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096 黒いピーナッツ

 三月も肉の採れる魔物や獣は帰ってこず、魔猟士組合の組合員はゴブリン狩りで凌いでいた。「グリフォンの夢」の四人もご多分に漏れず、ゴブリン狩りに勤しんでいた。一般の組合員と違って無料で寮に寄宿でき、貧しくはなったものの三食を食堂で食べることができるだけは益しだった。


 ある四月の日曜日の朝のことである。四人は昨日の成果であるゴブリンの耳と魔石それに僅かに獲れたウサギ三羽の換金を終えて食堂で今日の計画を話し合っていた。そのとき組合の入口の戸が開き見知らぬ二人組が入ってきた。


 昨今ベテランの組合員は次第に他の支部へ移動してしまい、残っているのは「天使の羽根」など僅かだった。当然ヨナを除く三人は顔見知りである。また成人したばかりの新人が入ってきてから三か月以上経過しており、こちらもほとんど顔は覚えている。入ってきた二人組は三十前後の男で如何にもベテランという雰囲気を纏っており、今この街に来るような者たちでは無かった。


 当然、組合の中に居た全員が彼らに注目した。勇人たち四人も目を向け、聞き耳を立てた。


「暫くこの街に滞在するから手続きをしてくれ」


 男のうち背の低い方が書類を出しながら受付のリオールに言った。彼女は書類を受け取って内容を確認した。


「皇都で登録されているF級のヤコブさんとラヴィさんですね。ようこそラフィアディア支部へ。と言いたいところなんですが、今ここはゴブリンが以上繁殖していてほとんど獲物が居ませんよ」


 いつもながらに口の軽いリオールだったが、今回はありがたかった。あの二人の風体からしてF級などと言うことは在りえない。そこに居合わせた全員がそう思っただろう。それくらい剣呑な雰囲気を振りまいていた。


「獲物はどうでも良いんだ。それより最近金髪で貴族然とした顔立ちの十五歳くらいな女の子が登録しなかったか」


 四人は一斉に顔を見合わせた。どう考えてもヨナを探している。ヨナはゆっくりした動作で着ていたマントのフードを被り二人組から目を逸らした。他の三人は余計なことを言うなよという顔でリオールと二人組を見ている。


「申し訳ありませんが、組合員の個人情報をお教えすることはできません」


 リオールが珍しく機転を利かせて回答を拒絶した。三人ともホッとして顔を見合わせる。


 (あいつに珍しゅう気が利いたこと言うやないか)


「とにかく場所変えるだ」


 ガブルの言葉には他の三人に依存があるはずもなく、目立たないようにゆっくり立ち上がると三人でヨナを隠すようにして組合を出た。


「一度寮に戻ろうか。知ってると思うけど、僕たちは四人部屋を二人で使ってるから話をするのにちょうど良いだろう」


「ボクもそう思うね」


 四人の足は既に自然と学校に向かっていたのでそのまま寮まで戻り、勇人たちの部屋に入った。


「彼奴らは多分フルバ侯爵家の手の者よ。歳なりに経験は積んでるようだけど荒事専門って訳じゃ無さそうだから、私を見つけて報告するのが任務だと思うわ。あの狒々爺(ひひじじい)、まだ私に執着してるのね。十五にも成らない小娘にご執心だなんて、小児性愛者だわ。気持ち悪い」


 のっけから散々な言われようである。


「捜索が目的ってことは、他の組合にも行ってるよね。猟師組合、商業組合、旅館・飲食業組合、ヨナが入ってそうな組合と言えばそのあたりかな」


 ジェシーはヨナの悪口雑言を半ば聞き流して、現実的な話を始めた。


「そうすると各組合に二人ずつ行っているとして八人だな」


 勇人がその後を次いで推測を話した。三人とも頷いている。


「どうするだか」


「消えてもらうかな」


「そうね。それが一番安全な遣り方かも知れないよ」


 勇人はもう何人も手にかけているせいか、あまり人殺しに嫌悪感を感じなくなってしまっている。ジェシーも長い旅の道中で色々有ったのだろう。さほど抵抗は無いみたいだ。


「報告だけが任務の連中を殺るのは気が重いわ」


「そうだべ。他に穏当な方法はないだか」


 後の二人は勇人やジェシーのように割り切ることは出来ない。困惑気味に顔を見合わせている。


「でも、放おって置いて報告されて、荒事専門の連中が後から再現なく湧いてくるってのもぞっとしないな」


 (街ん中で切りかかって来る言うことは無いやろけど、忍び寄って後ろからいきなり拉致するとか、ワイらを数で圧倒して拉致るとかは在り得るわなぁ)


