105 私を海に連れてって
翌日は休みにした。誰も出かける者は居らず、自分の部屋でまったりと過ごしていた。食事はゴブリン退治に向けて準備したもので済ませた。
夕食の時、例の話題が持ち出された。口火を切ったのはジェシーだ。
「ところで、エフラは何時迎えに行くのかな、種馬さん」
ジェシーはガブルの行為がよほど自分の倫理観に反するのか、それともエフラの体型にコンプレックスを感じている反動なのか、この話になると必ずガブルを煽ってくる。まあ理由はたぶん後者だろう。勇人は苦笑いを禁じられなかった。
「そ、そんな話が有っただか」
ガブルがしどろもどろになって、それでも懸命にしらばくれた。
「あら、お家までプレゼントしたのにもう忘れたの」
ヨナがジェシーの尻馬に乗ってガブルを弄る。
「まあ、今はゴブリンの巣を壊滅させただけで、逃げ出したりしたオークが戻ってくるのもすぐって訳じゃないだろ。生活が安定してからでも良いんじゃないかな」
勇人は控えめにガブルの援護にまわった。ジェシーがキッと睨んできたが明後日の方を向いてそれに視殺されるのを躱す。
「ヨナの刺客を躱す意味もあるし、東へ狩猟旅行にでないか」
その援護の続きで、他の理由も持ち出して狩猟旅行の提案をしたが、案に相違してヨナがこれに食いついた。
「東ねえ。十日ほどの旅で海に着くわ。海は良いわよ。白砂、打ち寄せる波、魚も川と違った美味しさがあるわ。行きましょう、大賛成よ」
「オラ、海なんて見たことねえだ。ぜひ見てえ」
ガブルは必死でその尻馬に乗る。
「まあ、当面お金に困ることはないし、街のためにも狩猟旅行は良いわね。街の食料がこんな状態だから今エフラを呼んでも苦労させるばかりだし」
ジェシーもエフラを呼ぼうと言い出しはしたものの、元々ガブルの誂い半分だったので、特にそれに固執するほどのこともない。それで勇人がガブルの援護射撃で言い出したことが現実的な話となってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日は勇人の弾の補充に充てた。魔法なら寝てれば満タンになるが、勇人の場合は【亜空間庫】に入っているだけしか弾はない。ついでに非常食として十日分の屋台飯、ジェシー用の矢を補充する。矢は実のところは殆ど使っていない。
「ねえ、隣街まで馬車に乗って行かない?」
組合の飲食コーナーで一休みしながら今後の話をしていたとき、ひとり依頼板を見ていたジェシーが席に戻りながら問いかけてきた。
「どう言うことかしら」
ヨナがお茶を飲むのを止め、ジェシーを見て聞き返す。
「東隣の街、ノッツェルまで馬車の護衛依頼が出てるんだ。条件はD級四人以上の分隊で全員が遠隔攻撃できること。依頼料が安いんで引き受け手が無いみたいだよ、もう依頼が出てから何日も経ってる。ボクの見るところ、領都に食料でも運んできた帰り車で空より益しって荷物だから余り出したくないんだろうね」
その説明を聞いて勇人が身を乗り出した。ヨナも先日のゴブリン退治でD級に昇格したため条件に欠けることはない。おまけに勇人の手元には何かのときに使えと言って渡された「天使の羽根」の推薦状まである。引き受けを申し出ればほぼ契約成立となるだろう。
「僕たちのためにあるような依頼だな。ぜひ受けよう」
「そうだろ。歩いて行くつもりが馬車に乗れておまけにお金まで貰えるなんて、こんな良い話はそうないよ」
「そうね。楽をできるんならそれも良いわね。旅の趣旨からは少し離れてるような気はするけれど」
「オラは異存無えだ」
ガブルが慌てて短く同意する。今の彼にジェシーの意向に逆らうと言う選択肢はないらしい。
「でもオラ、遠隔攻撃出来ねえだぞ」
「そうだったわねぇ」
ガブルの言葉に相槌を打ちながらヨナは勇人を見た。何か考えろと言うのだろう。
