076 三人寄れば文殊の知恵?
勇人たちは組合まで帰ってきた。昨日と同じ席に着く。
「昨日、あれからあたいらも話し合ったんだがな、やっぱり『天使の羽根』が男のメンバーを入れたってのを大々的に宣伝するような真似はできねえってことになったんだよ。『俺も入れろ』って寄ってくる勘違い野郎が出ても鬱陶しいからなぁ」
「だからあなたをいつも同行させるという訳にはいかないのよ。これはあなたとしても異存はないでしょう。ソロ活動希望だって言っていたもの」
「だがな、このまま放りだして死なれるのはこちとらの気持ちも良くないし、外聞も良くねえ」
「だから、そうね・・・あなたの装備が整うまでの間に数回私たちと一緒に行動して貰って魔物との戦い方を学んでもらおうって決めたのよ」
「天使の羽根」の面々が口々に説明した。
「ありがとう。僕も行き成りソロで魔物は不安だから助かるよ。昨日見て貰ってたから分かると思うけど僕ははっきり言って直接戦闘は苦手だ。だから魔猟士学校に入って前衛、後衛ができる仲間と組んで、自分は斥候か遊撃の立ち位置でやりたいと思ってるんだ。優秀な斥候や遊撃の技術を見せて貰える機会が出来るのは本当にありがたい」
勇人は考えている将来への展望を告げて簡単にその提案を受け入れた。
「斥候をやりてえんならオレの動きを良く見てな。技術的なことはその場で教えてやるぞ」
「遊撃ならあたいだね。あたいの立ち位置は攻撃型前衛ってところで遊撃じゃねえがこの中では一番それに近いからな。バペットは壁だしマヤは丸っきり後衛だ。どちらもお前向きじゃ無えや」
イラナとガリアが教育係を名乗り出た。バペットもマヤも異存は無いようだ。
「それじゃあ、早速ゴブリン狩りにでも行くか。ユージン、装備を付けてみな」
勇人はガリアの言葉に頷くと立ち上がって胴鎧、グリーブを身に着け、防塵手袋の上からガントレットを装着してヘルメットをかぶった。勇人の準備が出来たのを見て取って、「天使の羽根」のメンバーも席を立ち、全員で組合の外に出た。
途中の屋台で昼食用の屋台飯を思い思いに買い込み、南門に向かう。どうも最近のゴブリンの狩場は南門の近くに有るらしい。街道沿いに一時間ほど歩くと最初の村があった。村の広場で手早く昼食を済ますと、そこを通り越して更に南に十分ほど下った。
「随分遠くまで行くんだね」
「近場は領兵が間引いてるからな。ほとんど居ない」
勇人の問いにガリアが手短に答えた。
「C級以上はゴブリン、コボルトは原則狩猟禁止なんだぞ。リーダーやジェネラルなんてのは別だがな。緊急時、討伐依頼が有ったときと今みたいに新人の研修に付き合うとき以外は獲っちゃいけねぇんだ。報奨金も呉れねえぞ」
「だからD級で昇級を止めてしまう魔猟士が多いですのよ。一番楽してお金になるオーク、数で稼げるゴブリンとコボルトが獲り放題なのですわ」
「E、Fなら普通の獣も狩り放題だがオークは狩れないからな」
そんな話をしながら街道を右に逸れて森の中の踏み分け道へと入っていった。初夏の森は木々が生い茂り見通しは悪い。イラナが先行して十五メートルくらい先を歩き、勇人は自然とその後に続くようになった。他の面々は数メートルずつ遅れて一列になって進む。
しばらく歩いていると突然イラナがしゃがみ込み地面を調べ始めた。そして頷くと勇人の方を見て黙って手招きをした。勇人は静かにイラナに近寄る。
「見てみろ、これがゴブリンの足跡だ」
見ると裸足の子供のような足跡が在った。明らかに違うのは中指が明らかに長いところだ。間違えようはない。勇人は黙って頷いた。
「一匹だけだからハグレだ。足跡も新しいからすぐ先に居るぞ。オレのすぐ後について来い」
勇人がまた頷くとイラナはまた先に立って歩き始めた。五分ほど歩いただろうか。先にチラチラとゴブリンらしき姿が見えてきた。食べ物を捜しているらしく、右へ左へと落ち着きなく動きながら進んでいる。イラナは勇人を見て右手でゴブリンを指さし、左手を自分の首の前で横に引いた。間違えようもない「殺れ」の手サインだ。
