089 蝶のように舞い、蜂のように刺す
翌朝は六時に起きた。昨日は思ったより早くお開きになった。ドワーフはピッチが速いのだ。半分くらいが床に転がって鼾を書き始めた頃、村長が宴の終わりを宣言した。勇人は途中から座ったまま船を漕いでいたがその言葉でハッと目が覚め、床に転がっているガブルを回収して部屋に下がった。
集会所と客用の居間、寝室とは分厚い石壁で仕切られており、扉を閉めると集会所の騒音はそれほど気にならなくなった。勇人は残り湯とバスユニットを収納すると直ぐに寝室に入った。横になった途端に意識がなくなり、気がつくと朝だった。
外の井戸端で顔を洗っているとジェシーとガブルも起きてきた。ジェシーは昨日と打って変わって機嫌が良い。多分風呂に入れたのが大きいのだろう。
「ジェシー、今日は随分機嫌が良いね。昨日はご機嫌斜めだったのに」
「宴会場が臭かった。酒と汗と垢の匂いは我慢ならないよ」
それに反してガブルは青い顔をしている。
「ガブル、どうしたんだい。山人ならあれくらいの酒はどうって言うことないんだろう」
「煩いだ。山人にも大酒飲みが居れば、下戸も居るだ。おまえ、オラを人身御供にして逃げただべ」
勇人の言葉にガブルは山犬かオオカミのように噛みついた。どうもガブルはドワーフにしては下戸だったらしい。風向きが悪くなってきたので、勇人は逃げる方法を探した。広場の鉄木の山のところで焚き火に当たっている人影が見える。マセフだった。
「マセフがもう起きて焚き火にあたってるから昨日の話を確認しに言ってくるよ」
そう言うと勇人は後ろも見ずにマセフのところまで走った。
「マセフさん。昨日お願いしたこと覚えているかなぁ」
「おう。大体覚えちゃいるだが、念のためもう一度確認しておくだ」
(こいつ忘れてしもてるなぁ。まあ良え、こっちの切り札やさかい何度でも確認は必要や)
勇人は暫くの間マセフと昨日の話を再確認した。集会所の居間に戻るとちょうど朝食が運ばれて来ていた。配膳してくれたのは昨日お茶を持ってきたのと同じ女性だった。当然今日の機嫌は最悪だ。
「あんた、山人や森人と気安く付き合ってるし、いい人だと思うからまた来ても良いけど、今度から酒を持ってきたら叩き出すからね」
「は、はい。分かりました」
そのやり取りをみてジェシーは上機嫌で笑っている。ガブルも下を向いて、どうも笑いをこらえている気配だ。
朝食が終わる頃にはガブルはすっかり普通の状態に戻っていた。
(鉄の肝臓やな。羨ましい)
三人は山トカゲ狩りのために村を出て更に北に進んだ。鉄木林が終わって草原になった。あちこちに大小の岩の露頭があり、それ以外の部分は枯れ草に覆われている。山道から外れて草原に入ってゆくと背丈の高い枯れ草が行く手を邪魔する。
いつものように先頭を勇人が努め、ガブル、ジェシーの順で獣道を歩きながら、小物の獲物は見つけ次第にジェシーが【風刃】で狩っていく。勇人が撃っても良いのだが、ボルトが勿体ないのでジェシーに任せている。ガブルの役目は獲物の回収だ。
山トカゲは魔物だが変温動物なので冬場は岩陰の日だまりで風を避けながら日光で身体を温めている。それでも動きは緩慢になるので冬場は山トカゲ狩りの絶好の季節だ。
勇人は日だまりの岩陰を重点的に探りながら前進していたが岩陰に山トカゲらしきものを発見した。勇人が手を挙げて合図をすると二人は静かに勇人の所にやってきた。
「あれが山トカゲかな」
勇人は岩陰を指して二人に言う。
「間違いない。組合の図書室で見た図鑑の絵と同じだよ」
「オラが囮になれば突進してくるだか」
「冬場の山トカゲは逃げる場合が多いらしいよ。図鑑にそう書いてあった」
「五間くらいまで近づければ岩を頭に落としてやるんだけどな」
「そこまで近寄れねえべ」
「二手に別れよう。ガブルはここに居ろ。ボクとユージンは東に回って隠れる。北側と西側は岩があるからガブルが脅かせば東に逃げるかガブルに襲いかかるかどちらかだろう。ボクたちの方に来たらボクたちで倒す。ガブルに襲いかかったら盾と槍でいなして時間を稼いでくれ、救援に回るよ」
「よし。それで行くだ」
