107 裏路地の少年たち
すみません。アップを忘れてました
途中、刺客に狙われて大変な目にあったが、無事ハブラガディアに着いた。ハブラガ男爵領の領都だ。そして港町だ。港町と言えば魚料理、こういう場所では高級な料理店よりも街の大衆食堂の方が美味しいことも多い。勇人たちはそういう店を捜した。
「あの店なんかどうかしら」
「あの店は看板を見てみろ。禄に掃除がされてなくて埃が溜まってるよ。たぶん美味くないと思う」
港町だけあって魚料理を売りにしている店がずらりと並んでいる。ヨナが選んだのは一見小洒落た感じの店だが、ジェシーが言うように目立たないところの掃除が行き届いていない。流石に三年も旅をしてその間に飲食店にも勤めて路銀を稼いだと言うだけ有ってジェシーは細部まで見逃さない。
「なるほどねぇ。じゃあ、ジェシーはどの店が良いと思うの」
ジェシーは何軒か見ていたが、暫くしてそのうちの一軒を指さした。
「ここが美味しいと思うよ」
それは如何にも古色蒼然とした目立たない店だった。
「えっ、なんか古そうじゃない。なんでここなの」
「まず、店が古いということは長く営業してるってことだよ。それに出入りする客を見てると如何にも地元の猟師って人が多い。猟師が魚のことは一番よく分かってるから彼らが選ぶ店は美味しいはず。それに店は古いけど手入れは行き届いている。この辺りじゃここが一番だと思うよ」
「なるほどねぇ。じゃあこの店にしましょう」
ヨナとジェシーの意見が纏まったようだ。男二人にはこういう時に口を出さないだけの分別はあった。
店に入ると早速香ばしい揚げ物の匂いがしてきた。店内に魚臭さは一切ない。当たりらしい。
「らっしゃい。四名様だね、適当なところに座っとくれ」
女将さんらしき恰幅の良い女性が愛想よく声を掛けてきた。見渡すと昼の時間を少し過ぎていることもあってチラホラと空いたテーブルがある。四人は窓際の席に陣取った。
「お勧めはあるかい」
注文を取りに来た女将に勇人は尋ねた。
「昼定食が、アジとポテトのフライとアラの潮汁に湯引きの膾とご飯で、今日のお勧めだよ」
「それじゃ、僕はそれにするよ」
勇人がそう言うと他の三人もそれに乗った。
「それと生の魚を薄く切った料理はあるかなあ」
「おや、刺身を食べるのかい。あんたら他所から来た人だろう。刺身を食べるなんて珍しいねぇ。タイとアジとイカの刺身の盛り合わせがお勧めだよ」
「じゃあ、それを一人前たのむよ。みんなはどうする」
「わたしは生魚はちょっと」
「オラも駄目だで」
「あら、美味しいよ。ボクは頼む」
「じゃあ、二人前だね。あんた、昼定食四、刺身盛り合わせ二丁」
女将さんが大声で調理場に向かって怒鳴ると調理場から返事がきた。
「定食四、刺身二、喜んで!」
(どこの居酒屋やっ)
定食はなんちゃってフィッシュアンドチップスにタイの皮の湯引きで作った膾と潮汁という和洋折衷メニューだったがアジのフライが中身ホクホクで衣はカリッとしていて満足のいく出来だった。刺身も新鮮でさすが漁師御用達だと刺身の国の人を唸らせた。ヨナもガブルもナニソレと言う顔をしていたが。
遅い昼食が終わって出されたお茶を飲んでいると、女将がつつつと寄ってきて小声で話しだした。
「あんたらこの街は初めてなんだろ。いい大人だったら放っとくんだけど若い子だから忠告しとくよ。夜、路地に入っちゃ駄目だよ。入って身なりの良いチンビラの五人組に囲まれたら素直に言うことを聞いときな。逆らうと面倒なことになるから」
それだけ言うとことさらに大きな声で代金を告げた。
