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090 或るときは村娘、或るときはお嬢様、しかしてその実態は?

「落ち着いたところで、話をお聞かせ頂けますか、お嬢様」


 その声に少女が答えた。


「村娘のヨナです・・・とは行かぬようだの」


 答えた少女は年の頃十四、五歳、如何にも貴族然とした顔立ちに金髪ストレートの長い髪を後ろで無造作にひとまとめにしている。小柄で一見華奢に見えるが先程の立ち回りを見る限り強靭な筋肉に覆われているようだ。


「はい。そのお召し物では流石に」


 勇人の受け答えに少女はため息をついた。


「村娘の格好をしておったのだがの。ちょうど村娘の服を洗濯しておるときにあやつらに見つかってのう。着替える暇がなかったのだ。これでは村娘と言い張るのは難しいのう。まあそれで通せばそれはそれでおぬしらに不義理はなるか。                  


 我はミリアム・エス・マロール、マロール子爵家の三女であるぞ。理由あって実家を出奔しておる。先程の助力には感謝しか無い。まこと、かたじけない」


 少女は丁寧に頭を下げた。


「僕はユージン、平民の孤児だよ。こいつはガブリエル。見てのとおり山人だ。そしてこっちはジェシカ、森人だよ。それにしても実家を出奔とは穏やかじゃないね。できれば理由を話してもらえるかな。何か手助け出来るかもしれないよ」


「そうだの。一人で逃げ回るのも疲れたし、それも一興かのう」


 ミリアムと名乗った少女は暫く考えた後そう言って話し始めた。


「先ほど見ていたと思うが、我は風魔法と火魔法が使える。他にも氷も雷も使えるの。体内魔法についても【剛力】、【俊敏】、【治癒】が使える。いわゆる万能型なのだ」


 この世界ではチュードを除いて総ての者が魔法を使える。それを前提にしているのでミリアムが言う「使える」というのは達人レベルで使えるという意味である。


「駄目なのは【虚空庫】での。これは並以下じゃ。それでのう、秘密にしておったのだが万能型に目を付けられてしもうた。フルバ侯爵が我を嫁にと申し込んできたのだ。


 普通なら侯爵の後ろ盾を得られる良い縁談であろうの。我も貴族の娘ゆえ政略結婚くらいは当たり前と思うておる。せめてフルバ侯爵の息子が相手であれば我も否やは言わぬものを、よりにもよって齢五十を過ぎた本人の五番目の妻よ。


 我も我の父もこれは割に合わぬと言うことで、相談のうえ我が出奔することにしたのだ。なあに我は未だ齢十四、フルバ侯爵は後十年も生きまい。それまで逃げ回れば良い。


 だがこのことを知るのは家中でも我と父のみ。マロール家からの援助は事が露見するおそれが在るゆえ表立っては受けられぬ。父からの手紙によればフルバ侯爵めは面子を潰されて怒り狂い、我を拉致せんと手の者を八方に走らせているらしいのう。


 辺境伯という高位貴族のお膝元であるラフィアデイアならば奴も迂闊に手を出せぬと思案して、帝都を北に大回りして避けて間道を進み、ここまで来たのだが、少し油断をし過ぎて先刻のような仕儀となった次第だの」


 ミリアムは一気にそこまで話すと一息ついた。


「僕たちはF級の魔猟士で魔猟士学校の学生なんだ。ラフィアディア魔猟士組合が設立した学校でラフィア辺境伯の援助はあるけど、辺境伯とはほとんどそれだけの関係みたいだから、うまく学校に潜り込めば暫くは追手を躱せるかもしれないね」


 勇人の言葉にミリアムは大きく頷いた。


「十五になってない。身分証明がない。魔猟士になれない」


 ジェシーが問題点を端的に指摘する。


「我はマロール子爵の娘ぞ。マロール領の村娘ヨナ十五歳としての離村同意書、離村許可証くらいは持っておる。それに目的ラフィアディア魔猟士組合に加入という目的を記載すれば良いだけじゃ。他にもマロール領主三女ミリアムの証明書も持っておるぞ。マロール領内では不要だがの」