ガブルはそのまま草むらに伏せ、勇人とジェシーは大回りに東側に回った。配置に就くとジェシーは草むらに伏せて右手を挙げる。それを合図にガブルは立ち上がり、槍の柄で盾を叩きながら大声を挙げた。
山トカゲはそれまでの寝そべった体制から四つ足で立ち上がって辺りを見回し、ガブルの姿を見ると東側にノソノソと走り出した。ガブルはそれを見て声を挙げ続けながらそれを追いかける。
山トカゲが二十メートルまで近づくのを待って勇人はボルトをジェシーは【風刃】をそれぞれ山トカゲの顔面目掛けて放った。しかし顔面の皮膚は裂けたものの硬い頭蓋骨に阻まれて脳までダメージを与えることは出来なかった。山トカゲが十メートルまで迫ったので、勇人はその頭上二メートルの所に大石を出した。
獲物の速度を見越して石を落とす。これは孤児院時代に四年間毎週一度はやった戦法だ。石は過たずに山トカゲの頭を打った。トカゲはその場に昏倒する。そこへ追いついてきたガブルが念のために槍で喉元を切った。
「殺った」
ジェシーが端的に結果を口にする。が嬉しさを隠すことは出来なかったのか口許がほころんでいる。
「肉は二両、皮は六分、魔石は三百文。一頭で二両六分三朱。大儲けだよ」
(こいつ前から思うてたんやけど、守銭奴の匂いもするやんか)
こんな調子で昼まで狩りを続けた。見つけたのは五頭だったが、三頭は場所が悪かったり、思わぬ方向に逃げられたりで、二頭しか狩れなかった。だが儲けとしては充分だ。
昼食は見晴らしのよい岩の上で領都を出発する前に買っておいた屋台飯を食べて済ませた。
「どうぜトカゲを売ってもノルマには入らないんだから、午後はノルマになるものを中心に狩って、トカゲをあと一、二頭狩ったら野営の準備に入ろうか」
「んだ。遅くなると冷えてくるで、トカゲも巣に帰るだ」
「仕方ないな。それで良いよ」
ジェシーは少し不満そうだが、特に異論は唱えなかった。
イノシシやシカ、角イノシシ、一角シカ、一角ウサギ、野ウサギその他の毛皮が金になる獣を狩りながら、三回山トカゲを見つけて一度狩りに成功した。これで三頭になった。成績も八頭見つけて三頭狩った。
(三割七分五厘、野球ならまず間違いなく首位打者やな)
「もう、野営にしよう」
勇人がそう言うと特に反対もなく、今度は三人は移動しながら野営に適した平地を探し始めた。
「あれ? 誰か戦ってるだか」
岩の上に乗って平地を探していたガブルがあまり緊張感のない声で下に居る二人に言った。二人が急いで岩に登ってみるとかなり離れた岩の露頭の上に立って下からの攻撃らしきものを避けながら反撃を試みているような人影が見えた。下から攻撃しているのは子供のような背丈で毛皮の上着を着て手には棍棒のような物を握っている。
「人が襲われてる。襲っているのはコボルトだよ」
ジェシーが冷静かつ端的に事実だけを述べた。
「助けに行かなくっちゃ」
勇人は露頭から飛び降りると他の二人を待たずに戦いの場に向かって走り出した。他の二人も後に続いたが、ジェシーは後先を考えずに飛び出した勇人に苛ついたのか岩を飛び降りる前に一つ舌打ちをした。
岩の上で戦っているのは、明らかに貴族令嬢と分かる衣装に身を包んだ少女で、右手に短剣、左手にナイフを持ち、露頭の上に立って下からよじ登って来る魔物を斬り伏せたり蹴落としたりしている。時々【風刃】を使っているようだ。
それは一部の隙もない熟練の踊り子の舞いを感じさせた。長いストレートの髪が彼女の動きに合わせて蝶が羽ばたくように拡がり、夕陽を受けて金色に波打つ。手にしたナイフが煌めく度に血飛沫が舞いあがり短剣の一閃は敵の身体を切飛ばしたが、そんな凄惨な場面でさえ息を呑む美しさだった。
登り付こうとしているのはゴブリンが毛皮を着たような魔物で、たぶんコボルトなのだろう。露頭の回りに数十匹居るが露頭に登れる場所が二、三箇所しか無いため一斉にかかることが出来ず、膠着状態になっていた。
少し目を遠くに向けるとそこには群れのリーダーらしき大型の個体が居て、その両側を二匹の他より筋肉質で大柄な個体が金属製の武器を携えて固めており、他にも手製の弓を構えている個体が三体、【火箭】と【風刃】を放っているメイジ系の個体が二体いた。
