108 真昼の決闘
投稿を二日続けてミスってしまいました。申し訳ありません
翌朝、「グリフォンの夢」が宿にしていた海鳴り亭で遅い朝食を取っていると領の役人らしい人物が食堂に入ってきた。その人物は勇人たちを見つけるとつかつかと速い足取りで近寄ってきた。
「当職はハブラガ男爵領公事方取扱署の吏員ハダールである。お主らは『グリフォンの夢』魔道士分隊のユージン、ガブル、ジェシー、ヨナであるか」
「そうだよ。何の用だい」
「今朝、当領住民エフライム、カレブ、ヒレルの三名から『グリフォンの夢』魔猟士分隊に対して、同分隊隊員ヨナから【電撃】による暴行を受け、同じくユージンから投石による暴行を受けたので同分隊に対して金十両の損害賠償を請求するとの訴えがあった。領主代行エフライム・ハブラガ様による裁定があるのでこのまま出頭するように」
「ちょっと待ってくれ。何で昨日出会ったばかりの僕たちの名前や所属が翌朝には分かったんだ。出会った時には魔猟士らしい格好さえしてなかったんだぞ。それに被害を受けたエフライムと領主代行のエフライム様とが名前が被っているんだが、ひょっとして同一人物か」
「そ、そうだが。それがどうしたと言うのだ。裁判権は領主にある」
「平民対平民の裁判ならね。でもエフライム様は貴族様、僕らは平民だ。貴族対平民の争いは一時裁判権は領主様と真偽判定官が持っている。これくらいは公事方取扱署吏員なら常識だよな。俺達は真偽判定官の裁定を要求する」
「お前らとカレブ、ヒレルの事件は平民対平民だぞ」
「関連事件ですからね、その場合は取り扱いについても真偽判定官の判断を求めることができるはずですわ」
ヨナからの援護射撃が有った。流石に貴族だ。勇人とは知識の量が違う。
「ふん、小賢しい奴らだ。では、午後一時に真偽判定官事務所に出頭するように」
ハダールは憤懣やる方ないという態度で憎々しげにそう伝えると宿を出ていった。
「あいつ今頃領主のお坊ちゃまに顛末をどう弁明しようか悩んでるんだろうね。それで真偽判定官の追求から逃れる方法は考えてあるの」
「ああ、たぶん大丈夫だ」
「私も何とかなると思うわ」
それから昼までは商店を回って「天使の羽根」の面々への土産になるものを物色して回った。勇人はサミュエル一家、ガブルはエフラへの土産も。昼食は昨日とは違う食堂で魚料理を満喫し、一時少し前に真偽判定官事務所に赴いた。
「魔猟士分隊『グリフォンの夢』だ。エフライム様他二名から僕たちに損害賠償の請求が出てる件で真偽判定官の裁定を要求したので出頭したんだ」
勇人は受付でそう言うと魔猟士組合員証を提示した。他の三人も同じように提示する。受付係はそれを確認すると帳簿を調べた。
「確かに午前中に領の公事方取扱署から連絡を受けています。午後一番の案件となりますので、礼拝堂右側の被告控室に入ってお待ちください」
受付の指示に従って四人は控室に入り、ベンチに座って待った。午後の案件の関係者が何人か来ている。そっと礼拝堂を覗くと傍聴席はほぼ満席だった。時刻になると真偽判定官の聖司祭と香炉係兼記録係の聖助祭、廷吏兼護衛官の聖騎士が席に着き、原告の名前と勇人らの名前が呼ばれて入場を求められた。
「只今から原告エフライム・バン・ハブラガ、カレブ、ヒレル対被告魔猟士分隊『グリフォンの夢』の公事方裁定手続きを開始します。原告は訴状を読み上げなさい」
聖司祭が審理開始を宣言した。
「その前にエフライム・バン・ハブラガの『グリフォンの夢』に対する訴訟は貴族対平民の訴訟ですので真偽判定官の管轄内ですが、カレブ、ヒレルの『グリフォンの夢』に対する訴訟は平民対平民の訴訟ですので真偽判定官の管轄の範囲外です。領の公事方取扱署への差し戻しを求めます」
昨日とは違って貴族らしい服装を貴族らしく着こなしたエフライムがもったいぶった口調で異議を述べた。
「それについては、訴状の内容を確認してから関連事件か否かによって判断します」
聖司祭はそれを一蹴する。
