104 小鬼の居留地〜クロスボー・デ・シマッタ
六時間ほど寝ていたらしい。勇人が目を覚ますとみんなもぞもぞと動いていた。ほぼ同時に目が覚めたようだ。
勇人は二階に上がると狭間の蓋を一つだけ取り除いて回りの様子を見た。ここのゴブリンは賢い。勇人らが砦に蓋をしてしまうと攻められないと悟り、自分たちも休憩を取ったようだ。辺りにゴブリンは居らず、砦を遠巻きにして座り込んだり飲み食いをしたりしている。
勇人は急いで屋根を迎撃型に載せ替えると、一面の二つの狭間を残して他は総て塞いでしまった。これで防御すべき地点はここだけになる。その一つの狭間の横に大石を出すとおおよそ二十センチ角に切り刻んだ。これで落石用の石は当分間に合うだろう。
そうしているうちに休んでいた平ゴブが、砦の狭間が開いたのに気付いて押し寄せてきた。これを盾にするようにしてファイターやリーダーも後に続いている。勇人は平ゴブには砂利を、ファイターやリーダーには小石の礫やこぶし大の石礫を当てて対応する。
真下まで来た個体には孤児院で最初に沢山作ってクロスボウで打ち込んでおいた木矢を上から頭目掛けて撃ち出した。木矢と言っても鏃も矢羽根もない、単なる尖らせただけの木の枝。手数を増やして目眩ましにでもなればと作ったものに過ぎない。これでもまともに頭に当たれば一撃で殺れるし、腕や肩にあたっても戦力外にできる。
それでゴブリン相手に戦うこと二時間、次の二人と交代する。一日二時間ずつ三回、二時間戦って六時間休む。これで戦闘力は四分の一になる代わりに一日中攻撃を続けられる。勇人は他に落石用の石の補充が在るがこれは対して労力のいる仕事ではない。それよりも砦の下に溜まったゴブリンの死体を片付ける方が大変だった。これは三階の狭間から【亜空間庫】を伸ばして掬い取った。
そうやって細く長く戦うこと三日、平ゴブの攻撃がまばらになってきた。
「やっと終わりが近づいたようだね」
そのとき攻撃に回っていたガリアが相方のヨナに顔を向けてボソッと言った。疲れた顔に少し安堵の表情が混じっている。
「そうでも無いみたいよ。洞窟を見てちょうだい」
ヨナは洞窟の入口を見ながら促した。チラッとそちらを見たガリアの表情が一瞬にして強張った。
「ユージンを起こしてくるよ。こいつはあいつの仕事だ」
言うが早いかガリアは勇人を起こしに一階へと降りて行った。洞窟の入口からは五体のゴブリン・ジェネラルが十体余りのリーダーと二十体前後のファイターに守られて出てきていた。
全員が胴体前面に輪切りにした竹を巻いてツタのようなもので括り付けている。弾除けらしい。やはり知恵の働く個体がいるようだ。各々の個体が手に手に太い棍棒を持っている。ジェネラルの一体はどこで手に入れたのか戦斧を手にしていた。
こちらが鉛や鉄の弾なら青竹の一本くらいはなんとでもなるが、あいにく生き物相手ということで弾頭はすべて潰れやすいように作ってある。青竹相手だと手前で破裂してしまって威力が著しく落ちるだろう。
こちらにとって幸いなことに、どの個体も竹の応急鎧が災いして機敏には動けないらしく、ぎこちない動きで歩いて近づいてきた。
「うひゃあ、これはまずいなぁ」
二階に登って隣の狭間から外を覗いていた勇人は思わず叫んでしまった。
「頭が丸出しだから、そこを狙って撃ったら、ジェネラルは対魔弾で、リーダーとファイターは重力ボルトで倒せるかなぁ」
ぎこちなく歩いてくるのがジェネラル部隊の弱点だった。二十メートルのところでジェネラルの頭部を狙ってまず重力ボルトを撃ってみた。流石に秒速二百五十メートルの先端に鉄木の鏃を付けたボルトの威力は抜群だった。対魔弾を使うまでも無くボルトはジェネラルの頭に大穴を開けながら後頭部から突き抜け、ジェネラルはその場に仰向けに倒れた。十中八九死亡だ。
これを見た勇人は安堵した。対魔弾は数が限られているが重力ボルトなら十分な数が有る。彼は次々とボルトを撃ち出し、まずジェネラルを倒し、その後リーダーとファイターにもボルトを当てて数分で全滅させてしまった。
それから暫くは静かになった。砦の中では全員が起き出して二階に登ってきている。
「わたくしが思うに、つぎはおそらくキングがでてきますわよ」
「そうだね。僕もそう思うよ。問題はどんな作戦で来るかだね」
