102 初めの一歩はまた小鬼
第三部開始です。いよいよ魔猟士としての活動が始まります
七月二日の朝、グリフォンの夢は組合事務所に寄った。魔猟士組合では領都に居る魔猟士は朝組合事務所に顔を出すことが推奨されている。緊急案件や重要事項の伝達があるかも知れないからだ。どうせ夕方には獲物を持って顔を出すのだからとサボる連中も多かったが。
グリフォンの夢もそう毎日顔を出す部類ではなかったが、今日は最低でも一泊二日の旅程で出かけるとあって緊急案件が在るかも知れないということで顔を出したのだ。
事務所に来てみるとなんと魔猟士学校の校長が来て、演壇に立っていた。
「魔猟士諸君、御領主様からゴブリン族の特別討伐依頼が出された。これによって討伐報酬は従来の三倍に増額される。勿論魔石の買取は従来どおりである。詳しくは依頼ボードの依頼書およびここに積んである依頼書写しを読んで欲しい」
そう良いながら校長は傍らの依頼カウンターと別に出された机とを指さした。
「儂の話はそれだけじゃ。この領の食料危機が生じておるゆえ、くれぐれも参加をお願いするでのう」
みんなが机とカウンターに群がった。ガブルが小柄な身体とそれに似合わぬ怪力で人混みをかき分け四通を確保して帰ってきた。こころなしか嬉しそうな顔をしている。たぶんこれでブルカン村へ行く話が流れたと安堵しているのだろう。
チラシを呼んでいると天使の羽根分隊の面々が近寄ってきた。
「同席しても良いかい」
リーダーのガリアが声を掛けてきた。
「大歓迎だよ。座ってくれ」
勇人が席を詰めると他の三人も少しずつ席を詰めて天使の羽根の四人がイスを持ってきて座れるだけのスペースを開けた。
「今頃になって、なんで急に討伐依頼が出たんだろうな。それについて天使の羽根じゃあ何か情報を掴んでるのかい」
「ええ多少なら知っていますわ。それには帝国レベルの話が関わっていますの」
「えらく大きな話なんだね」
森人マヤの言葉に同族のジェシーが応じた。そのあとをガリアが引き継ぐ。
「そうなんだ。今帝国じゃ、中央で第一皇女派と宰相派とが摂政の地位を巡って争っててな、その関係で貴族様方が帝都と領都を行ったり来たり、熱心なのになると領を放ったらかしで帝都に詰めて勢力争いをしているらしい。
うちの領主様もそのために、殆ど領都には帰ってきてなくて、普段の執務は執務次官が代行しているらしい。いきおい新しい政策を進めるわけには行かないからゴブリン族の増加の件も報告はしたものの領主様はあまり真剣には考えてなかったんだとよ。まあ上の空とも言うな。娘の話は聞くくせにな。
で執務次官がとうとう切れて料飲業者や食肉商の陳情書を山のように作らせて、食肉の価格の推移のグラフや毎月の狩り高のグラフまで付けて領主様の執務机に積み上げたらしい。それでやっと事態を悟った領主様が押っ取り刀で出したのが討伐報酬三倍の特別依頼ってわけよ」
「領地を放ったらかしで政争に明け暮れる。駄目領主の典型だね。でもなぜ今頃摂政が問題になるの。それにここの領主様って辺境伯の地位を賜ってるだけあって政争には見向きもせずに外敵に備えてるって話だったんだけど」
「第一皇女派と言われているけど正確に言うと皇姉派と言うべきなんだ。と言うのは三年前に先の皇帝陛下が無くなってな、今の皇帝は先帝陛下の第一皇子だった今七歳の男の子なんだよ。その即位と同時に宰相が摂政を兼任したんだが、今年皇姉が十五歳になる・・・いやもうなったのか・・・ので、摂政は青年に達した皇族がなるべきだと言う立場と今まで摂政を兼任してきた宰相が続けるべきだという者とが争ってるわけだ。なんか政争が武力闘争になりかねねえってことで辺境伯様も放っとけなくなって抑えにでたって話だぞ」
