095 もっと光を!
夕闇が迫る中、洞窟の入口あたりで蠢く影が見えた。目を凝らすと並のゴブリンより一回り大きな個体が手製の弓や盾と棍棒を持って整列していた。その後ろに隠れるように若木を折って枝を払っただけの粗末な杖を持った小柄なゴブリンも並んでいる。
その数二十から三十匹。弓を持ったものはアーチャー、棍棒を持ったファイターそして隠れるようにして居るのはおそらくメイジだ。
もっと悪いことにそいつらの奥に五体、ひときわ大きな個体が太い棍棒をもって発っており、その後ろに平ゴブリンが洞窟の奥まで犇めいていた。
ゴブリンたちの第二弾の攻撃が始まる。平ゴブリンが二十匹がかりで奥から十メートルはあろうかという梯子を持ち出して砦の方に押し寄せた。梯子の数は三脚。これを砦に掛けて一気に三階まで登ろうと言うのだろう。
勇人は散弾用の砂利を纏めて二十発ずつ角度を広げて打ち出した。
(人力クレイモアや。米軍が使う方のやで)
ヨナも電撃で纏めて倒しているが、広範囲に使っているので気絶しているだけのものも多い。ジェシーは【風刃乱舞】を使っているがかなり辛そうだ。多分体内魔素が残り少ないのだろう。
「ユージン、灯りを寄越せ」
ジェシーが叫んだ。辺りはとっぷりと暮れて洞窟の入口は見えず、梯子を抱えて走ってくるゴブリンたちも仄かな影としてしか見えなくなってきていた。
「ガブル、出来るだけ遠くへ投げてくれ。リーダーかファイターに当てれば上出来だ」
勇人は【亜空間庫】から火炎瓶もどきを取り出すと瓶の首に巻いた布に火を付けて素早くガブルに渡した。ガブルは受け取ると何も言わずに思い切り投げてファイターの一匹に当てた。油がファイターの周囲に散らばりそれに火がつく。油まみれのファイターも同時に炎に包まれ、地面をのた打ち回り入口周辺のゴブリンたちに混乱を招いた。
「助かる」
「この間使った残りだからもう五、六本しかない。あまり当てにしないでくれよ」
ジェシーの声に勇人はそう答えた。
今回の攻撃では相手から弓と魔法での反撃が有る。魔法は発射速度も威力もそれほどないので避けるのは難しくないが、弓は脅威だ。本当は優先して無力化したいのだが、梯子が前に出てくるのでアーチャーに対応する暇がない。最初は矢を避けながら攻撃していたが、これではこちらの狙いも甘くなるし矢に射られる危険も避けられない。
勇人は思いつきで砦の城壁の外側に縦一メートル、横九メートルの【亜空間庫】を設置した。これで敵からの投石や矢は防げる。魔法もその作用点が【亜空間庫】の中にあるので働かないようだ。
奴らは梯子の運搬役が倒れて梯子が運べなくなると次々と代わりが出てきて、倒しても倒しても切りがない。梯子は着実に砦に近づいてきて遂に砦の三階に掛かった。
知恵者が居るらしく、梯子の上部に切込みが作られている。そのため梯子を横にずらして外すことが出来ない。重量があり、かなり斜めに掛かっているので押し戻すことも出来ない。
次に押し寄せてきたのは盾と棍棒を持ったファイターだった。その後にリーダーも続いている。勇人は散弾を止めて重力石礫を打ち出した。初速毎秒二百メートルの小石は二、三十メートル先の粗末な革張りの盾などものともせずに撃ち抜くが、その後ろに隠れたゴブリンの頭に対してはなかなかクリーンヒットしない。仕方なく小石を纏めて三発ずつ発射した。
(三点バーストやな)
ジェシーとヨナも同じ状況だった。皮の盾の後ろに隠れたゴブリンの身体を正確に狙えていない。
「ジェシー、ヨナ。入口近くのシューターとメイジを狙ってくれ。こっちへ来てる奴らは僕とガブルで何とかする」
勇人がそう言うと「分かった」という二人の声が聞こえ、【風刃】と【火箭】とが入口付近を狙うようになった。
