101 卒業までの一月(ひとつき)で答えをだせと言うけれど~♪
沼トカゲは料飲組合に引き取ってもらった。十九頭で約八十両になった。大儲けである。グリフォンの翼の四人は少しだけ溜飲を下げた。
ガーセンたちは不帰沼で聞いていたのと似た大きさのフェアリー・ドラゴンを適当に捕まえてきて領主に売り込んだらしい。娘が自分のペットはこのフェアリーだと言い、領主は嘘だと分かっていたが娘が納得すればそれでよかったのでお互いの利害が一致し、ガーセンは上手く二十両を手にしたともっぱらの噂だ。
(その手があったんか。危ない橋やけど、上手いこと渡れば美味い言うこっちゃな)
五月に入った。依然として魔物も獣も戻って来ず、勇人たちはゴブリンで学校のノルマを稼いでいた。肉の価格が高騰していたがそもそも獲れないから高いので、獲れないのでは稼ぎにならない。そんなある日、組合の食堂でガブルがポツリと言った。
「なあ、もうすぐ卒業だべ。卒業したら寮は当然追い出されるだな。住むところをどうするだ」
「あら、種馬さんはブルカン村で仕事が待ってるでしょう。住む所は用意してくれるわよ」
「ゴブリンと競争するんだ。負けちゃだめだよ」
早速ヨナとジェシーが誂いにかかる。
「もういい加減でその話は止めて欲しいだ」
ガブルは辺りを伺いながら、声を顰めて懇願する。
「村長の奥さんに感謝するんだな。二人におもしろおかしく話してくれたから誂うくらいで済んでるんだ。そうでなきゃ後ろから撃たれてるぞ」
勇人もニヤニヤしながら尻馬に乗る。
「冗談はもう良いだ。本当にどうするだか」
「宿に泊まれば良いんじゃないの」
「二人部屋で素泊まり一泊六朱。二部屋頼めば一分二朱。これだと一ヶ月三両六分かかるだ」
「一人分の生活費が飛んで行くのか、それは中々厳しいね」
ジェシーも真顔になって同意する。ゴブリンしか金を稼ぐ手段がない現状では四人で五人分の稼ぎを得るのが厳しいのは事実だ。他の二人も思案顔になった。
「家を一軒借りたらどれくらいするんだろう」
四人は顔を見合わせて黙ってしまった。暫くしてジェシーが口を開いた。
「分からないけど・・・二両くらいかなぁ」
「じゃあ、土地だけならどうだか」
「五分から一両かな・・・でも土地だけ借りても仕方ないよ」
「砦を使うだ」
「その手は有りだね」
「こういう時は商人頼みだ。サミュエルさんに会いに行こう」
勇人は、ゴブリン騒動に紛れてサミュエルには暫く会ってないのでかなり敷居が高いのだが背に腹は代えられない。最初の約束が有るから情報くらいはくれるだろう、そう考えて顔を出してみることにした。
「それが一番現実的だよ。みんなで行こうか」
ヨナの言葉に他の三人も同意して一斉に立ち上がると組合を後にしてサミュエル商会に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「久しぶりですね。皆さん無事でなによりです。ヨナさんですか。初めてお目にかかります。サミュエル商会店主のサミュエルです。以後お見知りおきを」
サミュエルは勇人たちを快く迎えてくれた。ヨナと初対面なのは言われるまで念頭になかったので面食らってしまった。
「田舎から出てきたヨナです。ユージンたちの分隊に入れてもらっています。宜しくお願いしますね」
ヨナは田舎娘には似つかわしくない丁寧な口調で初対面の挨拶を済ます。
「それで、今日のご用向きは何でしょうか」
「サミュエルさんも知ってると思うけど、僕たち六月末で魔猟士学校を卒業なんだ。そうすると寮も出なくっちゃならない。宿屋住まいにするかって話もしたんだけど、今はゴブリンしか獲物がない状況だろう。宿代三両六分は苦しいんで、家か出来れば土地を借りようと考えたんだ。でも相場も分からないし出物の情報も無いんでその辺りを教えてもらえたら嬉しいんだけど」
サミュエルの単刀直入な問いに勇人も手短に用件を伝えた。
「ううん。他の人にはお勧めしないんですが、ユージンなら大変お得な物件が有るんですよ。お聞きになりますか」
