109 嫁に来ないかオラのところへ、財布はたいて指輪買ったよ~♪
海から帰ると直ぐにお土産を配って歩いた。勇人の【亜空間庫】に入れておけばたとえ生魚であっても悪くなることは無いのだが、【亜空間庫】内で時間が停止ないしは遅延していると宣伝して歩くつもりは無かった。サミュエル一家にはお酒と魚の干物と名物と言われて買ったお菓子を、「天使の羽根」には同じく酒とその肴をそこそこ大量に渡した。
あとはブルカン村だけだ。ここはエフラだけに渡すという訳にはいかないので、四人で手分けをして買い込んだ。若衆宿、娘宿の仲間の分はガブルが貝殻で出来たアクセサリーを色々と買い込んでいた。エフラに渡す分は特に念入りに選んでいたようだ。他の三人はブルカン村の男衆、女衆への土産を担当した。男衆は酒、女衆と子供にはお菓子、男衆には内緒で酒も付けておく。
翌日は一日休んで、その翌日に四人はブルカン村に向かった。少しだけ獲物が戻ってきたようだ。山道を北に登るとゴブリンのテリトリーからコボルトのテリトリーに入った。コボルトは異常繁殖しなかったのでそのテリトリーに入ると獲物は徐々に豊富になる。
鉄木が所々に見つかるようになり、それが林になる所にブルカン村はあった。勇人たちが行くと男衆は大歓迎で女衆も男衆には渋面を作るものの内心では歓迎していることがわかる。酒か、酒なのか。
エフラはガブルの姿を認めると、走り寄ってきてその腕に縋り付くように両腕を絡ませた。ガブルは満更でもない顔で勇人たちを振り返る。それから若衆宿、娘宿の仲間に一人ひとり土産の貝細工の装身具を配って回り、最後にエフラにそっと渡した。真っ赤なサンゴの数珠ブレスレットだ。高かったに違いない。勇人たちは知らん顔で村人と話をしているようだが、その実、聞き耳を立てていた。
「オラ、エフラに大事な話があるだ」
ガブルはエフラの耳に口を寄せると小さな声で囁いた。
「何だべ」
エフラはどちらかと言うと大きな声で聞き返した。ガブルが「グリフォンの夢」のメンバーに聞こえないように小さな声で言ったのにこれでは台無しだ。
「その・・・街で一緒に暮らして欲しいだ」
ガブルは真っ赤になりながら頼んた。
「オラがおめえ様と結婚するってことだか。それは駄目だべ」
「な・・・何故だか」
ガブルは絶句した。自分がプロポーズすれば必ず応じてもらえると確信していた、それが根底から崩れたのだ。
「おめえ様にはなるべく沢山の村の娘と媾ってもらうだ。オラの村は他の山人の村から遠いだから村の外の若衆が来るなんてめったに無いだ。おめえ様にはうんと新しい血を入れて貰うだ。オラが孕んだら別の娘が孕むまでおめえ様と番うだ」
エフラは微妙な問題をいとも当然と言うようにアッケラカンと話した。ガブルはそれを聞いてその場に崩折れた。
「オ、オラ、やっぱり種馬だっただ。そこに愛はあるんか」
「ガブル、ものは考えようだ。若い娘ととっかえひっかえやれて、子供が出来ても後腐れないなんて考えようによっちゃ、男の夢、パラダイスじゃないか」
「それは原人の考えだべ。山人はそんなことは考えねえだ」
「そうか。ブルカン村は村ぐるみそういう考えのようだぞ」
「ふん。やっぱり種馬だったのね。ガブルがモテるなんてありえないと思ってたよ」
ジェシーが生傷に塩を塗り込むようなことを言う。何となく口角が上がっているような気がしたのは偏見だろうか。
「ハーレムは男の夢だって言うわ。汚らわしいけど。お父様も正妻の他に側室を二人持って宜しくやってたわ。でも、正妻、私のお母様の嫉妬や、側室どおしのマウントの取り合いで苦労もしたみたいだけど。ここのハーレムは妊娠するまで一対一で付き合うんだから嫉妬もマウントも関係ないわ。理想のハーレム、男のパラダイスよ。頑張りなさい」
ヨナも援護しているのか揶揄しているのか分からない物言いで励ます。
「ガブル、ものは考えようだ。ヨナの言うとおり、夢のハーレム野郎になれるじゃないか。夢のパラダイスだぞ」
勇人は落ち込むガブルが何となく哀れに見えて、少しだけ援護をしてみた。
「オラ、結婚は駄目だけんど、おめえ様が望むなら、街で一緒に暮らしても良えだよ。子供を孕むまでだけんど。その後は次の娘っ子を選ぶだ」
「そ、そうか・・・その手が在ったか。エフラ、オラと子供ができるまで一緒に暮らして欲しいだ」
「ゲスだ。ゲスが二人いる。ゲス野郎とゲスの極みの乙女だ」
ジェシーが呆れたように言う。確かに子供が出来たら捨てるという男と子供を作るのが目的とあからさまに言う女と、端から見たらどちらもゲスい。
「村長のところへ行くだ。村を離れる許可を貰わねといけねえでな」
