088 ジェシーはご機嫌斜め
次の日、朝早くに勇人たちは領都の西門を出た。三日分の食料は朝、晩の分は寮の食堂で「調達」し、昼の分は前日屋台で購入、夕食の分も前日領都内の食事処で好みの料理を頼んで【亜空間庫】に収納している。消耗品の矢やボルトも補充した。準備は万全である。
西門から出て道を北に取ると直ぐに急な上り坂になった。幹線道路ではなく、皇都から領都へ続く道としてはかなり回り道となるためにほとんど使われておらず、整備もされていない。確かにエラザールの言った通りでこの道を何十台もの荷馬車が通るのは不可能に近い。道が壊れるか、そうでなくとも荷馬車の方が壊れるだろう。
ひたすらその道を北に登ってゆくと辺りに鉄木が見え始め、次第に林になり、いつの間にか辺り一面が鉄木の森となった。その森の中の道を歩くこと一時間、午後四時頃に村というには余りにも小さい集落が見えてきた。住宅は四十軒も無いだろう。集落の戸数に比べて大きすぎる広場を中心に住宅が散らばっている。
広場には鉄木の原木や製材したものが幾つもの山になって積まれている。あの中に受領すべき荷物もあるのだろう。集落と広場を守るようにして鉄木製らしき柵が巡らされている。
近づくにつれてもう少し様子が明らかになってきた。所々で仕事をしている者が居る。休憩をしているのか広場の焚き火を囲んで話し込んでいる者も居る。時々何かを飲んでいるが多分酒だろう。門衛らしき者が二人門の両側に座り込んでこれまた酒らしきものを飲んでいる。
勇人たちが近づくと流石に門衛が立ち上がった。
「止まるだ。この村に何の用だか」
「オイラたちは「グリフォンの夢」ちゅう魔猟士分隊だべ。エラザール建設商会の依頼で鉄木筋一万本を受け取りに来ただ」
門衛の誰何にガブルが応じた。
「商会の受領委任状を持ってるだか。出すだ」
「これだべ」
ガブルが受領委任状を出すと、門衛の一人がそれを受け取って中身も確認せずに村の奥へと走っていった。多分村長か何かに渡すのだろう。
暫くするとその門衛の先導でかなり年配のドワーフが門までやってきた。背は低いが如何にもドワーフらしいガッシリとした体格で、髭が顔中を覆っている。
「ようおいでなさった。儂がブルカン村の村長ケレンじゃ。こちらへ来なさると良かろう」
ケレンはそう言って、手で柵の中に入るよう勧める仕草をした。
「受け入れ、有り難えだ。オイラは同族のガブリエル、こちらに居るのは原人のユージンと森人のジェシカだ」
ガブルが礼を返すとケレンは先に立って歩き始め、三人もそれに続いた。着いた所は他の住宅より少し大きな建物で村長宅のようだった。建物自体は石造りの平屋で玄関から奥へと土間が続いており、玄関に入って右側すぐの部屋に案内された。そこは一段高くなっており、全体が板張りで部屋の真ん中に大きな囲炉裏があり、その回りに菅製の円座が八枚並べられている。
囲炉裏に火は入っているものの、勇人たちが来てから熾したものらしく、部屋を充分に温めるほどではない。しかし一月の寒空の下、山の中を歩いてきた勇人たちには有難いものだった。
「お客人たち、今日は止まって行かれるのじゃろう。村の集会場があるで今準備をさせておる。見た所女子もおるようじゃから寝室を二つと囲炉裏のある居間じゃ。晩飯と朝飯は準備して運ばせるで、ゆっくりしなされ」
その言葉を受けて勇人が話を持ちかけた。
「村長様、有難うございます。ですが出来ましたら村の主だった皆様と食事をご一緒させて頂ければと考えております。些少ではありますが、皆様に手土産もお持ちしておりますので」
そう言って【亜空間庫】から一升瓶を出した。
「おうおう。それは奇特なことじゃ。しかしそれでは皆を満足させるには足りぬ。無用の争いのもとになるのう」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。これは十本、他に四斗樽二つ分のエールも持参しております」
村長の目がカッと開いた。
「なんと、それをご提供頂けると。それでは早速に宴の準備じゃ」
「その代わりと言うわけでは有りませんが、僕たちは明日一日山トカゲ狩りをしたいと思っております。そのお許しを頂きたいのです。いえ、野営をいたしますので、明日の宿泊、食事についてはご心配をおかけするつもりはありません。明後日の朝、鉄木を受け取りに参りますので宜しくお願いいたします」
「山トカゲ狩りをのう。根こそぎ狩ってゆくのでなければ存分にしなされ。後のことは承知しましたぞ。それでは宴の準備じゃ。暫くごゆるりとなされよ。酒は宴の席で皆の前で出されるのが良かろう」
そう言うと村長はいそいそと席を立った。