「ぜひお願いします」
「街の南東、つまりこの近くにある住宅地の一角に、少し狭めの住宅が四軒ずつ四方に並んだスクエアが在りましてね。四軒ずつと言っても角家が在りますから実質は十二軒ですが。
その真中に四方を水路とその外側の通りに面した十二軒に囲まれたおおよそ四軒分の空き地が在るんです。出入口は一間半くらいな路地ですから少し不便ですが、土地自体は広いんですよ」
「それが何でお得なのよ」
ジェシーが口を挟んできた。
「前の借地人が家を建てて住んでたんですがね、突然に帝都に引っ越すことになりましてね。築三年の家だったので地主に時価の半額で買い取ってほしいと申し入れたのですが、地主が強欲でタダで譲るか更地にして返すか何方かにしろと言って譲らなかったのです。それで借主が腹を立てましてタダで譲るくらいならとわざわざ余計な金を掛けて更地にして出ていったわけです。
それが噂になりましてね、以來誰も借り手がなくなってしまい、今では月五分で貸し出しても借り手がいないという訳です」
「月五分で借りても、いざ明け渡すとなると更地にするかタダで譲れと言われれば二の足を踏むわね」
「ですが、ユージンなら大きな砦がすっぽり入るくらいな【虚空庫】持ちですから、出るとなったら家ごと引っ越すことも可能なのでは」
「サミュエルは僕の【虚空庫】が大容量だって何故知ってるんだい」
「商人は情報が命ですよ。魔猟士組合では一部でちょっとした噂になっていますからね」
「あの野郎・・・まあ、良いや。それで仲介の不動産業者は誰なんだ」
「そうこなくては。案内しますよ」
サミュエルは嬉しそうに笑った。どうも地主に含むところがあるらしい。彼は店の者に声を掛けると先に立って歩き出した。五分も経つとラフィア中央不動産と書かれた看板の店に着いた。
「ごめんよ。アシュラは居るかい。お客を連れてきたよ」
「いらっしゃい。あらサミュエル、珍しいわねぇ」
サミュエルの訪いに愛想よく答えながら出てきたのは阿修羅のごとき、ではなく、妙齢のとは言い難いもののそれなりに若さの残る美人だった。
(『名は体を表す』て、この世界、嘘ばっかしやな)
「それで、お客様はこちらの四人様ね。どんな不動産をお望みかしら」
「例の、あの物件ですよ」
「あら、サミュエル、まさか仲人口を聞いたんじゃないでしょうね」
「まさか。全部本当のことを話しましたよ。彼らならあの業突張りをやり込められると踏んでの紹介です」
「まあ、と言うことはこれがあの坊やなのね。面白いわ。早速行きましょうか」
アシュラは店の戸を閉めるとドアノブに「商談にて暫時外出中」の札をぶら下げて四人に同行を促した。
「それでは、私はここで退散しますよ」
そう言うとサミュエルは自分の店の方へと戻っていった。
「業突く張りとは月の家賃を決めただけで細かいところは決めてないんだけど私が交渉しましょうか」
「条件面は僕が交渉するんで、アシュラさんは抜け穴がないかだけ気を配ってよ。それと賃貸借の法律面と」
「了解よ。先に現地を見ておく?」
「みんな、その方が良いかな」
「地面の硬さなんかも見て置きたいだ」
「日当たりとか家を建てたときの居住環境もね」
十分足らずで一行は現地についた。南側の道路から家と家との隙間の路地を奥に行くと二メートル程の水路が在り、それを渡ると件の賃貸物件の土地だった。縦横が通路に面した家のほぼ二軒分あるのでかなり広い。これで月五分ははっきり言って格安物件だ。
「良いんじゃないの」
お嬢様育ちのヨナでさえ満足な様子だ。他の三人には全く不満がなかった。
「それじゃ、皆さんはお店に戻れるかしら。私は地主を呼んでくるからお店で待っててくださいな」
「ボクたちだけで戻れるよ。お店に入ってて良いかな」
「良いわよ。不動産屋なんて店の中に持ってゆく価値の有るものなんてないから」
アシュラは笑いながらそう言うとさっさと歩き出した。勇人たちもラフィア中央不動産の店舗に向かって歩き出す。店に戻って暫くするとアシュラが戻ってきた。如何にも好々爺然とした老人を連れている。
