078 スクランブル・ドア
ラフィアディアに来てから約三か月が経った。その間にダビッド武器店で石弓を受け取り、その支払いをしたときには十両ほどしか手持ちが残っていなかった。
石弓にボルトを装填して【亜空間庫】に入れると、これで勇人の武器の装備は完了した。狩りの武器としては街を出るときに槍を手にする。街中での護身用には六尺棒だ。
その後「天使の羽根」とともに狩りをした時には一回で銀貨四枚前後の報酬を得た。なにしろ、勇人が斥候も狩りも一人でさせられるのだ。一回の獲物は彼女たちだけで狩りをする場合の半分以下なのだろう。おそらく彼女たちは毎週もう一度狩りに出て、収入の不足分を補っているはず、勇人はそう思っていた。
勇人も毎週もう一度狩に出て、そのときは獲り易い角ウサギを主に狙い、一回に十羽前後の獲物を得ていた。これだと三十メートル弱まで近づいて【亜空間庫】から直接手製の「なんちゃってボルト」を一発放つだけで狩り取れる。その儲けは一回で銀貨三枚くらいになった。
そんな訳で今では宿代を支払っても約四十両が手元に残っている。
(そういえばこの頃サミュエルさんの店に顔出してへんなぁ)
線香のことも気になるので一度顔を出そう、そう思い立って八月下旬のかかりに勇人はサミュエルの店に行った。
「サミュエルさんは居るかな」
勇人が店先に居た小僧らしき子供に声を掛けると、その子は怪訝な顔で勇人を見た。まだ十五歳にはなっていないのだろう。幼い顔つきではあるが背の高さは勇人より少し高い。
「ガキが店主に何の用だ」
勇人を自分より年下の子供と見たのか、随分とぞんざいな口調で尋ねてきた。
「知り合いが挨拶に寄ったんだよ。魔猟士のユージンが尋ねてきたって伝えてくれ」
そう言って魔猟士証を出して見せると、その子もやっと相手が大人だと気付いたのだろう。
「分かっ・・・りました。暫くお待ちください」
そう言うと店の奥まで駆けて行った。暫くするとサミュエルが店先に現れる。
「やあ、ユージン。久しぶりですね。元気そうでなりよりです。それで今日は何か御用で」
「魔猟士学校に通うんでその間のお金を貯めて置こうって思って狩りに精を出してたんで、顔を出せなかったんだ。久しぶりに挨拶をと思って来てみたんだよ」
「そうですか。まあ魔猟士学校に入ると狩猟には色々と制限が掛るらしいですし、お金も要るようですから。私は詳しいことは知りませんが、卒業までに最低でも金貨十枚は要ると聞いていますよ」
「そんなに要るんですか」
「あなたの場合には約束が有りますから、必要であれば私の方で用立てさせていただきますが」
「お話はありがたいけど、それくらいは自分で何とかしなくっちゃと思ってるので。ところで線香の方は上手くいってるの」
「ああ、現物を寄付する件ですね。言われたとおりにあまりお金のなさそうな教会に寄付をしております。最近寄付した先から継続的に購入したいという話がぼちぼちと出てきております。また香を焚く生活が必要な商人仲間や領庁の役人からも試しに使いたいと買って行かれる方が出てきております。やっと動き出しましたよ」
「そうなの。それはよかった」
勇人は助言がうまくいって良かったと心から思った。なんせ営業経験など皆無で思い付きで言っただけだったから。
「今、仕事中で出立する行商馬車が何台かあってごった返していますので、申し訳ないがゆっくりお相手できません。夕方五時以降なら仕事も終わっておりますので、ぜひその時間帯に遊びに来て下さい」
「家族団らんの時間だよね。そんな時間にお邪魔して良いの」
「私にとってはユージンは家族みたいなものですよ。私の口から言うのも何ですが、妻はなかなかの料理上手でして、宿屋の食事も良いですが、この世界の家庭料理も味わってみてください。ああ、それはそうとあなたがチュードだって言うことは周りに知られてはいないでしょうね」
「家庭料理か、長いこと聞かなかった言葉だなぁ。チュードのことは誰にも話してないし、【虚空庫】以外の魔法は見せていません。それじゃあ、お仕事の邪魔をしてもなんだから今日はこれで帰るよ」
「追い出すようで申し訳ありません。またおいで下さい」
「そうします」
勇人はそう言うとその場を離れた。次は入学手続きのこともあるし、魔猟士学校に行ってみよう。勇人はもう領都の地理には慣れたもので魔猟士学校がある区画へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
領都は北東が少し高くなった平地に位置しており、周囲は長方形の城壁で囲まれ、東西と南北の大通りが城壁と交わる東西及び南にはそれぞれ城門がある。南北の大通りの北の端は領主館である。二つの大通りが交わるところは広場になっており、その周囲には領の庁舎が立ち並んでいる。その北東に面して魔猟士学校はあった。
学校の門は不用心にも開け放たれていた。門番も居ないため勇人は仕方なく勝手に門をくぐった。門を入ってすぐのところが広場になっており、地面が踏み固められているところを見れば訓練場であることは一目瞭然だった。その北側に校舎らしき建物といかにも寄宿舎と言う風情の建物があった。
勇人は校舎らしき建物に向かう。二枚扉の開き戸が有ったもののこれも開かれたままだ。