「分かりました。被告『グリフォンの夢』分隊員ヨナは、昨日午後六時三十分頃、倉庫街十二番地から海岸へ抜ける路地において金銭の貸借を申し込んだ原告エフライム・バン・ハブラガに対して【電撃】を撃ち、その結果同原告をその場に昏倒させる暴行を働き、その結果著しく同被告の名誉を傷つけたので被告『グリフォンの夢』に対して慰謝料として金十両を請求する。
被告『グリフォンの夢』分隊員ユージンまたはガブルは前同日同時間頃、前同所において金銭の貸借を申し込んだ前同原告と同行していたところ、同原告が【電撃】によって昏倒させられたためその救助に向かおうとした原告カレブ、ヒレルに対して投石し、後頭部に打撲傷を負わせたのでその損害賠償および慰謝料として被告『グリフォンの夢』に対して各自金五両を請求する。以上です」
(あら、ワイやヨナ個人やなしに、ほんまに「グリフォンの夢」を相手に請求しよったわ。これ悪手ちゃうか)
「今の訴状内容を聞く限り、原告らの請求は被告『グリフォンの夢』が同一の機会に行った暴行に対する損害賠償請求であり、暴行に至る経過も互いに関連性があるので関連事件として当職が裁定権を有するものと認めます。被告は訴状記載の事実について認否をしなさい」
(ほれ見い。文句なしに関連事件扱いされたわ)
「被告ヨナは原告エフライム・バン・ハブラガに対して【電撃】を放った事実を否認いたしますわ」
「被告ユージンも原告カレブ、ヒレルに対して投石したことは否認します」
(石投げとらんからな)
「オラ・・・被告ガブルだけんど、カレブとヒレルに石投げたことは無えだ」
「事実について否認するのですね、真偽判定を行うことになりますよ」
「私たちに異存はないわ」
ヨナの言葉に二人とも同意する。
「では聖助祭、真偽判定を」
書紀席に座っていた聖助祭は立ち上がると被告席に向かい、まずヨナの手を取った。
「あなたは【電撃】を使えますか」
「はい」
「訴状に記載された時刻ころ、あなたはエフライムを【電撃】で攻撃した事実がありますか」
「いいえ」
「今の答弁は真実です」
次に聖助祭はユージンの手を取った。
「訴状に記載された時刻ころ、あなたはカレブ、ヒレルの両名または一方に投石した事実がありますか」
「いいえ」
「今の答弁は真実です」
最後に聖助祭はガブルの手を取って同じ質問をした。
「オラ、そったらことしてねえだ」
「今の答弁は真実です」
「訴状記載の事実は存在しないことに確定しましたが、原告らはどうしますか」
「その前に、私たちは反訴を提起しますわ」
ヨナが聖司祭の言葉を遮って言った。
「分かりました。では口頭で反訴事実を述べなさい」
「反訴被告エフライムは彼と交友関係にある氏名不詳者二名とともに訴状記載の幅一間に満たない路地にほぼ横列で立ち、カレブ、ヒレルにおいて路地の反対側に立った上で、金五両を借り受けたい旨反訴原告分隊員らに申し向け、反訴原告分隊員ユージンにおいてそれを拒否すると前記氏名不詳者の一人が手枷様の物を持ち出したのを奇貨として、それを『封魔の枷』であると偽り、これを嵌めれば【虚空庫】の中身が全部出るのでその中から金だけ拝借すると脅し、合わせて反訴原告分隊員ヨナの腕を取って捻り上げ、首に刃物を押し当てる暴行を行ったので、相当額の慰謝料の支払いを求めます」
ヨナは口頭でスラスラと反訴内容を述べた。しかも都合の悪い部分は巧妙に避けている。勇人はさすが貴族と感心せざるを得なかった。
「では事実関係の確認をする。反訴被告エフライムは今述べられた反訴内容の中で事実と異なるところはありますか」
「ぜ、全部違うぞ。デタラメだ」
「そうだ、デタラメだ」
「反訴被告は反訴の事実を総て否認するのですね。それでは真偽判定を行います。聖助祭、真偽判定を」
聖助祭は席を立って原告席に向かうとエフライムの手を取った。
「訴状記載の日時場所であなたは他の二人とともに反訴原告分隊員らの前で横に広がりましたか」
「いいえ」
「今の供述は事実に反します」
