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103 四面楚歌

 天グリ小隊は中小の巣穴を他の小隊、中隊に譲ってキングが居ると思われる本拠地を目指した。「天使の羽根」の情報では北東の森の奥にあるらしい。起伏に富んだ森を平ゴブリンの群れを避けながら半日ばかり進むとそれはあった。


 多数の穴のある低い岩棚を背景に灌木と立木とがまばらに生えたかなりの広さの広場があり、そこに枯れ枝で骨組みを作り枯れ草で葺いた粗末な小屋掛けが密集して建てられていた。


 ゴブリンは昼間も行動するものの基本は夜行性であり、正午頃の今は彼らにとっては夜中である。見張りのつもりなのか棍棒や木遣、竹槍を持った平ゴブリンがところどころで見回ったり、地べたに座ったりしているが、この集落に生息しているゴブリンの数から言えばごく僅かだろう。


「火をかけようか」


「止めておけ。山火事になると面倒だ」


 勇人の提案をガリアが一蹴した。


「どうやって一号砦を築こうか」


「村の真ん中近くが空き地になってるだろう。あそこまで行って砦を建てるのにどれだけかかる」


 見ると広場の真ん中近くに直径二十メートルほどの空き地が在り、何となく集会場のように見えた。ここからだと百メートルくらいな距離が在る。


「向こうに往くのに、なるべく隠密行動をするとして四、五十秒、建てるのには五秒。余裕をみて一分ってところかな」


「おめえ、遅せえな」


「最初は見つからないように静かに行動して見つかったら走るとしたらそんなもんだろ」


 (ほっとけ。ワイは昔っから走るんは苦手やったんや)


「最初っから走れ。見つかってから加速するより最初から全力で走るほうが絡まれにくいぞ」


「わかった。それなら三十秒だ」


「よし、あたいら四人は全員前衛ができるから、あたいらとガブルが先に走る。残り三人は前衛の後から着いてきてユージンが砦を建てる間後方から支援だ。それで良いかい」


 全員が頷く。特に決めたわけではないが、自然と経験豊富な「天使の羽根」のリーダーガリアがこの小隊のリーダー役になっていた。それに異を挟む者はいない。


「三で走る。必要がない限り声は出すな。物音も極力控えろ。出会うゴブは斬れ。三・・・二・・・一・・・」


 前衛の五人が山形に散開して走り出した。一呼吸置いて勇人とジェシー、ヨナも走り出す。巡回していたゴブリンが気づいて走り寄ってくるがその間に前衛は広場までの半分を踏破していた。ガリアとバペットが出会い頭に切り捨てる。左翼を走っていたガブルが近づいてきたゴブリンを楯で跳ね飛ばし、後続のイラナがククリナイフで斬り跳ばす。マヤは【風刃】で一匹を倒し、近づいてきたもう一匹を短剣で突き刺した。


 寝転がったり、座り込んだりしていたゴブリンは対応が遅れた。状況を把握し、武器を取って立ち上がるころには勇人は広場の中央付近まで来ていた。前衛と十分に距離があることを確認すると、まず砦の土台を出す。それから後衛の二人とともに土台の真ん中まで走り込むと叫んだ。


「みんな、本体を出すから僕の側に集まれ」


 勇人の声に他の小隊メンバーは戦いながら勇人の方へ後退し始めた。勇人は仲間たちとの距離が十分に近くなったのを確認するとすぐに一号砦を出した。砦の中には前衛と戦っていたゴブリンや近づいてきていたゴブリンが居たが砦さえ出せば後続はない。砦の中に入ったゴブリンはまたたく間に殲滅された。


 前衛組はそこで一息ついたが、勇人はその間にも三階に登って屋根を出す作業をしていた。屋根については前回のゴブリン戦と沼トカゲ戦の教訓を踏まえて、屋根を支える支柱を太くしたほか、二種類用意した。


 ひとつは前回と同じで三階の防壁の高さで蓋をしてしまうタイプのもので、三階の狭間を全部塞ぐ構造になっている。だが、これだと三階からの攻撃に支障が出る。


 そこでもう一種類防壁の上に一メートルの壁を継ぎ足すように屋根から壁をぶら下げたタイプのものを作った。これには防壁の狭間に合わせて切り込みを入れており、狭間からの攻撃にも支障がないように工夫している。


 とりあえず、後者の攻撃型の屋根を乗せた。当分これで大丈夫なはずだ。勇人が一階まで降りてくると入ってきていたゴブリンの死体は無くなっていた。なんでも二階の狭間から外に捨てたらしい。物理的にそのままで出すのは不可能だったはず。


