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075 値切りは浪速の華

更新は毎朝6時にしております

 朝五時に起きると裏庭で棒を振った。もう六年以上もやっていると習慣になっていてやらないと気持ちが悪い。


「おっ、早くから感心な奴だ。どれ、一つ手合わせ願おうか」


 後ろから突然そんな声が聞こえた。ヨエルだ。手には既に木剣を持っている。


 (用意の良えことで。しゃあないなあ)


「お手柔らかに頼むよ」


 二人向き合うと打ち合いを始めた。力では勇人の太刀打ちできる相手ではなかった。受け流し、いなして何とか耐えているというのが本当のところだ。結局三十分ほど打ち合ったが一本も取れず、打たれるばかりだった。


「【剛力】が使えねえんじゃ接近戦はあまり向かねえな。まあ暇があれば鍛えてはやるが他の方法を考えねえと魔猟士としては(つれ)えぞ」


「ああ。これは最後の手段だよ。一番の手段はこれだ」


 勇人はそう言うと【亜空間庫】から右手に石弓を出し、立木目掛けてボルトを放った。


「これで制圧して槍で止めってのが僕のやり方だよ」


「石弓か。二撃が効かねえのが難点だな」


「うん。今日はそのために武器屋に行くんだ。これを十丁くらい持ってればつるべ撃ちができるよ」


「なるほど、【虚空庫】に余裕があればそんなことも出来んな」


 ヨエルは感心したように言った。


「オーク二匹は余裕で入るからね」


「そりゃいいや。それだけで食ってけるぞ」


「でも、荷車代わりは嫌なんだよ」


「贅沢な奴だな。まあ人それぞれだからな。おっと、そろそろ朝飯の支度に戻らねえと、かかあにどやされる」


 ヨエルはぶつぶつ言いながら宿の方へ戻って行った。勇人も鍛錬を切り上げて水浴びをし、昨日借りた貸し手拭(てぬぐい)で身体を拭くと一旦部屋に戻った。武器、防具の他に買わなければならない物を頭の中のメモ帳に書き入れながら。


 タオル、は多分無いから手拭、二、三枚は要る。下着、靴下は言い訳が面倒だけど元の世界から持ってきた物を使おう。普段着、作務衣は魔猟士の時には良いけど普段は目立ちすぎる。寝袋やエアマット、エアビロウも一人のときは良いけど周りに人が居ると目立ちすぎるからこちらの世界の野営道具にしよう。鍋なんかもそうだな。紙と筆記具も欲しいな。考え出すと限がない。


 部屋に戻ると昨日言われたとおりに狩りに出る服に着替えた。下着の上に防刃ベスト、その上からカムフラージュに作務衣。下は作業ズボンに安全靴。頭には米軍も使っているというプラスチックヘルメット、カバー付き、手は防刃手袋だ。防刃ベストはもう少し良いのを買っておけば良かったと思った。まあ地震の際に魔物が襲ってくるなんてことは想定外だから仕方ない。


 六時半頃、朝食を食べに食堂に降りた。朝食は野菜サラダと具だくさんのスープにパンというメニューだった。ボリュームだけはある。生野菜は寄生虫や黴菌の心配があるがこの世界では一度【虚空庫】に入れることでそれらを除去している。水も同じだ。中世的な世界としては案外衛生的だ。感染症が猛威を振るうなんてことは考えなくても良いかも知れない。


 ゆっくりと食休みを取って七時半頃に宿を出た。五分で組合に着く。自分の方が「天使の羽根」の面々より早いと思っていたが、なんとそのうちの三人までが自分より早く来て朝食を摂っていた。


「ごめん。遅くなっちゃった」


 勇人が謝るとガリアは笑いながら言った。


「あたいらが早く来たんだから謝らなくていいよ。ここで朝飯を食うのが日課なんだ。イオナはまだ寝てる。あいつは朝飯を碌に食わねえからちっちゃいままなんだ」


「オレが大きくねえのと朝飯は関係()えぞ。あと『ちっちゃい』言うな」


 突然イオナの怒鳴り声がしてガリアが頭を押さえた。目にも止まらぬ速さで引っぱたかれたらしい。


「それじゃあ、全員揃ったようですし、朝食も頂いたから買い物に行きましょうよ」


 バペットの声を吉祥に三人は席を立ち食器を下げ、五人そろって組合を出た。


「ダビッドの店で良いだろう」


 ガリアが他のメンバーに同意を求めた。


「あそこなら武器、防具だけじゃなくって野営用品もそろうから良いと思うわ」


 バペットのその言葉に他のメンバーも不満はなさそうだ。五人はそのまま裏通りを二、三分歩き、それなりに大きいが大層古びた店の前に立った。看板に「ダビッド武器・防具店~野営用品も有ります~」と書かれている。ここがダビッドの店らしい。四人は扉を開けるとズカズカと店内に入っていった。勇人も慌ててその後に続く。


