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085 お代わりは結構です

 森から飛び出してきたのは、男性二人、女性一人の三人組だった。一見して魔猟士と分かる服装と装備だ。男性の一人は厚手の革鎧と兜で身を守って楯と短剣を装備しており防御型の前衛であることはひと目で分かる。


 もう一人の男性は軽鎧と厚手のマントが防具で手にはモーニングスターの様な杖を持っている。おそらく後衛の魔法職なのだろう。


 女性は引き締まった機敏そうな体型で軽鎧と皮の兜を防具にして片手半剣に分類出来る長剣を手に持ち、腰には短剣を佩いていた。遊撃型の前衛職と思われる。


「手を貸してくれ。ゴブリン・リーダーに追われてるんだ」


 先頭を走っていた魔術師らしい男性が大声で勇人たちに助けを求めた。その途端に森の木々が大きく揺れゴブリン・リーダーが巨体を現した。全裸でむき出しの右手に棍棒代わりの太い丸太を握って振り回して突進してくる。その胸に大きな物が二つ付いていた。どうもメスのリーダーらしい。


 (さっき殺ったんと(つがい)やったんかな。これダジャレとちゃうで)


 勇人はアホなことを考えてしまった。


 ジェシーは驚きの目で闖入してきた魔猟士たちを見ていたが、リーダーの胸の大きな肉塊を目にした途端に目がぎらりと光った。


「切り落とす」


 一言小さくそう呟くと【風刃】をリーダーの胸目掛けて二つ飛ばした。


「ジェシー、弓で心臓だでっ」


 ガブルが叫ぶが今のジェシーにはその声は届かないらしく、【風刃】で執拗にどうでも良い場所を狙っている。それでもリーダーは鬱陶しいのだろう、【風刃】を払う仕草をし、そのために突進速度は幾分でも落ちた。


「聞いてねえだ。しゃああんめぇ」


 ガブルは地面から適当な石を拾うと腕に【剛力】を乗せてリーダーの顔目掛けて投げつけた。運よく鼻の付け根に命中し仰け反る。


 勇人は彼我の距離を見計らっていたが、この時とばかりにリーダーの足元に【亜空間庫】から大石を出した。リーダーはそれに躓いてそのまま前に転倒する。


「今だ」


「おう」


 勇人の合図にガブルが槍を手に飛び出して首筋に突き立てた。延髄を切られたリーダーはビクッビクッと二、三度身震いをした後に息絶えた。ガブルはそのまま耳と角を落とし胸を切り開いて魔石を取った。その間に勇人は大石を収納する。


 ジェシーは上機嫌でやったやったと叫びながら走り回っている。業の深いことだ。


「おい、ジェシー、ガブル、撤収だ。砦に戻るよ。あんた方も良ければ砦に来たらどうかな」


 勇人は魔猟士三人組にそう声をかけた。ジェシーもその言葉でようやく正気に戻り、ガブルと共に辺りを警戒しながら砦の出入口まで後退する。三人組も辺りを警戒しながら勇人のあとに続いた。


 焚き火を囲んで一休みしながら互いに自己紹介をした。三人組は「草原の風」というD級魔猟士の分隊で、盾役はガーセン、魔法士はヨルダン、遊撃の女性はソラズと名乗った。


「それにしても、この建物・・・砦と言ったっけ。これ凄いねぇ。一体何時、どうやってこんなもの建てたんだい」


「ラフィアディアの近くの石切り場で作って、【虚空庫】に入れて持ってきたんだよ」


 ソラズの疑問の言葉に、勇人は事もなげに答えた。こういう時には何でもないことの様に言うに限る。


「君たちも欲しければ作ると良い。金さえ出してくれれば作ってやるよ」


 ジェシーは自分が作ったかのように手柄顔で付け加える。


「こんなものが入れられる【虚空庫】持ってりゃ、魔猟士なんてしてねえよ」


 ガーセンが投げやりに笑いながら言った。


「俺が不甲斐なくて悪かったなぁ」


 すかさずヨルダンが混ぜ返して笑った。


「あんたらD級だべ。ゴブリン・リーダーなんて敵じゃないだな。何で追いかけ回されてたんだか」


 ガブルの問いに三人は恥ずかしそうに目を逸らした。


「私たちの【虚空庫】はそんなに大きくないから沢山の獲物は運べないのよ。だから小物は放っておいて、値の良い一角シカや角イノシシを狙って奥へ入ったの。


 そしたら獲物は大きくなったんだけど次々にゴブリンが現れるようになってね。それに対応しているうちに日も暮れてきたし、撤退を始めたときに横合いからリーダーが現れたのよ。で陣形が崩れて逃げるしかなかったってわけ。灯りが見えたときは正直ホッとしたわ」