そんな話をしているとキングが現れた。リーダーが十二頭付いて出てきて、一組六頭で太い丸太を一本抱えている。キング自体もそれより太い丸太を抱えていた。丸太が三本。今度は竹の防具は付けていない。
(あれ、攻城槌や。まずいわ。あんなんでぶつかられたら流石に砦の壁も危ない)
「おい、攻城槌が三本だぞ。なんとかなりそうか」
「あれでぶつかられたらヤバいだ。十回保たねえだで」
ゴブリンたちが砦を目掛けて走り出した。しかも今度は真っ直ぐ走るのではなくジグザクに走ってくる。こちらの重力ボルト対策だろう。
(「当たらなければ、どうと言うことはない」作戦やな)
さすがに六頭一組の攻城槌は横への動きが鈍いが、一頭で丸太を抱えているキングは横への動きも機敏だ。
(勿体ないけど重力ボルトのショットガン撃ちやな)
一番近くまで来ている攻城槌の前四頭を目掛けて重力ボルト十発を纏めて撃ち出した。外れた。すぐに次の十発を放つ。上手く先頭の二頭を倒した重力槌の先端が下がり地面にめり込む。その反動で後ろの四頭がつんのめって槌を放し地面に転がった。
すぐに次の攻城槌を狙う。今度は一発で当たった。三匹が倒れ、同じように槌の先端が地面に刺さり、反動で残りの三頭がもんどり打って倒れる。
あとはキングのみだ。これは重力ボルトでは無理だろう。身体の中心を狙って対魔弾を撃ち出す。外れた対魔団が地面に当たって土を巻き上げる。委細構わず撃ち続けること五発目に胴体に当たり、身体の真ん中に大穴を開けた。キングは血を撒き散らしながらそのまま数歩前進して倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
遠巻きにしていた平ゴブリンたちがそれを見て、巣穴や森の中に散り散りに逃げて行く。勇人はそれを無視して地面に倒れただけのリーダーたちに今度は一発ずつ慎重に重力ボルトを打ち込んで止めを刺していった。
砦の中にほっとした空気が流れたのも束の間、予期しないことが起こった。
「おい、ここにもゴブリン共が居るぞ」
「狩れ、狩れ」
「あの四角い建物は何だ」
声高に叫ぶ人の声が聞こえてきたかと思うと、森の中から何人もの魔猟士たちが現れた。手にした得物にも衣服にも血がベットリと付いている。おそらく何処かの巣穴を殲滅してきたのだろう。
間の悪いことに時を同じくして洞窟の入口に身長が三メートルを超える巨大なゴブリンが現れた。青竹を胴、二の腕、腕、太もも、スネと分けて巻いている。顔面も露出を最小限にするように青竹で防御していた。
「クイーンだ」
誰ともなくそう言う声が聞こえた。
(悪知恵の働くやっちゃなぁ。負け戦からちゃんと学んで、対策してきよる。ワイらが攻城槌を嫌がったんもちゃんと見とったんや)
脇には太い丸太を抱えている。攻城槌だ。おまけに背中に棍棒をツルで斜め掛けにしている。一号砦の壁を壊して中に入り、棍棒で暴れまわるつもりなのだろう。
勇人が困っているのを見てガリアが声を掛けてきた。
「難しいのか」
「対魔弾を使えれば何とかなるんだけど、生憎観客が多くなったんでね」
「外に出て、あたいらが動きを抑えてるうちに土魔法で切るってのはどうだい」
「そうか。それも有りか・・・これと、これを渡しておくから、まず顔めがけてこれを投げて、それからこれに火を点けて投げてくれ」
「こいつは何だい」
「一つ目の壺はトウガラシの粉だよ。調味料として使うつもりだったんだ。2つ目は火炎壺。火を点けて当てると壺が割れて中の油に火がつくんだ」
「目潰しのあと火攻めか。面白えこと考えるな。分かった。火炎壺は他にもあるか」
「トウガラシ一つと火炎壺六つ渡しとくよ。火が点いたら下がってくれ。土魔法で切る。目潰しが効くまで近づくなよ。あんなので殴られたらいっぺんにお陀仏だ」
「近づきゃしねえよ。死にたかぁ無えからな」
ガリアはニヤッと笑って他の者に火炎壺を渡した。全員それを持つと一階の焚き火から適当に火の点いた薪を取り、出入口まで行った。勇人が出入口を開けると全員が外に飛び出す。そのときドンという大音響が砦に響いた。ゴブリン・クイーンが攻城槌を城壁に打ち当てた音だ。
全員がクイーンに向かって罵声を浴びせると彼女は声の方を見て憤怒の声を上げた。攻城槌を投げ捨てると背中の棍棒を掴んで雄叫びを上げ、突っ込んできた。竹鎧のせいで動きはかなり制限されている。