「こちらが貸主のメロムさんです。こちらが賃借希望の『グリフォンの夢』魔猟士分隊のユージンさん、ジェシカさん、ガブリエルさんそれにヨナさんで借主はユージンさんで良かったのね」
「そうだよ。僕が借主だ」
「じゃあ、条件を詰めましょう。まず賃料は月五分ね」
「儂の方から要望を出させて貰おうかのう。賃貸期間は一年、その間の賃料の上下はなしじゃ。再契約、その際の賃料はその時の合意による。再契約希望の場合は期間満了の一ヶ月前に通知すること。賃貸期間満了前に解約するときには一ヶ月前に通知し、借主申し出の場合は残りの期間の賃料を支払い、貸主申し出の場合は残りの期間の賃料相当額の損害金を支払うこと。契約が終了したときには借主は原状に戻して退去すること、これだけじゃ」
これだけと言いながら随分と強欲な条項を並べたものである。ニタニタと笑っているところを見ると、これは言ってみただけで譲歩するつもりはあるのだろう。だが勇人の返答は意表を突いたものだった。
「それじゃあ僕の方からも要望を出すよ。原状回復がなされたか否かは帝国法の定めによること、契約書に定めがない事項について争いが有る場合には真偽判定官の裁定によること、契約期間の始期は今年の七月一日から、それだけ付け加えてくれれば良い」
「これでは借主にかなり不利な契約条項になりますが、ユージンさんはこれでいいの」
「うん。これで良いんだ」
「それでは契約書を作成しますから、暫くお待ちください」
アシュラは契約内容が借主に余りにも不利なことを訝りながらも契約書を三通作成した。それにそれぞれ貸借当事者と立会人としてアシュラが署名して契約は無事終了した。
「今、七月分の賃料五分を支払っておくよ」
勇人はそう言って【亜空間庫】から銀貨五枚を取り出すと机に置いた。アシュラはそれを受け取ると黙って領収証を渡した。
帰りにサミュエル商会に寄って顛末を話すと、サミュエルは大笑いをした。
「これから一年間あの爺さんは大損をしたと臍を噛みながら暮らすわけだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それから都合三日間「グリフォンの夢」は石切場に通った。家を作るためだ。一階は中央に玄関と二階への階段、右手に居間兼応接間、左手に食堂、台所、風呂、トイレ、二階に四室の居室の間取りで作ると大き過ぎて勇人の【亜空間庫】の入口では入り切らないので、玄関・階段ユニット、客間ユニット、食堂・水回りユニットに分け、二階も三分割し、床と屋根とを別に作るという大掛かりなものになった。
それとは別にガブルがブルカン村に行っている間に三人でコテージを作った。日本で言うなら一DKというところか。これはガブルへのプレゼントだ。嫌がらせとも言う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
六月三十日、卒業の日となった。卒業式はあったが入学式と同じくあっさりしたものだった。
「本日で一年間のラフィア領立魔猟士学校のカリキュラムは終了じゃ。D級取得で卒業する者は三十六名、E級取得で卒業する者百四十二名、今年の厳しい条件の中で良く頑張った。皆それぞれ明日から正式な魔猟士として活躍してくれることを期待しておる。中途退学となった者八名については誠に残念じゃ。
講堂を出る際に組合員証の「学生」の記載を抹消し、合わせてD級、E級の昇進証明書を出すので、組合事務所でそれを出して新たな組合員証を受け取ること。預かっておる金についても講堂を出る際に返却するぞ。以上で挨拶を終わる。さらばじゃ」
校長の挨拶はそれだけだった。解散との掛け声がかかり、全員がゾロゾロと出口に向かった。出口の受付で名前を確認して並ぶ刻印機の列を指定された。D級とE級で分けられており、E級は更に三箇所に分かれていた。勇人たちは中途入学のヨナを除いてD級になっていた。