「定食が一人前五十文で二百文。刺身が八十文で百六十文、合計三百六十文だよ」
「ありがとう。ご馳走様」
勇人はそう言って代金を払うと、四人で店を出た。
「美味しかったわ。さすが旅慣れたジェシーのお勧め店だったわね」
「んだ。オラ、魚があんだけ美味えとは知んなかっただ」
「どの店でも美味いって訳じゃないよ」
ジェシーは褒められて嬉しいのか、鼻の穴が開いてヒクヒクとしている。
「ところであの忠告は何だったんだろう」
「きっとガラの悪いチンピラが街の弱そうな人を脅して金を巻き上げてるのよ。出てきたらギタギタにしてやればいいんだ」
ジェシーが息巻く。
「それだけだか。ならもっと早く誰かがギタギタにしてるだべ」
「うん。あまり関わりにならないほうが良さそうだね」
「グリフォンの夢」の男性陣は総じて慎重派だ。
「ここの領主のハブラガ男爵はあまり良い噂は聞かないわ」
貴族のお嬢様は領主の噂くらいは聞いているらしく、慎重派に組みした。
「とにかく海へ行こうよ。海がボクを待っている」
「そうね。せっかく来たのですもの。海を楽しまなくっちゃ」
「その前に宿を取っておこうよ」
勇人の至極当たり前の提案には全員反対も出来ず、まず組合事務所に行った。宿はここで紹介してもらうのが一番手っ取り早いし、間違いも少ない。
受付で紹介されたのは「海鳴り亭」というひねりのまったくない名前の宿だった。
「少し高いけどシャワーがあるし、ベッドも清潔よ。コスパは一番ね・・・それと路地裏で身なりの良い五人組にカツアゲされたら、言いなりに出しなさい。有り金全部なんて言わないから絶対に逆らっちゃ駄目よ」
「よっぽど手強いんだな」
「そうじゃないけど・・・色々在るのよ、この街も」
倉庫街から、倉庫の間の路地を抜けると砂浜に出る。夏の強い日差しの中に倉庫の壁を背に何軒も海の家が並んでいる。その前にはパラソル・・・ではなく、日本でなら催し物に使われるようなテントが並んでいた。異世界ならではの風景だろう。
「ユージン、バスユニットを出してよ。水着に着替えるんだから」
ヨナが勇人に向かって、当然という調子で要求してきた。ジェシーも早くしろという顔で見ている。
「嫌だよ」
「えー、何故なんだよ。意地悪言うなよな」
ジェシーが膨れっ面になった。
「別に意地悪してるんじゃないよ。こんなところでバスユニットを出したら目立って仕方ないじゃないか。海の家にある更衣室を使ってくれよ」
「分かったわ。ユージンの言い分も無理のない話だし、ここは海の家にするわ」
ヨナは不満そうだったが、とにかく納得はしてくれた。全員が水着に着替えて貸テントを借り、それを拠点に遊び倒した。と言っても泳げるのは勇人だけで、内陸育ちの三人は水辺でバシャバシャするだけだったが。ちなみにゴムはないので浮き輪はないし、ビーチボールもなかった。それでも気がついた時には辺りは薄暗くなってきていた。
四人は慌てて着替え宿へと帰り始めた。浜辺とそれに平行に走る倉庫街の道路の間には倉庫がびっしりと立ち並んでおり、浜辺から倉庫街の道路に出るためには倉庫と倉庫の間にある路地を通る他ない。長さ約五十メートル、幅一・五メートルの通路である。
四人はその路地に入ると足早に通り抜けようとした。ジェシーとヨナとが先に立ち、勇人とガブルがそれに続いていた。通路を半分くらい通り抜けた時、前から三人の人影が現れた。よく見ると大柄ではあるが顔からはまだ幼さが抜けきっておらず、十四、五歳、せいぜい十六歳くらいだろう。三人とも小綺麗な格好をしているが、わざとにそれを着崩しており、突っ張ってるオーラ全開である。
