082 備えあれば憂いなし
翌日の座学は斥候術と算術だった。勇人は算術の免除を得ているので斥候術のみ受講した。足跡や糞、草木の折れ方などによる獲物の見分け方がその日のテーマだった。午後は得意な武器の魔物に対応した使い方の教習だった。勇人は槍を選んだがこれは散々な成績だった。
この日は結局三人が揃うことがなく、放課後の打ち合わせはできなかった。仕方なく隼人とガブルは放課後すぐに寮に帰った。少し考えることがあったので、部屋に戻るなりガブルに切り出した。
「ガブル、土魔法のことで少し聞きたいんだけどいいかなあ」
「おう。何でも聞くだ」
勇人の問いかけにガブルは気さくに答えた。二人とも自分のベッドに寝転んでくつろいでいる。
「土魔法で、例えば石などを粉々にすることはできるのかなあ」
「出来る奴と出来ない奴が居るだが、オラは小麦粉みたいに細かくすることができるだ」
勇人は起き上がり【亜空間庫】から小石と木皿を取り出すと、皿を床に置いて小石をガブルに放った。
「ちょっとこの皿の上でやってみてくれよ」
ガブルはベッドから降りて床に座り込むと小石を握った右手を皿の上にかざした。ガブルの右手が光ると指の隙間からサラサラと細かい砂がこぼれ出て下の皿にたまった。
「すごいや」
「【粉化】、オラの特技だべ」
ガブルの目が笑い、鼻が赤くなっている。少し得意げだ。
「これを固めることはできるのかなあ」
「おう。できるだ。どうせのことだから大きめの石を二つ出すだ」
勇人は訳が分からないながら言われるままにさっきの石より少し大きめの石を二つ出すとガブルの目の前に置いた。ガブルは二つの石を見比べていたが、その内の平たい方を床に置くと、その上に先程作った石の粉を盛り、その上にもう一つの石を乗せた。そして掌を積み上げた石に向ける。2つの意思とその間の石の粉が掌と同時に一瞬光った。
「上の石を持ち上げるだ」
その言葉に従って勇人は石を持ち上げる。すると下の石も一緒に持ち上がった。勇人が継ぎ目を見ると石の粉だったものは石に戻って二つの石を繋いでおり、継ぎ目も分からないくらいに一体となっていた。
「すごいなあ。一日にどれくらいこんな事ができるの」
「土魔法の【融接】だべ。これくらいなら、一日中できるだ」
「六尺二間を四枚ならどうかな」
「まあ、そのくれえなら一日でいけるだ」
ガブルは自信たっぷりに請け負った。
「でも、なんで【融接】なんか使うだか」
「まだ考えが纏まってないんだよ。明日の放課後にでもジェシーと三人で話し合おうよ」
「そうか。じゃあそうすっべ」
ガブルは簡単に引き下がり、あとは取り留めのない話をして時間を潰した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日の放課後、ジェシーも加えて三人は校庭の片隅にある東屋に集まった。
「君たちと分隊を組んだことが女子の中でも話題になってる。特にユージン、君は特大の【虚空庫】持ちなんだな。君が組合員登録をしたとき偶々組合に行ってた子が居て、君の【虚空庫】が原因で引き抜き合戦が在ったって話してた。それでなんとか自分たちと分隊を組みたいって思ってたのにボクとガブルで組んでしまっただろ、僻まれてますます孤立してしまった」
ジェシーは開口一番そう言って笑った。
「もともと孤立してたんだべ。あんたもオラもここじゃ同じ扱いだかんな」
ガブルも笑いながら応じた。あまり気にしていないようだ。
「それで、明日からはどうするんだ」
ジェシーは隼人とガブルの顔を見回しながらそう尋ねた。
「少し考えてることが有るんだけど、その前にこの辺りで石切場みたいな所はあるかなぁ」
「それなら北に三時間くらい行った所の山裾が石切場になってる」
「それは誰かの持ち物なの」