「筆跡は・・・」


 ジェシーの心配に被せるようにミリアムが答えた。


「書類はみな我がこしらえたもの、何を記入しようと筆跡に違いはあるまい。もっとも署名は父君だがの」


「風呂に入って夕食にしようよ」


 ジェシーが頭を抱え、取り敢えず考える時間を作りたいという思いを込めて言った。


「そうするだべ」


「じゃあお湯を張ってくるよ。どちらが先に入るかは二人で決めてくれ」


 勇人はジェシーとミリアムがどういう順で入浴するかに口を出すつもりは無かった。彼とガブルとは交代にしている。


「ちょっと待って欲しい。どなたか着替えを貸してくれんかの」


 そう言ってミリアムは三人を見回した。


「着替えを持ってないだか」


「さっきも言ったのだが、我の【虚空庫】は並以下なのじゃ。武器や身の回りの品を入れれば着替えを一組入れるのが手一杯だったのでな」


「ボクのを貸すよ」


 そう言ったジェシーをミリアムは上から下までじっくりと見回した後一言。


「おぬしのは無理だな」


「やっぱり森人の着物は着たくないか」


「そうではないぞ。背丈は合うのだがな。少しサイズの足りぬところが有るでの」


「うっ」


 ジェシーは相手の胸元を見て言葉に詰まり、プイッと横を向いた。


「じゃあ、僕のを貸そうか」


 勇人の言葉にやはりミリアムは彼を上から下まで見回した。


「済まぬ。背丈が合わぬ。そちらの山人・・・ガブリエルと言うたかの。おぬしのものを貸して欲しいのう」


「オラので良えだか。山人だで」


「それがどうしたのだ。他人の物を借りるのに違いはあるまい。まさか洗濯したものがないなどとは言わぬであろう」


「そりゃあそうだが、山人は嫌でないだか」


「うむ。この辺りはまだそのようなことを言うておるのか。野蛮じゃのう」


「んだば、オラのを貸すだ」


 ガブルは【虚空庫】をごそごそとして上下一式を出そうとした。


「あ、下着は要らぬぞ。それくらいは手持ちが有るでのう」


 何を考えていたのかガブルはそれを聞いて真っ赤になった。わたわたしながら出した衣類を渡す。勇人はそれを見てバスユニットに行き、湯を張った。ジェシーは勇人が湯張りを終えたのを見計らってミリアムを誘いバスユニットに入っていった。


 二人が風呂に入っている内に、勇人は二号砦を少し横にずらし、空いたスペースにテーブルとイスを出して食卓を整えた。木皿、木鉢、木のジョッキ、フォーク、スプーンなど食卓に必要な物を出すと後は料理を出すだけだ。料理は昨日の夜が宴席だったためその分も合わせると四人で食べても充分なだけある。


 二人が風呂から帰ってきたので、料理を並べ、ジョッキに水を入れた。


「二人は先に食べててくれよ。僕たちは風呂から出てから頂くから」


 そう言ってガブルと風呂に行った。今日はガブルが先に入る順番だったので、脱衣場で暫く待って彼が身体を洗い終わって風呂に浸かるころを見計らって浴室に入り身体を洗った。それからは入れ替わりでガブルが風呂桶から出るのを待って勇人が風呂桶に浸かり、その間にガブルが着替えを済ませてバスユニットから出て行き、勇人がその後に着替えて二号砦に戻った。


 勇人が二号砦に入ると三人はもう食べ始めていた。勇人も食卓に着いて遅れを取り戻すように食べる。


「ところでユージン、あれは何なのだ」


「あれって?」


「おぬし、クロスボウを手に持ってはおったが、一度も撃たなかったであろう。それにも拘らず空中からボルトや石礫が飛び出して次々にメイジやアーチャーを倒していったのう。あのような魔法は見たことが無いぞ」


 (しもた。見られとったか)


 勇人は突然に予想外の指摘をされて狼狽えてしまい、言葉を失ってしまった。見回すとジェシーもガブルもじっと勇人を注視している。


 (あかん、これは隠せへんな)


 勇人は誤魔化すのは無理だと諦めて、ある程度話してしまうことにした。


「ミリエルは目ざといね。コボルトを倒すのに手一杯で見てないと思ってたのに。僕の【虚空庫】は少し変わってるんだよ。物を入れるときにその物が持っている早さと動く方向がそのまま残るんだ。


 そして【虚空庫】の中でその方向を思うように変化させることができる。だから事前に打ち込んでおいたボルトや投げ込んで置いた石を自分の思う方向に向けて出すことが出来る。余り人には知られたくないんで、他では黙っていてくれると嬉しいね」