「ゴブリンはどうやって外に捨てたんだい」


「【虚空庫】が使えるのはユージンだけじゃないよ。バペットが自分の【虚空庫】に入れて、窓から手を出してそこから下に落としたんだよ」


「わたくしが『天使の羽根』の運搬係なのですわ。あなたほどではないですが、そそこそこ大きい【虚空庫】を持っておりますのよ」


「謙遜も大概にしねぇ。こいつの【虚空庫】はオーク四、五頭は入るんでぇ。たぶん領都で一番だろうよ。あ、一番はおめえか」


「こんなバカ容量のと比べて欲しくはありませんわ」


 勇人は褒められて嬉しくないわけではなかったが、一号砦まで出し入れするのはちょっとやり過ぎたかなと複雑な気持ちになった。監禁生活が一歩近づいたような気がする。


「それより昼にしようよ。どうせすぐには攻め寄せてこないだろう。でも攻めてきたら飯なんて食べてる暇ないよ」


 ジェシーの言葉にみんなその気になった。勇人はテーブルやイスを出し、その上に作り置きしていた『なんちゃって戦闘食』を出した。みんな勝手に取って食べてゆく。


「それで、奴らはどんな作戦でくるのでしょうね」


 マヤがなんとなくという感じで口火を切った。


「前にジェネラルの巣をやったときには梯子を数本持ち出して登ってきたよ。そのときは得物は棍棒だけだったけど、ここの奴らは木槍や竹槍を持ってたね。やっぱりジェネラルより頭の良いやつが束ねてるんだ。四方から攻めてくるだろうし、鈎縄や脚立みたいなものも使ってくるかも知れないよ」


 ジェシーが同族と言うこともあって気軽に答えた。


「弓も強力になってるだろうし、投槍や投石もしてくるかも知れないわね」


 ヨナもゴブリンがしてきそうな攻撃をそれに付け加える。


「投石はまずいなあ。狭間が広がっちまうぞ」


 勇人が眉間にシワを寄せながらボソッと言った。沼トカゲに尻尾や手足で狭間を破られそうになったとき、準備していた狭間塞ぎの石を使ったのだが、その時の狭間は内側が広くなるタイプだったので、蹴られた時に力を受け止めるのは閂と閂受けだけだった。


 それで今回は外側に広くなるタイプに改造して狭間防ぎの石を狭間の縁全体で受けるようにしたのだが、それだと今度は投槍や矢が狭間の外回りに当たった時に滑って狭間から内側に飛び込んでくるリスクが発生した。


 それで狭間の外回りに細かい溝を掘って外回りに当たった投槍などが狭間から飛び込まないようにした。だが狭間の縁が細くなっているため狭間塞ぎの石を設置するまでは縁が脆弱になっていることは否めない。


「まあ、あれこれ考えても仕方ないよ。広くなりすぎて平ゴブに入られそうになったらそこだけ狭間塞ぎをすれば良いんだよ」


 ジェシーの言葉に勇人も頷いた。


「まあ、無敵の兵器なんて出来ないんだから仕方ないな」


「砦は兵器だか」


「たぶん僕しか使えないけど、敵の軍が押し寄せてきたときに一晩で数十個の砦がしかも二重に出来たら、形勢逆転も在り得るだろう。野戦築城もここまでくれば立派な兵器だよ」


 (問題は、その必要が無いっちゅうことなんやけどな。首都に何千人も完全武装の兵隊を送り込まれて勝てる国はまあ無いわなぁ)


「奴らが動き出したぞ。予想通り梯子を持ち出した。十五・・・十六あるぞ。四面に四本ずつ掛けるつもりだ。前面は大盾を持ったやつで守ってやがる。梯子を持ってる奴は竹の胴衣と腕に楯を括り付けてる。背中に竹槍だな。


 切り込み隊らしいファイターも二匹ずつ付いてやがる。そのあとわんさか平ゴブが付いてきてるし、その後ろにはメイジとアーチャーが多数。おそらくリーダーらしいのが四匹、洞窟の入口付近にジェネラル」


 斥候のイラナが二階の狭間から報告してきた。一気に場の雰囲気が引き締まる。


「どこから迎撃しようか」


「多分四方から攻撃してくるつもりだな。二階から迎撃するのが手っ取り早いんだが、相手の反撃も受けそうなんだな。長丁場になると気の緩みも出てくらあ。怪我してもつまらねえ。二階は閉じちまって三階から一方的に攻撃するのが良いんじゃねえか」


 勇人の問いかけにガリアが答え返した。随分慎重な考えだ。


「でもオラには三階から攻撃する方法は無いだで、ガリアもバペットもイラナだってそうだべ」


「確かにそうですわね」


 ガブルの言葉にバペットが同意する。ガリアも否定できずに渋面を作った。


「それなら、僕の【虚空庫】の中に大量に石があるから、それを上から投げつければ良いよ。三階からってのは僕も賛成だ。ケガをしたときに【治癒】ができるのがヨナだけじゃ心配だし」


「まあ、【治癒】ならイラナも少しは使えるぜ。でも槍で突かれるのは願い下げだがな。石を上から投げて地道に倒すってのは悪くねえ。二階の狭間を閉めてしまえば今の梯子じゃ三階まではどうあがいても届かねえからな」


 ガリアの言い分に文句を言うものもなく、勇人は早速二階に登って手早く狭間を塞いで回った。そのあと三階に登って四辺に石の山を築いて回る。


「石が無くなったらどうするだか」


「なるべく石は真下に投げてくれ。石が無くなったら【虚空庫】を使って下からすくい上げるから」


 最も距離の在る遠距離攻撃ができる勇人とヨナが洞窟の方に向いた二辺に陣取り、力のあるバペットとガブルがその隣に陣取った。後方の二辺には遠距離攻撃ができるジェシーとヨナ、その隣にガリアとイラナが付いた。