勇人は引っ返そうと思って後ろを見たが、後ろからも二人同じ様な年格好の少年たちが現れて退路を塞いでいた。
前方の三人のうちで真ん中に居るいかにもリーダー然とした少年がニタニタと笑いながら言った。
「兄ちゃんたち、有り金全部とは言わねえ。少し小遣いを恵んでくれねえかなあ」
(あー、あっちこっちで聞かされた絶対に逆ろうたらあかん奴やな。癪やけどトラブルは嫌やしちいとぐらいなら恵んどこか)
「幾ら欲しいんだ。小遣いくらいならやるよ」
「なかなか気前が良いじゃねえか。一人当たり金貨一枚恵んでくれよ」
「それは大金だな。俺達の格好を良く見ろよ。そんなに持ってると思うか。銀貨一枚で勘弁してくれよ。それで十分遊べるだろ」
勇人たちは海水浴帰りで面倒な防具も武器も【虚空庫】や【亜空間庫】に仕舞って街着で歩いていた。確かに金を持っていそうには見えない。
元々後衛が三人、前衛一人というアンバランスな分隊である。武装していなければひ弱な一般人と区別は付かない。少年たちがターゲットに選んだのはそれも理由の一つだろう。少年たちのリーダーは強気に出た。
「黙って出せば良いんだよ」
「それは恐喝かな。そこを退いてくれ、出す気がなくなったよ」
「出さなければどうなるか分かってるんだろうな」
「いやあ、察しが悪くってね。言葉にしてくれないと分からないよ」
「こうするんだよ。この女はお前が金を出す気になるまで預かるからな」
少年はそう言うなり、ヨナの腕を掴んで捩じ上げて首筋にナイフを当てた。
「あなた、それは営利誘拐ってことになるわよ。この国では良くて終身懲役刑、悪くすれば公開処刑だわ。もしあなたが貴族でも同じよ」
ヨナが抗議をしたが、少年は取り合わずに隣の少年に合図をした。隣の少年は【虚空庫】から木でできた枷をとりだすと見せびらかすように前に突き出した。
「こいつが持ってるのが何か分かるかな。これは『封魔の枷』ってものだ。これを嵌められると魔法が使えなくなって【虚空庫】に入ってるものが全部外にでしまうんだぞ。その中から財布の中身だけ貰ってゆくことにするよ。さっきから煩く言ってる男、お前から嵌めてやる」
リーダーの少年の言葉に応じて枷を持っている少年が勇人の方にゆっくりと近づいてきた。生憎と勇人は「封魔の枷」が偽物であることをひと目で見破った。一度見たことがあるし、第一封魔の枷はその性質上【虚空庫】には入れられない。【虚空庫】から出した時点て偽物確定だった。
「封魔の枷は禁制品だよ。持ってるだけで死刑だ。君がどんなに偉いのか知らないけど自分で手に入れられる訳ないし、親も持たせちゃくれないよ。ヨナ、もういいよ」
勇人がそう言った途端にリーダーの少年は捻りあげていた手が弾き飛ばされギャッと言う悲鳴とともに地面に倒れ込んだ。ズボンの前が大きくシミになっている。リーダーの両脇にいた少年たちはもう逃げ腰になっていたが、勇人たちの退路を断っていた二人には事情が飲み込めなかったらしい。
「なにしやがる」
そう言って勇人に打ちかかってきたが、ガブルに【虚空庫】から出した楯で防がれ、後ろから飛んできた石が後頭部に当たったためにその場に昏倒した。勇人が【亜空間庫】の出口をチンピラ二人の後ろに設定して、そこからただの石ころ、勇人が【亜空間庫】に投げ入れただけのものを撃ち出したのだ。
勇人たちはやれやれという目で少年たちを見回した後、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。噂から察する限りこのあと面倒事が待っているのだろう。