「そんな秘密を持ってただか。ちっとも気が付かねがっただ」


「ふうん。ボルトはどれくらい入ってるんだ」


「残り百五十本くらいだよ。孤児院で子供たちにボルトを作ってもらって打ち込んだんだ。


 石礫はもっと多いよ。五百くらいはあるかなぁ。投石紐で投げ込んだ石だから威力はあるよ。人やゴブリン、コボルトくらいなら一発で昏倒するし当たりどころが悪けりゃ死んじゃうね」


「おぬしの【虚空庫】は凄いのう。このような砦が二つも入るバカ容量にモーメント保存が出来るとは、容量だけでも商人どもから引く手数多であろう」


「モーメントなんて難しい言葉知ってるんだね。さすが貴族子女だね」


「それがあるから鉄木筋一万本の受領と運搬なんて仕事が受けられたんだよ」


 勇人の言葉をスルーして、ジェシカが自分のことのように自慢気に話した。ただその目を勇人に向けたときに咎めるような色が見えた。


「他にも二人が知っていることがあるよね。僕の【虚空庫】が収納できる範囲は円にして最大直径約五間なんだけど、その円周約十五間の範囲なら形はどんなにでも変形できるんだ。それに今食べた料理が暖かかったように【虚空庫】の中では時間が止まっているか、それに近いくらい経過が遅くなっている」


「ほほう。なかなか便利な【虚空庫】だの。入口の形が変形できると言うたが、対象に触らなくとも収納できるのか」


「そうだよ。入れようと思ったら止まっているものなら被せるなり掬うなりすれば良いし、動いているものならただ待ち受けるだけでも良い。出すときも同じだよ」


「出入口の形は立体的にも変形できるのか」


「出来るよ」


 ミリアムは腕組みをして暫く考えていたが一つ大きく頷くと話を変えた。


「ところで勇人、おぬしチュードであろう」


「そ、そんなことはないよ。僕は捨て子でマハラ男爵領のローレン村孤児院で育ったんだよ」


 ミリアムはニヤッと笑った。


「貴族の教育を舐めてはいかんのう。貴族どうしの会話の嘘と真を見分けるのはその基本じゃ。我がそう思った理由を言うてやろうぞ。第一におぬし辺境伯と呼び捨てにしたであろう。平民なら誰しも『辺境伯様』と敬称を付けて呼ぶ。それが身に染み付いておるから普段の会話でも必ず敬称を付けて呼ぶの。呼び捨てにすることなど有り得ぬ。


 それに先ほど『孤児院の子供たち』と言うたであろう。一緒に孤児として育ったのならば『孤児院の仲間』と言うのが普通よの。無意識であろうが自分と孤児たちの間に線を引いているから『子供たち』になるのだ。しかもおぬし見かけどおりの年齢ではないな。これも今の言葉から分かるぞ。


 決定的なのは我がモーメントと言ったのに対しておぬしは何の疑問も持たずに『難しい言葉』と言ったのう。これはおぬしがその言葉の意味を知っておるからであろう。我はその言葉をチュードの教師から習うた。そのような言葉を使う者、ましてその意味がわかる者はこれまで居らなんだのう。チュード特有の言葉ぞ。


 どうじゃ、間違ってはおるまい」


「参ったね。まるで聖司教様みたいだな。ガブルもジェシーもごめん。僕は孤児院で育ったことは間違いないんだけど、チュードだよ。それも彼女が言うとおり見かけと実年齢とはかなり離れている。何歳かは聞くなよ」


「でも、チュードは魔法が使えないはず」


 ジェシカが当然の疑問を口にする。


「僕が使ってるのは魔法じゃないよ。この世界に落ちてくるときにこの世界と中間の世界とを分けている仕切りのような物に掴まったらそれが破れて左手にくっついたんだ。それで物が切れるし、輪にすれば中間の世界を入れ物として使うことが出来るようになった。それが僕の【切断】と【虚空庫】の秘密だよ」


「じゃあ、ユージンがこの中で一番年上だな」


「ジェシー、君を除けばね。君はひょっとしたら百歳分サバを読んでるかも知れないからねぇ」


「何言ってるの。ボクは正真正銘の十八歳だ。幾ら森人が長生きだと言っても年をとればそれなりに大人の風貌になる。『天使の羽根』にマヤって言う森人が居ただろ。あれは五十歳くらいだ。ボクより年上に見えるだろ」


 やはり女性相手に歳のことを話題にするのは禁句のようだ。ジェシーは同族のマヤを持ち出してまで慌てて年齢詐称疑惑を否定した。


「確かにそうだべ」


 ガブルにまで援護に回られれば勇人も納得する他はなかった。


 ここでミリアムがもう一つ特大の爆弾を落とした。

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