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079 先の副将軍、水戸光圀公なるそ~

 二日酔いの重い頭を抱えながら、勇人は魔猟士学校の門を潜った。今日は門衛が居て、一人一人の魔猟士組合員証を手元の名簿と照合している。勇人もその列に並んだ。


 照合は特に問題なく終わり、「八C」と書かれた土製の札を渡された。今日の入学式の席札兼寮の部屋番号だとのことで、まず寮へ行って荷物を置いて来るように言われる。辺りを見回すと大小の荷物を抱えた入学生らしき者たちがそこここに屯している。勇人は特大の【亜空間庫】を持っているので荷物は全部その中に入れているが、【虚空庫】が小さい者たちは生活用品や武器がその中に入り切らないのだろう。


 勇人は荷物を置いて来る必要はなかったが、とりあえず一度部屋を見ておこうと思い、寮に向かった。下見に来た時に外観は既に見ており、随分年季の入った建物だと思っていたが、中も同じようなものだった。八号室は寮の一階にある二十室のうちの一つだった。二階も同じ構造だとしたら四十室あることになる。八号室のドアを開けると二段ベッドが二つ並んでおり、ベッドの足元と枕元に収納庫があった。また窓際には四つ小さな机と椅子とが備えられている。窓にはなんと歪ではあったがガラスらしきものがはめ込まれていた。


 (四十室で各室定員四名言うことは百六十人分しかないやないか。あの爺定員二百人やてええ加減なこと言うてからに・・・ああ、領都に住んどる奴は家から通うんか・・・満更嘘でもなかったんか)


 勇人がどうでも良いことを考えながら室内に入ると、既に入室して二段ベッドの一方の一階を占領している者が居た。勇人と同じくらいの年齢に見えた。勇人は残った二段ベッドの一階を占領して、その男に話しかけた。


「こんにちは。僕はユージンって言うんだ。一年間よろしく頼むよ」


「オラ、ガブリエルだ。こっちこそよろしくなんだで」


 話しかけられた男はニコッと笑うとちょっとなまりのある口調で挨拶を返した。


「オラは見てのとおり山人だ。北の国境近くの山ん中の村で生まれたんだけんど、田舎の生活が嫌で魔猟士になって都会で一旗揚げてえって思っただ。それで出てきたんだけんど、読み書きも算術もできねえだから、それじゃダメだって言われてここに入ることにしただべ」


 ドワーフだと名乗られてよく見ると、確かに勇人より五センチは背が低く、その分横に広がった筋肉質の体をしている。


 ガブリエルは尋ねられもしないのにべらべらと自分の身の上を話し出した。生来の話好きなのか、人との会話に飢えていたのか。勇人も自分が孤児院育ちなことなど当たり障りのないことを話した。


 ガブリエルは自分の組合員証を見せてくれたが、F級、盾士と記載されていた。見るとベッドの上に大盾と短剣が投げ出されている。


「オラは山人だから元々力は強いだで、その上に【剛力】はチョッとしたもんだ。オークの突進ぐれえは楽に受け止めるで。それと土魔法はB級相当だって言われてるだ、戦闘には役に立たねえだが。火魔法なら村に残っても良かっただが。おめえは何が使えるだ」


 勇人は面倒くさくなって自分の組合員証をガブリエルに放った。


「八級運搬士だか。すげえな。商会なら高給で雇ってもらえるだ」


「そう言う生活が嫌だから魔猟士になったんだよ」


「そうか・・・人それぞれだぁな」


 ガブリエルは勇人に組合員証を返すとそう言った。そのときドアが開いて同室者らしい人物が二人入ってきた。一人は見るからに貴族っぽい恰好をしている。


「おい、そこのドワーフ、ベッドを開けてお前は上に移れ」


 男は入るなりガブリエルに向かってそう命じた。


「オラが先に入って先に取っただ。こういうのは早いもん勝ちだべ。後から来て何言うだ」


「おまえ、どなたに向かってそんな口を利いてるんだ。この方は恐れ多くもラムダ準男爵家の三男、エイタン・ラ・ラムダ様だぞ。さっさとベッドを譲れ」


 (「恐れ多くも」んとこだけは合うとるわ。水戸黄門様気取りかいな。先の副将軍と準男爵家の三男坊やったら月とスッポン、月が笑うて三日月になるわ。もしかしたら旗本の三男坊、天下御免の向こう傷かいな)