「でここの領主様はどちらにたってるのよ」
「そこまではあたいもよくは知らねえけどよ。武力闘争に成らねえ限りは手を出す気は無えって聞いてる。でもそんなことどうだっていいじゃねえか」
「それもそうね」
ヨナはさり気なくラフィア領主の派閥情報を得ようとしてきた。自分の父親の派閥は知っているだろうから、それと比較して助けを得られるか否か判断するつもりだったのだろう。
「ところで、『グリフォンの夢』は一発大きく当てて初陣を飾ってみる気は無えか」
ガリアは話題を変えた。これがこの席についた本当の狙いなんだろう。
「それって、どういう意味なのかな」
ジェシーは突然話題を変えたガリアに訝しげな目を向けながら尋ねた。
「これだけ狩っても狩ってもゴブリン共が湧いて出てくるんだ。キングかことによるとクイーンも居るって考えるのが自然ってもんだ。それを狩りゃあ一躍名前が上がるってことだよ」
「僕たちは既にジェネラルとリーダー十匹、ファイター、アーチャー、メイジに至っては二、三十匹を一度に狩って巣穴を一つ潰したと思う。それでもゴブリンが減ったとは思えないんだ。確かにもっと上が居るんだろうな」
「そうかい。ジェネラルを狩っても減らねえか。間違いなくキング、ことによるとクイーンが居ることは確定だな」
「そこでだ。お前たち不帰沼で一晩持ちこたえられる装備を持ってるんだろう。食肉組合情報では二十匹近い沼トカゲを卸したってことだし、ガーセン情報では朝、沼から出てきたってことだからな」
「色んな情報源を持ってるんだな。それにしてもこの領は口の軽いやつが多いなあ」
「そこはオレの情報収集能力が優れているって言ってほしいぞ」
斥候役のイラナが余計な口を挟んで混ぜ返した。
「確かに移動式の砦を持ってるよ。大きすぎて四人じゃ守りきれなかったから沼トカゲにはひどい目にあったけどな」
「それを親玉ゴブリンの巣穴の前に据えて一網打尽にしようってのがあたいたちの計画だよ。何人ぐらいいけるんだい」
「四間✕四間の三階建てだから二階と三階に十二人ずつ配置するとして二十四人。短時間の戦闘ならそれが最大だな。最低は三階だけ使うとして八人、二階も使うのなら十六人。数日間の戦闘なら交代要員を十二人入れるだけの余地はあると思う」
「それくれえの人数なら一声かけりゃ集まるぞ」
「いや。ここに居る八人より人数が増えると僕の戦闘力が極端に下がるからこれ以上人数は増やしたくない」
「人数が増えると戦闘力が落ちるってどういうことなのかしら。わたくしにもわかるように説明して頂きたいわ」
今まで黙っていたパペツトが口を挟んできた。
「それも見せるよ。元々姉さんたちに隠しておくつもりはなかったから。近くに人に見られない広い土地は無いかな。多少の木や草が生えたり岩があったりしても問題ないんだが」
「それなら東門から出て十分くらい歩くと南へ下る山道がある。その道を川を渡って三十分くらい下ると回りを林に囲まれた空き地がある。そこなら元々獲物の少ない土地だから殆ど魔猟士も入らないし猟師も来ない。岩が多少在るがそれが問題ないんなら十分な広さだ」
「岩は問題ない。僕が勝手に決めてしまったようになったけどみんなそれで良いかな」
勇人は「グリフォンの夢」のみんなを無視して話を進めたことに気づき、今更ながら了承を求めた。
「これからのこともあるから『天使の羽根』とは仲良くしなくっちゃね。勇人が自分の秘密を打ち明けるって決心したんならそれでいいよ」
ジェシーが答えた。他の二人も異存はないらしく、ジェシーの返事に相槌を打っている。
「それじゃ、行こうか」