「同じ日時場所で反訴原告に金五両を借り受けたい旨申し入れましたか」
「はい」
「今の供述は事実に合っています」
「そのとき知人または友人の取り出した枷を封魔の枷と言ったことはありますか」
「いいえ」
「今の供述は事実に反します」
「封魔の枷を装着させた上で出てきた金を借り受けると申し向けた事実はありますか」
「いいえ」
「今の供述は事実に反します」
「そのとき反訴原告分隊員ヨナの腕を掴んで捻り上げましたか」
「いいえ」
「今の供述は事実に反します」
「そのときヨナの首に刃物を押し当てましたか」
「いいえ」
「今の供述は事実に反します。聖司祭、以上で宜しいでしょうか」
「はい、十分です。裁定を申し渡します。反訴被告は反訴原告に対して慰謝料金十両を支払うこと。また単純な事実について虚偽の供述をしたことは真偽判定官侮辱に当たるので罰金として、反訴被告の経済力も勘案して金百両の支払いを命じます。次に同じような事件を起こした場合には破門審判所に回すことになるので十分に気をつけるように」
聖助祭は裁定書を作成し、別に支払い命令書を作成した。裁定書を両者に渡す。エフライムはガックリと肩を落としてそれを受け取った。勇人たちはそれに受領署名をするのと引き換えに十両を受け取ってその場を後にする。足は自然と宿に向かっていた。
「思い出したわ。彼奴はハブラガ男爵の三男坊よ。たぶんこれで廃嫡されるわね」
「たった百十両で廃嫡かい、えらく安いんだね」
「そうじゃないのよ。金額じゃなくって、どれだけ男爵に恥をかかせたかってことなの。そういう観点から見ると、平民をカツアゲしてその無知に乗じて自分が主催の裁判で有耶無耶にしてしまっていたなんて恥の最たるものよ。廃嫡はそれでも温情在りの落としどころだと思うわ」
勇人の疑問にヨナは的確に答えてくれた。貴族ってホントに面倒だ、勇人はそう思った。
「明日は早々に出立したほうが良いだべ」
ガブルが心配顔で話しかけてきた。
「そうだな。このままこの街にいると領主様から何を言われるか分からないからね」
翌日、早立ちをすることに決まった。十日以上かけて海まで来て一日も経たずに戻る。何か無駄足を踏んだような気もしないではないが、勇人はこれもこの世界での旅の醍醐味だと思って楽しむことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、朝食の時間が始まると同時くらいに朝食を摂って出かける準備をした。
「おや、早立ちかい。昨日のこともあるからその方が良いな。あんたら足は早そうだから出来る限り遠くへ言っちまいな。あのバカはなにするかわかんないよ」
宿の女将の忠告に従って、と言う訳では無いが、「グリフォンの夢」の四人は帰路を急いだ。やはり追っ手がかかって面倒に巻き込まれるのは嫌だという心理が働いていたのだろう。
街を出て西へ向けて急いだ。今日一日は暗黙の内に、みんなが強行軍をするつもりだ。だれも文句を言うものはいない。だがその甲斐はなかった。林の中からワラワラと抜き身の剣をぶら下げた物騒な連中が現れた。勇人たちもそれぞれ得物を出して身構える。だが彼らは襲ってこなかった。
「暫く待ってくれや。俺たちが殺っちまうと坊っちゃんの機嫌が悪くなるんでな」
八人の如何にも傭兵という雰囲気の男たちのリーダーなのだろう、余裕たっぷりに男はそう言った。相当の手練れだ、勇人はそう思った。争いになれば、倒すべき最初の相手だろう。
「あの坊っちゃんは直ぐに廃嫡でしょ。そんなのに命を掛けて良いの」
ヨナが宥めようとするが、それでは煽っているようなものだ。
「ははは。貰うものは貰ってるからな」
リーダーがそう言って笑うと回りの連中も可笑しそうに笑う。
「それはそうと、抜き身を持ってるってことは何時攻撃されても文句はないってことで良いんだね。こっちは手練れの魔法使いが三人も居るんだよ」
ジェシーがそっと探りを入れた。反応はすぐに現れる。
