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092 デウス・エクス・マキナ?

 午後三時頃、「グリフォンの夢」は領都に帰り着いた。ヨナは門の手前の見えないところでヨナの離村書類を出して目的地ラフィアディア、目的魔猟士組合登録のためと記載した。それを西門で見せると問題なく街に入れた。エラザール商会に行くまでにヨナの組合員登録と「グリフォンの夢」への加入申請をしたほうが良いだろう。そのためには学校への入学も必要になる。


 街に入ったその足で魔猟士組合に向かった。ヨナの組合員登録のためだ。ここでも建物に入るとき一斉に視線が向けられたのを除けば特に問題なく魔猟士登録ができた。


 その次は魔猟士学校だ。今日は休日だが玄関脇の部屋に校長が居るのではないかと予想して登校した。案の定校長は宿直室みたいな部屋で机の前に座って居眠りをしていた。


「校長先生、起きてよ。ちょっと話があるんだ」


 勇人が声を掛けると校長は眠そうな目を開け、上目遣いに勇人を見た。


「またお前たちか。今日は何の用じゃ」


「この子、ヨナって言うんだけど、今日魔猟士登録をしたところなんだ。それで学校に入りたいって言うんだけど入学させてくれないかな」


「なんじゃ。入学は九月と決まっておるぞ」


「そこを何とかしてよ。八か月も待つなんて可愛そうだよ。知識不足の人が魔猟士として活動して命を落とすのを防ぐってのが魔猟士学校の目的でしょ」


「うむ。それもそうじゃな。お前たちが同じ分隊に入れてやるというならば許可するぞ。ただし卒業してもE級しかやれぬし、お前たちも二月からは四人分のD級のノルマをこなさなければD級はやれぬぞ」


 勇人はガブリエルとジェシカの顔を見た。二人とも頷いている。


「それでいいよ」


「よし。それでは職員室までついて参れ」


 校長は先に立って職員室まで行くと、刻印機を取り出した。


「ヨナとやら。組合員証を出しなさい」


 ヨナが黙ってそれを渡すと校長はそれに「学生」と刻印して返した。


「校長先生、ありがとう」


 四人は口々に礼を言うと学校を後にして、再度組合に行った。組合では窓口がリオールでは無かったため問題なくヨナは「グリフォンの夢」の一員として登録できた。


「エラザール商会に行く前にちょっと用事があるから知り合いの商会によってほしいんだ」


 勇人の頼みで一行はサミュエル商会に寄り道した。訪いを入れると直ぐにサミュエルが出てきた。それから暫く二人はヒソヒソと話をしていたが、話が纏まったらしく笑顔で肩を叩き合った。これがこの世界での握手みたいなものだと言うことを勇人は領都に出て初めて知った。


 時刻は、もう午後四時になっていた。直ぐにエラザール商会に向かう。店先で用件を告げると直ぐに商会主のエラザールが現れた。商会の店先は大店だけ在って広い。


「鉄木筋一万本を受け取ってきたよ。ここで出すから確認してくれ」


 勇人がそう言うとエラザールは眉を顰めた。


「ここは店先ですよ。こんなところで出されたのでは後始末に困ります。裏まで持ってきて下さい」


「契約書には店頭渡しって書いてあったけど」


「あなたねぇ。『店頭渡し』ってのは店に持ってくるという意味で店先で渡すと言う意味ではないのですよ。そんなことは商人の常識でしょう」


「僕は商人じゃなくって魔猟士だからね。商人の常識は知らないよ。ここでも充分に広いからここに下ろしても良いと思うんだ」


 エラザールは渋い顔をする。


「ここでは他の荷物の積み下ろしもするので、邪魔になるのですよ」


「ああ、他の荷物はここで積み下ろしをするのに僕たちの荷はここじゃ駄目なのかい」


「荷物によりますよ」


「まあ良いや。どこで出せば良いのかな」


 エラザールはホッとしたような顔をすると言った。


「私に着いてきて下さい。下ろす場所に案内しますよ」


 エラザールは先に立って歩き出す。四人はその後に続いた。裏手には露天の資材置き場があり、鉄木筋やその他の建築資材が山となってあちこちに積まれていた。


 四人はてっきりそこで荷下ろしをするものと思っていたが、エラザールは屋根付きの倉庫に入っていった。


「ここに出してくれ。間違いなく一万本持ってきたのだろうな」


「一万本持ってきたよ」


 倉庫は店先よりも明らかに狭く、そのうえ壁には天井まで棚が作られて勇人には用途不明の資材や壺、樽などが積み上げられていた。鉄木筋を出すように言われたのはその棚の前の一万本の鉄筋が入るかどうかの空きしか無い土間だった。


