091 ばかだねえ。ほんとうにばかだねえ。
「ユージン、おぬしはチュードゆえ、学校とやらで色々と学んだのであろう。学んだことを使えておらぬようだのう。馬鹿じゃ。馬鹿が嫌ならアホぞ」
ミリアムはユージンを指さして高らかに宣言した。
「人を指さしてはいけませんって教えられなかったのか。それに面と向かって言うに事欠いてバカとかアホとか失礼にも程があるよ」
さすがに勇人も初対面の人物からバカとかアホとか言われて笑っていられるほど心は広くない。
「うむ。具体的事実を摘示せねばならんかのう。おぬし、万有引力の法則は知っておろう」
「知ってるよ」
「では重力も知っておろう。その加速度は幾らぞ」
「重力加速度は九・八メートル毎秒毎秒・・・ええと・・・ここの単位で約三十三尺毎秒毎秒かな」
「うむ。三十二・六七尺ぞ」
「先程の話ではおぬしの【虚空庫】は円にして直径約五間の広さがあり、その円周の範囲つまり約十五間の範囲でならその形を自由に変えられるということであったのう。
では一番高い所に小石なりボルトなりが下向きに落ちるように穴を開けて、その端から垂直に三十三尺つまり五間の細い溝で下に繋いだらこれで十間であろう。のこり五間で下に受け皿を作れば直径約一・六間の受け皿が出来るであろう。
そうしておいて上から小石を落とすと下に着いたときには秒速三十三間であろう。その石を上からもう一度落とすと更に速度は増えるの。これを繰り返せば石を投げ込まずとも、石を投げ込んだ速度より遥かに速い速度で飛ぶ石礫が出来上がろう。ボルトも同じぞ」
勇人はそう言われて目から鱗が落ちる思いだった。
「うん。僕はバカだったよ。アホだバカだと言われても仕方ないね。今まで打ち込んだ石礫やボルトをそのまま使うことしか考えてなかった。大石にしても落とすだけだった。
でも言われるとおり重力を利用してさらに加速させることが出来るんだね。ちょっと話を聞いただけでそこまで思い至るなんて凄いよ」
勇人は素直にミリアムに頭を下げた。
「そうであろう、そうであろう。少し試して見るかの」
ミリアムは勇人の素直な態度に満足げだ。
勇人は【亜空間庫】からタブレットを出すと表計算アプリを立ち上げて急いで計算を始めた。得られた結果をじっと見る。
計算上は四十秒を超えて落とし続けると秒速三百メートルの音速を超える。 音速を超えると衝撃波が発生する。銃器の弾丸であれば自分への影響はせいぜい発射のときだけだが、重力加速度を利用して加速する場合には音速を超えて以降は落ちてくる間中影響を受けることになるから音速を超えてまで落とし続けるのは危険だ。
それにしても落とす回数はなんと八百二十回。投石紐で飛ばした石礫を使うとして、その速度を毎秒六十メートルと仮定すると四百四十回、ボウガンから発射したボルトの場合は速度を毎秒百メートルと仮定して四百五回。
(気が遠なるような回数やなぁ)
問題はまだある。落とす度に真下に落ちるように軌道修正するとしても、落ちている間は秒速三百メートル近い風圧を受けることになる。その間に空気抵抗によって軌道が変わり受け皿の外に出てしまうことも充分に考えられる。
そうなれば目の前で地面にぶち当たって爆発。回りに居たものは大怪我をしてしまうだろう。概算で十メートルを一回通過するのに要する時間は〇・〇三秒だ。異常を感じて逃げるどころか、それを感じる時間さえないだろう。
それに、初速三百メートルを得るまでにに四キロから四・五キロ落ちる計算になる。只の小石や鉄木でできた鏃がその間の空気との摩擦による発熱に耐えられるとも思えない。割れるか溶けるか燃えるか。
そもそも空気抵抗が在るから計算通りには速度は出ないだろう。
(まあ、やってみるしか無いわなぁ)
勇人はミリアムがノリノリなので、これを放置してへそを曲げられても困ると思い、投擲紐で投げ込んだ石礫の中からなるべく凹凸の少ないものを選んで落とすことにした。大きさは子供が投石したものなのでピンポン玉くらいのものだ。
