074 宿の受付が幼女なのはテンプレですか
勇人はその足でサミュエル商会を訪問した。
「ユージン、待ってましたよ。登録は上手く行きましたか」
サミュエルからそう問われて、これまでの経緯を簡単に話した。但しオークの解体については正直に話すと【そこまでドア】の秘密をばらしてしまうことになるので、全部河原で行ったことにした。
「それは初日から大変でしたね。でも『天使の羽根』と知り合いになれて、おまけにそこに加えて貰えるなんて随分幸運に恵まれたものです。あの分隊はこの街では一、二を争う有名分隊なんですよ」
それからサミュエルは「天使の羽根」を手放しで褒めた。
「それで、『宿は豊穣の森にしろ』とか、『明日、武器屋に連れて行ってやる』とか言われてるんですけど、どうしようかと思って」
勇人は遠慮がちにそう付け加えた。
「良いじゃないですか。『豊穣の森』は魔猟士の間では有名な宿ですし、武器屋についても私が案内するよりはよっぽど確かな店に連れて行って呉れると思いますよ」
「そうなんだ。それじゃ明日は『天使の羽根』に付いて行くことにするよ」
サミュエルが手放しで賛成してくれたことに安堵しながら勇人はそう答えた。そこでふと思い出したことがある。
「ところで、サミュエルさん、線香はうまくいってるの」
途端にサミュエルの顔が曇る。
「線香を渦巻にして長い間燃え続けるようにして、一応商品として売り出せるようにはなったんですがね。貴族様も各教会も話さえ聞いてくれないんですよ。領主館にも大聖堂にも話を持って行ったんですがねぇ」
(あっ、これ遣り方を全然間違えとるわ)
「サミュエルさん、線香を使う貴族や教会ってどんなところだと思ってるの」
「そりゃあ、あれだけ便利な物なんですから、領主様やその上級使用人、雇われ貴族、上から下までの教会、大小の商家。誰だって余裕さえあれば使うでしょう」
「それ、少し違うと思うよ。例えば領主様や大聖堂なんて人手が余ってるでしょう。そう言う所は香を焚くのに人手を使うことがステータスなんじゃないかなぁ」
「なるほど。そういう考え方もありますね。では中小貴族様や商店主、小さな教会に売り込んでみますか」
「それもちょっと違うと思う。そういう所で買うかどうかを決めるのは貴族、司祭、商店主本人でしょ。そういう人たちってそれなりにプライドが高いからサミュエルさんから人手が省けますよって売り込んでも自分の所の人手で間に合ってるからって買わないんじゃないかな」
「そう言う所にどうやって買わせるんですか」
「まず小さい教会を幾つか選んでまとまった量を寄付するのはどうかな。そういう所ってたぶん香を焚いているのは一番下っ端の僧侶で、しかも一人かせいぜい二人くらいで回してるんじゃないの」
「そうでしょうね」
「だったら寄付された線香を使ってみようって考えるのはそう言う人だよね。で、使ってみて楽ができたら少し上の日用品の購入を任されてる僧侶に線香を買ってくれって頼み込むんじゃないかなぁ。それで継続的にその教会で使い始める」
「なるほど。そういう教会に礼拝に来るのは中小の商人か貴族。自分の所も見栄は張りたいけど人手は勿体ないって考えてますからそれを見て購買意欲が沸いて、下っ端の僧侶に入手先をそれとなく聞くってことですね」
「そういうことがあるかも知れないよ」
「やってみましょう」
「同じようにサミュエルさん自身も同輩の商人と商談をするときに見えるところで使うといいかも」
「それもそうですね。私自身が何となく線香を使うのが恥ずかしい気がして見えないところで焚いていました。これじゃあ売れないはずです」
「そうだよ。自分の商品に自分が自信を持たなくってどうするの。それともう一つ線香には別の使い道もあるんだ。」
「それはどんな使い道でしょう」
「上の世界ではこっちの方が主流だったかも知れないんだけど、虫よけに使うんだ。香料の代わりか香料と共にでもいいんだけど、虫よけに使ってる花が有るでしょ、あれを刻んで線香の元と混ぜ合わせれば虫よけ線香が出来るよ。
こっちじゃ何て言うか知らないけど、上の世界でシロバナムシヨケギクって言われてた植物ならこっちで使ってるのも見たよ。でもすぐ燃えてしまうから長持ちしないんだ。それで線香にすれば長持ちするから買う人もあるんじゃないかな。今言った花の他にも虫を殺す成分を含んだ花はあるし」
これも勇人が子供の線香作りの自由研究のときに調べたことだ。もっとも作っていないので植物のどこを使うのかまでは知らない。それはサミュエルに丸投げだ。
「なるほど、良いことを教えてもらいました。これに幾ら払いましょうか」
「アフターサービスの独り言みたいなものだし、支払いはいいよ」
「そう言う訳にもいかないのですよ、商人の矜持としてね」
「上手く行くとも限らないし・・・じゃあ貸しにしといてよ」
「わかりました。勇人に借り一つとしましょう」