「これは狭いね。万一にでも崩れると大変だから、外の資材置き場に出したいんだけど」


「濡れると困るからここにしてくれ」


 勇人が広い場所で出したいと逝ってもエラザールは聞かない。


「他の鉄木筋は外に置いてあるじゃないか」


「とにかく、これは濡れると困るからここに出してくれ」


 勇人が抗議してもエラザールは一切聞く耳を持たない。


「良いけど、崩れたら責任はそっちが持てよ」


「分かっておる」


 押し問答をしていても仕方がないので、勇人は鉄木筋をその場に出した。


「それでは検収をするから場を外してくれ」


「それは出来ないよ。検収に立ち会うのは僕たちの権利だからね」


 その言葉にエラザールはムッとしたようだったが、それを噛み殺して言った。


「まあ、良いわい。ガーセン、お前が検収の主任をしろ。他に一名連れてきて二人で作業に当たれ。私は他の仕事があるから席を外すが何かあれば呼びに来い」


 ガーセンはもう一人を連れてきて山の上から数を数え始めた。鉄木筋は断面が二分(六ミリ)の棒で二箇所でしっかりとブルカン村特有の結び方で百本をひとまとめにして縛られ、その回りに紙の帯封がされている。丸棒なので切り口は整然と並んでいるわけではなく、すこぶる数えにくい。ガーセンたちは数を数えるのに四苦八苦しているようだ。


 三束目にかかったときだった。ワッと言う声にその出処を目で追うと、壁際の棚にはしごを掛けて作業をしていた者が落ちそうになって目の前の樽に手をかけ、彼はそれでバランスを取り戻したものの樽がその反動で下に落ちて割れ、白い粉が舞い散るのが見えた。


生石灰(きせっかい)だ。逃げろ」


 樽を落とした男が大声で叫んだので、勇人たちとガーセンたちは慌てて倉庫から外に飛び出し、作業をしていた他の者たちもそれに続いた。


「生石灰の樽をあんな高い所に置くだば、馬鹿野郎だべ」


 ガブルは珍しく怒りで顔を真っ赤に染めている。怖さを知っている者の顔だ。


 三十分くらいするとエラザールが部下を連れて現れた。


「防塵マスクを付けて状況の確認に入れ」


 さすがと言うべきか落ち着き払っている。その命令のもと部下がガスマスクのような防塵マスクを付けて中に入った。彼らは十分ほどで出てきてマスクを外すと何かをエラザールの耳元で囁いた。


「落とした樽は生石灰ではなかった。消石灰の樽であったようだ。今、清掃しておるのでもう暫く待たれよ。掃除が済めば検収作業を再開する。『グリフォンの夢』の諸氏は立ち会うかね」


「いや。もう結構だよ。検収が終わるまでここで待たせてもらう」


 勇人がそう答えるとエラザールは満足そうに頷いた。


「ではテーブルとイスを用意しよう。何もないが茶くらいは出させて貰おう」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一時間後、ガーセンともう一人の検収担当者が出てきた。ガーセンはそのまま店舗内に入ったが暫くするとエラザールとともに現れた。


「誠に残念なことだが、ガーセンの言うには九十九本しかない束が十束在ったとのことだ。途中で抜いたのか先方での検収が分充分だったのか。いずれにしろ契約不達成だな。違約金を払って貰おうか」


 エラザールはニヤニヤといやらしい笑みをうかべながら言った。


「そんなはずは無えだ。もう一度数え直すだ」


「検収に立ち会わないと言ったのは、そちらのユージン君ですよ。今さら数え直しをしろと言うのは筋違いも甚だしいね」


 エラザールはガブルの抗議を一蹴する。


「彼の言うとおりだよ。立ち会いを断ったのは僕だ」


 その言葉にガブルはいかにも意外だと言う顔をする。


「ガーセンに聞きたいんだけど、間違いなく全部の束を確認したんだね」


「も、勿論だ」


 ガーセンはそう答えたが、言葉付きが怪しいし目も泳いでいる。嘘をついているのは丸わかりだ。


「それにしては随分早かったね」


「慣れてきたからな」


「それで、どの束が一本足りなかったのかな。示してよ」


 ガーセンは頷いて倉庫に入る。その後にエラザールと「グリフォンの夢」の面々が続いた。


「一本少なかった束にはこの赤い札を差し込んでる」


 ガーセンは先が尖った赤い札を指して言った。


「じゃあ、それだけこちらに移すね」


「おう、それは俺がやるぞ」


 勇人が札の付いた束を纏めようとすると、ガーセンは自分がそれをやると言って札の付いた束をそうでない束の山の隣に積んだ。


「ここを見てほしいな」


 勇人は束を束ねている縄の結び目を指さした。


「これと札の指してない束の縄の結び目を比べてみてよ」


 そう言って勇人は札の指してない束を指す。


「違ってるだろう」


「確かに・・・それがどうしたってんだ」


 ガーセンは両者が違うことは分かったが、その意味には思い至らないようだ。


「今回僕がブルカン村に受け取りに行ったとき、ブルガン村の担当者に頼んで、束ねる紐の結び目をいつもとは変えてもらったんだ。だからこちらの赤札が刺されていない束の結び方は全部一緒で、本来僕たちが受け取ってきた束は総て同じ結び方をされてるはずなんだよ。