エフラはジェシーを無視してガブルの手を取ると彼を引っ張るようにして村長の住いに向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「村長、居るだか」
エフラは村長の家に入ると大声で呼ばわった。
「何じゃ・・・エフラか。何の用じゃ」
「村長、オラ、こいつに着いて街に出るだ。子作り頑張るべ。今の月一では何時になったら出来るか分からねえで」
「街に出ると知り合いは無くなるでのう。おまえ、話し相手も無うて耐えられるだか」
「愛があるから大丈夫だべ」
「ふん。作り物の愛で何とかなるものでも無かろう」
そのやり取りを聞いていたガブルはまたその場に崩折れてしまった。
「やっぱり『振り』の愛だっただか。オラなんかがモテるはず無かっただ」
「ガブル、大丈夫だで。作り物でも今は本物だで、子供が出来るまでは愛は続くだ」
「エフラ、それ慰めになってないよ。見てみな、ガブルが伸びてるじゃないの」
ジェシーが呆れ顔でエフラとガブルを交互に見ながら咎めた。
「大丈夫だべ。夜になったら元気が出るだ」
「ガブルのことはお主に任せるでのう。お主まで落ち込んでは出来るものも出来んで、知り合いがおらんで辛かったら帰ってくるのじゃぞ」
「うん、そうするだ。ガブル、娘宿でオラの持ち物を纏めてくるからそれまで集会所で待っていてくれろ。出発は明日の朝だべ」
そう言うとエフラはその場を風のように去っていった。勇人は満身創痍のガブルに肩を貸して立ち上がらせ、彼を引きずるようにして集会所に向かった。
「村長、それでは暫くの間エフラをお借りしますわ」
ヨナは結構失礼な物言いで村長に挨拶をするとジェシーとともにその後を追った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
原人からすれば、ドワーフは人族ではないという建前になっており、ドワーフの村は課税対象にならないし、街に入ったり職に就いたりするのに離村承諾書も許可証も不要だ。ただ街や原人の村で仕事をして収入を得ればその分の税金支払義務はある。これはエルフについても同じだ。
エフラは領都に着くとその入城料をガブルが払い、その足で魔猟士組合に行って魔猟士登録をした。どこかに登録しないと街に入る度に入城料を取られるからだ。そのあと、勇人たちは彼女を「グリフォンの夢」の拠点に連れて行った。
「ここがオラたちの拠点だで。ここで共同生活をしているだ。建物はオラとユージンとで協力して作っただ」
ガブルが胸を張ってエフラに説明している。昨日の落ち込みはかなり盛り返したようだ。
「すごく立派な建物だな。あの脇についてる小さな平屋は何に使う建物だか」
エフラは建物に感銘を受けて目を見張っていたが、ふと隣の小さな家が気になって尋ねてみた。途端にガブルが真っ赤になる。
「あ、あれは・・・オラとエフラの住いだ。エフラがここにいる間はオラもエフラもあそこで生活するだ」
「ああ、二人の愛の巣だか」
「あなた、そっち方面の語彙だけはやたら豊富ね。いったいどこで覚えてくるのよ」
「決まってるだ。娘宿だべ。年上の娘から色々と教わるだよ」
「ああ、耳年増なのね」
「違うだよ。若衆宿との交流で・・・」
「そこまで、そこまでて良いわ。分かったから、もう。山人ってとんでもない淫乱部族ね」
「山人は原人より子供ができにくいだ。頑張んねえと部族が消滅してしまうだ」
「まあ、話はそこまでにして、中も見てくれよ」
勇人はこの話に終止符を打ちたくて、中を見るように促した。その言葉で五人はゾロゾロと1DKの建物の中に入って行った。
「エフラ、ここがお二人の『愛の巣』だよ」
ジェシーが意地の悪い笑みを浮かべて話しかけた。
「ジェシー、頼むからその言い方は止めてくれ。恥ずかしいだ」
「わかったよ。じゃあどう言おうか」
「単に『離れ』にして欲しいだ。オラの名前もエフラの名前もなしで」
「仕方ないわね。そうしておいてあげるよ」
ジェシーもエフラがここへ来た初日から余りしつこく誂うのはどうかと思ったのだろう。あっさりと引き下がった。「愛の巣」は自分でも言っていて恥ずかしかったのかも知れない。
離れは全体が石造りで外へと本宅への二枚のドアそれにテーブルやイス、戸棚、ベッドなどの備品は木でできている。窓は余り大きくは無いが水晶から作った窓ガラスがはめ込まれている。この辺りの造作は本宅の方も同じだ。ガラスはガブルが土魔法で水晶や石英を細かく、おそらく分子レベルまで分解して板状に再結晶させたもので魔法在りきの製品だった。この遣り方はよく知られており、窓ガラスだけでなく魔導ランプの装飾やグラスなどにも使われている。
本宅と違うところが一つだけあった。分厚い木の雨戸が各窓に取り付けられていることだ。理由は想像に任せる。