「そう言うあんたは誰だか」


「俺はアセフ。今日エイタン様にお出会いして知己を得た者だ」


「昨日今日の知り合いだか、そんな奴が口出すでねえ」


 エイタンは相当短気らしく、二人の問答が面倒だと思ったのかベッドの上のガブリエルの荷物や盾、短剣を手づかみにすると入口の方へ放り投げた。そして力づくでガブリエルを引き下ろそうと胸倉を掴んだ。そのあとがいけなかった。


 勇人なら簡単にベッドの外に放り出されたかもしれない。エイタンにはそれくらいの体格はあった。当然彼も勇人より背の低いガブリエルなど投げ飛ばすのは簡単だくらいに思っていたのだろう。しかし案に相違してガブリエルの強靭な肉体はびくともしなかった。


「くっ。この野郎。貴族の俺様に逆らうのか」


 エイタンはいきなり【虚空庫】からナイフを取り出すとそれをガブリエルの首筋に突き付けた。


 (危ない(やっ)ちゃなあ)


 勇人は【亜空間庫】から石弓を取り出して構えた。勿論エイタンに向けたわけではない。二人とは全く関係のない窓の方向に向けている。


「ううん。ちょっと狙いがズレてるなあ。ボルトが良くないのかなあ」


 大声でそう言うとこれ見よがしに石弓の引き金側を目のところに持って行き、調整するかのようにボルトを通して窓の方を除いて見せた。


「おい、平民。お前は貴族の俺様を差し置いてドワーフの肩を持つつもりか」


 エイタンはガブリエルを突き放して勇人の方に向き直った。


「そんなつもりはないよ。石弓の調子が悪いみたいだから具合を見ているだけだよ」


 勇人はしらばくれる。実際エイタンを狙っているわけではないので本心なのかどうかは彼にも分からなかった。しかしタイミング良く石弓を取り出したのは、自分を馬鹿にしているのだという気がしてならない。放置すれば自分の面子にかかわるとでも思ったのだろう。エイタンは一、二歩窓の方に歩くと勇人の方に向き直った。石弓の射線に立っている。


「撃てるもんなら撃って見ろ」


「危ないなあ。石弓の射線に立つもんじゃないよ。びっくりして引き金を引きそうになったじゃないの。この距離で当たったら身体突き抜けちゃうよ。あまり石弓をなめちゃいけないよ。ベッドの柱だって射貫いちゃうんだから。唾つけて治るくらいのケガじゃ済まないよ」


 勇人はエイタンを諫める振りをしてガブリエルを見るとウインクした。


 ガブリエルはそれを見て何か閃いたのだろう。そっとベッドから立つと自分の荷物や盾、短剣をベッドに戻してベッドの柱や腰板をなめ始めた。


 エイタンの腰ぎんちゃくの男はあまりの展開の速さについて行けず、エイタンがナイフを取り出したあたりから凍り付いたように立ち尽くしている。


「あっ。きったないなあ。エイタン、ガブリエルがベッドを舐め回しているよ。貴族様はドワーフが舐め回したベッドを使うんだね」


 勇人はそれを見てニマッと笑うと、エイタンに向かってガブリエルの行為を教えた。エイタンは振り返ってガブリエルのやっていることを見ると絶句した。


「それに、貴族様はドワーフの下で寝るつもりなんだ。上からよだれが落ちて来るかもしれないね」


「アセフ、付いて来い」


 エイタンは短くそう言うとドカドカと大きな足音を立てて部屋から出て行った。アセフも慌ててその後とに続く。


「ユージン、助かっただ。ありがてえだ」


「まあ、助けたって言うよりも僕がああ言う手合いが嫌いだってだけだけどね。でも、唾を吐けばって思ってたんだけど舐め回すとはね。びっくりしたよ」


「舐め回せって言ったんじゃねえだか。おいらも唾吐くぐらいで良いと思っただが・・・」


「さあ、ちょっと暇食っちゃったから早く講堂に行こうよ」


「んだな」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 二人が校舎棟にある講堂に行くと既にほとんどの新入生が席に着いていた。二人は八の席に着く。他の席は四人で掛けていたが、八の席には入学式が始まる頃になっても自分たち以外に座る者はなかった。どうもエイタンたちは他の席に移ったらしい。