八人はガリアの声で一斉に立ち上がり組合事務所を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
小一時間歩いて目的地に着いた。回りを林に囲まれた中にポツリと空いた直径二十メートルくらいなほぼ円形の空き地だった。多少の灌木と岩の露頭が在る。勇人は【次元刀】でそれらを根本から切り取って【亜空間庫】に収納すると一号砦をその場に出した。
「壁面は沼トカゲの尻尾で散々打たれたけど壊れなかった。屋根は砦に保持させる部分が弱くて壊れたから上部なものに作り直した。たぶんキングの棍棒攻撃位は耐えられると思うよ」
中に入ると二号砦、バス・トイレユニット、寝室ユニット、台所ユニットを出した。「天使の羽根」の面々は何も言わずに突っ立っている。目が大きく見開かれるところを見れば驚いて言葉も出ないというところか。
「これならゴブリン共の攻撃にも耐えられそうだな」
ガリアの言葉に「天使の羽根」の面々も口々に同意の言葉を発しながら頷いた。
「外に出よう。僕の攻撃力を見せるよ」
勇人の言葉にゾロゾロとみんなは外に出た。
勇人は五十メートルくらい先にあるこの辺りで一番太い直径五十センチはありそうな木を標的に選び【亜空間庫】から対魔弾を撃ち出した。手元から撃ち出したのだが【亜空間庫】から出た時に空気との摩擦で生じたボンという音と同時に五十メートル先の木の幹が大音響とともに爆散し、撃たれた木がメキメキと音を立てて倒れた。
次に三十メートルくらい先にある二番目に太い木を目掛けてこぶし大の石礫を撃ち出した。これも発射とほぼ同時に木に命中し幹の真ん中に大穴を開けて反対側に破片を振りまいた。
「今度はちょっと種類の違う弾を見てもらう」
そう言うと勇人は先程より細い木が密集している方向を向いて砂利を一掴みほど水平方向広がるように少しずつ角度を変えて一度に撃ち出した。それは打ち出すと同時に木々の幹に当たり、あるものは突き抜け、あるものは途中で止まったが広範囲に被害を与えた。
「これは『砂利散弾』と言ってる。威力はないけど雑魚の集団に対処するには便利だよ。もう少し大きな『小石散弾』もある。最初に撃ったのは『対魔弾』威力もあるけど、それよりも真っ直ぐに飛ぶので命中率が高い。だから五十間先でも高確率で命中するんだ。二番目に撃ったのは『中石弾』威力は対魔弾ほど無いし、空気抵抗で曲がったりするから命中率はさほど期待できないけど、只の石だから丸いのを捜す手間だけで済むんだ。だから数を用意できる」
「何も道具を使わずに直接【虚空庫】から撃ち出したのか。なるほどこれは秘密にする他無いな」
ガリアは感心すること頻りだ。そんなときマヤが勇人の作務衣の袖をそっと引いた。勇人は彼女に引かれるままに少し離れたところまで行くと何事かとその顔を見た。
「あなた、もっとすごい秘密があるでしょう。見ちゃったわよ」
「何を、かな」
「しらばくれてもだめよ。それとも自分でも気がついてないのかな。あなた【虚空庫】に生き物を入れられるのでしょう」
「えっ。何故分かったんだ」
「さっき整地をしたときに刈り取った灌木を【虚空庫】の中にそのまま入れたわね。普通は出来ないことよ」
勇人はハッとした。確かに植物の場合は切っただけでは無生物判定はされない。孤児院では随分注意していたが、この頃少しいい加減になっていたようだ。
「自分でも気づいてなかったのね。この分だと「グリフォンの夢」のみんなはとっくに気がついていると思うわ。言わないのはあなたが秘密にしてるって知ってるからでしょうね。そして今ので「天使の翼」の連中も多分イラナを除けば全員気付いたと思うの。
