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077 乳よ。あなたは強かった~♪

 組合に着くと「天使の羽根」の面々はさっそく奥まった席に行ってしまった。勇人は奥の買取りの部屋へ行くと、順番待ちの行列に並んだ。まださほど混んでいなかったので暫く待つだけで順番が来た。


「おう、坊主。買取か」


「うん。オークだよ。それからゴブリンの耳と魔石」


「よし。オークはそこに出せ」


 昨日と同じようにテーブルを指さしながらそう言われたので勇人はテーブルにオークを出した。そこでは買取係の他の職員が獲物を吟味して重量を測ってくれた。恰幅の良いおばちゃんだった。


「うん。状態は問題ないね。重量は・・・百三十八貫、なかなかの大物だなあ」


「ゴブリンを襲ってたよ。付いててくれた『天使の羽根』の人は昇級直前だと言ってた」


「なるほど。一貫三百文で二万跳んで七百文、皮の状態も肉の状態も文句ないから一割益しで二万二千七百七十文、二両二分七朱七十文で良いかい」


「うん。それで良いよ。ゴブリンの耳四匹分と魔石はどうしたら良いのかな」


 勇人はオークの売値に同意したあとゴブリンの耳の処理について聞いた。


「耳と魔石だけなら買取カウンターに出すんだがオークがあるからここで良いよ。出しな」


 勇人がそれを出すと、おばちゃんは左耳であることを確認した後に机の下にある籠に放り込んだ。魔石については別の籠に入れる。


「耳は一匹二百文だから、八百文だね。魔石はオークが二百文、ゴブリンが四つで二百文」


 (安っ。ゴブリン四匹頑張っても食べて寝てお終いや)


「ゴブリンって安いんだね」


「領主様が領民の安全と無職者の救済のために領の予算から出してるんだ。文句は言えないよ」


 (そうか。公共事業兼福祉事業なんか)


 買取係は紙に値段などを書き付けると自分のサインをして勇人に渡した。勇人はそれを持って表のカウンターに行く。夕方とあって混雑していたが受付嬢も多く、すぐに順番は回ってきた。紙を出すと忙しいためか何も言わずに金貨二枚、銀貨四枚、穴銀一枚、銅貨七枚と別に穴銀八枚の山を作ってカウンターに並べた。


 その穴銀の数え方が面白かった。長方形の板を針金で二掛ける五の桝に区切った道具を取り出して、そこに穴銀を入れてゆき、十枚になるとそれを金庫に入れて代わりに銀貨一枚を出して銀貨の山に加えるのだ。


 (あっ、受付係やのに足し算、苦手なんや)


 勇人は失礼のないように笑いをこらえて【亜空間庫】から小袋を取り出すとカウンターに出された貨幣をその中に入れ、「天使の羽根」のメンバーが待つ席へと行った。


「幾らだった」


 勇人が席に着くとリーダーのガリアが早速聞いてきた。


「二万四千百七十文」


「一人頭幾らになる」


「僕も一人前に数えるの」


 ガリアが黙って頷いたので勇人は【亜空間庫】から紙と鉛筆を出して計算を始めた。


「一人当たり四千七百九十四文だよ。四分七朱九十四文、銀貨四枚穴銀七枚銅貨九枚穴銅四枚だね」


 勇人は「天使の羽根」のメンバーそれぞれの前に一人分ずつの貨幣を並べて行った。


「今日戦ったのは自分一人なのに全員平等に分けるのを不思議に思っているんじゃなくって」


 バペットの言葉は図星だった。


「これは分隊を組む場合の不文律なのよ。前衛の盾士や槍、剣士は殆どの戦闘に関わるわ。弓士は矢が勿体ないからどうしても必要な時しか弓は放たない。攻撃魔法士は相手が多数の時に備えて魔力を温存するために必要な時しか魔法は放たない。治癒魔法士に至っては怪我人が出た時以外はほぼ傍観者よ。


 その時々の働きに応じて分配するってなると後衛はほとんど取り分がないことになるのよ。でも前衛が突っ込んで行けるのはいざと言うときに後衛からの援護が得られるって知っているからよ。だからどんな狩りでも分け前は平等なの。