 ソラズが恥ずかしがりながらもそれまでの経緯を説明してくれた。


「それはそうとして、あのゴブリン・リーダーはどう分けるんだ」


 ガーセンの言葉に勇人たちも「草原の風」の二人も一瞬何のことか分からず、互いに顔を見合わせた。


「それってどういう意味?」


 勇人が他の四人の疑問を代表するように口を開いた。


「メスのリーダーの討伐報酬と角、魔石の売却益を二組でどう分けるかって話だよ」


 ガーセンは畳み掛けるように言い募った。


 (こいつ、ワイらがF級や思て、自分たちは何もせんかったのに分け前取ろちゅうつもりやな。アホにしくさって)


「あんたたち、僕らに助けてくれって言っただろ。だから僕たちも助けたんだよ。それにあんたたちは森から現れてから僕たちがリーダーを倒すまで何もしなかったよね。なぜ分け前を要求できるのかなぁ」


「そうよ。私たちは助けられたのよ、ガーセン。それを分け前を寄越せなんて、見損なったわ」


 ソラズまでガーセンの敵に回った。


「それはちょっと違うぜ。ヨルダンは助けてくれなんて一言も言ってねえ。『手を貸してくれ』って言ったんだ。そうだろう、ヨルダン」


「確かにそう言ったけど、それは言葉の綾で・・・」


「それに、ユージンが言った通り私たちはここに来てから『グリフォンの夢』が倒すまで何もしてないわ」


「ここに来るまでに傷の一つや二つ与えただろう」


 ガーセンは諦め悪く言い募る。


「君は諦めが悪い上に相当図々しい。ボクはあいつの胸を切って行足を止めた。ユージンは大石を出してあいつをすっ転ばした。ガブルは気を見て飛びかかり止めを刺した。


 君たちがあいつにどれくらいダメージを与えてたかは見てないから知らない。でもあいつがここへ来たときには血が流れている様子も無かったし、君たちを殺る気満々だった。ボクたちが自分たちの安全を第一にしてこの砦にこもってたらどうなってたと思う」


「魔猟士が協力して魔物を倒した場合にゃ、個々の貢献度は関係ねえんだ。平等ってのが相場だ。黙って半分寄越しな」


 (ほんまに諦めの悪いやっちゃなぁ。一発かましたれ)


「魔道士の分隊の中での配分はあんたの言うとおり、貢献度に関係なく平等にってのが基本だね。でも分隊ごとの貢献に関しては特に規則はないよ。だから話し合いだ。それで決着が付かなければ組合の裁定だね。


 それであんたはどう分けたいのかな。言っとくけど五分五分って話はないよ。少なくとも僕たちがあんたの言う『手を貸した』時点ではほとんど傷らしい傷はなかったし、その後討伐までしたのは僕たちの分隊だけだからね」


 勇人の言葉にガーセンはしばらく考えた後で言った。


「リーダーの討伐報酬は二千文、角が二本で二百文、魔石が五百文だからリーダー一頭の価値は二千七百文だ。その三割は貰いてえ」


「貢献度から考えたら多くて百文だね」


「そんな馬鹿な話があるか。二割は貰わねえと割が合わねえ。こちとら一日で角イノシシ一頭しか獲れてねえんだぞ」


「分かったよ。二割渡そう」


 勇人の言葉にガブルもジェシーも驚いている。


「ユージン、君は何てこと言うんだ」


 ジェシーの言葉に、勇人は任せておけという顔でニッコリ笑った。


「その代わり、金を受け取ったら『草原の風』の皆さんはこの砦から出ていって欲しい」


「な、なんてこと言うんだ。こんな森の奥で一晩過ごせってのか。ゴブリンどもがうようよ居るんだぞ」


 ガーセンが大声で言った。相当慌てているようだ。多数のゴブリンに囲まれれば命の保証はない。それだけでなく夜は凶暴な肉食獣の天下だ。森の奥深くでわずか三人で一晩過ごすことになれば翌日の朝日を拝めるか否かは分の悪い賭けになってしまう。


