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072 漢前なお姉様に囲われた

 勇人を囲んだ男のうち、真ん前に立った一人がリーダーらしく、勇人に話しかけてきた。


「おい、新入り。俺たちの分隊に入れや。俺たちはC級の『餓狼の群れ』ってえ分隊だ。一人前の魔猟士に鍛えてやるぜ」


 如何にも強そうではあるがあまりお友達にはなりたくない雰囲気が漂っている。


 (あちゃー、ここでお約束が来るんか。十中八九、ワイの【亜空間庫】狙いやなぁ)


「僕は当面ソロでやる積りだから、遠慮するよ」


 そう答えて出ようとすると、もう一組現れた。


「いや。此奴らより俺たちの方が良いぞ。『剛腕の黒熊』ってんだ。ここのC級じゃ此奴らよりずっと古参だ」


 (いやいや、C級で古参って永いことB級に上がれてないってことやんか。それ自慢するようなことかいなぁ。古参の准尉か曹長やったら下士官のトップやし自慢しても良えけど、古参の三等軍曹は二等にもなれんとくすぶってんのやから自慢したらあかんて)


「だから、ソロでやるって言ってるんだよ。僕は一人でオーク二匹を狩ったんだ。鍛えて貰わなくても十分力はあるよ」


「それが怪しいってんだよ。オークはC級の魔物だぞ。C級の分隊で狩る獲物だ。F級の生っ白(なまっちろ)いガキが一人で二頭も倒せるもんじゃねえ」


 (ワイ、生っ白くはないんやけどなぁ)


「そうだ。拾ってきたのか、誰かのを騙し取ったのか、何か知らねえが不正を働いたに違ぇねえ」


「自分で獲ったってんなら、実力を見てやるから裏の訓練場へ来い」


「あんたらに僕の実力を示す必要もないし、あんたらにしたってそんな権限はないだろう。もう放っといてくれよ」


 そんなやり取りをしているうちに段々と周囲がむさ苦しい男たちに囲まれてゆく。もう二進も三進も行かなくなってきた。


 (そや、こんな時こそ組合の裁定や)


 勇人は縋るように受付嬢を見た。受付嬢はその意図を察したらしくあわてて二階へと上がっていった。暫くすると貫禄のある中年の男が階段を降りてきた。あとから受付嬢が付いてきている。


「お前が新入りのユージンか。わしは組合長のザミールじゃ。何か揉めておるのう。受付の話だと裁定委員がでるまでもないじゃろう。わしの裁定がいるか」


「お願いします」


 組合長の問いかけに、勇人は渡りに舟とそう答えた。


「ふむ。面白そうじゃ。ユージンとやら、一番最初に声を掛けたラビブと一丁やって見い」


 勇人の思惑は大きく外れた。組合長はニヤニヤと笑っている。


 (こいつ、よっぽど暇しとったな。見とれ、いずれギャン言わせたる)


 組合長の裁定に同意した以上仕方がない。勇人はその後について裏手の訓練場に入った。後ろからは対戦相手のラビブとその仲間、そして勇人の周りを囲んでいた者たちがゾロゾロと続く。


 ラビブは訓練場に入ると棒の立ててある樽の中から上が赤く塗られたものを無造作に一本取り出した。


「組合長さんよ。ルールはどうなるんだ」


「う、そうじゃの。得物は何を使っても良い。怪我くらいはさせてもやむを得んが、殺しちゃいかん。これは状況によっては組合追放じゃ。相手が気絶、戦闘不能、降参の意思表示のどれかがあった場合は勝負ありとする。こんなもので良かろう」


「それで,勝った場合はどうするんだ」


「お前さんが勝てばユージンはお前さんの分隊に入る。期間は最低一月、後は本人次第じゃ。ユージンが勝てばお前さんの分隊は迷惑料として金六両を払う。二月分の生活費相当額じゃ。これくらいは持って居ろう」


「そ、それくらいは持ってるぜ」


「それではここに出すのじゃ。勝敗が決まるまでわしが預かる」


 ラビブは銀貨も含めてごちゃごちゃと金を出したが三両ちょっとしかなかった。


「金が出せんのではおぬしの不戦敗じゃな」


「待ってくれ。お前たちあと三両何とかしてくれ」


 ラビブは自分の分隊仲間に声を掛けた。分隊仲間たちは顔を見合わせたがここで出さなければ物笑いの種になる。仕方なく一両ずつ出し合い三両にして組合長に渡した。


「ユージンとやらもこれで良かろう」


 (何が「よかろう」や。「ういろう」は好物やけど、「よかろう」は大きなお世話や)