「いや。石で置物を作るくらいならそこまで行かなくても石材はあるし、石材を家の材料にするにしてもここまで持ち帰るのが大変だからな。今の領主様の館を立てるときに石を切り出しただけで、誰も使ってないしおそらく使う予定もないと思う」
ジェシーの言葉に隼人はしきりに頷いていた。
「じゃあ、そこでシェルターを作ろう」
「しえるたーつて何だか」
「そんなもの作ってどうするんだい」
隼人の言葉にガブルとジェシーはその意図を測りかねて口々にそう聞いた。
「シェルターって言うのはこの場合安全のために逃げ込む場所くらいな意味かなぁ。まあ、言い換えれば砦だよ。
今は月一枚、D級狙いでも月一枚半のノルマだから、そんなに難しくはないよね。でも来年からは月三枚、D級狙いなら四枚半のノルマになる。ここまでのノルマになるとこの近辺での狩りではノルマ達成は難しくなると思うんだ。二泊三日で遠出をして獲物を求めたほうが効率が良いよね。
でもそうなると群れで襲ってくる一角オオカミやゴブリン、コボルトの対処が三人では難しくなると思うんだよ。それに夜に襲ってくる魔物に対処しようと思うとおちおち眠ってられなくなるよ。
それで石造りの囲いを作ってその中で休んだり、そこから群れで襲ってくる魔物を迎え撃ったりする砦のようなものを作ろうって思うんだけど」
隼人がそこまで言うと、ガブルは合点がいったみたいだ。
「それで昨日【粉化】や【融接】の実演をさせたわけだか」
「それでどのくらいの大きさのものを考えてるんだい」
「二間四方で高さ十二尺のものを考えてるよ。厚みは六寸か七寸」
「そんな大きなもの、どうやって運ぶつもりなんだ」
ジェシーは話を詰めにかかった。
「僕の【虚空庫】で運ぶよ」
「そんなに入るのか」
隼人の言葉にジェシーは驚いてしまった。
「大きいようだけど、中はがらんどうだから正味の体積はせいぜい七石だよ。僕の【虚空庫】には今五十石の真水が入ってる。七石なんて余裕だよ」
ジェシーは驚きながらも話を詰め続ける。
「攻撃はどこからするんだ。それに一角オオカミは土を掘ってくるし、上から狙ってくるやつも居る」
「下から八尺のところに床を貼って足場にして上から攻撃するつもり。上下には石の床と屋根とを出して、夜は上下を覆ってしまう。下には空気取り入れ口として小さな穴をたくさん開けて、上は一尺弱の切り欠きを作って、空気抜き兼明り取り兼攻撃拠点にするつもり。
寝るのは床にテントを張るか二階の足場に寝袋で寝るかしたらいいよ。あとは野営をするのと同じ要領だね」
隼人はそこまで一気に話をした。ジェシーもガブルも一応は納得した様子だ。
「じゃあ、明日は石切場に行って試しに作ってみようか」
「そうすっべぇ」
「ちょっと待って。ユージン、君の【虚空庫】ってどれくらい入れられるんだ」
ジェシーから物言いがついた。隼人は少し困った顔をして答える。
「実は僕も分からないんだよ。さっきも言ったように五十石の水が入ることは分かってる。でもそれで一杯って訳じゃないんだ。自分でもどれくらい入るのか分からない。これ以上入らないってところまで物を入れたことがないから」
「それじゃ思い切って縦、横、高さがそれぞれ四間(七・二メートル)ずつある砦にしたらどうだ」
「そんな大きな物を作ってどうするの」
「ボクたち、今後ずっと分隊だけで行動する訳じゃないだろ。どこかの分隊と小隊を組んで仕事をすることだってある。そう言う時って大体が相手が大物だとか、数が多いとかでヤバい時が多いと思う。そんなときに自分たちだけ砦に籠るってわけには行かない。全員が籠もれるだけの大きさがないと砦も使えないってことになる」
そう言われれば隼人もそんな気がした。他の分隊ならともかく「天使の羽根」となら組んで仕事をすることもあるだろう。例えばオーガなんて名前を知ってるだけだが、「天使の羽根」のメンバーから聞いたところでは複数で出会うとかなり危ない敵らしい。籠るのなら全員が入れて中から戦える砦の方が良いに決まっている。