「この街だけを見張るってことはないと思うわ。一週間も探し回って見つからなければ次の街へ行くんじゃないかしら。それまで寮に籠るってことも出来るし」


「まあ、本人がそう言うのなら仕方ないわね。毎日誰かが出かけて様子を見ることにして一週間くらいは待ってみようか」


「んだな。ヨナだけ籠ってれば奴らには分かんねえだべ」


 勇人は不安だったが他の三人がそう言うのならと一応納得し、翌日から誰かが様子を見に組合に出向くことにした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌々日、午後に様子を見に行ったガブルが泡を食って帰ってきた。


「大変だべ。『天使の羽根』のガリアさんから聞いただけど、奴ら夜の酒場で酔っ払いを金と酒で釣ってオラたちのことを聞き出しただ。ヨナが学園にいることまで知ってるだ」


 彼の開口一番の言葉がそれだった。三人は顔を見合わせた。三人とも眉間にしわを寄せている。


 (くっ。ピーナッツ食わせやがったな。あれは怖い食いもんや。一国の総理大臣が何個か食べただけで刑務所入ったんやからなぁ)


「まずいな。ユージン、とうする。ここの戸締りなんて紙だよ」


「ヨナは貴族の娘なんだろ。校長から領主様に伝えて貰って、領主館で匿ってもらうってのはどうだろう。僕たちは無理でもヨナだけなら何とかなるんじゃないかな」


「それは駄目だわ。領主のラフィア辺境伯が狒々爺と同じ派閥かも知れない。領主に捉えられたら流石にあなた達は手も足も出ないでしょう。それならここから逃げたほうがましよ」


 勇人は良い考えだと思っていたが、貴族間の繋がり次第では最悪籠の鳥になってしまうらしい。


「よし。釣りをしようか」


「なに、呑気なことを言ってるだ」


「いや、連中をおびき出そう。・・・そうだなぁ、石切場辺りで砦に籠って相手の出方を見ようよ」


「準備が大変だね」


「大丈夫。調理済みの食料が十日分はあるし、生肉ならオークが一頭、山トカゲが三頭分入ってる。調味料は色々買い集めているよ。それに水は風呂に百回入れるくらいは有るぞ。足りないのは野菜かな。孤児院を出るとき貰ったのがそのまま残ってるけど、四人だと二、三日でなくなるかな」


 武器については、ジェネラルとの戦闘の後、石切場や河原に出かけてせっせと補充したので十分すぎるほど有る。


「どうせなら、ブルカン村に行くだ。オラたちを殺りに来たんなら殺り返せば良いし、拉致や情報収集に留まるんならブルカン村に留まって貰えばいいだ。なに武器を全部取り上げれば逃げられねえだ」


「【虚空庫】に隠し持ってたらどうするんだ」


「オラたちが奴らの持ってる主武器を弾き飛ばせば良いだ。したら予備を出すだべ。あとはナイフくらいだで、そんな物では山は降りられねえだ」


「なるほど、いい考えね。ボクが思うに問題は預かってくれるかどうかだね」


「オラが頼めば何とかなるべぇ」


「そういえば、ガブル、お前この間一人でブルカン村に行ってたな。何しに行ってたんだよ」


「いや、その、なんだ・・・ちょっと村長ん所に用事が有って・・・」


 ガブルが真っ赤になりながら言い淀む。


 (ははあ、こいつ春が来たんやな。まあ冷やかすんは止めといたろ)


「そうか、村長と仲良くなったんだな」


「そ、そうだべ、そうだべ」


「それはそれとして、裸に剥くんならブルカン村は最適だね」


 ジェシーが歳に似合わぬ物騒なことを言う。


「ガブル、山人の女性は何が好きなんだ。世話になるんだから酒を男連中の手土産にするとして、この前行ったとき、酒を持ってくるなって言われたんだ。女性にも酒を持って行くのが良いのかなぁ」