「あの村長、よっぽど酒好きなんだ。酒の話が出た途端気持ちがどこかに飛んで行ったよ」
「山人の年寄りはあんなもんだべ」
ジェシーの呆れ顔での言葉にガブルは達観したように答えた。
「まあ、いいよ。最初の仕込みは済んだし」
勇人は「酒で仲良く」作戦の第一段階が上手く行ったことに安堵していた。
奥の間に続く板戸が開き、ドワーフの女性が茶を運んできた。少し恨めしそうな顔をしている。
「あのう、何か悪いことしちゃったのかなぁ」
その女性は勇人を睨みつけながら言った。
「おめえ、酒持ってきただべ。お陰で宴が始まっちまう。オラたち女子は料理で忙しくなるわ、明日男どもは仕事になんねえだわ。踏んだり蹴ったりだべ」
(うわぁ、そこまでは考えんかったなぁ。そう言やワイの鬼嫁も大酒飲んで帰ってきたらいっつもえろうお冠やったなあ)
「ごめんよ。でも山人の皆さんは酒が強いから僕が持ってきた量くらいじゃ明日仕事にならないってほど酷いことにはならないと思・・・」
「何言うだ。あの性悪どもがおめえの持ってきた酒だけで満足するわけねえだ。それがなくなったら酒蔵開けて勢いで飲みたいだけ飲むに違ぇねえ」
女性は勇人の話を遮って言いたいだけ言うとプイと横を向いて出入口の扉に向かった。
「そ、そうなんだ・・・本当にごめんね」
勇人の言葉は山人の女性の憤りを和らげることはできなかったようだ。
「ユージン、心配することねえだ。山人の女性なんて男が酒盛りを始めるといつも機嫌が悪くなるだ。明日には男どもの尻っぺた叩いて仕事に追いやってるだよ」
そういうものか、女はいつも逞しい、それが勇人の偽らざる気持ちだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
六時頃、日もとっぷり暮れた中をドワーフの青年が迎えに来た。宴会の準備が整ってみんな集まっているとのことである。勇人たちは彼の後について宴会場へ向かった。そこは集会所になっている建物でどうも勇人たちが今晩泊まる場所のようだ。これは今晩寝られそうもないなと勇人は思った。
勇人たちが集会所に入ると、そこには五十人前後のドワーフの男たちが集まっており、勇人たちが入ってくると全員の目がこちらを刺すように見ていた。勇人が真ん中に入って黙ってエールの樽二つと焼酎十本を出すと男たちから一斉に歓声があがった。
「今日の客人は奇特な方でのう。我らのために酒をもたらしてくれた。今宵は席を同じゅうして飲み明かそうぞ」
村長はそう言うなり、手に持った木槌でエールの樽の蓋を割る。勇人は途端に男たちが殺到するのかと思ったが意外にも年長者らしき者から順番に並んで木のジョッキを片手に自分の番を待っていた。長幼の序はちゃんと守るらしい。いつまで続くかは疑問だが。
乾杯などはなく、てんでに肴を頬張りながら酒を飲み、てんでに話に花を咲かせている。勇人たちは客人扱いで村長の横に座らされ、ここだけは若い者がエールのジョッキを持ってきた。
勇人はこの世界に来てから「天使の羽根」と付き合って二度ばかり酒を飲んだものの、エール一杯でそれ以上は飲めないなという状態になっており、正直酒に弱くなったと感じている。酒に酔わなくなるのは耐性が付いてくるからだと言う話を聞いたことが有るから、それから言うと子供になったとき身体がリセットされてそれまで培ってきた耐性もなくなっただけかも知れない。
横を見るとガブルはそこそこ口をつけているが、ジェシーはほとんど飲んでいない。やはり山人だけあってガブルは飲めるんだなと勇人は思った。
酒がそこそこ場に出回った時点で見回すと、男たちの中で一番上座に座っている男が居て、そこには優先的に焼酎が回されているようだった。
(あいつが今回の仕事のボスやった奴やな。ちょっと挨拶に行っとこか)
勇人は隣のガブルに声を掛けた。
「ちょっと今回の仕事の大将に挨拶に行くから付いてきてくれよ」
「分かっただ」
ガブルは気軽に応じてくれた。
「ジェシー、悪いけどガブルと二人で挨拶に行ってくるよ」
「どうぞ」
そっけない返事だ。酒にも挨拶にも関心が内容で、無心に料理を食べている。
(無愛想で、大飯ぐらい、おまけで俎板。モテそうもないキャラやな。ラノベなら一定の需要はあるかも。ついでに腹黒も付けとこ)
勇人は愚にもつかないことを考えながらガブルを伴って、目を付けた男のところへ行った。
「始めまして。ユージンと申します。こっちは山人のガブルです。もしかして今回のエラザール商会の仕事の差配をして頂いた方ですか」
「おう。そうだべ。それと兄ちゃん、そのよそ行きの話し方は止めるだ。身体中痒くなりそうだべ」
「そうか、じゃ僕も何時もの話し方にさせて貰うよ」