その間にも、梯子を伝ってゴブリンどもが登ってくる。平ゴブリンが群がって登る梯子を見ながら、あるいは平ゴブリンを盾にしてその後ろから、ファイターやリーダーがこちらの隙を突いて登ってくるのだ。勇人は【亜空間庫】を「生物は総て弾く」モードにして盾代わり、防壁代わりにしながら石礫の三点バーストでファイターやリーダーを狙い、散弾のクレイモアで梯子を群がり登るゴブリンを一掃したりし、ガブルは槍で登ってくるゴブリンたちを突き落としたりしている。
「もっと灯りを」
もう何度目だろう、ヨナからそう声がかかった。勇人が【亜空間庫】の中身を確認すると火炎瓶はもう一つしか残っていない。
「もう、これで最後だ」
そう言うと、一旦防壁にしていた【亜空間庫】を消して手元に火炎瓶を出し火を点けてガブルに渡した。
「ガブル、頼む」
ガブルは受け取ると直ぐにそれを投げる。その僅かな隙を突かれた。リーダーと平ゴブリンが六匹三階の回廊に登りついた。勇人は素早く【亜空間庫】で防壁を張り直したので後続は断つことができた。しかしこのままでは登りついたゴブリンに対する攻撃手段がない。
ガブル一人では危ない。そう見て取ったジェシーが【風刃】で平ゴブリンを攻撃する。【風刃乱舞】を使うにはゴブリンたちとガブルの間が近すぎフレンドリーファイアの危険が有る。
「ヨナ、助けに回るぞ」
ジェシーの声にヨナも【風刃】を放つ。事情は同じで【電撃乱舞】を使いたいのだがフレンドリーファイアが怖い。
ガブルはリーダーの棍棒攻撃を楯で受け流しながら耐えていたが、横合いから割り込んだ平ゴブリンに左手の肩口を殴られ、楯を下げてしまった。
「ガブル、下がって」
ヨナの声にガブルは楯を捨てて後ろに跳んだ。その直後【電撃】がリーダーを襲う。同時にジェシーの【風刃】がガブルを殴った平ゴブリンの首を刈った。
リーダーは死にはしなかったものの身体が硬直している。ガブルは槍を構えて突っ込むとそれをリーダーの左胸に突き刺した。ガブルは槍を抜こうとしたがあまりに深く刺さっていて抜けない。相手は息がまだ有るらしく緩慢な動きで棍棒を振り上げるのが見えた。彼は咄嗟に槍を手放して横に転がる。その上を掠るように棍棒が通り過ぎた。
ガブルは【虚空庫】から短剣を取り出すと起き上がりざまに下から顎を目掛けてそれを突き出した。剣は顎から喉へと突き通り脳幹にまで達した。それを思い切り捩る。脳幹を破壊されたリーダーは流石に息絶えて後ろ向きに倒れた。
「危なかったわね。肩の治療をするから座って」
ガブルはヨナから言われるまでもなく、精根尽き果てた様子でその場にへたり込んだ。ヨナは彼に近寄ると肩の打撲に手を当てた。
「平ゴブで良かったね。骨に異常はない。打ち身だけだからすぐ治るわ」
彼女がそう言うのと同時にその手とガブルの肩がかすかに光り、一分ほどで治療が終わると、肩の痛みは嘘のように消えていた。
「すげえだ。ありがてえ。痛みがすっかり無くなっただ」
「私のは普通の【治癒】よりは強力たからね」
ガブルの感謝の言葉にヨナは何でも無いことのように答える。少し誇らしさが滲んでいた。
この間にもゴブリンたちは押し寄せてくる。最後の火炎瓶の炎も小さくなって来ていた。弱々しい炎を背景に黒い影となってゴブリンたちの動きも良くわからなくなってきた。砦の側面や背後の様子も気になる。勇人は最後の灯りを使うことにした。
「みんな、取り敢えず梯子に取り付いている奴を全部落としてくれ。五秒間だけ【亜空間庫】を消す」
勇人はそう言うと梯子に取り付いているゴブリン目掛けて散弾をばらまいた。ジェシーもヨナもこの際とばかりに【風刃乱舞】や【電撃乱舞】で攻撃し、ガブルは槍で突き落としている。その甲斐有って一旦梯子からゴブリンの姿が消えた。
勇人はその僅かの時間を使って【亜空間庫】を手前で開き、懐中電灯を出した。ラジオの付いた大型のものだ。直ぐに【亜空間庫】を防壁として張り直し、懐中電灯のスイッチを入れた。
「ガブル、これを持って」
ガブルは懐中電灯の光を見て驚いていたが、勇人は委細構わずそれを彼に手渡した。
