110 生辰綱~札束を君に
夏も終わりに近いある日、D級以上の魔猟士分隊の分隊長に招集がかかった。「グリフォンの夢」は特に誰が分隊長という訳ではなかったが、何となく勇人が出席することになり、決められた日に組合事務所三階にある大会議室までやって来た。
「グリフォンの夢」は勇人が秘密持ちなので「天使の羽根」以外の分隊と小隊を組んだことがなく、見知った顔は多いものの他の分隊長とは挨拶程度の間柄でしかなかった。そんな中に「天使の羽根」のガリアが居たので自然とそちらの方に足が向いた。
「やあ、ガリア、久しぶり。今日の呼び出しは何なのかなあ」
「ユージンじゃねえか。今日の呼び出しが何の為かは分からねえけど、あの爺の呼び出しだ。多分、碌なもんじゃねえや」
ガリアは勇人を見ると顰めっ面でそう言った。
やがて、開始時刻になり、組合長が演壇に立つと話しだした。隣のハブラガ領の領主ハブラガ男爵が先々代ハブラガ男爵の姉の嫁ぎ先で生んだ娘の嫁いだのが現キシェフ侯爵で、遠い親戚にあたるのだが、キシェフ侯爵は現皇帝陛下の摂政兼宰相という顕官で我が世の春を謳歌している人物らしい。
で、ハブラガ男爵としては隣の男爵領を飲み込んで子爵への陞爵を果たしたく、ご機嫌取りのためにキシェフ侯爵の娘の十五歳の誕生日のパーティーに息子を連れて出席するのだそうだ。
その護衛を自分のところの従士で賄えれば良いのだが、三万石の男爵では従士とその見習いを合わせても三百人前後である。その中には文官仕事をしているものも居れば領内の治安維持のために残さなければならない人数もありで、護衛として連れて行けるのはせいぜい百人くらいである。
それだけ居れば普通は十分なのだが、ここラフィアディアから帝都までの間にはエリシャ湖と言う湖があり、その湖に浮かぶ通称義賊島、正式な名称はドロス島という小島に義賊を標榜する山賊が公称三百人の手下を要して砦を築いており、しばしば大商人や貴族の隊列を襲って金品を奪っているのだ。
(おいおい、まるっきり水滸伝やがな)
ハブラガ男爵領は港を有しており、海運が盛んで外国との交易も行っており、金回りは良い領地だ。侯爵の娘の成人祝いの品もそれなりに高額なものを準備しているのだろう。直截に現金かも知れない。自分の子飼いの護衛だけではそれを狙いに来た山賊団の相手をするには不十分と見て、ここラフィアディアでエリシャ湖とその先の西エリシャ峠を超えるまで臨時の護衛を雇うことにしたらしい。
(西エリシャ峠て、まるっきり黄泥岡やな。酒売が出たりしてな)
傭兵組合で傭兵を雇う方が確実だが、傭兵を引き連れて帝都に向かって謀反を疑われてもつまらない。それに傭兵は人殺しが専門なだけあって荒っぽい者が多いので、従士隊との間で揉め事でも起こされては堪らない、と言うことで魔猟士組合に依頼が来たらしい。
十五日間の護衛で一人五両、それに一日当たり一分の食費・宿泊費が必要経費として毎日支払われると言う条件で百人雇いたいらしい。まだゴブリン禍から回復していない現状ではなかなか魅力的な提案ではある。
気に食わないのは、勇人たちと揉めた男爵の息子が同行することと、組合長が組合長権限で強制参加だと言いだいたことだ。確かに今のラフィアディアにはD級以上に限定すれば百五十人程度しか残っていない。だが魔猟士やその分隊は基本的に個人事業でケガをしたからと言って組合が療養費を出してくれるわけではない。仕事だけ強制参加と言われてもハイそうですかと言う訳にはいかない。
「ガリアさん、どう思う。僕は気が進まないんだけど」
「規約上は緊急の場合には組合長に強制参加の権限があることにはなってるからねえ。何で気が進まねえんだ」