 店に入るとそこには所狭しと色々な武器が並べられていた。ついでにごつい親父が居る。たぶん店主のダビッドだろう。


「なんだ客かと思って出てきてみりゃ『天使の羽根』の値切りやどもか。帰れ帰れ、おめえたちじゃ商売に成んねえ。四人も雁首揃えて俺っちの店を潰すつもりか」


「まあ、そう言うなよ。今日はあたいたちの買い物じゃなくって新人魔猟士の道具揃えに来たんだ。快く迎えてやってくれよ」


「ああ、そいつ一人なら大歓迎だ。おめえたちは要らねえ」


 大層な出迎えだ。今までよっぽど値切ってきたのだろう。勇人は付いてきてもらう人を間違ったかなと考え始めた。


「で、坊主、なかなかごつい恰好をしてるが、何が必要なんだ。大抵の物は揃うぞ」


「こいつが必要なのは・・・」


「お前にゃ聞いてねえ」


 ガリアが何か言おうとしたが、ダビッドは一喝して睨みつけた。鬼の形相になっている。


「ぶ、武器と軽い防具、それに最低限の野営用品を」


 勇人は思わず噛んでしまった。恥ずかしさにちょっと顔が赤くなる。


「で、武器はどんなのを使うんだ」


「返しのひどくない短槍と石弓を十丁ほど。こんな感じのもので」


 そう言って愛用の六尺棒と石弓を出した。


「槍は切れる方が良いんだな。石弓は十丁も置いてないし、ここんところの改造も必要になるとすりゃあちょっと日にちがかかるぞ」


 ダビッドはぶつぶつと言いながら奥へ行くと、槍を三本と石弓を一丁持って帰ってきた。


「槍はこんな所だろうが気に入らなきゃあ他にもあるぞ。石弓はこの手が二丁あるだけだ」


 槍は穂先が三十センチから四十センチのもので、どれも扁平の両刃になっており、根元の方が少しスカートのように広がっているがそれから柄にかけてなだらかに細まっており、深く突き刺しても容易に引き抜ける構造になっていた。石突には金属がはめ込まれておりある程度穂先とのバランスも考えられている。


 石弓は形状こそ勇人が出したものとほぼ同じだが安全装置もボルトの保持機構も付いていない。


「値段は幾らかなあ」


「槍は穂先の短い方から三両、三両五分、四両だ。石弓はこの改造を特注するとして、一丁当たり二両だな」


「使い勝手を試してみてもいいかな」


「裏庭に試用場所があるからそこでなら良いぞ」


 その言葉で勇人はダビッドと共に裏庭に向かい、そのうしろを「天使の羽根」の連中がぞろぞろと付いていった。


 勇人はそれぞれの槍を形に従って振り回した後、穂先三十センチの槍で藁人形に切りつけたり突き刺したりを何度か繰り返した。次に石弓にボルトを装填して二度ほど弓用の的に打ち込んで調子を見、新しいボルトを装填するとそれを【亜空間庫】に入れた。


 まず自分の持っていた石弓を【亜空間庫】から落として撃ち、それを手放して下で【亜空間庫】で受けると同時に上から店売りの石弓を右手に落とした。石弓が手に当たると同時にボルトが石弓から外れ、引き金が勝手に絞られて危うく空撃ちをしそうになった。


「ひえっ。危うく空撃ちしちまうところだったよ。やっぱり改造は必要だな」


 そう言って勇人は石弓の弦をゆっくりと待機位置に戻した。エラドが作った石弓もそうだったが、発射装置は引き金ではなくて右手で握り込むようになっている。そのため右掌に落ちたときに掌で引き手を持ち上げてしまい意図しない発射が起こってしまうのだ。これでは幾ら速射が出来ても命中は覚束ないし、空撃ちになれば弦が切れてしまう。