勇人は右手に槍を出すとそっとゴブリンに近づいた。五メートルくらいまで近づいたときにゴブリンも勇人に気付き、振り返ると手に持った木の枝を振り上げて突進してきた。勇人は相手の胸のあたりを狙っていた槍の穂先を少し上げると間合いに入ったとたんに一歩前に出て左から右へ槍を振るように突きだす。喉が裂け、頸動脈が切れたのか首から血を噴き出しながらゴブリンは倒れた。
「やるじゃねえか。何で石弓を使わなかったんだ」
「ボルトは壊れやすいから、ゴブリンに使うのは勿体ないだろ。槍や剣で倒せるときにはそれを使うよ」
追いついてきたガリアの問いに勇人はそう答えた。
「まあ、確かにそうだな。壊れちまったら、儲けはねえや。左耳を切り取っておきな。それが討伐証明だ。取り忘れたらただ働きになっちまうよ」
そう言われて勇人はゴブリンの死体から左耳を切り取り、心臓の辺りから魔石を取って【亜空間庫】に居れた。
「皮膚の色も人と大して変わらないし、血も青くないんだね」
ゴブリンの容貌は老人のようで、大きな鼻と額の二本の小さな角が人ではないことを示していたが、皮膚は薄汚れていたものの日焼けした人の肌色と変わらず血も赤かった。身体には全く毛が無く、しかも全くの裸で、太い木の枝を「持ち手」の所だけ石で削ったような粗末な棍棒が唯一の持ち物と言ってよかった。
「あなたねえ、ゴブリンを何だと思っていらっしゃるのかしら。ゴブリンはサルが大昔に強力な魔素の影響で魔物になったと言うのが学者の言い分ですのよ。人が魔物化したって言う説もあるくらいで、人に似ているのは当たり前ですわ。他の魔物もそれぞれ元の動物から変化したって言われていますのよ」
「そうなんだ」
(なるほど。そう言うことやったんや。なら血も赤いし皮膚も動物や人の皮膚の色とそう変わらんわな。緑の皮膚とか青い血とか言うのんは話ん中だけやな)
「次、行くぞ」
イラナはみんなに声を掛けて先に立って歩きだした。他の者も先ほどのフォーメーションに戻って後に続く。三十分ほど歩いたときだった。イラナがまた立ち止まると地面を調べ、勇人を手招きした。勇人も同じように静かにイラナの所まで進む。
「何匹がわかるか」
その言葉に勇人は足跡を見た。
「ゴブリンが三匹。それともう一つ何か分からないけど大きい足跡が二種類ある。二匹に見えるけど・・・付き方からすると一匹だね。三匹が初めに通って、後から大きい奴」
イラナはその言葉に頷いた。
「大きいのはオークだぞ。四つ足で移動している。前足と後ろ足の特徴をよく覚えて置け」
大きい二種類の足跡の内でも特に大きい方が後ろ足、小さい方が前足だろう。後ろ足は蹄の跡が三つとその右側に小さい指の跡、前足の足跡には鉤状に五本の爪を持つ掌とその後方に突き出た長い突起が付いている。
(これで棍棒を握っとったんやな、まるでパンダの手みたいや。足跡やとこういう付き方になるんや)
暫く先に進むとお約束の「グギャ、グギャ」と言うゴブリンらしき声と豚の吠え越えのような「ビギー、ビギー」と言うオークの吠え声らしき声が聞こえてきて、先の木々がまばらになったところでゴブリンたちとオークが対峙していた。ゴブリンの一匹は奪ったか拾ったかしたのだろう、錆びついた剣を持っており、あと二匹は棍棒を持っていた。対するオークは棍棒というには長すぎる木の棒を振り回している。
勇人は石弓を出してオークを撃とうとしたが、イラナに制止された。
「成獣のオークは餌は食わねえぞ。あいつは進化寸前だ。進化すると身体が大きくなるから肉が必要になるんだ。古参のオークはお前の手に余るし、おまけにゴブリン三体も居る。不測の事態になり兼ね無えから手出しは待て。ゴブリンの集団での戦い方を見るのも役に立つぞ」
イラナにそう言われ、勇人も大人しく推移を見守る気になった。直ぐに残りの三名も追いついてきた。