私たちやあなたの仲間内だからまだ良いけど、他の人達と一緒に行動するときは十分注意してね。生き物を大量に運べるなんて国に知られたらそれだけで戦略物資扱いで監禁されかねない特技よ。もしくは消されるかも」
そう言うとマヤは唇に指を当てて少し頬を緩めた。多分微笑んだのだろう。
「ありがとう。今までも十分注意してたつもりだったんだけど少しずつ考えが甘くなってたんだな」
「おい、ユージン。早く砦を片付けるべ。もう帰るだ」
ガブルに急かされて勇人は砦を片付け、全員で領都に戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
具体的な話は、「グリフォンの夢」の拠点で昼食を食べながら行うことになった。適当に屋台の食べ物を購入して拠点に戻ると好き勝手にそれらを食べながら話し合いが始まった。
「攻撃は拠点に籠ってで良いとして、どうやってゴブリンの本拠地を見つけるんだ」
勇人たちにとってはそれが一番の問題だった。だがイラナがそれを一蹴した。
「オレがもう見つけてるぞ。苦労したがな」
「何を自分だけの手柄にしていらっしゃるの。わたくしたちがあなたをサポートしていたから平ゴブの後を付けられたんでしょう」
「そ、そりゃそうだがな。見つけたのはオレだぞ」
「平ゴブのあとを付けて一つ一つ確認していったんだよ。その間にジェネラルクラスがトップのコロニーを三つ、リーダークラスのやつを十ばかり見つけたが、やはり敵のコロニーとなると四人では手に余るから放置してある。それも順次討伐するさ」
「その情報は組合に開示するつもりなの。私たちだけでは面倒だし、他の魔猟士分隊にも活躍してもらわなくてはね」
「じゃあ、本拠地一直線だな。その前に弾の補充をさせてくれよ」
「どうするんだい」
「見せたほうが早いな。河原へ行こう」
食事をゆっくり摂ってそのあと全員が揃って河原まで行った。
まず対魔弾を作る。これは形だけ勇人が作って細かい螺旋掘りはガブルに任せた。暫く見ていたが土魔法が出来るガリアも手伝い出した。その間に勇人は中石弾、小石弾になりそうな石を捜し、砂利散弾に使う砂利を掘り出し、これらを次々と加速してゆく。最後に出来た対魔弾の加速だ。
こうして対魔弾を二十発、中石弾を百発、小石段を三百発、砂利散弾については三十個の固まりを四百ほど作った。午後いっぱい掛かったが、その成果はあった。今までのストックもあるからこれくらいで今回の攻撃用としては十分だろう。勇人はストックがなくなると何もできなくなるのでストックには慎重になる。幾ら【亜空間庫】が広くても入れていないものは出てこない。
翌日は朝から食料の買入だ。この食糧不足のなか、露店で買っていては金がかかリすぎるので【亜空間庫】の中にあった肉や野菜を捌いて串に刺し、塩や味噌で味付けをして焼いたものを大量に作って【亜空間庫】にストックした。これで戦闘中でも片手で食べられる。飲み物はこれも大量に作った茶と水だ。茶は熱いまま保存している。水は孤児院時代に川から汲んだものが大量に残っており、それを水だけと念じて出せば不純物は【亜空間庫】内に残って、言わば純水が出来るので不自由することはない。
さあ明日はゴブリン狩りに出発だ。天使の羽根とグリフォンの夢は小隊を組んだ。小隊名は天グリ小隊。安直であるがこれで報酬の配分、被害の補填について組合の規則が適用される。
イラナが提供した情報によって他の分隊も思い思いに小隊、中隊を組んで討伐に出発する準備に余念がない。
第三部に入りましたが、2週間近くパソコンが使えない環境に居ましたので、蓄えが少なくなっています。