「ガブル、砦の側面と裏手の様子を見てきてくれ」
「お、おう。任せるだ」
ガブルは懐中電灯で砦の下を照らしながら側面と裏手の様子を見て帰って来て、それを勇人に返しながら言った。
「ここ以外には奴らは居ねえだ」
「そうか。奴らが側面や裏手にまで頭が回らなくて良かったよ」
勇人は懐中電灯を受け取るとそれをゆっくり振り回すようにして前を照らした。その光の先に居るゴブリン目掛けて各自が攻撃を仕掛ける。延々とその作業が続いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どれくらい時間が経っただろう。押し寄せてくるゴブリンが次第に少なくなり、洞窟の入口付近に陣取っていたシューターやメイジも一掃出来た。やがて朝日が登り、平ゴブリンも出なくなった。
「やっと終わったわね」
「戦闘はな。これから左耳と魔石の回収だ。今日一日掛かりそうだ」
ヨナとジェシーが話している。ジェシーも厳しいことを言っているが、その声には安堵の響きがあった。
「何匹あるだか。徹夜明けに剥ぎ取り作業だべ。正直辛えことになるだ」
「二、三百はあるかなぁ。嫌になるね」
「段取りはどうするのかしら」
「僕が一旦全部を【虚空庫】に入れて、十匹か二十匹か無理のない数を並べて出すよ。それが片付いたら【虚空庫】に入れて新しいのを十か二十出す。その繰り返しでやっていこう」
「そうだな。てんでばらばらな状態で闇雲にやるよりはその方が効率が良さそうだ」
「じゃあ、僕とガブルは下でずっとその作業をするとして、ジェシーとヨナは交代で一人砦に上がって入口を見張って欲しい。万が一大物が出てこないとも限らないし」
「確かにリーダーが十匹ほど居たんだから、その上位種が居るかも知れないわね」
勇人の提案にヨナが賛成した。他の者も異論はなさそうだ。
「ボクの感だと、ジェネラルくらいは居そうだね」
「嫌なことを言うなあ」
ジェシーが冗談交じりに言うと、勇人も大げさな身振りでそれに応じた。二人ともあまり心配はしていないらしい。
「じゃあ、最初はボクが下に降りるからヨナは見張りを頼むよ」
「分かったわ」
勇人が【亜空間庫】からイスを一つ出すと、ヨナはそれを狭間の所へ持って行き、どさりと腰を下ろして大きく溜息をつくと洞窟の入口を見張る体制になった。
ヨナは元々貴族のお嬢様である。運動能力は優れているとは言え、それほど持久力が有るわけではない。一晩立ち詰めでの戦闘で疲れていたのだろう。ジェシーが最初の見張りを譲ったのはそれを気遣ったからだ。当分ヨナと交代する気はなかった。
ともあれ、三人は下に降りて砦の外に出た。勇人は早速ゴブリンの死体を【亜空間庫】に収納して回った。それから二十匹分をきれいに並べて出すと三人は早速その耳と魔石を取りに掛かった。
それを十回くらい繰り返したときだった。見張りについていたヨナが大声を挙げた。
「ヤバいのが出てきた。多分ジェネラルよ」
その声に三人は一斉に洞窟の入口に目を向けた。確かに二メートルを優に超える体躯のゴブリンが入口の所に立っていた。寸足らずの胴鎧を身に着けて、片手半剣を手にしている。二つとも魔猟士から奪ったものだろう。三人は直ぐに臨戦態勢に入った。ヨナは既に【火箭】を顔面に向けて放っていた。
ヨナの一撃は直ぐに狙いを外されたために脳へのダメージは不十分で致命傷にはならなかったが、右目の機能を奪い、左足にも影響を与えた。
ジェシーは【風刃】を放ったがこれは剣で薙ぎ払われてしまった。だがそれでジェネラルの前面ががら空きになった。勇人はそこを狙ってこれまで温存していた対魔弾を二発放った。一発は寸足らずの鎧のおかげで丸出しになった下腹部を目掛けて、もう一発は顔面を狙って。
初速毎秒二百五十メートルの対魔弾は彼我の距離二、三十メートルを〇・一秒前後で飛翔する。これはおよそ生物である限り避けられる速度ではない。