五人で木陰から様子を見ていると真ん中で棍棒を持ったゴブリンが仁王立ちになり、後の二匹はオークを取り囲むように左右に分かれた。その直後真ん中の奴が棍棒を振り上げて前に進む。オークはそれを目掛けて突進し木の棒で横殴りに薙いだが、真ん中のゴブリンは敏捷に後ろに跳んでそれを避けた。
「あいつ、【俊敏】持ちだぞ」
イラナの押し殺した声が聞こえるか否かの内に剣を持ったゴブリンがスルスルと前に進み、オークの膝裏に切りかかった。もう一匹は反対側からオークの振り切った手を打ちに行き、正面のゴブリンも再度前に出るとオークの頭部に殴りかかった。
ゴブリンの力が強ければそれで勝負はついていただろう。残念ながら狙った膝裏はオークの厚い皮に阻まれて大した傷は付けられず、手を狙いに行ったゴブリンはオークが戻した木の棒に弾かれて数メートル先まで飛ばされた。頭部を狙った一撃も足裏を切られたオークが膝を突いて前のめりになるのを見越して後頭部を打つつもりだったのかオークの前で空振りしてしまい、足蹴にされてやはり数メートル飛ばされた。
オークは剣持ちのゴブリンに対峙し、再度棒を振るって横薙ぎに頭を狙う。ゴブリンは剣でそれを受けたが構わず降り抜かれた棒は剣ごとゴブリンの頭を叩き潰した。オークは倒れていた残り二匹のゴブリンに近づくとその胸を踏んで潰して回った。
このゴブリンたちは今の戦法で今までオークやそのほかの獣を倒してきていたのだろう。手馴れたやり方だった。ただ今回は進化間近のオークで、相手が悪かった。
「ゴブリンも作戦を立てるんだね。群れると厄介だ」
勇人は心底そう思った。
「なぜ魔物最弱のゴブリンが今まで生き残ってきたか少しはわかったかな。馬鹿にしてると反対に殺られるよ」
マヤの言葉に勇人は黙って頷くしかなかった。
「さて、オーク退治だ。彼奴は手ごわい、頑張れよ」
ガリアは事も無げに勇人にそう告げた。
(あんなんと正面からやるんかいな。しゃあないなあ)
勇人は石弓を取り出すとそっとオークを狙った。ボルトは過たずに一息ついているオークのこめかみに当たった。が三十メートルほど距離があって矢勢が落ちていたことと古参のオークで咄嗟に【剛力】で頭部を防御するだけの知恵があったことから致命傷には至っていない。
(少しくらいは動きが鈍うなるやろ)
勇人は右手を鑓に持ち替え、左手に短剣を出すと左に走って木陰から出た。開けたところで立ち止まりオークに対峙する。短剣はもしもの場合に【次元刀】を使うためのダミーだ。オークは勇人を見ると唸り声をあげて突進してきたが動きが少し鈍い。
(目論見どおりや)
勇人はオークの目の前にその頭ほどの石を落とした。それはオークの顔面にヒットし仰け反らせた。勇人は自分も走り出し、それとともに今度はオークの足元に先ほどの三倍以上ある大石を出した。顔面にダメージを受けて前が良く見えないオークはその大石に足を取られてうつ伏せに派手に転倒する。
勇人はその機を逃さずオークに走りよると槍で首筋を滅多突きにした。延髄と頸動脈を切られたオークは暫く藻掻いていたがやがて静かになった。
勇人はふっと一息付くとボルトを回収して、オークの死体を【亜空間庫】に入れ、三匹のゴブリンの左耳と魔石を取ってこれも【亜空間庫】に居れた。「天使の羽根」の四人が出てくる。
「なかなかの手際でしたわ。血抜きはどうされるのかしら」
「少し戻ったところに岩の出っ張りがあったからそこでやるよ」
バペットの問いかけにそう答えた勇人は踏み分け道を戻り始めた。あとの四人も興味深そうに後に続いた。
岩の露頭まで来ると勇人は昨日と同じように岩の上の端にオークを出し、足に縄をかけるとその端を適当な気に結び付けてからオークを落とした。それから内臓と血を抜く。今回は忘れずに魔石も回収した。
「なかなか考えたもんだね」
ガリアが感心したように言った。他の面々も頷いている。
勇人は黙って解体したオークを【亜空間庫】にしまうと天使の羽根の四人とともに領都に向けて出発した。無表情を装っていたが鼻の穴が広がって小鼻がヒクヒク動いていた。