「坊主、決まったか」


「九丁頼むとして石弓が出来るのはいつごろになるかな」


「二十日後だな」


「最初の一丁を四日後、それから二日毎に一丁って出来るか」


「それなら何とかなるぞ」


「それじゃあ、値段のことは後にして一応槍はこの真ん中の刃先一尺のもの、

石弓は僕のと同じ改造をしたものを九丁買う方向で考えるよ。次に防具なんだけど、胴鎧とグリーブ、ガントレットが欲しいんだ。なるべく音がしない軽いもので」


「魔猟士なら基本皮鎧だな。金属より遥かに軽いから長時間歩き回るのには向いてる。ただ防御力は期待できねえぞ。二階へ来な」


 ダビッドは二階への階段を指さすと勝手に上りだした。全員がまたもぞろぞろとその後を追う。二階には所狭しと防具が並んでいた。ダビッドは勇人の身体を上から下までまるで食材を吟味する料理人のようにじっくり吟味すると二階の彼方此方を回って防具を集めてきた。


「おめえの体格に合うやつを見繕ってきた。胴鎧はこれだ。胸部と腹部は山トカゲの皮でできてる。肩当ては牛の固皮製、首周りは鉄を厚手の布で包んだカラーが付いている。ここは前開きだから夏でも少しはましだ。


 グリーブとガントレットは鉄製だがこれも厚手の布で包んである。重いが手足を持っていかれるよりはいいだろう。ガントレットの手の部分は皮製だが親指と人差し指だけは鉄で保護してある。対人戦の場合槍持ちの急所の一つだからな。鎧は四両、ガントレットとグリーブはそれぞれ二両だ」


「ダビッドさんが選んだんだ。それで良いよ。あとは野営用の雑貨だね」


「そいつは三階だ」


 全員はまた三階に上がった。


「欲しいのは、テント、毛布、雨具、浅いなべか深い蓋つきのフライパン、ランプ、着火具、水筒ぐらいかな」


「ソロでやるんなら結界石も買っときな」


 ガリアが口を挟んだ。本当に久しぶりだ。


「磁石とこの辺りの地図も要るぞ」


「ヘアブラシと歯磨きセット、それに手拭は必需品よ。石鹸も欲しいわね」


「わたしは非常食をお勧めするわ」


「客じゃねえ奴はごちゃごちゃ言うな。鉄鍋は(たけ)えから【虚空庫】に余裕があるんなら土鍋にしときな。ナイフは持ってんのか」


 ダビッドが怒鳴ると「天使の羽根」の面々はてんでに明後日の方を見て何も言わなかったような顔をした。イラナなど口笛を吹いているが音が出ていない。


「みんなが言った物は全部買うよ。ナイフは持ってる」


 勇人は【亜空間庫】からサバイバルナイフを取り出して見せた。


「そんなナイフは良過ぎらあ。包丁代わりのナイフは別に持っとけ」


 ダビッドから変なダメ出しを受けて勇人は仕方なく頷いた。ダビッドは手早く話に出たものを集めてゆく。結構な量だ。


「占めて銀貨六枚だな」


「鉄を使ってるのはナイフくらいだからな。あとは銅と木と土で、手間賃だけだ」


「締めて幾らになる」


 ダビッドは暫く中を見てぶつぶつ言ったのちに答えた。


「三十両一分だ」


「高いなあ。新人魔猟士にはつらい金額だよ。新人価格ってことで十五両にしてよ。今後は贔屓にするからさぁ」


「バカ言うんじゃねえ。そんなに負けたら儲けが無えどころか赤字になっちまわぁ。新人価格ってことで一割引きにして二十七両だな」


「石弓なんて買う人いないだろう。それが九丁まとめてなんて、職人さんにとっても臨時収入みたいなものだし、安全装置やボルトの保持機構なんて新しい技術も手に入るんだから、二十両でも長い目で見れば損はないよねぇ」


「おめえも値引き魔か。二十五両。これ以上は負けらんねえ」


「じゃあ石弓一丁につきおまけでボルト五本付けてくれたら手を打つよ」


「ボルト三本だ」


「仕方ないなあ。二十五両とボルト二十七本で商談成立だね」


「そうなるな」


 勇人の念押しにダビッドは苦い顔で応じた。


「じゃあ、今日は十六両、後は石弓の受け取り毎に一両支払うよ」


 その言葉にチッと言う舌打ちの音がした。


「ガキだと思って少し舐めてたな。付き添いの『天使の羽根』よりアコギじゃねえか」


「だから最初にあたいが話そうって思ったのに、おめえがそれを止めたんだろ。よし、みんな組合に帰るよ」


 そう言ってガリアは先に立って店を出てしまった。「天使の羽根」のメンバーもそれに続く。


「じゃあ、四日後にまたくるから」


 勇人がそう言って後に続こうとするとダビッドがそれに答えた。


「坊主、何か足りねえものが有ったら相談しろ。ぴったりの奴を見繕ってやるからな」


 ダビッドは笑っている。商売人だ。勇人もにこっと笑って店を後にした。

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