勇人はその場に着くなり少女に向かっているコボルト一体にボルトを浴びせて倒すと、岩の上の少女に向かって怒鳴った。
「助けは要るか」
「お願いするわ」
「面倒なメイジとアーチャーを先に倒すが、保つか」
「それで良いから、早くやって」
そこにガブルとジェシーが追いついてきた。
「二人は岩の回りの雑魚を頼む」
ガブルは何も言わずに飛び込んで行き、棍棒を楯でいなしながら短剣でコボルトを薙ぎ払い始めた。こういう乱戦になると槍より小回りの聞く短剣やナイフの方が使いやすい。
ジェシーも勇人に背を向けると【風刃】でコボルトを刻み始めた。
勇人は二人が背を向けている隙に【亜空間庫】から石礫やボルトを飛ばしてアーチャーとメイジとを撃滅した。その間にちらっと露頭の上に目をやると少女は飛んでくる矢や、【風刃】、【火箭】を避けながら、あるときは蹴り、次には右手の短剣で登ってきたコボルトを斬り伏せ、身体を這うように低くかがめて左手のナイフでよじ登ってきたコボルトの喉をかき、同時に【火箭】でリーダーを狙い、その姿は華麗な舞を見ているようだった。
(ずごいやっちゃなぁ。ほんまに助け要ったんかいな)
勇人は敵の遠距離攻撃がすべて封じられたのを確認すると直ぐに二号砦を出した。
「みんな! 砦に退避。そろそろリーダーが動くぞ」
露頭の上の少女は突然現れた砦に驚いて一瞬動きが止まったが、勇人の言葉を聞くと直ぐに前方を切り開いて露頭を飛び降り砦に向かってきた。ガブルとジェシーは慣れたもので入口に陣取ると少女を先に通して自分たちも入り、内側から閂をかけた。
勇人は既に二階の回廊に登ってコボルト・リーダーの様子を見ていた。リーダーはファイター二体を先行させて、その後を突進してくる。手にした得物は特大の棍棒だ。そいつは走ってきた勢いも乗せて棍棒で砦を殴った。砦は轟音と衝撃に見舞われたが、三十センチの石壁はその衝撃に持ちこたえた。
ガブルは狭間からリーダーの目を狙って槍を突き出す。ジェシーは【風刃】で、少女は【火箭】で砦を攻めあぐねているファイターを狙っている。
勇人はガブルの攻撃でリーダーの注意がそちらに向いたのを好機と見て、十メートルの高さからリーダー目掛けて大石を落とした。石は重力による加速を加えてリーダーの頭蓋を直撃し、奴を昏倒させた。見ると頭蓋骨が見る影もなく粉砕されており殺ったのは確実だ。
時を置かずしてファイター二体も魔法攻撃の餌食となって倒れた。後は雑魚コボルトが七、八頭残るだけだが、これも二人の魔法で掃討された。四人は確認がてらに砦の外に出て、各魔物の耳、魔石、リーダーの角を回収して一旦砦に戻った。
「ここで野営するだか」
ガブルが嫌そうな顔で言った。
「ボクは嫌だね」
「そうだね。場所を変えようか。野営するなら一号の方が良いしね」
二人から賛意が得られたので勇人は少女に言った。
「三人の意見が一致したから場所を移すよ。一旦外に出てよ」
四人が外に出ると勇人は二号砦を収納した。
「どこまで移動するだか」
「オオカミどもの食事の音が聞こえないところまで」
ガブルの言葉にジェシーのもっともな答えが返る。
四人はブルカン村の方へ移動しながら野営地を見つけることにして歩き始めた。暫く歩くと適当な平地が在ったのでそこを野営地にすることにして、早速勇人が土台、一号砦を出してみんなで中に入った。少女も入ったが呆れ顔だった。それから勇人が中に寝室、トイレ、バス、台所の各ユニットを出すと呆れ顔はいよいよ酷くなった。
「一休みだね」
四人は砦の真ん中で焚き火を囲んだ。焚き火にあたっていても少し寒い。
「居間ユニットも作るべきだね」
ジェシーが欠陥を無慈悲かつ端的に指摘してきた。
「今は無いんだから言うだけ無駄だよ。あっ、二号を出すかい」
「それがええだ。充分入るべ」
「じゃあみんな壁際に下がって」
その言葉に三人が壁際まで下がると勇人は【亜空間庫】から二号砦を出して焚き火に被せるように一号砦の真ん中に設置した。中に入るとさっきよりは格段に温かい。
「落ち着いたところで、話をお聞かせ頂けますか、お嬢様」
勇人が話の口火を切った。