 新入生はざっと百二十人前後で、四分の三は男だった。魔猟士はあまり女性に人気のある職業ではなさそうだ。


 入学式は簡単なものだった。というよりも式典らしきものは一切なく、校長が学校のシステムを説明して終わりだった。校長はあの爺さんだった。イスマールという名で、昔はA級魔猟士として鳴らした人らしい。自称だが。それはともかく校長の話は短かった。


「我が校は、組合立となっておるが、辺境伯様から多額の援助を頂いて運営しておってな、そのおかげで学費、寄宿費とも無料なのじゃよ。じゃによって今日から来年の六月末まで心を入れて勉学に励んで欲しいのじゃ。無事卒業した暁にはE級の資格を与えることになっておる。また優秀な成績の者にはD級の資格を与えるぞい。儂からの話はこれだけじゃ。後は副校長に任せるわい」


 (トップの話は長いんが普通やけど、この校長は良う分かってるやんか)


 副校長の話では、授業は週四日で、残り三日はF級魔猟士として活動しても休養日にしてもそれぞれの自由だった。授業は座学として読み書き、算術、地理、魔物生態学、薬用植物学、気象学、野営方法、サバイバル術、礼儀作法、魔猟士組合規約などがあり、試験を受けて合格すれば履修は免除される。実習としては格闘術、各種武器術、斥候術などを自分の必要に応じて学ぶことになっていた。


 最後に副校長はとても重要な話をした。


「校長が言っていたように我が校では、真剣に学んで貰うために月毎にノルマを課している。ノルマを二か月続けて達成できなかったものは強制退学となるから、心して聞くように。


 ノルマとして諸君は魔猟士として稼働して九、十月は月一両、十一、十二月は月二両、一月からは月三両ずつ収益を挙げなければならぬ。売り上げではなく収益だぞ。それを証明するために毎月各自に実績票を渡すので、組合に獲物を売却したときにその都度記入を受けること。ノルマをこの金額にしているのは、これくらい収益がなければ魔猟士として安定した生活が出来ぬからだ。言い換えればE級は魔猟士として安定した生活が出来る最底辺、F級はそれ以下の駆け出しということだ。


 毎月末に実績票と収益金を学校に提出してもらう。その少ない方をその月のノルマ達成金額とする。収益金は学校が預かる。取り上げるわけではないぞ。卒業時、または中退するときには全額返却するから心配するな。


 ノルマ以上に儲けた月があればその月に預ければ翌月までは持ち越すことを許す。だが儲けた金で前月以前のノルマ不足分に充てることは認めぬ。


 それと、魔猟士活動については学生の間少し制約を設けさせてもらう。E級、F級の魔物、一般の獣、薬草採取以外はノルマの収益に数えぬ。その関係で学生どうしの分隊以外には分隊加入を認めぬ。どこかの分隊に加入している者は明日までに脱退しておくように。


 無事卒業できればE級魔猟士の資格を認める。月のノルマの一・五倍を全期間続けた者にはD級の資格を認める。以上だ。出口で今月の時間割、実績票と座学免除申請書を受け取って各自寮で内容を良く把握し、免除申請は一週間以内にだすように」


 いろいろ言われたが、D級を貰おうと思うと、毎月四両五分の収益を十か月間上げ続けなければならないと言うことだ。それに充てられる日数は十二、三日。日割りで三千七百五十文、イノシシが平均二十貫、一貫目二百文ならば一頭四千文。計算上は自由日一日にイノシシ一頭を狩れば間に合うことになるが、消耗品の購入もあるのでギリギリ足りるか否かというところだろう。


 それで入学式は終了し、各自順に書類を受け取って講堂の外に出て行った。そのとき組合員証の提出を求めらている。勇人がそれを提出すると係員が分隊から除隊していることを確認したうえで、その横に「学生」と刻印して返してきた。


 勇人はガブリエルと二人で猟の部屋に戻った。

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