「言われるとそのとおりだね。作ってみるかな。でも一つ問題が有るんだ。僕の【虚空庫】は入る量については今言った通りでまだ底が見えないんだけど、入口の大きさは分かってるんだ。入口は円にして最大で直径五間(九メートル)ほどしかない。円周にすると十五・七間だね。入口の形は変えられるけど四間四方だと十六間。ギリギリ入らないよ。それに四間もの高さが有ると上から出すわけには行かないしね」
隼人は重大な問題点を指摘した。これに対してジェシーはしばらく思案していたが、やがてニッコリ笑って言った。
「なら、高さを十八尺(五・四メートル)にしよう。これなら間に直すと横四間、縦三間だから周囲十四間になって横から出し入れできる。ついでにL字型の壁を半分ずつ作って二回に分けて出すようにすれば半分出して後方を守る盾代わりにも使える」
「なるほど。下から八尺(二・四メートル)の所に回廊式の床を作って、下から十六尺(四・八メートル)の位置に三階の回廊を作ると三階の防壁は高さ二尺(六十センチ)か。何か少し足りないなぁ。高さを十九尺にしようよ。これだったら三階の防壁として三尺使えるよ」
ジェシーと勇人は互いに意見を出し合うが、ガブリエルは蚊帳の外で話について行けていない。
「あんたらの言ってることは全く分かんねえだが、できるんなら大きい方が良かんべ」
(ジェシーは只者やないな。円周率どころか平方根まで知っとる)
「確かにジェシーの言うとおりだね。でも、ジェシーって凄いね。僕が直径から円の周りの長さを言って見せても驚かなかったし、掛けて二になる数字まで知ってるなんて」
「う、うん。森人は君た原人よりずっと長生きだから、色んなことを知ってるんだ。じゃあ、明日はボクの提案で作ってくれ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、朝食もそこそこに三人は石切場へ向かった。誰も行かなくなって久しいらしく、道はあるものの草が生い茂っていた。それをかき分けながら進むと思ったより時間がかかり、そのうえウサギや一角ウサギ、イノシシ、シカ、一角シカ、ゴブリンまで出てきて、それらを狩りながら進むと着いたときには昼になっていた。出るときに東門に続く道沿いに開いていた露店で思い思いに購入していた串焼きなどで昼食にする。隼人は預かっていた二人の昼飯を取り出すと二人に渡し、自分の分も取り出した。【亜空間庫】は時間停止機能があるので料理は温かいままだ。
「なして、この串焼き、冷えてねえだか」
「ユージン、【虚空庫】のことでまだ隠してることが有るな。話してしまえ」
隼人は二人を見てニヤッと笑った。
「どうしようかと思ってたんだけど、これから三人で狩りをして往くとなるといずれはバレてしまうから知らせて置くことにしたんだ。だからわざとに昼飯を預かったの。僕の【虚空庫】は時間遅延効果があるんだ。それもかなり強力な」
「それ、凄えだ。三日間狩りをしても獲物は傷まねえだか」
「うん、そのくらいは大丈夫だよ。だけど悪いことも有るんだ。三日前の獲物を買取窓口で出して暖かかったら時間遅延のことがバレてしまうよね。買取窓口の係長は知ってて、黙ってくれてて、人には言うなって助言もしてくれてるんだけど、係の他の人や同じときに売りに来た組合員にはわかってしまうよね。
そうするとやっかみや僻みの対象になるし、君たちや僕自身を少しぐらい傷つけても自分たちに取り込んでしまおうなんて考える奴も出て来かねないよ。だから気付かれないためには、半日以上水に浸けて冷やさなくっちゃならないんだ。その分余分に時間がかかっちゃうんだ」
「それは仕方ない。その分根を詰めて狩りをするしかない。その話はこれで終わり。飯にしよう」
意外とあっさりしたジェシーの言葉に二人も頷いて、その後は黙々と昼食を食べた。午後からはいよいよ砦の制作だ。