「僕の石弓を貸すよ」
「オラ、石弓なんて使ったこと無えだ」
ガブルは心配顔で勇人を見た。
「石弓なんて、狙えば大体そっちの方に飛んでゆくよ。片付けるのは他の三人がやれば良い」
「荷主に技を見せろって言われたらどうする」
「僕が見せてあとは誤魔化す。それしかないな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
この世界ではどの国も国土の広さに比べて人口が極端に少なく、その分未開拓の森林や荒野が多い。魔物との戦いの帰趨が、人口と人の支配する土地の面積を決めるのがこの世界のあり方だ。人は魔物との戦いに負けてはいない、だが勝っているとも言えないのが現状なのである。
その結果、街道を歩いていても両側が深い森という場所は多い。街と街との間だけでなく、その間に存在する村と村との間にさえ、森や林、荒野、湖沼地など魔物が密に生息する場所が存在する。
この世界での物流は川船か馬車頼りである。水中は魔素が少ないせいか魚類の魔物は居らず、地球で言えばカワウソやビーバー、ラッコなどのように水中での生活にある程度適応した小型動物が魔物化したものが居るくらいで、平坦な国土ということもあって河川水運は結構発達している。
しかしラフィアディアから東のノッツェルまでには浅瀬があるため水運には向かず、この間の物流は馬車が担っている。森を荷馬車が安全に抜けるためには馬車を守る者が必要になる。そこで荷主は傭兵か魔猟士の護衛を雇うことになる。
荷主は依頼書に記載された宿に居た。依頼書を見て応募しに来たと言うと自室に通され、荷馬車の所有者兼荷主はヤコブと名乗った。「グリフォンの夢」の四人も分隊名と名前を名乗り、組合員証を見せた。全員がD級であり、条件の一つはクリアしたことになる。
「ところで、皆さんは遠隔攻撃はできますかな」
ヤコブは勇人たちに向かって二番目の条件について問いかけた。
ジェシー、ヨナの二人は魔法による遠隔攻撃の手段があると言い、勇人はクロスボウを見せた。宿の居室ということもあって、ヤコブも腕を見せろとは言わない。
「こいつも石弓使いだよ」
勇人がそう言うとガブルもクロスボウを取り出して見せた。
「そうですか。皆さん遠隔攻撃が出来るんですね。それじゃあ契約といきましょうか」
遠隔攻撃では襲撃してきた魔物を脅して追い払えれば良いらしく、命中するか否かはヤコブもあまり問題にしていないようだ。
実際にはヤコブに出会いに行く前に、勇人がクロスボウを八丁貸し、ガブルはしばらく【虚空庫】からクロスボウを出し入れする練習をした。その結果、付け焼き刃なので当たるかどうかはわからないが、出し入れだけはうまく出来るようになっていた。これで誤魔化すつもりだったが、その必要も無かった。
四台の馬車ということなので、ガブルを二台目に乗せて前後にジェシーとヨナとが乗ることでカバーできるだろう。一番後方には勇人が乗り、後方への見張りという名目で荷台の後ろに座ることにした。これで御者に見られることなく【亜空間庫】から攻撃できる。
「ヤコブさん、僕たちからも条件が有るんだけど、獲物を倒したら全部僕たち取り分ってことにして欲しいんだ」
「ううん。解体に時間がかかるのは・・・」
「五分以内に終了するということでどうだろう」
「それなら許容範囲ですか。依頼料が安いのは私だって自覚していますよ。良いでしょう、それで同意します」