 でも札が刺してある方の束は全部こっちとは違う結び方になってるよね。という事は札が刺してある束は僕たちが持ち帰った束じゃないってことだよね」


 確かに両者の結び方はどちらも複雑だったが、微妙に違うことは比べてみれば一目瞭然だった。


「お、俺達が取り替えたって言うのか」


 ガーセンはかなり狼狽している。


「あんたかどうかは分からないけど、エラザール商会の誰かの仕業なことは間違いないよね」


「おい、おい。うちがそんなことをするもんか。そんなことをして何の得があるってんだ」


 エラザールが本性むき出しの言葉遣いで割り込んできた。


「ズバリ、僕たちが違約金を払えないと見込んで、その代わりにタダ働きをさせるつもりなんでしょ」


「俺の店は領都でも一、二を争う大店だぞ。そんな姑息なことはしねぇ。第一うちがやったって証拠は無いだろう」


「あのね。これもブルカン村で確かめてきたんだけど、〇・二寸の補助鉄木筋を注文したのはここ一年ではエラザール商会だけなんだって。それでエラザール商会から注文を受けたのは二週間前で、その数は百本十束だったよ。


 注文書は借りてきたからね。抜き取り何かの不正防止のためにブルカン村では鉄木筋を出荷する時には村独特の複雑な結び方で束ねてるけど、二週間もあればさすがに同じ結び方で結べるよね」


「そ、そんなことは推測に過ぎん。何の証拠にもならんわ」


「じゃあもう一つ。がーセンは百束全部の数を数えてないよね。これは数えなくても十本足りないって分かってたから、そして束ねた本数を減らして複雑な結び方で結び直すのは僕たちには無理だって知ってたからだよね」


「な、なんで俺が数えてないって言い切れるんだ」


「うん。本当に数えてたんなら、足りない本数は十三本じゃないとおかしいからだよ」


 それを聞いて、エラザールはニヤリと笑った。


「ということは、お前たちが事前に三本抜いてたってことだな。それ自体が契約違反だ」


 勇人はそれを聞くと【亜空間庫】から三本束になった鉄木筋を取り出した。ブルカン村の結び方で束ねられている。そして一つの書類を出すとエラザールに見せた。それには次のように書かれていた。


『納品内訳書

品目 〇・二寸経✕一間 補助鉄木筋 一万本

内訳 百本束   九十七束

   九十九本束   三束

   三本束     一束』


「お前は全部出さなかったじゃないか。三本束を横領するつもりだったんだな」


 エラザールは反撃してきた。少し顔色が戻っているところを見ると勝機を見出したのだろう。


「全部出せとは言われなかったからね」


 勇人は何食わぬ顔で言った。


「いいや。全部出せって言ったぞ」


「あんたはこの倉庫まで来て『ここに出してくれ。間違いなく一万本持ってきたのだろうな』って言ったんだ。全部出せとは一言も言ってないし、僕も『一万本持ってきたよ』って言っただけだ。持ってきたのは事実だからね。それから出した後は全部出したとは一言も言わなかったよ。正直に全部数えて三本足りないって言ったら残りの三本も出すつもりだった。でも嘘をつかれたからね。自衛のために出すのを少し後にさせて貰ったよ」


「そ、それは詭弁だ」


「商取引についてお互いに言い争いになってるんだから真偽判定官を呼ぼうよ」


 その言葉を聞いてエラザールはニヤリと笑った。


「望むところだ。ガーセン、呼んできてくれ」


「ジェシー、悪いけど此奴に付いて行ってくれよ」


「分かった」


 二人は真偽判定官を呼びに出かけた。


 暫くすると二人は聖司祭を連れて戻ってきた。


 エラザールと勇人はそれぞれの立場とこれまでの両者が認識している事実を真偽判定官に語った。


「分かりました。真偽判定手続きに入る前に双方が供託すべき金額をのべます」


「この取引の失敗で我が商会が被る損害は五百両です。当然その金額が供託額になる訳ですな」


 エラザールはニヤリと笑って言った。勇人たちのようなE級に成り立ての魔猟士がそのような大金を用意できるはずがない、それが彼の計画の根本にあった。真偽判定に持ち込んだのも供託金を聞いた時点で真偽判定を受けるのを断念すると考えたからだ。