「俺の獲物は【虚空庫】に入ってるがそれを使っちゃおめえの命にかかわるからな。槍代わりにさっき取ったこれで相手するぜ。お前は自分の得物を使って見せな」


 (こいつ、ワイを舐めすぎやで)


「それじゃそうさせて貰うよ」


 勇人は組合長の言葉を無視し、ラビブに答えることで戦闘の意思を伝えると【亜空間庫】から六尺棒を取り出した。


 二人は五メートルほどの間合いで立ち、向かい合う。ラビブは棒を勇人の正面に向けて腰を落とし、槍を突き出す構えを見せた。


 (あっ、こいつ魔物狩りは沢山やったんやろけど、対人戦闘はあんまり経験有らへんな。人はオークと違うて真っ直ぐには向こうて行かへんのやでぇ)


 勇人は両手で六尺棒を体の左側から右斜め上に構え、そのままスルスルとラビブに近寄った。ラビブの槍の間合いに入ったところで突き出されたその槍を六尺棒で左にいなし、更に槍の内側に入ると既にそのとき右手には【亜空間庫】から出した石弓が握られていた。それを右手一本で扱い、相手の左腕に押し当てると遠慮なく引き金を引いた。ギャッと言うラビぶの悲鳴が訓練場に響く。


 勇人はそれに構うことなく、用がなくなった石弓を落としながら【亜空間庫】に収納し、右手で相手の襟を掴んで押し、同時に左手で握った六尺棒を相手の槍に絡めて引き、右足で相手の両足を刈るようにはねてそのまま押し倒した。その直後に右手に【亜空間庫】からナイフを落とし、それを相手の首筋に押し当てた。


「勝負有りじゃ。ラビブの戦闘力喪失と認める」


その言葉に勇人は相手から離れて立ち上がった。数メートル先の地面に突き刺さったボルトを抜いて【亜空間庫】に放り込むと、石弓と新しいボルトとを取り出し再装填する。ラビブは地面をのた打ち回ってうめき声をあげている。勇人は腕の真ん中を射ると腕を貫通して使い物にならなくしてしまうかもと思いかなり外したところを撃ったつもりだったが予想より内側だったらしく、肉が相当削れていた。


 (こら治るのに時間かかりそうやなぁ)


 そう思いながら組合長のところへ行き黙って手を出した。組合長から意外な言葉が飛び出した。


「なあ、ユージンとやら。お前さんの手の意味は十分に判っておるんじゃが、この六両は諦めてくれんかのう。あの傷では一月は仕事にならんじゃろう。治療費も要るし、その間の生活費も要るでのう」


「組合長さん、僕はこんな勝負はやりたくなかったんだよ。それを無理やりやらせるように持って行ったのはあんたの裁定だろ。それを僕が勝ったら無かったことにしてくれって虫が良すぎるんじゃないの。どうしても治療費や生活費の面倒をみてやりたいって思うんなら、組合の資金か、あんたのポケットマネーで出すのが筋じゃないかなあ。あんたも組合の頭なんだからそれくらいのポケットマネーは有るだろう」


 組合長は勇人の言葉に苦い顔をした。勇人を若造と見て、自分の言葉なら何でも通ると思っていたのだろう。だがここで引いては権威が地に落ちる。


「ここでわしが金を出すと、悪しき慣例が出来てしまうんじゃ。お前さんがすっぱり諦めてくれればお前さんの漢も上がるじゃろうて」


「勝った方が負けた方にケガさせた場合には掛け金を諦めさせるってのは悪しき習慣じゃないのかな」


 苦し紛れの言い訳は勇人から切り返されてしまった。そこでつい本音が出てしまう。


「それはそうなんじゃが、奴らはこれまで組合に貢献してくれたからのう。放り出す訳にも行かんのじゃよ」


「ふうん。負けた方はこれまでの貢献度大。勝った方は海の物とも山の物ともつかないF級の成り立て。組合にとって利益の大きい方の肩を持つのが裁定なんだね」


「まあ、世の中そういうものじゃ」


「理解はしたよ。でも金は貰う。やつらの治療費や生活費は組合が貸せば良い。そういう仕組みがないんならあんたが貸せば良いんだ。それもできないって言うんなら臨時組合費を徴収するかい、『C級の猛者がF級のペイペイに勝負で負けてケガしたんでその治療費と生活費として』ってね。さぞあんたの株が上がるだろうね」