 今回も実際に狩りをしたのはユージンだけだけど、ガリアもバペットもいつでも飛び出せるように身構えてたし、イラナは周囲の警戒をしていた。私も魔法の準備をしていつでもオークに中てられるように準備していたのよ」


 マヤが後を継いで詳しく理由を話した。


「なるほど、言われるとその通りだね」


「そんなことより、今後のことを話そうぜ」


 イラナが話を変えた。


「そうだね。ユージンは魔猟士学校に入るつもりだったね。じゃあ値達との契約はそこで仲間を見つけて分隊を作るまでってことで良いかね」


「ああ、僕としてはそこまで見て貰えれば十分だし、本当にありがたいと思うよ」


「それじゃ、それまでの間のこととして、あたいはユージンの武器が揃うまで、彼にはソロで西の原っぱに行って、魔物の角ウサギ、ゴブリンなんかを狩って貰ったら良いと思うよ。あそこなら偶にはぐれの角オオカミが出るくらいで殆どソロでも危険はないからね。角オオカミが出たら左耳と魔石はとっておきな。それで武器が揃ってからは週に一度くらいの割合であたいたちと一緒にもう少し危険な場所、そうだねぇ、東の森に行ってゴブリンの上位種やオークの群れを狩るってのはどうだい。それ以外の日は休もうと働こうと今日の南の林くらいまでならユージンの自由してもいいだろうよ」


「そうだな。今日の戦いを見てる限り南の林くらいは問題無えだろうぜ」


 ガリアの提案にイラナも同意した。


「じゃあそうするよ。ところで魔物について教えて欲しいんだけど」


「知ってることなら教えてやるぞ」


「まず、この辺りには他にどんな魔物が居るの」


「日帰りできる範囲なら、まずゴブリン系統でゴブリンファイター、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ、ゴブリンリーダー、ゴブリンでそれ以上のは居ないな。オーク系統はオークファイターでこっちもそれ以上はこの辺りじゃ見ねえ。他には角イノシシ、その上級種の角オオイノシシ、一角シカ、一角牛、此奴らはオスは普通の角以外に額に角が生えてるしメスも同じ角がある。

あとめったに出会わねえがオーガってのも出る。こいつは一匹なら俺たち総がかりで仕留められるが二匹同時には出会いたくねえ。名前に角が付かないやつはチュードが元の名前を変えちまったんだ」


「角が生えた馬は居ないの」


「ここら辺りにはいないが、北の方にはユニコーンとかパイコーンとか言うのがいるそうだ」


「ユニコーンは処女の娘に懐くとか・・・」


「なんだそりゃ。魔物が人に懐くわけねえだろ」


「そうだね。じゃ空飛ぶ馬は」


「おめえな。魔物だって馬は馬なんだ。空なんか飛ぶわけねえだろう」


「そうなのか。ペガサスってのが居るのかなって思って」


「まあ、ターセン山の麓育ちじゃ魔物に夢を見ても仕方ねえか」


「森人や山人が居るからそう言うのも居るかなって思ったんだよ」


「あんたねぇ。森人を何だと思ってるの。野人とちっとも変わらないわよ。番えば子供も普通にできますし・・・まあ、男も女も野人の基準から言えば少しばかり美形ぞろいですけどね。野人は私たちの男と女の区別がつかないっていうのよ」


 マヤの言葉に隣からイラナの笑い声がした。そちらを見るとイラナの視線がマヤの胸を注視している。勇人が思わずその視線の先を追うと、そこにはあってしかるべきものが無かった。慌てて目をそらす。