「今、両者の言い分を聞かせて頂きました。


 それによると百本の束の内十束が一本ずつ数量不足であったこと、その十束と他の束では結束紐の結び目の形が明らかに違うこと、二週間前にエラザール商会がブルカン村から同じ仕様の鉄木を十束購入したこと、検収作業中に石灰が散乱し、それについて消石灰であったにも拘らず生石灰であるとエラザール商会の担当従業員から報告が在り、全員が退出を余儀なくされたこと、その後「グリフォンの夢」魔猟士分隊は検収立ち会いを拒絶したこと、エラザール商会の従業員ガーセンが検収にあたって全数量を数えなかったにも拘らず数えたと虚偽の報告をしたこと、これけらの点については双方に争いのない事実と認めます。


 そうすると消石灰の件によって「グリフォンの夢」が退出を余儀なくされた後に何者かが量目不足の鉄木の束と「グリフォンの夢」が持ち帰った鉄木の束を入れ替えたと推測できます。


 従って束の入れ替えを行った者がエラザール商会の者か否か、それが商会長エラザールの指示によるものか否かが第一に明らかにすべき点、第二に入れ替えられた束がどこに有るのか、その量目が正しく百本あるのか否かが明らかにすべき点となります。


 つまり真偽判定はガーセン、消石灰担当従業員、エラザール商会長の三人です。この三人の真偽判定の結果、エラザール商会と無関係の第三者によってすり替えが行われたとの結論に達した場合のみ、「グリフォンの夢」分隊が一万本を持ち帰ったか否かについて真偽判定が必要となります。よって第一段階ではエラザール商会のみ五百両の供託金を積むように命じます」


「そんなバカな。うちのみが供託金を出さなけけばならないなんて不公平だ。えこひいきだ」


 エラザールは目論見の前提が崩れたため、聖司祭を罵った。


「黙りなさい。供託金を幾らにするかは真偽判定官の裁量事項です。先ほどのべた争いのない事実に基づけばあなたまたはあなたの商会が不正を働いたとの強い推認が働きます。そのような場合に不正の推認が働く当事者のみに供託を命じるのは裁量権の範囲内です」


 エラザールはがっくりと肩を落とした。真偽判定が行われれば自分が負けることは充分に理解しているからである。


「し、真偽判定を取り下げる。契約どおり五十両を支払う」


 真偽判定官は勇人たちの方を向いて尋ねた。


「エラザール商会は取り下げると言っていますが、あなた方はどうしますか」


「契約上の依頼料五十両と、不実の主張で僕たちを陥れようとしたことについて真偽判定官の裁量による慰謝料がこの場で支払われることを条件として取り下げに同意します」


 勇人に代わってヨナが答えた。さすが貴族の娘、こういうときの主張は堂に入っている。


「分かりました。慰謝料は一人十両、合計四十両とします」


「なんだって。こいつら依頼を受けた時には三人だったじゃないか」


 エラザールが一見もっともな反論をした。だがヨナはそれを一蹴する。


「確かにそのとおりですわ。でももし五百両を支払わなければならないことになっていれば、私も『グリフォンの夢』の正式分隊員である以上、連帯支払義務が発生するのですから当然慰謝料の対象となりますのよ」


「ぐぬぬ」


 エラザールは悔しそうに唸りなが九十両を出し、目の前に出された依頼票に履行完了のサインをして勇人たちに渡した。勇人たちはそれを受け取って領収証を書いた。これでこの件は終了し、勇人たちはエラザール商会を後にした。


「荷物を出すときに全部出せって言われてたらどうしてた」


 帰り道、ジェシーが聞いてきた。


「全部出したよ。三本の束なんて紛れ込ませばそれだけで一束になってるなんて分かりっこない。持ち札が一枚減るだけだよ」


「供託金五百両っていわれたら、どうするつもりだっただか」


「僕は領都に来てから入学まで三か月間「天使の羽根」の一員として狩りをしてたんだよ。ノルマに使えないだけで百両くらいは持ってるよ。あとはサミュエル商会から借りるつもりだった。」


 ガブルの質問に勇人はそう答えた。


「それでサミュエル商会に行っただか。色々下準備しただな。とにかく、ヨナの入隊祝とエラザールをとっちめた祝いをするだ」


 ガブルは感心したように頷いたあと大声で宣言した。それにはみんな賛成だった。どうせもう夕食は残っていない。どこかおいしい店でワイワイやろう。四人は日のとっぷりと暮れた夜の街に繰り出した。街は魔導街灯に照らされて四人を祝福するかのように輝いていた。

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