そこを出ると寮に向かう。今日までは宿泊できることになっている。今日から昇進した等級での登録ができるのだが、見ていると大多数の者が門を出て魔猟士組合の方に向かっていた。
「今日、登録に言ったら時間がかかりそうね」
ヨナの言葉に三人とも頷く。
「登録は明日でも良いだべ」
暗黙のうちに登録は明日にすることに決まった。寮に特に荷物を置いているわけではなかったが、一日分の宿泊費が勿体ないので四人とも寮の部屋に戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日の朝、寮の食堂に行くと閉まっていた。食事の提供は昨日の夜までということらしい。中々世知辛い話だ。四人は揃って組合事務所に行くと、そこの食堂で簡単な朝食を摂った。これからは食事一つにしても金のかかる生活になる。
それから昇進の登録をして、事務所を出ると借りた土地に向かった。そこには地主が待っていた。
「家はいつ建てるつもりじゃ。建築業者に知り合いがなければ紹介してやってもええぞ」
地主のメロムはニタニタと愛想笑いを浮かべなが押し付けがましい話を持ち出した。どうせマージンを取るつもりなのだろう。
「今日建てるよ。建築屋は必要ないぞ。危ないからこっちへ来てくれ」
勇人はそう言って通路を指さした。メロムは怪訝そうな顔をしながらも通路に移動いた。勇人はそれを見て一人土地に進むと振り返っていった。
「この辺りで良いかな」
「ちゃっちゃとやりなよ。まずけりゃやり直せば良いんだから」
ジェシーが投げやりな言葉を掛けた。確かにそのとおりだ。
勇人はまず土台の石板を出した。ドンと重い音が辺りに響く。見るとメロムが目を丸くしていた。次にその上に一階部分のユニット、二階部分のユニットと積んでゆき、最後に屋根を乗せると一軒の家になった。
メロムは顔を青くして言葉を失ったまま成り行きを見ていた。
「これで家は出来上がったぞ。みんな中を確認してくれ。あ、メロムさん、もし出てゆくことになったらすぐに家は撤去しますからご心配なく」
勇人が笑顔を見せて言うと、メロムは悔しそうな顔をしてクルリと後ろを向くと足早に出ていった。
勇人は今建てた家の続きに一DKの家を出すと、母屋と繋いでしまった。それを見ていたのだろう。ジェシーが大声でガブルを呼んだ。
「ガブル、降りといでよ。プレゼントが有るんだ」
ガブルとその後からヨナも一階に降りてくる。
「こっち、こっち」
そう言いながらジェシーはガブルを外に連れ出した。
「見てくれ。これがボクたちからガブルへのプレゼントだよ」
ジェシーが手で示す方をみたガブルは目を丸くした。
「なんだか、これは」
「エフラとの『愛の巣』ね。あっ、種馬さんだから相手はエフラだけじゃないわね」
すかさずヨナが突っ込む。ガブルは真っ赤になって俯いてしまった。
「こんなことしなくても、オラがブルガン村に行けば良いだ」
「ガブルが村に行ってる間、ボクたちの魔猟士分隊は休みになってしまうよ。それより種が着くまでエフラにここに住んでもらうほうが良いよね。ガブルも毎日種付けが出来て幸せだし」
「オラ、そんなじゃないだ」
「じゃあ、三日に一回くらいかな」
「それくらいなら・・・って何言わせるだ」
「月一回は不満なわけね」
ガブルは女性二人に詰め寄られて二進も三進も行かなくなってしまった。
「決まりだわ。明日はエフラを迎えに行きましょうね」
「そったらこと言っても・・・相手の都合もあるし・・・」
「もう決まりよ。向こうで狩りをしながらエフラの準備ができるまで待ってればいいわ。種が着くまでだから一生居るわけじゃないでしょう」
ガブルは黙ってしまい、明日の予定はなし崩しに決まってしまった。ちなみに勇人は一人蚊帳の外だったが、その幸運を噛み締めていた。
これで第2部 魔猟士学校編は終了です。明日から第3部 魔猟士編が開始します。2週間ほど執筆できない状況になっておりましたので、ストックが減ってきました