「それがええだ。オラはマセフって言うだ。まあこう言う席だ飲むだ、飲むだ。うん。おめえ達が持ってきた酒をおめえたちに進めても仕方ねえべ。おーい、誰かオラらの酒を持ってくるだ、客人がご所望だべ」
その言葉が終わるや否や、眼の前に見知らぬ瓶が鎮座した。誰か既に自分たちの酒蔵を開けた者が居るようだ。
「まあ、飲むだ」
マセフは木杯を突き出したが、これを飲めば今日の仕込みは終わってしまう。
「僕は原人で酒は弱いんだよ。これ以上飲んだら話が出来なくなってしまう。こっちのガブルはあんたらと同族だから此奴に勧めてくれよ」
「そうか。原人なら酒に弱ぇえ奴も居るから仕方ねえだな。ガブル、おめえは同族だから飲めるんだっペ。さあ飲むだ」
マセフは上手く誘導に乗って、ガブルに勧めだした。ガブルは随分遠慮している様子だったが、遂に押し負けて地酒を飲みだした。顔を顰めているところを見ると余り美味くないのだろう。マセフが何度も勧めてくるので、その内に勇人も根負けして一杯だけ注いでもらった。口を付けてみるとかなり独特の匂いがする。
「これはコメの酒じゃないなぁ」
勇人は独特の匂いに辟易としてそっと独り言を言うとマセフはそれを耳聡く聞きつけて答えた。
「コメなんかで酒を作ろうもんなら、女連中から袋叩きにれさるだ。ここではコメの取れ高なんて知れてるだからな。酒の材料は主にアワとかヒエなんかの雑穀だ。コメは麹にちょっと使うだけだな」
(なるほどそれでアワ盛りかい。て、あれはコメやろ)
脳内乗り釣っ込みをやっていると酔いが回って少々口の軽くなったマセフが客の悪口を言い出した。
「おめえら、エラザールの依頼で来てるんだべ。大変な仕事を受けたもんだな。彼奴は酷いやつでぇ。隙を見ちゃ数量をごまかそうとするわ、言いがかりを付けて値切ってくるわ、あんなずる賢い奴は見たことねえだ。おめえらも騙されねえように、検収のときにはよおく目や耳を働かせて置くだな」
「そんなに酷いやつなのか。それじゃあ、こっちも用心しないと。それについちゃ僕たちからちょっとお願いが有るんだけど」
「おう。俺達にできることなら何だって手伝ってやるぞ」
そこで勇人は声を顰めてマセフに頼みたいことを話した。
「何だ、そんなことだか。それくらい手伝ってやるだ。だども今は酒飲んでるから忘れるといけねえべ。明日の朝もう一度言ってくれるだか」
「念には念をだね。必要ないと思うけど明日もう一度お願いするよ。それはそうと、山人の宴って女の人は出てこないんだね。女の人はお酒は飲まないのかい」
「ははは。あの性悪女どもが酒を飲まねえって、どこの部族の話だべ。家でも女子会でも大酒飲むだ。まあこういう客人を迎えての席は女子は出ねえ決まりだけどよう」
「へぇ。女性は男性と同席して飲むことは無いのか」
「そんなこと無えだ。毎月やってる若衆会では男も女もよく飲むぞ。飲めば口も軽くなるから普段は言えねえことでも言えるようになるだ。で、お互い相性を確かめ合って、合えばいい仲になるだ。もっとも相性良すぎて直に腹の大きくなる女子もいるだがなぁ。ははは」
だいぶ話が与太の方に傾いてきたので、勇人は生贄のガブルを残して自分の席に戻った。そこを離れてからそこそこ時間が経ったのだがジェシーはまだ黙々と食べていた。
「ジェシー、そろそろ部屋に下がるかい。あてがわれた居間にお風呂くらいは出せそうだし。それにしても全然お酒を飲まないんだね」
「ボクはまずい酒は飲まない主義だ。持ってきた酒は領都で底辺、ここのはそれよりも下。ボクの口に合わない。風呂は入りたい。その後は寝る」
「そうかい、じゃあちょっと村長に断りを入れるから待ってて」
そう言うと勇人は隣に座ってご機嫌な村長にジェシーが退席するので付いて行くと断りを入れた。
「お前さんはまたかえってくるんじゃろうな。宴席の途中で主賓が退席するのは罷りならんぞ」
「わかりました。話も有るんで戻ってきますが、風呂を入れるので少し時間がかかります」
勇人はそう断わりを入れてジェシーと共に集会場の隣りにある宿泊者用の居間に下がった。部屋の大きさと床の強度から風呂ユニットは出せると踏んで、ユニットを出し、【亜空間庫】から湯を出して風呂桶を満たした。【亜空間庫】には水も湯も入れられるが、入れた水を湯にする機能などないので湯は領都で沸かして収納しておいたものだ。沸騰した湯なので水を足しながら風呂桶に注いだ。
ジェシーが満足そうにバスユニットに入ったので、勇人は集会場に戻った。そこで村長と四方山話をしながら、マセフと話し合った件をそれとなく持ち出し村長の了解も得た。
これで仕込みはだいたい完了だ。明日は山トカゲ狩りで金儲けをしよう。




