけ置いてけぼり、なんてひどいやつらなの」
ジェシーはブツブツ独り言を言いながら降りてくると、三人を軽く蹴飛ばしてからベッドに入った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
四人が起きたのは朝の九時頃だった。肉体的な疲れはもともと無かったので、気力を取り戻すのには数時間の睡眠で良かったのだろう。勇人は起きるやいなや沼トカゲの死体を収納して回った。いずれも大物ばかり二十頭前後の収穫だった。それから一号砦を収納し、念のため残した二号砦に全員で集まって朝食兼昼食を取った。勿体つけて言うならブランチだが、パンとお茶という質素なものである。
「フェアリーはどうするだか」
「わたしはもういいわ。今から捜してもし夜になったらあれでしょう。二晩耐えられるとは思えないの」
一瞬ヨナの顔が歪んだ。
「僕も同じくだな」
「ボクも」
「ところで、ガブル、フェアリーってのは一匹だけしかいないのか」
「いんや、聞いたところじゃ、おそらくこの沼に百匹ぐらいはいるらしいべ」
「じゃあ、一匹見つけたとしてそれがお嬢様のペットかどうかなんてどうしてわかるんだ」
「お嬢様の言うことにゃ、自分は見れば分かるんだと。それに赤いリボンを付けてるんだと」
「お嬢様に懐いていて寄ってくるとかなのか。リボンなんて何か月も前の話だろ。もうとれてるぞ」
「フェアリーは人に慣れないんだべ。襲いもしないんだけんど。お嬢様は何か月も飼ってるから自分のだって分かるんだと」
「それじゃ、お嬢様の感頼みなのね。バカバカしい」
「ガブル。何でそんな大事な話をボクたちに黙ってたんだよ」
「そりゃ・・・聞かれなかったから・・・」
「この脳筋野郎、死ね」
「誰も捜しに来ないはずだよ。沼トカゲが凶暴って以前にフェアリーが本物かどうか分からないんだもの」
「帰ろうか」
勇人の言葉にヨナもジェシーも頷いた。ガブルは俯いてしまった。
二号砦も収納すると四人は三十分かけて入口に戻った。入口のところでガーセンが新しい仲間と沼地に入ってくるのに出会った。
「よう。砦持ちの兄ちゃんたち、夜をここで過ごしたのか。勇者だねえ。ここはな昼間に入って夜には外に出るところなんだよ。そんなことも知らなかったのかい」
ガーセンの言葉には無知を嘲るような響きが込められていた。
「あんたらこそ、どうやって本物を見つけるつもりなんだ」
勇人が言い返すとガーセンはニヤッと笑った。
「秘策があんだよ。教えちゃやらねえがな」
「そうかい。せいぜい頑張りなよ」
二組は互いに軽蔑の笑いを交わしながらすれ違った。
勇人には最初から少し引っかかることがあって、思考がぐるぐると回っていたが、このときになって初めてこれだという理解に至った。
フェアリーと沼トカゲの関係は決して片面共生ではない。これが結論だった。フェアリーは沼トカゲの進化前の形態だ。そしてこの沼でしか進化出来ない。だから沼トカゲはフェアリーを保護して餌も与える。フェアリーは進化のために絶えず餌を求める。言わば親子の関係だ。
(今更どうでも良えことやけどな)
とんだ卒業記念だった。街道に出ると勇人たちはトボトボと領都に向かって歩き始めた。二十頭前後の沼トカゲが収穫だった。フェアリーの代わりとしては十分だろう。そう自らを慰めながら。