 組合長は真っ赤な顔をしている。痛いところを突かれっぱなしだからだろう。勇人は手を出したまま、組合長は金を握ったままで事態は硬直してしまった。


「おいおい、いい加減にしな。その金あたいらが貸してやるよ」


 気風の良い啖呵がその場を切り裂いた。勇人が思わず声の方を見ると歳の頃は二十台後半、すらりとした体形に長い金髪を一つに括った美女が両手を腰に当てて立っていた。その周りには同じくらいな歳の頃の女性が三人思い思いの格好で立っている。声を上げた女性は真剣な顔をしているが残りの三人は含み笑いをして、またかと言う目でその女性を見ていた。


 周囲から「天使の羽根」だ、とかガリアだとか言う声が聞こえてくる。どうも「天使の羽根」という分隊のガリアという隊員らしい。しかも他の三人の様子を見るとどうも分隊長のようだ。


「それで収まるんだろ。但し利息は頂くよ。月一割だ。返済期限は二か月猶予の毎月末金貨一枚プラス利息。妥当なところだろう。もう一つ、ユージン、一つ手合わせをお願いしたい。さっきの試合を見る限り対人戦闘は心得てるようだね。あたいはガリアってんだけど、対人戦闘が出来るやつをみると無性に手合わせしたくなるんだ」


「で、勝ったらあんたらの分隊に入るのかい。僕はソロが良いんだからそれは御免だよ」


 勇人の言葉に何を思ったのかガリアはつかつかと勇人に近づいてきた。そして勇人の前に立つと腰を少しかがめて耳打ちをしてきたのだ。


「あんた、このままじゃここに顔を出す度に絡まれて同じ目に会うよ。でもあたいに負けてあたいらの分隊に所属しとけばもう絡まれることはないさ。これでもあたいらはB級の分隊だ。その隊員にちょっかい出す奴はいないさ。


 それと「天使の羽根」は女だけの分隊だ。全員の同意で男は入れないってことにしている。今回形だけは所属にするけどソロでやりたければやれば良い。それに良いことだってあるよ。F級はソロじゃオークを狩れないけどあたいらの分隊員になれば狩り放題だ」


 (あ、天使言うてるけど、氏神様やったんか。せやけど癪やんか)


「僕が負けるとは限らないじゃないか」


「ははは。あたいに勝つ気かい。良いねえ。ハンディをやるよ」


 そう言うとガリアは背を伸ばし大声で宣言した。


「ユージンは何を使っても良い。あたいは模擬槍の棒だ。地面に直径四尺の縁を描いてそこから一歩でも出たらあたいの負けで良い。負けたら素直に金六両を払うよ。そのかわり勝ったらユージンはあたいらの分隊に所属する。あとの勝ち負けの条件はさっきと一緒だ」


 ガリアはラビブが落としたままになっていた棒を拾うと地面にそれでおおよそ直径百二十センチの円を描き、その中に立って棒を体の右から左上へと斜めに構えた。勇人も今度は三メートルぐらい離れた位置で同じ構えで立った。


 勇人はスッと前に出て面を取りにいったがガリアに跳ね上げられた。これはフェイントで、勇人はその反動を利用して石突の部分を前に出し下から振り上げ、鳩尾を突きに行った。


 ガリアが左に体を躱してその突きを避け、反対に上から棒を振り下ろしてきたので勇人は槍の間合いの内側に飛び込み、六尺棒を手放すと相手の棒を振り下ろしてきた腕を左手でつかんで手前に引き右手で襟をつかんで前に押すと右足を相手の股の間に入れてその右足を絡め後ろに押し倒そうとした。柔道の小内刈りみたいな技だ。


 これで倒せると思ったのだがガリアは全く崩れず勇人の方が体勢の崩れたところを上から押しつぶされて地面に這いつくばることになった。


「参った」


 勇人はそう言うしかなかった。あの体幹の強さは並ではない。何年にもわたって鍛え上げ、それに【剛力】を上乗せしているのだろう。つくづく魔法の使えない自分では直接戦闘は無理だと感じた。


「ほら、(じじい)、金貨六枚だ。そっちの金は貰うぞ。痩せ狼の奴らには金を渡す前に証文をきっちりとれよ。明日には受け取りに来るからな。それとこいつはたった今から『天使の羽根』の隊員だ。届を用意しといてくれ」


 ガリアはあっけにとられている組合長に金貨を渡すとラビブたちの金が入った袋をひったくりそれを勇人に渡した。


「おまえなかなかやるが、【剛力】は苦手みたいだな。間接攻撃主体で行った方が良いぞ。それとなぜ石弓を使わなかったんだ」


「あれは元々初見殺しの必殺技。魔物や獣ならいざ知らず、歴戦のあんた相手に二度目は使えっこないよ」


「ふふん。賢いな。来な、仲間に会わせるよ」


 そう言うとガリアは後ろも見ずに出口の方へ歩き出す。勇人は仕方なくその後を追った。

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