勇人としては早めに宿を取りたかったので、そう言って話はそれくらいで打ち切り、ガリアに書いて貰った地図を片手に宿屋「豊穣の森」に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「豊穣の森」は魔猟士組合から二つ奥に入った通りにあった。組合まで五分ほどの距離だ。何の変哲もない宿屋で入り口近くに木らしきものの絵と宿屋を表す家の印が描かれた看板がぶら下がっていた。
扉を開けると真正面が受付カウンターになっていて、五歳くらいな女の子がカウンターからほぼ顔だけ覗かせた状態で座っていた。たぶん受付嬢なのだろう。
(うん。異世界テンプレや、あるあるや、お約束や。ケモミミ無いけど)
「いらっちゃ、さいませ。ご休憩ですか、お泊りですか」
(噛んだ・・・ご休憩て、どこのラブホや)
見ると女の子は赤くなっている。噛んだのが恥ずかしいのだろう。
「と、泊りたいんだけど」
(しもた。つられてもた)
「お泊りですね。一泊素泊まりで三百文、朝食は三十文、夕食は七十文です」
「一泊二食付きで四百文だね。取り合えず九日頼むよ」
勇人は少し意地悪がしてみたくなって、カウンターに銀貨四枚を置いた。
「ご宿泊ありがとうございまちゅ。十日前払い頂くと宿泊費五分引きになりまちゅがどういたちまちょうか」
もう噛み噛みである。真っ赤になって頑張っている。
「じゃあ二食付き十日で」
「お釣りは百五十文になります。宿帳にご記入をおねがいします」
女の子はそう言って銀貨をカウンターの下に仕舞うと穴銀一枚と銅貨五枚を出し、宿帳と共に勇人の方に押し出した。もう噛んでいないし顔も赤くない。
(ありゃあ。この子のほうが一枚上手やったんか。うまいこと一日余分に泊まらされたわ)
勇人はお釣りを【亜空間庫】に入れると筆記具を取って宿帳に「ユージン、魔猟士」と記入した。
「魔猟士組合の組合員証を拝見します」
勇人は言われるままに組合員証を提示する。
「駄目ですよ。言われたからって不用心に組合員証を出しては。宿屋ではそんな要求はされませんから」
「そ、そうなのか」
そのとき奥から大声が聞こえた。
「ディナ、また新人魔猟士を甚振ってんのか。いい加減にしとけよ、客が逃げるじゃねえか」
「だってお前さん、田舎からぽっと出の新人に都会での心得を教えてやんなきゃいずれは困ることになるだろ。教育だよ、教育」
そう言っている間に背は低いががっしりした体格の男が奥から現れた。
「おお、兄ちゃん、ユージンてぇのか。俺はここの亭主のヨエルってんだ。この性悪女の亭主でもある」
ヨエルは宿帳を覗くとそう言って豪快に笑った。妻のディナと呼ばれた女は椅子から立ち上がった。女性としては低い方だがそこそこの上背がある。
「こいつはな、わざと低い椅子に座って、自分を五歳くらいのガキに見せて初めての客を揶揄うのが趣味なんだよ。許してやってくれや。それでこの宿に来たのは誰かの紹介か」
「ああ『天使の羽根』のガリアがここが良いって言ってくれた」
「あいつの紹介か。じゃあ間違いねえ客だな」
「うん。いろいろ在って暫く『天使の羽根』に入れてもらうことになった」
「ほお。あいつらが男をねぇ。まあお前さんに押し倒されるような奴は居ねえわな。せいぜい押し倒されねえように気を付けな」
ヨエルはまた豪快に笑うと奥に入ってしまった。
「あたいらは山人なんだよ。このごろはドワーフなんて言い方も流行ってきてるらしいけどね。ここいらにはびこってる野人より少し小さいけど力は強いし【剛力】の加護も大きいから喧嘩じゃ負けねえよ」
「『天使の羽根』のマヤも山人なのかなぁ」
「ははは。あれはチビなだけさ。野人だよ。それはそうとお前さんの部屋は三階の三〇五号室だ。表向きじゃないけど南向きの角部屋だからいい部屋だよ。お湯は桶一杯で十文、貸しタオル、貸し桶も十文。水浴びがしたけりゃ裏庭に井戸がある。ほれ鍵だ」
ディナは一気にそこまで言うと鍵を放って寄こした。勇人はそれを受け止めると後ろ手に手を振って階段に向かった。
「晩飯は右手の食堂で六時から八時の間、朝飯は五時から九時までだ。夜は飲み客もいるから少し煩いよ。あまり煩い奴は亭主が叩き出すけどね」
あとから言葉が追いかけてきた。
部屋に入って一休みすると井戸端で水を浴び、その後お湯を貰って身体を拭いた。オーク二頭の解体をし、組合の訓練場で二戦するという充実した日だったので汚れを落とせるのは心底嬉しかった。
そのあと七時から夕食を摂りに食堂に降りた。なるほど魔猟士らしい者たちが彼方此方で屯して盃を傾けている。思ったほど煩くないのは亭主の御威光の賜物だろう。夕食は温野菜とオークのシチューにパンが付いていた。パンはお代わり自由とのことだったが勇人には一つで十分だった。オークはイノシシやシカに比べると遥かに美味いという話だったのだが、勇人には言われたほど美味いとは思えなかった。
(身体ん中に魔力があるかどうか言う違いなんかなあ)
食事を終えると早々に部屋に戻り、少し早いがベッドに入った。すぐに眠りが訪れた。