ヤコブと分隊代表として勇人が契約書に調印し、四人はそれと依頼書を持って組合事務所に行き依頼受任を報告した。これで正式に組合案件となる。出発は翌朝だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一日目は何事もなく宿泊予定の街に着いた。宿代は自前ということだったので街の組合支部で風呂のある宿を聞いてみたがそんな宿はないと言う。四人で相談のうえ、食事だけ街で済ませ、東側の出入口から五百メートルくらいな場所に空き地を見つけて二号砦と風呂ユニットを出してそこで一泊した。
二日目も朝、東門のところで荷主と落ち合い、昨日と同じフォーメーションで出発した。この日は森に近いこともあってゴブリンの数匹の集団が二回、オークが二頭纏めて現れたが、ゴブリンはジェシーとヨナが【風刃】で倒してしまった。オークは後ろから来たので勇人が引き付けておいて十五メートルの距離で【亜空間庫】から重力ボルトを放って倒した。
オークについては荷主との事前の約束どおり馬車を停めてもらい、勇人が【亜空間庫】に収納した。
その夜は野営になった。
「どうする?」
野営地として整備されている空き地に荷馬車が停まり、荷主や御者たちが獣避けの石を置いたり、馬の世話をしたりし始めたとき、それを見ていたジェシーが勇人に聞いてきた。
「僕たちだけ砦って言う訳にもいかないだろ。それに見張りもしなけりゃならないから今日はテントだな」
ジェシーの問いかけが寝床をどうするかということだと受け取った勇人はそう答えた。
「そうだよねぇ」
ジェシーも分かっていたという風に同意した。だがかなり不満そうだ。きっと風呂に入れないのが恨めしいのだろう。
「オラたちもテント立てて、晩飯の準備するだ」
ガブルが元気のいい声で促す。
「種馬さんは、テント立てるのは上手だよね。任せるよ」
ジェシーはガブルの元気の良い様子に腹が立ったのか、品のない揶揄で返した。
(うわぁ、なんちゅうえげつない嫌味言うんや。こいつほんまに十九か)
「ジェシー、ここは他の人の耳もあるんだから自重、自重よ」
さすがにヨナもこれはと思ったのだろう。中に割って入る。
「と、取り敢えず、テント立てるから。食事の用意は頼むだよ」
ガブルはどきまきしながらも、ジェシーの嫌味に気付かない振りをして勇人を見る。テントを出せということだろう、勇人がそう察して【亜空間庫】からテントを出すとガブルはそれを持って逃げるようにテントサイトに向かった。
勇人はそれを見送ると炊事場の近くまで行き、調理道具と食材、調味料など料理に必要な物を出し始めた。ヨナがそれを見て驚いている。
「何時ものように調理済みのものを出しましょうよ」
「駄目だよ。調理もしてないのに湯気のたった料理を食べてるなんてヤコブや御者たちには見せられない」
「そう言われればそうね」
ヨナは勇人の言葉に頷いたが不満そうだ。
「誰が調理するの。言って置きますけどわたしは料理は出来ないわよ」
「貴族のお嬢様に調理スキルは求めてないよ。僕がやるさ」
「あっ、ボクには尋ねないんだ」
「ジェシーは出来るのかい」
「どうにか我慢が出来る程度のものなら作れるよ」
「自分で作って『我慢が出来る程度』ってどんな食い物だよ。僕が作るよ。孤児院料理だけどジェシーよりはましそうだ」
ギスギスした雰囲気になりながらも、テントが張られ、料理ができ、食事も終わった。
勇人たちは二人一組で夜の見張りをするつもりだったが、ヤコブと御者も一人ずつ見張りをすると言う。話し合いの結果、「グリフォンの夢」から一名、ヤコブたちから一名の二名四組で一晩を回すことになった。夜九時から朝五時まで八時間、一組二時間ずつだ。
勇人とガブルは途中で置きなければならない二番目と三番目の見張りを選ぶと言ったがジェシーとヨナは承知せず、くじ引きで決めることになった。その結果、最初がガブル、二番目がヨナ、三番目が勇人、最後がジェシーとなった。