「実はこの前にハブラガディアに遊びに行ったときに男爵の息子と揉めたんだよ。上手く聖司祭の裁定に持ち込んでその場は何とかなったんだけど、根に持ってるだろうから顔を合わせたくないんだよ」
(あいつ、廃嫡になったんとちゃうんか。ノコノコ要らんとこへでてきくさって)
「多分あたいが小隊を率いて中隊長になると思うからあたいらの後ろに隠れてな。何とかしてやるよ」
「どんな構成になるんだい」
「小隊は十から十五人、それが三から十くらい寄って中隊になるって寸法だ。中隊は百人前後だねぇ。それで小隊はうちとおめえんところで八人。少し足りねえが中隊長を兼ねるってことで何とかなるだろうよ」
「軍隊と違って人数がバラバラなんだな」
「まあ、分隊自体が一人から八人くらいまで様々だからな。人数合わせのために互いによく知らねえ奴と小隊を組ませたり、分隊を分けたりする訳にはいかねえよ」
そこまで話したところで組合長の声がした。
「中隊編成になるから、中隊長は今、この街に残っている中では最先任のB級である『天使の羽根』のガリアに務めて貰う。小隊の編成は各自の分隊が話し合って決めてくれ。小隊が決まったら小隊長を決めてガリアに報告しておいてくれ」
「じゃあ、僕たちの小隊は決まったから後はガリアに任せて拠点に帰っても良いかな」
「おお、良いぞ」
ガリアの許しが出たので、勇人は組合事務所を出て拠点へと帰った。拠点では全員が心配顔で情報を待っていたので、組合事務所での顛末を説明した。
「嬉しい仕事じゃないけど、組合長が命令権を使ったんじゃしょうがないよ」
「今回は味方だけで百人以上の目があるから、僕の重力礫や重力ボルトはほとんど使えない。石弓と槍では戦力的にはガタ落ちだよ。一号砦は必要ならば出すけど」
「それは仕方ないだ。オラが練習して投石機を使えるようになっただから、ユージンの分はオラが頑張るだ」
「砦を出すような状況になれば、狭間の影に隠れて重力ボルトも使えるわ。あれを出すようじゃ負け戦だけどね」
「それで、男爵様は何時この街に来るんだか」
「来る途中で依頼を出したらしくって、あと五日で着くらしいよ。ここで一泊して、男爵と各分隊長が集まって正式に中隊結成書類を取り交わし中隊長が男爵から正式に依頼内容を聞き取って契約するらしい」
「それより、嫌な名前がでてきたわねぇ。キシェフ侯爵ねえ。あいつは帝国の癌なんて言われてるとんでもない男よ。今は摂政兼宰相だけど、隙さえあれば帝国を乗っ取ろうって考えてるやつよ。だから軍資金を集めるのに余念がないって噂よ」
「じゃあ、今回の誕生日祝いの品も金貨かな」
「さすが貴族様ね、その辺の事情には詳しいんだなあ。でもボクらには関係ないよ。所詮遠いところの話さ」
「そう言われてしまえば、反論のしようもないわね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
五日後の午後、ハブラガ男爵一行がラフィアディアに到着した。馬車は男爵一家用と侍女用の二台だろうと予想していたが、予想に反して三台でしかも一台は明らかに重量物を運ぶための馬車だった。護衛は騎乗の従士が十名、徒歩の従士と見習い従士が五十名の六十名だった。
既に魔猟士分隊長には招集が掛かっており、組合事務所三階に集合して男爵を待っていた。男爵一行は宿に入って一休みしたらしく街に入って一時間ほどで組合事務所に護衛二名とともにやって来た。
「私が、この度この街の魔猟士組合に護衛の依頼を出したハブラガ男爵である。依頼内容はこの街から西エリシャ峠を越えるまでの護衛。報酬は一人あたり五両、これは依頼完了後にこの組合で支払われる。ほかに必要経費として一日当たり一人一分。これは出発日から毎朝支払われる。以上の内容を記載した契約書があるので代表者は署名してほしい」
