106 死して屍拾い様なし
それから数日は特に変わったことはなく、時々森に入って狩りをしたり絶景ポイントでまったりと景色を眺めてお茶をしたりしながら東への旅を続けた。どこでも簡単かつ安全に野営できるのは本当に便利である。ただお湯が次第に乏しくなってきている。夏なので水か微温いお湯でシャワーにしてくれると助かるのだが、女性二人は風呂を要求して譲らない。困ったものだ。
ノッツェルの街を出発して四日目の夜のこと、入浴と夕食を済ませて四人でテーブルを囲んでお茶を飲みながらまったりとしていた。
「今日は朝から妙に大勢、旅人と出会ったと思わない?」
ヨナがポツリと言った。
そう言われれば行商人や運送業者の馬車、魔猟士や傭兵など街道で出会ってもおかしく無い者でも昨日までよりは頻繁に出会った気がするし、物見遊山としか思えない旅人にも何組か出会った。
地球でならそうおかしな事ではない。だがこの世界では移動手段が徒歩か馬か馬車に限られ、道中には山賊だけでなく魔物まで出るのだ。ホイホイと気軽に旅行が出来る世界ではない。旅は常に命懸け、それが常識の世界だった。
こんな世界で物見遊山を目的に旅をするのは「グリフォンの夢」みたいな酔狂な連中だけである。自分たちのことを棚に上げて言うのもどうかとは思うが、そんな者に一日に何度も出会うわけがない。
「そう言われたらそんな気もするだ」
「わたしの追っ手なのかなあ」
「それは考えすぎだよ。ユージン、あの連中が持ってた手紙はどうしたんだ」
(やば。こっちに飛び火しよったわ。正直に言うたら【そこまでドア】のこと話さんといかんようになるやんか。それだけはあかん)
「あ、あれか。あれは二、三日遅れたけど南の街から出しておいた、ような、そうじゃないような」
「ハッキリしないわねぇ。出してないの」
「出したよ、間違いなく出した」
「ふうん・・・何か怪しいな」
勇人はそっと目を逸らした。【そこまでドア】だけは言うつもりはない。
「と、とにかく二号砦に入ってる間は安全だから。念のために狭間はみんな閉じておこう」
そう言うと勢いよく立って二階へと走った。ここは三十七計の使い時である。
勇人が二階でノロノロと狭間に蓋をしていると、下では三人が何かボソボソと小さな声で話し合いをしていたが、暫くしてジェシーから声が掛かった。
「いい加減に降りといでよ。どうせ出し忘れたんだろ。今、話してたんだけどあんたが一人で一日出かけた日は無かったものね」
(ワイの信用が大事か秘密が大事か言う二者択一や。まあ、究極の選択言う訳やあらへん。秘密取るしかないなあ)
「すまない。忘れてたんだよ」
勇人はそう言いながら一階に降りて話の輪に加わった。
「ふん。自分の失敗を隠そうとするなんて最低だよ」
ジェシーは勇人を睨みつけると吐き捨てるように言った。
「ま、まあ、明日からどうするか。前向きに考えるだよ」
「そうね。私を追いかけてるとは限らないんだし。ひょっとしたらユージンが狙われてるかも知れないわ」
「それは有るかも。これだけ入る【虚空庫】持ちはめったに居るもんじゃないし」
ジェシーもそれには同意する。
「明日はどうするだか」
「とにかく回りに気を配りながら様子を見るしかないな」
結局、回りで怪しい動きがあるみたいだというくらいしか分かることはなかった。
「明日は、ガブルは盾を持って、ヨナの護衛に当たってくれ。ジェシーは先に立って警戒を頼む。僕は後方から警戒と援護とに当たるよ。こんな布陣でどうだろう」
「妥当なところだね」
ジェシーも同意する。ガブルも異存はない。ヨナも自分が一番狙われている可能性が高いと知っているので文句は言わない。
戸締りはしたし、夜は大丈夫だろう。流石に一瞬で石壁に大穴を開けられるほどの土魔法使いは使い捨てにはできないはずだ。明日は明日の風が吹く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日は案に相違して怪しい動きは全く無かった。森を抜けて右手が林、左手が草むらを挟んで河原という場所に差し掛かったところで昼になった。ここで一旦休憩を取って昼食にすることにした。ここなら見通しが良いので突然襲われるということは無いだろう。
「森の中では何も無かったね。昨日のは偶然で、考えすぎてたのかなあ」
ジェシーは考えすぎだったのかと少し警戒を緩め始めた。
「昨日の行動は標的の確認で、それが済んだから今日は誰も通らない。次の行動はどこかで待ち伏せってのも在るかも知れないよ」