「やってみるから出来るだけ離れててよ」
それからは上から落とし、下で受けた物を更に上から落とし、という単純作業をひたすら続けた。最初はぎこちなかったが段々と慣れて行き、何も考えなくてもその作業が出来るようになってきた。ピアニストやトランペッターが音階を考えるだけで指が自然と動くように、あるいはネイティプが母国語を話すときのように。
そのうちに落とした回数も出ている速度もおおよそ掴めるようになってきた。そうしてベクトルのない単なる小石、発射済みのボルト、入れただけのボルト、ソフトボール大の石、様々なものが様々な速度のベクトルを持って【亜空間庫】の中に収まった。思った通り上手く行かなかったのは鉄木の鏃のボルトだった。おおよそ毎秒二百メートルになる手前で燃えてしまった。
「ちょっと試し撃ちしてみようか」
幸いまだ外は薄暮だ。四人は砦の外に出た。五十メートルくらい先に岩の露頭が在り、その更に五十メートル先には森が在る。勇人はまず岩に狙いを定めて小石を発射した。ギュンという風切り音がしてほぼ同時に岩の左端から爆発的に欠片が舞い上がった。
「凄い威力だべ」
ガブリエルが感嘆の声を挙げた。他の二人も息を呑んでいる。勇人自身もその威力に驚いた。それと同時に落胆もした。
「凄いね。でも真ん中を狙ったんだけど外れた。多分途中で空気抵抗で曲がっちゃったんだね」
(やっぱり丸い弾ではあかんわ。細長い形状にしてどうにかしてライフル刻まんとまともに当たらへん。このまんまやったら火縄銃やな)
次にボルトで森の木を狙って発射した。ボルトは石の鏃を付けたものだ。水鳥の三枚羽根で羽根の向きを揃えてあり回転するタイプだ。これは狙い通りに直径三十センチくらいの太さの幹に当たり、大きく幹をえぐって爆散した。ソフトボール大の石は同じ太さの幹をへし折ってこれも爆散した。
「威力は申し分ないの。あれならオークの頭は当たれば爆散するぞ。後は命中率であろうのう」
「そうだね。あの大きい方の石の威力ならオーガでも一発で倒せそうだよ」
女子二人は大満足で砦へと帰った。貴族の女性も森人の女性も考えることが過激だ。そう思うのは残された男共二人だった。
砦で日を囲みながらジェシーが切り出した。
「それで、君はどうする。ラフィアディアまではボクらと一緒に行くとして、その後のことだけど、君は貴族だからラフィア辺境伯様に保護を願い出る手もあるし、さっきユージンが言ったようにボクたちと学校に入って魔猟士としてやってゆく方法もある。もちろんどこか商家に勤めるのも在りだね」
ミリアムは三人を端から眺めて話し始めた。
「できればお主たちの間に紛れたい。辺境伯については悪い噂は聞かぬ。それ故この地を選んだのではあるが、侯爵との間でどのような柵があるのかまでは余人の知らぬところでもある。
万が一にも辺境伯に侯爵への借りがあればそれを盾に我の引き渡しを迫られ伯が窮地に陥ることも有り得ようぞ。さなくとも貴族どうしでの貸し借りはあまり作りとうない。
それ故、そのようなことを考えずともよいおぬしらの仲間にして貰いたいと思うておる。よろしく頼む」
三人は顔を見合わせていたが、見切りが一番速いガブルがまず口を開いた。
「オラは良いと思うだ。勇人も大変な秘密を握られてしまっただべ。反対できるだか」
「そうだね。確かに仲間になって貰ったほうが良いよね」
「ボクもそれで良い。これで決まりだ。『グリフォンの夢』にようこそ」
ジェシーがニッコリ笑って入隊の承認を伝えた。もっとも伝えられた本人が経過を聞いて知っていたわけであるが。
「かたじけない」
それでもミリアムは律儀に礼を言った。
「戦い方を見てたから分かると思うけど、ガブルは前衛盾士、ジェシーは後衛の魔術師兼弓士、僕は斥候兼遊撃士が今までの立ち位置だよ。ミリーが加わったのでそれをどうするかな」
「我は『ミリー』か。これは本名・・・出来れば村娘の呼び名『ヨナ』で頼む。我の立ち位置は前衛遊撃士が良いぞ。存分に暴れられる故のう」