(まあ、開けっ放しやったら何かあってもすぐに逃げられるわな。究極のスクランブル・ドアちゅうわけや。「スク」は取ったらあかん。似すぎとる言うて怒られる)
「こんにちは。だれかいるかなぁ」
さすがにずかずかと入る訳にも行かず、勇人は入口で呼びかけた。
「ほいほい、お客さんかの」
そう言って入り口脇の守衛室のようなところから出てきたのは、髭もじゃの老人だった。なんとなく何処かの魔法学校の校長に似ている。
「あっ、はい。僕は今度学校に入ろうと思ってるユージンだ、です。入学の方法を聞いておこうと思って来たんだよ」
咄嗟のことで勇人は慣れない敬語を噛んでしまった。
「そうかい、そうかい。ならば少し待っておれ、入学願書を持ってくるからの」
そう言って爺さんは守衛室の向こうにある職員室らしき部屋に入っていった。
(それにしても古めかしい建物やなぁ。あの爺さんとどっちが歳やろ)
勇人の第一印象はそれだった。爺さんはすぐに戻ってきた。
「ほれ、入学願書じゃ。そこの部屋に机があるからそこで記入すると良いぞ」
そう言って爺さんは自分が出てきた守衛室を指さした。勇人は願書を受け取るとその部屋に入った。中は掃除こそ行き届いているものの、机と椅子があるだけの質素な部屋だった。勇人は椅子に座ると備え付けのペンを使って願書に記入し始めた。
「おお、感心じゃ。字が書けるのか」
「読み書きが出来ないと大人になって困るって孤児院で仕込まれたからね」
「孤児院出かい。苦労したじゃろう」
「まあね」
そんな会話をしながら願書を埋めてゆく。と言っても書くほどのことはなかった。組合員証のときに記載したのとほぼ同じだ。組合員資格について書く欄があったので「F級、八級運搬士、天使の羽根臨時分隊員」と記載した。爺さんはそれを目敏く見つけた。
「ほほう。『天使の羽根』の分隊員か。臨時ということは・・・運搬士関連かいのう」
「ええ。柄の悪いC級分隊に入れって無理やり誘われたんで助けてもらったんだよ」
「入学までには除隊して置くんじゃぞ。学生同士の分隊以外は入れないことになっておるからのう」
「『天使の羽根』との約束もそうなってるよ。でもなぜ駄目なのかなぁ」
「それは入学のときに説明することになっておる。いちいち一人ずつに説明するのは面倒じゃからのう」
「まるで爺さんが説明するみたいに言うんだね」
「おほほほほ。学校の職員は皆一体、『魔猟士学校分隊』の分隊員じゃからのう」
「そんな分隊を組んでるんだ」
「気持じゃよ。気持ち。書き終わったんなら寄こしなさい。儂が受け付けて置こう」
勇人は言われるままに願書を渡した。
「入学式は九月一日午前八時からじゃ。遅れるでないぞ」
「入学試験なんかはないのか」
「うむ。魔猟士学校は来る者は拒まず、去る者は追わずがモットーじゃ」
「定員割れなのか」
「そう言うては身も蓋もないではないか」
「定員は何人なのかな」
「定員は二百人となっておる」
「で、何人入学するの」
「それは年によるのう」
「そんなこと分かってるよ。毎年約何人入るんだ」
「そうじゃのう。百八十人くらいは入ってほしいのう」
(あかんわ。願望でしか話してへん。実数言う気あらへんなぁ)
紙が勿体ないので入学の栞みたいな物は無いらしい。勇人は、今日来たのは時間の無駄だったかなと思いながら宿に帰った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
八月三十一日になった。今日が『天使の羽根』臨時隊員の最後の日なので、夕方組合に集まり送別会をしてくれることになった。勇人が午後六時に組合の食堂に行くと何時もの席でメンバーが待っていた。
「ユージン、受付カウンターに行くぞ」
ガリアが席を立って勇人の方に近寄ってきた。
「うん。隊員登録を抹消するんだね」
ガリアは勇人の言葉に頷くと先に立って受付カウンターに行った。
「おい、リオール。ユージンが『天使の羽根』から除隊するから手続きを頼む」
「あら、やっぱり男の子は無理だったの。結構頑張ってると思ってたんだけど」
「また人の名誉を傷つけるようなデマを大声でしゃべるな。ユージンは学校に入るから除隊するんだ」
「あら、そうだったの。じゃあこれに記入してね」
リオールはけろっとした顔で除隊書類を出すとガリアに渡した。ガリアは分隊名の欄に「天使の羽根」、除隊者名の欄にユージン、除隊理由欄に「魔猟士学校入学の為」と記載して署名し、勇人に渡してきた。勇人も黙って署名する。
「ユージン、冒険者証を出してください」
勇人がリオールに言われるままに冒険者証を取り出して渡す。リオールはそれを受け取ると刻印機に入れて何か刻印をした。勇人が返されたそれを見てみると「天使の羽根」の名前が二本線で抹消されてた。
(ああ、これでワイも「天使の羽根」からおさらばなんやなあ)
「ユージン、卒業したら戻ってきても良いんだぞ。名誉隊員くらいにはしてやるからな」
(ハーレムパーティーのペット枠て、何が悲しゅうてそんな役せんならんのや)
「もし在学中に良い仲間に出会わなかったら頼むかもね」
席に戻るとエールと肴が待っていた。明日は二日良いかなと思いながら勇人はジョッキを上げた。