「僕たちは、リーダーに追われているあんたたちから『手を貸してくれ』って言われて手を貸しただけだよ。それについては精算の話がついたんだから、これで貸し借りなし。


 これ以上あんたたちと関わるつもりはないよ。ここは僕たちが僕たちのために作った砦だ。あんたたちに居場所を提供する義理はないよね」


「ユージン、そんなこと言わないで私たちも一晩居させて暮れないかなぁ。そうね、宿代として五百四十文支払うってのはどうかしら」


 ソラズの言葉だ。


 (なかなか頭の切れる人やなぁ。ワイの話を持ってゆく方向が分かってるやないか。こういう話のわかるお人は(すっ)きゃなぁ)


「いいですねぇ。その金額で『草原の風』三名様に安全な寝場所を提供させて頂きます。代金は先程の分配金と相殺で宜しいでしょうか」


 勇人は立ち上がって深々と礼をすると満面の笑みで答えた。ゾラズとヨルダンの顔に安堵の表情が浮かぶ。一方ガーセンは苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向いている。


「ではこちらへどうぞ」


 そう言うと勇人は出入口まで行き、扉を開いた。三人は怪訝な顔をしている。


「安全な寝場所を提供してくれるんじゃないの」


 ソラズの言葉に勇人はニッコリ笑った。


「そうですよ。黙って付いてきて下さい」


 勇人が扉の外に出てしまったので、しかたなく三人もそのあとに付いて出た。勇人は砦から少し離れた場所に行くとそこに二号砦を出した。そして驚く三人に告げる。


「これが私共が『草原の風』に提供させて頂く、安全な寝場所です。一号砦より小さいですが守りは万全ですので安心しておやすみ下さい。なおトイレはありませんので悪しからずご了承下さい」


 ((おんな)じ場所で寝る思とったんやろけどそうは問屋が卸さんわ。ワイかて刃物突きつけるような勢いて迫ってくるやつと一晩同じ場所で寝る勇気はないでぇ。有ってよかった二号砦や)


 一号砦に戻るともうジェシーもガブルも寛いでいた。


「うまいこと考えるだな。ガーセンの野郎、がっくりしてたべな」


「そうだね。ユージンは基本善人だから夜に三人を放り出すなんてこと出来ない。そうかと言って分前金を払うのは頭に来る。うまい落とし所だったよ」


 その日はしばらく駄弁ってから休んだ。寝室は二つ。一つはジェシーの個室、もう一つは勇人とガブルの寝室だ。ガブルの鼾が酷い。もう一つ寝室を作ったほうが良いかななどと考えているうちに勇人も寝入ってしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝起きると、扉の外でソラズが待っていた。


「トイレ、貸してちょうだい」


 開口一番彼女は小さい声でそう言った。なるほどトイレは両砦で共用だったから今は二号砦にはない。これは少し女性には酷だったな、そう思って勇人が脇にどくとソラズは一目散にトイレに駆け込んだ。


「ありがとう。私たちはもう出かけるわ。もう一頭大物を狩って領都に帰ることにしてるの。あんたみたいに大量に入る【虚空庫】は持ってないからね」


 そう言うとソラズは二号砦に帰っていった。しばらくするとヨルダンも出立の挨拶をしに訪れた。がーセンは結局来なかった。わだかまりを残しているのか、昨夜のことを恥じているのか分からない。たぶん前者なのだろう。


 勇人たちも装備を整えると両砦を【亜空間庫】に収納して出発した。今日も手当たり次第に獲物を狩って午後早くに森を後にした。今日中には領都に帰り着くはずだ。一日早いが獲物も十分なので明日は朝一で組合に報告を入れて後は休みにする予定だ。

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