ガリアは棍棒が振り下ろされた隙に、さっと近づき顔面めがけてトウガラシ壺を投げつけた。壺は顔面に当たって割れ、辺りに赤い粉が舞い散る。途端にクイーンは雷鳴のような悲鳴をあげて左手で目を掻きむしった。
すかさず四方から火炎壺が富んできてクイーンの全身が炎に包まれた。勇人は闇雲に振り回される棍棒を避けて後ろから近づき模造刀に添わせた【次元刀】で棍棒を持つ右手を切り落とした。そしてそのまま模造刀を返しクイーンの首を切り裂く。
クイーンは手を切り落とされた痛みで叫び声を上げたが、その声は途中でゴボゴボという喉から空気の抜ける音に変わり、腕と首とから血を吹き出しながらその場に前のめりに倒れた。
「終わった・・・よな」
(しもた、フラグ立ててもたわ)
「ああ。あとはハゲタカ連中に任せよう。めぼしいのは拾っておいてくれ」
ガリアが近寄ってきて、集まってきた魔猟士たちを顎で指しながら笑った。
「人使いが荒いなぁ」
そう言いながら勇人も安堵の笑みを浮かべている。
「流石に疲れたよ」
「んだ」
「クイーンを殺ったから、たぶんこの騒動も終わりね」
「狩りが出来るようになるのは、まだ先だぜ」
「もう、どうでもいいわ」
「そうね。わたくしもゆっくりお休みしたいですわ」
いざ撤収となると天グリ小隊は速い。バタバタと勇人の【亜空間庫】に放り込んで行くだけだから。
三十分ほどで撤収が終わり、帰宅となった。他の魔猟士たちは生木の枝を洞窟や巣穴の前に積んでいる。煙攻めにして燻り出すらしい。
「あんたたち、たぶんここから離れた場所にもう一箇所以上出入り口があるよ。たぶん一つは竹藪の近くだ」
ガリアが生木を積んでいる魔猟士たちに向かって大声で叫んだ。
「ほんとはハゲタカ共には教えたくないんだけど、今回は出来るだけゴブリンを減らさなきゃならねえからな」
ガリアが肩を竦めて、やれやれと言う顔をした。小隊はそれを潮に領都へと向かって出発した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「この辺にしておくか・・・おい、ユージン、穴掘りだ。この辺りにできるだけ大きな穴を掘りな。おっと、その前にこっちに平ゴブを出してくれ。あとのみんなは嬉し楽しい剥ぎ取りだよ」
森が林に変わり、それが草むらへと変わった辺りでガリアが立ち止まって振り向くとみんなに声を掛けた。確かにこれ以上進むと街に近くなりすぎる。
「やっぱりやるのか」
イラナが露骨に嫌な顔をする。
「当たり前だろ。やらなきゃ金にならねえんだからな。分前が要らなけりゃやらなくていいよ」
勇人が平ゴブリンばかりを指示された場所にドサッとだすと、勇人を除いて全員が不満タラタラながらも剥ぎ取りを初めた。驚いたことにジェシーもマヤも不平一つ言わない。勇人が二人を見ると目がドルになっている・・・ような気がした。エルフはお金が大好きなんだろうか。
勇人も穴掘りを始めた。二メートルの長さしか無い【次元刀】を使っての穴掘りは手間ばかりかかる。
(リビング・ブルドーザーやな・・・穴掘りするんやからユンボか。ブルドーザー言われたお人は総理になりよったけど、そのあと刑務所やったなあ。それは勘弁やで)
思考を漂わせながらひたすら穴を掘る。その間にガリアから命じられるままに、ゴブリンの死体を出してゆき、剥ぎ取りの終わった死体を穴に放り込んで行く。頭の中が空っぽになった頃、ガリアから声がかかった。
「終わったぞ。上から土を掛けて埋め戻してくれ。平ゴブが九百九十八頭、アーチャー、メイジ、ソルジャーが合わせて百一頭、ジェネラルが十頭、キング、クイーンが二頭・・・百二十両くらいにはなるな」
「一人十五両か。三日間昼夜関係なく働いた儲けとしちゃしけてるな」
「あらぁ、そんなこと言っちゃだめでしょう。街のために頑張ったのですもの、お金じゃないですわよ」
「オラ、どうでも良えだ。ゆっくり寝てえだよ」
「今では十五両も貴重よ」
「うん、ボクもそう思う」
「疲れた・・・」
「十五両か。まあ、無いよりはましね」
みんなひっくり返って好き放題言っているが、一応に声に安堵の響きが籠っていた。一応に衣服が血に染まっている。それが作業の凄惨さを物語っていた。ひとり衣服に一点のシミもない勇人は少し離れたところで目立たぬように丸まっていた。