「代表者はこの度この中隊の中隊長として委任を受けた「天使の羽根」分隊長ガリアですが、署名の前に確認しておきたいことがあります」
「何だね。言って見給え」
「この度の依頼はエリシャ湖の山賊に備えるのが主たる目的と聞いています。とすれば相手の総数は公称で三百人。我々百名と閣下の従士六十名では全部を守りきれない事態も起こり得ると考えねばなりません。その場合の護衛対象の優先順位を決めて頂きたい。まず荷物か人か、人の中での優先順位。それらをはっきりさせて頂きたいのです」
「依頼は全部を守ることだ。優先順位などあろうはずが無かろう」
「移動中に倍近い相手に襲われることが在り得るのです。この場合全部を守ることは不可能です。優先順位を付けて貰えなければこの依頼はお受けできかねます」
「なにをバカな・・・」
「それが現実です。後ろに控えて居られる護衛殿に聞いて頂きたい」
男爵は血相を変えたものの、依頼を断わるとまで言われれば取り敢えず従う他はない。後ろを向いて、護衛隊長らしき年配ではあるが鍛えられた身体を鎧に包んだ男と何か話をした。
「相わかった。お主の言うことももっともだ。優先順位は私の家族、荷物、侍女その他の従者と言うことにする」
「ご家族の中での優先順位はどうされますか」
「そこまで決めねば成らぬのか」
「はい」
「では、私、息子、妻の順で」
「それでは今おっしゃられた順位を契約書に付記して頂きたい。それと報酬金の五百両は既に組合にお預け頂いておられますか」
「いや。それは依頼が完了したあとで・・・」
「魔猟士組合では依頼を受ける際には、その報酬額を組合に預けることになっております。これは依頼主が貴族様であれ平民であれ同等ですのでここを出発されるまでにお預け下さい。明日の朝組合長に確認したうえでこちらが署名した契約書をお渡し致します」
「相分かった」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「エフラはどう言ってた」
出発の朝、勇人はガブルに聞いた。ガブルは朝早くに「豊穣の森」に手伝いに出ている。
「うん。当分はここから通いで店に行くつもりだで。寂しくなったら泊まり込みにしてもらうと言ってただ」
「そうか。二十日くらいにはなるからなあ。僕らも行こうか」
四人はその言葉とともに西門に向かって出発した。門の前の広場には既に従士隊が整列して男爵の馬車を待っており、対象的に魔猟士たちは分隊ごとに適当に散らばって時間を潰していた。
ガリアは広場の真ん中に立っている。勇人たちは「天使の羽根」の他のメンバーを見つけるとそちらの方に寄っていって目立たないようにその後ろに座り込んだ。
「あら、今日はえらく殊勝ですのね」
バベットが誂うように言った。
「そう言わないでよ。男爵はともかく息子のエフライムとは訳ありなのよ」
「聞いてるぞ。やり込めたんだってな」
「ユージンがね。ちょっとやり過ぎたのよ」
そんな話をしていると組合長がやってきた。
「組合長、五百両は預かったんだろうな」
ガリアが大声で組合長に呼びかけた。
「あ、ああ。昨日執事が持ってきたんで預かったぞ。心配するな」
「みんな、聞いたな。これで安心だよ」
ガリアは屯している魔猟士たちに向かって再度大声でそう言った。それから暫くして男爵の馬車が来た。ガリアは窓越しに男爵に契約書を渡した。男爵はそれを受け取り、騎乗した護衛隊長に合図をした。
「出発」
護衛隊長の掛け声とともに一行は西門から出て帝都へと向かった。危険な旅の始まりだ。