 まもなく平ゴブが大勢で梯子を担いで押し寄せてきた。八組は大回りして砦の裏手に近づく。同時に三十メートルくらいにまで近づいたアーチャーやメイジが矢や【風刃】、【火箭】などの魔法を放ってきた。


 砦の遠距離攻撃組は前面に集まってそれに対抗する。魔法は魔素が空になっても休めば回復するが、勇人の石や矢は入れているものが尽きればあとは無い。勇人は散弾用の砂利を一発ずつ発射して弾の節約を図った。これでも初速毎秒百五十メートルくらいはある。


 三十メートルくらいで速度がそう落ちることもないし、重さは五グラムほどだがそれが秒速百五十メートルで当たったときの運動エネルギーは頭蓋骨や皮膚を突き破って脳や内蔵を傷つける程の威力は有った。


 後詰めも出てくるのだがアーチャーやメイジは平ゴブより頭が良い分、先に出た者が全滅したのを見ると尻込みをしてしまい、出るのを躊躇う者が続出している。


 一方梯子を運搬する平ゴブは手つかずになり、四隅に四本ずつの梯子がかかった。これは想定内だ。どうせ三階までは届かない。平ゴブが下で騒いでいる内に、七メートル近い狭間から落とされた頭くらいの石は確実にそいつらの頭を潰し、肩や腕の骨を砕いてゆく。


 第一陣が終わると暫く間があって第二陣が出てきた。おそらく二階の狭間が閉じられたのを見て作り出したのだろう、平ゴブたちが三階の挾間に届く長さの梯子を持っている。


 ただし今度は八台で、第一陣の梯子を二つつなぎ合わせた不安定なものだ。遠距離攻撃は今度は梯子を持つ平ゴブに向けられたが、わらわらと湧き出てきた平ゴブは倒れても次の者が担ぎ手となって前進し、とうとう砦に取り付いてしまった。


 平ゴブが数珠つなぎになって梯子を登ってきた。それを盾にするようにファイターやリーダーが登ってくる。盾になる平ゴブは二、三匹で、それを一体撃ち落とすとファイターたちはその場で登るのを中断し、その間に下から次の平ゴブがファイターを越えて登って来て弾除けになる。これをやられると中々ファイターやリーダーたちを落とせない。


 三階まで到達すると平ゴブを先に立ててファイター、リーダーが躍り込もうとする。それを平ゴブもろとも槍で突き落とす。遠距離攻撃のできる者は余裕ができると隣の梯子を登ってくるゴブリンたちを斜め上から狙い撃ちするのだが、その余裕を作らせないくらいの勢いで自分の受け持ちの梯子からもゴブリンが登ってくる。


 二時間ほど攻防が続いた。


「体力が持たねえ。石も無くなってきたぞ」


 ガリアから声が掛かった。見ると肩で息をしている。


「了解。一度屋根を封鎖する。身体を壁より低くしてくれ」


 勇人はそう怒鳴り返すと一旦屋根を収納し、全員が身を低くして、狭間から離れたのを確認して封鎖形の屋根を乗せた。うまく入り込めたゴブリンも居たが挟まれて潰れた者も多かった。ゴブリンの体液が飛び散る。勇人たちは委細構わず入り込んだゴブリンを突き倒し、一階に降りた。


「一回で二時間の戦闘がせいぜいだな」


 床に転がったガリアがポツリと言った。


「ここまで来たら撤退もできないから、長期戦になる。作戦を変えよう」


 (こっちは八人、敵は無数で、回りを囲んでグギャグギャ言いながら攻め寄せて来よる。「四面楚歌」やな。使い処がちょっと違うんやけど)


「どうするだか」


 勇人の言葉にガブルが投げやりに言った。彼もかなり疲れているようだ。


「狭間を一箇所か二箇所にして後は塞ごう。それなら常時二人で、後は休める」


「巣を掃討するのに何日掛かるかわからないよ」


 ジェシーが心配顔で呟く。彼女も魔素を大分使ったらしく、疲れた顔をしている。


「仕方ないわね。こう囲まれちゃったら撤退できないもの」


 マヤが諦めまじりに現状を指摘した。


「でも、オラたちはもう投げる石がないだ」


 誤算があった。石は下に落ちたものを掬って使うつもりだったが、ゴブリンが群がっていて【亜空間庫】を使っても掬えそうにないのだ。


「石はバカでかいのを十個ばかり持ってるから切り刻むよ。こっちの方が角が立ってて効果的だ」


「それが無くなったらどうするだか」


「寝室や台所を潰すさ。それでも足らなければ風呂、二号砦。一号砦の外側以外は何でもだな。食料は出来合いだけで十日分はあるし、料理するつもりなら材料は当面不足することはない。水も」


「よし、それで行こうじゃないか」


 ガリアが最後を締めて話は終わった。みんな黙って休養タイムに入った。

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