「酒は好きだべ。でも、幾ら沢山持って行っても男どもが飲んじまうだ。それ以外って言うと甘いものと色が綺麗な布地だか」


「そうか。じゃあ酒はこの間の倍持っていって、半分は直接村長の奥さんに渡そう。あとは茶菓子と布地か。菓子は子供も食べるだろうから多めにして、布地は・・・多分手が出ないなぁ」


「反物で持って行くことはねえだ。端布屋で派手な色のを買い込めば良いペ。女どもは適当に分けて着物の一部に付けたり、他のと縫い合わせたりして使うだ」


「端布なら安いね。ボクが買い出しに行こうか」


 布のこととあって、女性を自負するジェシーが手を挙げたが、勇人はそれを制した。


「いや、ジェシーはヨナとここに居てくれ。山人の色の好みはガブルの方が良く分かるだろうし、二人でここに籠っていれば万一の場合も安心だ」


「それじゃ、そうするよ。学校の関係者が居室まで教えるとは思えないけどね」


 ジェシーとヨナは二人で勇人たちの部屋に籠ることになり、勇人とガブルは街へ買い出しに出かけた。山人たちへの贈り物と野菜の買い出しで金貨四枚ほど飛んでいったが背に腹はかえられない。


 寮では二人とも出発の準備をして待っていた。四人はそのまま西門に向かった。ヨナは顔がはっきりと見えないようにフードを被っているが、他の三人は無邪気に狩りに出かける振りをして、知り合いに大声で挨拶をしたり、露店を眺めたりしながら歩いていた。


 西門に着くとうまい具合に門兵が四人に声を掛けてきた。


「おう、お前たち、狩りに行くのか」


「うん。この街は今食糧不足だろ。ボクたち、ブルカン村まで行って山トカゲを狩って飲食業組合にでも卸そうかなって思ってるんだよ」


 ジェシーが愛想よく大声で答える。


「気を付けて行ってこいよ」


 門兵も陽気に当たり障りのないことを行って返した。どこかで侯爵の手の者が聞いているはずだ。これで餌は撒いた。あとは掛かるのを待つだけだ。連中としてはどうしても顔を確認して確証を得たいはず。きっと後を追ってくるだろう。


 午後遅くにブルカン村に着いた。村長に理由を話し、公爵家の手の者を捕まえることになった場合には村に留め置いてくれるよう頼んだ。早速酒の半分を村長に渡したのが効いたのか二つ返事で引き受けてくれた。


 彼が村の男衆にそれを告げるために家を出ていったのを見計らって、酒の残り半分と端布と菓子を村長の妻に渡した。村長に酒を渡したときには不機嫌だったが、贈り物を渡すと手のひら返しで大歓迎に代わった。賄賂の効果は絶大だ。


 それから四人は一旦村を離れて北に進み鉄木の林が切れた辺りで二号砦を出して、その日はそこで宿泊した。侯爵の手の者が来るのは明日の午後だろう。領都の門の情報を全員で共有して、それから準備をすれば出立は早くて明朝になる。F級が夕方に出て山中で一泊するのは勇人たちのように砦でも準備していない限り愚策だろう。


「我のために学校は無断欠席になってしまいそうだの。申し訳ないのじゃ」


 口調がもとに戻った。構う余裕が無かったのだろう。ヨナの言葉には申し訳ないという気持ちがにじみ出ていた。


「もう学校も残り少ないし、学ぶべきことは粗方学んだと思うよ。ヨナの安全のほうが大事。気にすることないよ。それと言葉遣い。こういう時こそ気を付けないと」


 ジェシーがフォローに回った。この二か月ほどの付き合いだが女どうしということもあって勇人やガブルよりは遥かに深く結びついているし、特にジェシーは自分の方が四歳も年上ということで姉気取りになっている面もある。


 その夜は風呂をつかい、出来合いの料理を食べて早々に休んだ。ところで調理用のコンロを購入しており、湯についてはそれで何杯も沸かして【亜空間庫】に蓄えている。勇人としてはコーヒーが飲みたいところだが残念ながらこの国には存在しない。


 (コーヒー通としては熱いコーヒーにアイリッシュを垂らして飲みたいとこななんやけど、無いもんはしゃあないなあ)


 紅茶や緑茶が飲めるだけ良しとしなければならない。なにしろ孤児院では茶さえ飲めなかったのだから。

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