二つの対魔弾は過たずに頭部と下腹部に命中し、弾頭に刻んだホローポイント弾紛いの切込みからジェネラルの体内で爆散しながら前進し、後頭部のほとんどと背中の半分を吹き飛ばしながら後方へと突き抜けた。
ジェネラルはラスボス宜しく現れたにも拘らず何の見せ場もなくその場に倒れ伏した。
勇人以外の三人はなにが起こったのか見当もつかず、呆然と突っ立っている。
「何が有っただ」
一番早く我に返ったガブルが勇人の顔を見ながら尋ねた。
「この前、石切場で対魔弾ってのを作っただろう。あれを使ってみたんだ」
「凄い威力だね。でも使い方が難しいな。オークなんかだと肉の半分が売り物にならなくなるよ」
ジェシーが呆れ顔で呟いた。
「それは同意だ。元々オークなんかに使う弾じゃないんだ。こう言う手に負えそうもない相手専用だね」
勇人も、自分で撃っておきながらその威力に呆れていた。
「初めて使うから用心のため二発撃ったけど、完全にオーバーキルだった。一発で十分だったな」
「無敵だべ」
「そうでもない。材料が岩だから、固くて分厚い鱗を持ったような生き物だと、当たった瞬間に弾が割れてしまって中まで届かないってことがあるかも知れない。弾を鉄で作れれば良いんだけど鉄は高いなあ」
「数発分なら作れるんじゃないかな。折れた剣や何かを集めればもっと安くで出来るかも知れないし。ボクなら用心のために二、三発は作っておくよ」
勇人の言葉にジェシーは少し不満そうな顔をして言った。
「まあ、それは後で考えるとして今はここを片付けてしまおう」
勇人の言葉に二人も同意して再度剥ぎ取りを始めた。
「ねえ。何時交代するの」
「ヨナ、君は休んでていいよ。疲れてるんだろ」
ヨナが声を掛けてきたが、ジェシーは交代するつもりが無かった。
「そう。ありがとう、ジェシー」
ヨナも本心では動きたくなかったようだ。三人は黙々と剥ぎ取りを続けた。夕方までかかると思っていたが、昼過ぎには作業が終わった。
平ゴブリン二百八十二匹、シューターとメイジが合計で三十八匹、ファイターが十八匹、リーダーが十匹、ジェネラルが一匹。これが一晩の成果だった。
「合計で三百四十九匹。ざっと三十五両分だね。でもジェネラルは出せないよね」
「D級ノルマだと、月十八両だから二か月分に少し足りないくらいか。行き帰りの分もあるから二か月分は十分にあるよ。リーダーとジェネラルは出さずに置いておこうよ」
「なぜだか」
勇人の提案にガブルはその理由を尋ねた。
「リーダーとかジェネラルとかを狩ったと言うことになれば、危ない橋を渡ったってことが学校に知られてしまうだろう。何か具合の悪いことに成りそうな気がするんだ」
「ボクもそう思うよ」
「平ゴブが一匹賞金と魔石で二百五十文。二百八十二匹で七万五百文。七両跳んで五朱。シューターとメイジとファイターは一匹当たり賞金と魔石で三百七十五文。五十六匹で二両一分。合計で九両一分五朱。大した儲けじゃないの。行き帰りの分も有るんでしょ」
ヨナが随分と庶民的なことを言った。確かに一晩の儲けとしては大きいがこの額では余り良い生活ができないのもまた事実だ。ゴブリンでは生活できない。言われていたとおりだ。
「少しずつ小出しにするだ。そのうちに賞金が上がるかも知んねえべ」
ガブルが言うことももっともだ。現状を考えると賞金が上る可能性は高い。月のノルマに必要な分だけ、なるべく月末に出して賞金が上がるのを待つのも一手だ。
ワイワイと言っているうちに砦の撤収も終わり、領都へ向けて出立した。帰りにもしぶとく平ゴブリンが現れたが十匹以内、四、五匹の群れが多く一行は歩みも止めずに仕留め、そのまま勇人の【亜空間庫】に放り込んで先を急いだ。その反面、剥ぎ取りが終わったゴブリンの死体は適当にばら撒いて捨てている。そうしておけばオオカミや山犬などの野生の肉食動物やゴブリンが始末してくれるはずだ。
そうして日が暮れるまでに四人は領都に帰り着き、一泊二日の狩猟は無事終了した。