勇人の相方になったのは見たところ二十四、五の無口な男だった。中々精悍な顔つきをしている。話しかけても生返事しかなく、勇人は暇を持て余してしまった。二時間してヨナを起こし、代わりにテントに入った。一日荷馬車に揺られて疲れていたのだろう。直ぐに眠りに落ちた。
眠ってすぐだったのか、もっと時間が経っていたのか分からないが、突然の悲鳴で起こされてしまった。勇人は何事かと慌ててテントを出て辺りを伺う。
そこには焚き火に照らされて仁王立ちになっているヨナと、痙攣しながら地面に横たわっている二人の男がいた。一人はズボンの前を濡らしている。
「バカなやつ。女だからって魔法使いを舐めるんじゃないわよ。使えるのは【風刃】だけじゃないんだからね」
その言葉で総てが分かってしまった。勇人の相方になった男とヨナの相方になった男が示し合わせて二人がかりでヨナを襲ったのだ。たぶんヨナは風魔法使いだと読んで二人がかりでいきなり襲えば何とでもなると考えたのだろう。その挙句に【電撃】を食らって伸びているという訳だ。
ジェシーとガブルも出てきて様子を見るなり経緯を悟ったのだろう。呆れ顔をしている。もちろんヤコブともう一人の御者も出てきている。
「ヨナさん、申し訳ありません。うちの御者がとんでもないことをしてしまったようで。こんなことをする奴だとは思っておりませんでした」
ヨナは何も言わずに男たちをゲシゲシと蹴っている。
(あっ、アビーと同じことするんや。それにしても激怒プンプン丸やな。どうしょうか)
「旅の途中ですし、ノッツェルの街までは御者をさせて下さい。街についたら直ちに解雇しますので」
ヤコブは平謝りだが金のことは口にしない。さすが商売人である。謝るのはタダということか。
「落とし前はどうするのよ。まさか謝って終わりってことはないよね。ゴメンで済むなら領兵は要らないよ」
(出たでぇ、ジェシーさんは金の亡者や。さすがエルフやな「個人の感想です」ってな)
「い、いや、それは・・・」
ヤコブはしどろもどろになるも、金を出すとは言わない。さすが商人だ(個人の感想です)。
「良いわよ。お金に不自由してるわけじゃないし。お金を貰ったら、何か自分を切り売りしてるみたいじゃない」
「そ、そう。ヨナが良いんならボクが言うことはないんだけど・・・勿体ないなぁ・・・」
ジェシーもヨナが良いというのでは引き下がらざるを得なかったが、最後に小さく守銭奴ワードを呟いた。
「解散、解散。もう寝なさいよ」
「僕が一緒に起きておくよ」
ヨナの言葉に勇人が不埒な御者の代わりに起きておくと言った。
「うん。お願いするわ」
これで騒ぎは一段落し、二人を残して全員が寝に行く。痺れていた二人も起き出してコソコソと自分たちのテントに潜り込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
次の朝から、不埒な二人の御者は勇人とガブルの護衛する馬車の御者を務め、休憩のときもヨナとはなるべく目を合わせないようにコソコソとしていた。その日の夜は街での宿泊だったので、勇人たちは街の外で二号砦を出して泊まった。風呂に入れたことでヨナとジェシーの機嫌も治ったようだ。
最後の日も何もなく終了し、夕方ノッツェルの街に到着した。これで任務は終了だ。依頼票に依頼完了のサインを貰ってヤコブと別れた。宿泊は前日と同じ二号砦だ。
「もう、護衛依頼は懲り懲りだわ。歩いて疲れる方がよっぽど良いわね」
「ボクもそう思うよ。対してお金になるわけじゃないし、ひょっとしたらボクが被害者になってたかも知れないしね」
「それはないわよ」
ジェシーが同調するついでに、ちゃっかり自分もヨナ側であると主張したものの、それはすかさず否定されてしまった。彼女はあまりの仕打ちに返す言葉を失なって立ちつくした。
とにかく明日からは徒歩での旅だ。