「嫌なこと言うだな。一対一なら何とかするだども、二、三人もは相手にできねえだで」
勇人の言葉にガブルは露骨に嫌な顔をした。ジェシーが先頭に立っているものの、距離的には二、三メートル前に居るだけで、異常があれば直ぐに後退す
る手筈になっているので、直接攻撃を防ぐ役目はガブル一人にかかっている。ここへ来て前衛盾職が一人という「グリフォンの夢」の弱点が顕になった。
食休みを終えて、四人はまた歩き始めた。やがて左の河原に大きな岩が見えてきた。街道から三十メートルほど外れている。四人はその岩陰に刺客が居るのではないかと注意の大半をそちらに向けていた。
まだその岩まで五十メートル近くあるところで、勇人はたまらなくなってその裏手を確認しようと思い、三人の先に出るとその岩の近くまで街道を小走りに進んだ。
岩の裏手を見たが誰も隠れてはいなかった。勇人はホッとして歩いてこちらへ来る三人の方を見た。そのとき、林の方で何かが動くのが見えた。三人に気が付かれないようにジワジワと林の下草の中を進んでいるがもう三十メートルもない。よく見るといずれも迷彩柄の服を身にまとい、抜き身の剣を手にした男たちが五人。
「刺客だ。逃げろ」
刺客だと直感した勇人は大声でそう叫び、自分も三人の方に走りながら重力ボルトをショットガンモードで撃ち出した。二人倒した。しかし気付かれたと悟った刺客たちは街道に躍り出てジグザグに走りながら三人に迫る。
刺客たちに自分と仲間との間に入られたため迂闊にボルトを打てないので、勇人はひたすら走った。あと十メートル、しかし刺客も仲間まで三、四メートルにまで迫っている。身のこなし一つを見ても相当の手練れだ。ガブル一人では鎧袖一触だろう。
勇人は仲間と刺客との間に一号砦の土台の一端を出すと今度はそのまま逆に後ろに走った。最初【亜空間庫】から顔を出しただけだった土台は勇人が後ろに走るに連れて斜めになって現れ、全体が現れると平らになって地面に落ちた。
真ん中に居た刺客の首領らしき男とその右側にいた男は二人で縺れたために逃げ遅れて土台の下敷きになった。左側の男は土台からは逃げ切れたが至近距離からヨナの電撃を喰らい、ジェシーの【風刃】で首を切られて命を落とした。
「な、なんとか間に合った」
勇人は息を切らしながら安堵の言葉を漏らした。
「こいつら人狩り専門の傭兵だわ。岩に注意を向けさせて反対側から忍び寄る。自分たちの安全を最大限に図りながら任務を果たすなんて長年この仕事をやってるベテランね」
「だからこそ、予想外の反撃を受けて動揺したんだろうね。ボクの【風刃】に手もなく殺られるなんてプロらしくもない失態だよ」
「それにしても後始末はどうするだか」
「一度【虚空庫】に入れて岩だけって条件で出してみるよ」
勇人はそう言うと一号砦の土台を【亜空間庫】に収納して、別の所に出してみた。予想通りベットリと着いていた血糊や遺体の一部は【亜空間庫】内に残りきれいになった土台だけが出てきた。それを確認してもう一度収納する。今度は遺体の一部と土台を分けて認識できるようになった。
「土台の方は綺麗になったけど、そっから分離したものや、ここに残ってる遺体はどうしようか」
目の前の地面にはほぼ原型を留めない二体の遺体があった。逃げようとして絡み合ってしまったところを土台に押しつぶされたのだろう、二体を分けることさえ困難だった。
(間者は「死して屍拾う者なし」と言うけど、これでは拾い様もあらへんなぁ。「死して屍拾い様なし」言うとこやな)
「こっちの足取りを掴まれても困るし、林の奥に穴掘って埋めてしまおう」
ジェシーが酷いことを言う。二十歳前の娘とはとても思えない言動だがそうするしかないのも確かだ。
「話にはきいてただが、森人は冷酷だべ」
ガブルが勇人にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。
結局、林の奥に穴を掘って、良く言えば埋葬、実態としては証拠隠滅をした。四人はげっそりとした顔で街道を東に向かった。
「でもね。昨日は密偵らしいのが沢山通ったでしょう。さっきの五人は暗殺の実行役、昨日のは情報収集役だとしたら、私たちがこの街道を東に向かっていることは相手に筒抜けよね」
そう言われればそうだ。四人は言った本人のヨナも含め、もっと落ち込んでしまった。
四日後、海辺の街はハブラガディアに着いた。ここはハブラガ男爵領の領都である。