一通り片付けが終わったところを見計らって勇人から提案が有った。
「それじゃあ、これから宿屋『豊穣の森』へ行こうよ。山人の夫婦が経営してるんだ」
「へえぇ、山人の経営する宿屋なんて初めて聞いただ。だども、何で行くだか」
「僕たちは魔猟士だ。何日も泊りがけで狩りに出ることも有るだろう。そういうときに一人で拠点に居るのは淋しいじゃないか。だからそこに泊まればいい」
「オラ、狩りについて行くだ」
「それは駄目だよ。ギリギリの戦いになったときに最低限自分を守ることが出来なければみんなが危険にさらされることになる」
「そうね。私も着いてくるのはお勧めはしないわ。やはりここに居てもらうか『豊穣の森』だったかしら、そこに泊まるかしてもらうしか無いわね」
「とりあえずその宿屋に行ってみようよ。気に入るかもしれないしね」
女性陣が賛成に回り、ガブルも特に反対しなかったことで「豊穣の森」を訪ねることになった。「豊穣の森」は組合事務所にほど近い場所にあるので、拠点からもそう遠くはない。十分くらい歩くとそこに到着した。エフラは領都は初めてだったので、宿に着くまでガブルの腕に掴まりながらも物珍しそうに辺りを眺めながら歩いていた。
「こんにちは」
「い、いらっちゃいまちぇ。お泊りで・・・なんだ、ユージンじゃないか。新客かと思っていつものやつをやろうとしたのに。それで何の用だい」
「ああ、女将さん。学校に入ってから来てないから一年ぶりくらいだね。あれから僕は山人のガブルと森人のジェシー、原人のヨナと学生分隊を組んでね、卒業後も分隊としてやってるんだ。ガブル、ジェシー、ヨナ、女将さんのディナだよ」
「ガブルだで、宜しく頼むだ」
「ボクはジェシカ、ジェシーで良いよ。宜しく」
「私はヨナ。こんにちは」
「そうかい。わたしゃこの店の女将のディナだよ。亭主はヨエル。二人とも見てのとおり山人だ。おおい、ヨエル。ちょいと出てきな、ユージンが来てるよ」
その言葉で奥からヨエルが出てきた。同じように全員が挨拶をする。
「それで、さっきも聞いたけど何の用だい」
「おい、ガブル。おまえが紹介しろよ」
そう言われて、ガブルは自分の後ろに隠れていたエフラを前に押し出した。
「こいつはエフラ。北のブルカン村に住んでる山人一族のひとりだで」
「ああ、ブルカン村かい。聞いたことはあるぞ」
ヨエルの言葉にディナも頷いている。山人の村があることは二人とも知っていたようだ。
「それで、そこの娘が何のようだい」
「実はオラたちの拠点て一緒に住むことになっただ」
「おや、若いのにもう嫁さんを貰ったのかい。なかなかやるじゃないか」
「そうじゃなくって・・・」
ガブルが言い淀んでいると、ジェシーが横から口を挟んだ。
「種馬だよ。た・ね・う・ま」
それを聞いてヨエルもディナも理解が追いつかず、暫く難しい顔をしていたが、ヨエルがポンと手を叩いた。
「そうか。あの村に捕まっちまったんだな。確かに他の山人の村はかなり遠くになるからなぁ。偶々あの村に泊まったらその娘を押し付けられたってわけだな。それで・・・ひょっとして、その娘が孕んだら次の娘が来るのか」
「村長はそう言ってただ。また若衆宿と娘宿との月例会に来て、好みの娘と仲良くなれと言われただ」
「ははは。それで種馬か・・・良い身分じゃねえか」
「それで、オラたちは狩りで何日も拠点を空けることがあるから、その間はここに泊まれないか聞きに来ただ」
「なるほどねぇ。良いよ。部屋が空いてないときもあるけど、そんなときはあたいらの客間に泊まれば良いさ。それより、毎日手伝いに来ないかい。朝食の準備から各客室の掃除、ベッドメイク、夕食準備と給仕をしている間の店番、この位をしてくれると有難いんだがね」
「エフラ、女将さんはああ言ってるけどどうだか」
「オラ、みんなが拠点にいるときにはみんなの食事を作りたいだ」
「そうかい、じゃあ掃除とベッドメイクまでで良いよ」
「それならやるだ」
思ったより簡単に話がまとまった。もちろん給金も出すらしい。エフラの希望で食材の市場を見て回り、買い物をしながら拠点へ帰った。夕食は五人分をエフラが作った。思っていた以上に美味しかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、勇人はガブルに言った。
「今晩から寝る時には絶対に雨戸を閉めること」
ジェシーもヨナも激しく首を縦に振っている。三人とも目の下に隈ができていた。
「分かっただ」
そう答えたガブルもとても疲れた顔だ。エフラが頭の上に「?」を付けて四人の顔を見比べている。その顔は何故か艶々としていた。