「ははは。魔法がいつも万能だって考えねえこったな。それなりに対処法は在るってことよ」
ジェシーは勇人の方を見て小声で言った。
「わりと珍しい魔法なんだけど【キャンセル】というのが有るの。雷魔法の属性なんだけど、他の魔法の効果が働かなくなる魔法よ。あいつらの誰かがそれを持ってるかも」
「それなら安心だ。僕のは魔法じゃないからね」
そんなこんなで時間が過ぎ、後方から土煙とともに乗馬した騎士集団が到着した。勿論先頭を掛けていたのはお坊ちゃんのエフライムだ。到着するなり大声で怒鳴り散らし始めた。
「よくも俺に恥をかかせてくれたな。お前らのお陰で父上からは廃嫡だと言われてしまうし、百十両は俺の小遣いから引かれるし、ろくなこと無え。ここで落とし前付けてやるから覚悟しておけ」
「廃嫡って、おまえ男爵家の嫡子の身分を失ったんじゃないのか」
「領主となる権利を失っただけだ。まだ俺は貴族だぞ」
エフライムは訳の分からない強がりを言う。ここで、ヨナが話を引き取った。
「ああ、そう言う意味なのね。お前のお父上は温情家なんだねぇ。で、後ろに付いてるのは男爵家の従士なのかな。こんな出来損ないに義理立てして何かいいことあるのかなあ。さっさと見切った方が良いと思いますよ」
ヨナの言葉と共に投げかけられた視線に従士たちは思うところがあるのか目を伏せた。
「それで、だれから始めるのかしら」
ヨナの挑発的な言葉にエフライムが爆発した。
「俺だ」
そう叫ぶとエフライムは騎乗のまま、ヨナに向けて突進した。
「バカ」
ヨナの小さな呟きとともにエフライムは一瞬の眩い光に包まれた。その光が去った後に残されていたのは倒れた馬とエフライムだった。
「これが【電撃】、これでも抑えたほうよ。一昨日経験して貰ったのは【纏雷】全然違うものなの。トップが倒れたんだから担いで帰る方が先よね」
「あっ、それが昨日の真偽判定のからくりだか」
ガブルが小声で感心したように囁いた。
「そうよ。雷魔法って言えば【電撃】が超が付くほど有名だからみんな【纏雷】なんて知らないのよ」
従士たちはエフライムが一撃で打ち倒されたのを見てオロオロとしていたが、自分たちに向けられたヨナの言葉に後押しをされるように結局エフライムを馬に乗せて東へと走り去ってしまった。
それとほぼ同時に勇人は傭兵のリーダーに散弾を浴びせていた。リーダーはケガはしたものの硬い胴衣が幸いして命は取りとめた様子だ。これは狙ってやったことである。こっちには八人を相手にできる手段がある、剣で突っ込めば自分たちのダメージも大きい、そう分からせることは防衛の基本だ。
「ねえ。君たちもこれで役目を果たしたんじゃないか。多分契約ではエフライムが来るまで僕たちをここに留めて置くって内容なんだろう。それじゃ、その役は十分果たした訳だ。首領も怪我しちゃったしもう良いんじゃないかな」
「確かにあたいらの契約はあんたらを留めておくってことで、それ以上は求められて無え。でも首領が殺られたからな」
「まだ死んじゃいないよ。急所は外してるからすぐに手当をすれば助かるかも」
勇人がそう言うと、副リーダーらしき女の顔色が明らかに明るくなった。リーダーの生存を確かめる。
「生きてるし、意外と軽傷だ。狙ってそうしたのか、賢いな。それならあたいらはこのままここを離れられるよ。契約は果たしたからな。もし何か頼りたいことが出来たら言ってくれ、傭兵団『蒼龍の牙』は借りは必ず返すよ」
副リーダーは彼女にできる最上の笑顔でそう言った。
「うん、ありがとう」
「こっちこそ。あんたの配慮に感謝するよ」
そう言うなり傭兵集団はその場を去っていった。
「とにかく収まったよね」
ジェシーがボソッと呟いた。
「この旅は何だったんだべ」
ガブルも呟いた。勇人は元気づけるように言った。
「みんな、土産は買ったかい」
「ガブル、エフラへのお土産は絶対に忘れたゃ駄目よ」
ヨナは真剣なのか冗談なのか分からない口調でガブルを弄る。帰りは平和だと良いな。勇人は心底そう思った。