(頭脳派か思うたら結構脳筋や)
「じゃあ、僕は斥候で戦闘になったら後退して間接攻撃しながら万一の場合に砦が出せるように待機するよ」
「ボクもそれが良いと思う。それと村娘『ヨナ』を名乗るんなら言葉遣いを改めないと。一人称『我』は『私』か『オラ』にでもして、古風な話し方はやめること。貴族丸わかりになってしまう」
「確かにそうだべ。『オラ』にするだ。『オラ、ヨナだべ』良いでねえだか」
「『オラ』は遠慮するよ。私にさせてもらうわ」
それから口々に学校や組合での出来事などを話してもう寝ようと言う時刻となった。ガブルと勇人は部屋ごとベッドを取られたので、仕方なく普段はジェシーが一人で使っている寝室に行き、ガブルはベッドで、勇人はエアマットとシュラフで眠りに就くことになった。
(まさかここで元の世界のキャンプ用品を使うことになるとは思わへんだ)
それにしても今日は散々な日だった。【次元刀】の何でも切れるという秘密については二人は知っていたが新たにヨナも知ることになった。【亜空間庫】の容量、時間停止、ベクトル保持の機能も三人に把握されてしまった。何よりもチュードであることを三人特に貴族であるヨナに知られてしまった。自分のの立場が少しずつ危うくなってきた、勇人はそう感じていた。【亜空間庫】に生物が入れられること、【そこまでドア】のことこの二つは絶対に知られてはならない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、朝食を摂って砦を【亜空間庫】に仕舞い、すぐに出発となったが、ミリアムから待ったがかかった。
「ブルカン村だったわね。そこへ行くまでに一つ寄り道をお願いしたいの。昨日も言ったけど、そこの森の奥に泉があって。その傍らに我の村娘衣装と防具が干してあるの。それを回収したいのよ」
ヨナの口調が変わった。やはり貴族の子女だ。そのくらいの芸当はさして難しいことではないのだろう。
他の三人はそれに同意して森の中の泉へと向かった。着いてみると泉の回りは踏み荒らされ、干していた衣装はビリビリに破られ、防具は盗まれていた。コボルトたちの仕業だろう。
無いものを探すのは全くの時間の無駄だったので、一行はそのままブルカン村へと向かった。
ブルカン村では広場の真ん中でマセフが待っていた。
「おう。来たか、早いだな。トカゲは取れただか。うん、一人めんこい女子が増えたでねえか。どこで拾ってきただか」
「トカゲは三匹。この時期は逃げるから捕まえるのが難しいね。この子はヨナ、山の中で難儀してたから領都まで送って行くんだ。ところで荷物は出来てるの」
「そうだか。この時期山ん中で迷うと命が危ねえだべ。コイツらに出会えて良かっただ。荷物はほれ、そこに注文通りに出来てるだ」
マセフは横を向いて鉄木筋の山を手で指した。勇人が注文した通りに荷造りしてくれたようだ。
「これが全体の送付書。こっちがおめえの要望で作った内訳書だべ」
マセフはそう言って二通の書類を勇人に差し出すとニヤッと笑った。
「ありがとう。じゃあ、鉄木筋を収納するよ」
勇人は書類を検めてから【亜空間庫】に仕舞い、さっと左手を振って鉄木筋の山もその中に入れた。その頃には村長も宅から出て「グリフォンの夢」の面々の方に近づいて来た。
「ああ、村長。お世話になりました。先を急ぎますのでこれで失礼させて頂きます」
「おう。また何時でも来ると良いぞ。土産を持つものは何時でも歓迎じゃ」
勇人が挨拶をすると、村長はなんとも現金な挨拶を返した。みんな思わず笑ってしまう。マセフがガブルに向かって言った。
「宴会で言ったことを覚えてるだか。必ず守るだ」
「分かってるだ」
ガブルは少しはにかんで答えた。それを潮に「グリフォンの夢」の面々はブルカン村を出立した。帰りは依頼の荷物を持つといっても勇人の【亜空間庫】の中で負担はない。おまけに下り坂が続くとあって道ははかどる。この分だと午後早くには領都に帰り着きそうだ。