「あるべきものが無けりゃ、ちょっと見で男か女か迷って当然だぞ」


 イラナは胸を張って自分のを強調する。イラナはいわゆるチビ・グラだった。マヤは言い返すのは分が悪いと思ったのか何も言わずにイラナを睨みつけた。


「まあまあ。今日はユージンの初めての狩りでしたのよ。お祝いをしましょうね」


「そうね。食べて飲んで親睦を深めるのは必要ね」


 バペットの話題を変えようとする言葉にマヤは少し機嫌を直して酒と肴を取に食堂カウンターへ向かった。ガリアも席を立ってその後を追う。


「僕は酒を飲んだことがないから、酒は遠慮するよ」


「あなた幾つなの。当然大人にはなっているのよね」


「十六になったよ」


「それじゃあエールくらいは飲めないとねぇ」


 バペットはそう言ってニヤッと笑った。勇人を吞み潰すつもりなのがありありと見える。


「酒も肴も今日はあたいらの奢りだよ。ぐっと行きな」


 ガリアは陶器のジョッキを勇人の目の前に突き出した。仕方なく受け取る。テーブルの上には様々な料理が並び、全員がジョッキを抱えている。


「それじゃあ、勇人の臨時加入を祝して。乾杯!!」


 「天使の羽根」のメンバーは口々に乾杯を唱えるとジョッキに噛り付いた。勇人も仕方なく口をつける。


 (元の世界じゃ大酒のみやったんやけど、この身体ではなあ)


 そう思いながら一口飲むとビールとは違うちょっと酸味の効いた液体が喉を通った。


「エールは初めてだけどなかなか美味いね」


 勇人はもう一口飲むと料理に手を付けた。鶏肉にたれを付けて焼いたもの、懐かしい鯉のソテー、オーク肉のシチュー、マッシュポテトなどなど。ジャガイモは何時ぶりだろう。


「宿はどうでしたか」


「亭主も女将さんも山人だったんだね。びっくりしたよ」


「あなたも偽幼女に騙された口ね。あの女将さんの趣味でね。新しい客が来ると必ずあれをやるのよ」


「うん。ちっちゃい子みたいな顔でカウンターから顔だけ出してるんだもん。誰だってだまされるよ」


「山人の女性が全部童顔ってわけじゃないんですけれど、あの人は特別に若く見えるから」


「ははは。若すぎるぞ。あれで鼻の下伸ばす奴は危ねえぞ。手え出した途端に叩きのめされっからな」


 マヤと勇人の話に横入りしてイラナが混ぜっ返す。


「旦那は強そうですもんね」


「旦那は出るまでもねえ、笑って見てるさ。ディナが自分で畳んじまうぞ」


「山人ってそんなに強いのか」


「山人は大抵【剛力】持ちですから、普通の野人の【剛力】くらいでは太刀打ちできませんわ」


「そういえば森人は何か特徴があるの」


 マヤの言葉を受けて、勇人はこの際とばかりに疑問に思っていたことを聞いた。


「そりゃ。さっき言ったように男と女の区別が・・・」


 イラナが混ぜっ返しに来たがマヤに睨まれてその後を飲み込んだ。


「森人は【俊敏】持ちが多いわ。普通の野人の【俊敏】よりは遥かに強力よ」


「そうなんだ。山人も森人も野人より寿命が長いってのはあるの」


「山人は野人と同じくらいだけど【剛力】の分だけは身体が丈夫だからその分長生きだわね」


「具体的にはどれくらい長生きなのかなあ」


「そうね。野人は十歳までに死んだり、病気やケガがもとで死んだりしたひとを除けば七、八十歳までは生きられるって言われているわ。山人は同じ条件でそれより十五から二十歳くらい長生きかしら」


「森人はどうなの。千年くらい生きるとか」


「そんなわけないじゃないの。森人は同じ条件でなら百五十歳くらいまでは生きるわ。その代わり子供ができにくいの」


「その乳じゃ。男の方がその気に成んねえんだろ」


「あなた、さっきからその話ばっかりね。チビのくせに・・・捥いであげましょうか」


 マヤが卓上ナイフを握って立ち上がったので、イラナは椅子を倒しながら後ろに跳んだ。


 (あれは「捥ぐ」言うんやない、「抉る」言うんや、おっとろしい)


「相変わらず危ねえ奴だ。おちおち飯も食ってられねえぞ」


「二人ともじゃれるのはいい加減にしとけ、ユージンがびっくりしてるじゃねえか。ユージン、心配すんな。こいつらが乳ネタでじゃれるのは何時ものことだ」


 そう言うとガリアはジョッキを飲み干して次の一杯のためにカウンターに向かった。


 そうやって夜は更けてゆき、結局勇人はしこたまエールを飲んだ。


 (明日は久しぶりに二日酔いやなぁ)


 そう思いながら「豊穣の森」へと向かった。酔いが回ってひたすら眠たかった。

見出しは軍歌「父よ、あなたは強かった」のもじりです

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