071 お約束は突然に
翌日勇人は朝食を食べると早速サミュエル商会を訪問した。サミュエルは少し疲れた顔で店先で差配をしていたが、勇人を見ると話しかけてきた。
「ユージン、昨日はゆっくり眠れましたか。今日は手が空き次第魔猟士組合に案内するつもりですが、まず私の家族を紹介しましょう」
「良い宿を紹介してくれてありがとう。風呂にゆっくり浸かれて旅の疲れもとれたし、夕食も美味しかったしで本当に久しぶりで人の住まいらしい一晩を過ごせたよ」
「ははは。孤児院だとそうは行きませんからね」
サミュエルは冗談めかして返すと店の奥にある住居へと通じる扉を開け、中に向かって声を掛けた。
「エステル、チャヤ、こちらへ来てくれませんか。ユージンが来たので紹介しますから」
それから間もなく二十代前半の女性と三歳前後の女の子が住いの扉を開けて出てきた。
「妻のエステルと娘のチャヤです。こちらが前から話しているユージンですよ」
「妻のエステルです。よろしくお願いします」
エステルは少し頭を下げて挨拶をした。勇人も慌てて挨拶を返す。チャヤの方は母親の後ろに隠れてしまった。勇人はしゃがみ込んで目の高さを合わせると優しく声を掛けた。
「お父さんの知り合いのユージンだよ。宜しくね」
「チャヤよ」
それを聞いてニコリと笑いかけてから勇人は立ち上がった。良く見るとエステルの顔は艶々としている。若さからだけではなさそうだ。サミュエルが朝から疲れた顔なのはこれが原因か、そう思うとサミュエルに少し同情し、同時に可笑しくもあり、その顔を見やって思わずニッコリとしてしまった。サミュエルはその意味に気が付いたのだろう、わざと顔を背けているが耳のあたりが心なしか赤い。
「で、では早速魔猟士組合に行きましょうか」
「いや、場所を教えてくれれば一人で行くつもりだよ。保護者同伴なんて馬鹿にされる種を振り撒いてるようなもんだからね。それに今日は行かないつもりなんだ」
サミュエルは怪訝な顔をした。
「昨日、オークを二匹狩っただろ。でもそのまま【虚空庫】に入れたから血抜きもしてないし、内臓もそのままなんだ。昨日の話じゃこれでは買って貰えないんだよね。だから今日はその処理をして、夕方までに組合に行ければ良し、だめなら明日にしようと思うんだ」
「それも、そうですね」
勇人の言葉にサミュエルも納得顔になり、魔猟士組合の位置を教えてくれた。
「ついでに知り合いに武器、防具店があれば紹介してもらいたいんだけど」
「そこは私が付いて行った方が何かと便宜を図ってくれそうなんで私も同行しましょう。組合で登録ができたら一度こちらに立ち寄ってください」
それについてはサミュエルの言葉に甘えることにして、勇人はサミュエル商会を辞して大通りに出た。そこからなら城壁越しに多少は外の様子が見える。北西方向にそれなりの高さのある山が見えた。
領都には東西と南にそれぞれ城門がある。昨日入ってきたのは東門からだ。勇人は西門を目指した。少し離れたところから西門の様子を見ると門衛は昨日の人ではなかった。出てゆく人も特に身分証明になるようなものを見せている様子はない。怪しい奴が入らなければそれで良いという考えなのだろう。勇人はゆっくりと西門へと歩き、外へ向かう人に紛れるようにして領都の外に出た。
二百メートルほど先の小藪から先ほどの山を見ると岩の露頭が多いところがある。勇人は周囲に人の目がないことを確認してから【そこまでドア】で岩の露頭のところまで飛んだ。
血抜きなどに適当な場所を見つけるのに暫く時間が掛ったが、岩の露頭の向こうに太い木があるところを見つけ、露頭の上にオークを出すとその後ろ足と太い木をロープで結び、オークを露頭から落とした。その下に【次元刀】と【亜空間庫】を使って穴をあけ、宙吊りになったオークの頸動脈を切り、腹を裂いて血と内臓とを抜いて行く。二時間くらいでその作業を終えた。もう一頭も同じように処理する。要領が良くなったので二度目の作業は一時間半くらいで終わった。
それから穴を埋めてロープを回収し、【そこまでドア】で、今度は領都の南を流れる川縁に飛んだ。そこでオーク二頭を川に沈める。そこで三時間ほど時間を潰し、その間に宿で作ってもらった弁当で昼食をとった。その後オークを【亜空間庫】に収納して街道に戻ると西門へと向かった。
西門の門衛は午前中と同じだった。勇人は何食わぬ顔で離村許可証を見せて街の中に入り、組合を目指した。
組合の建物は南門のすぐ近くにある。【虚空庫】に余裕のない魔猟士が荷車などで獲物を運んでくることがあるためわざと門の近くに建てられているのだ。魔猟士が獲物をむき出しのままで東西の門から入ろうとすると入門を断られ、南門に回るように言われるらしい。
この辺りの建物と同じく土で作ったレンガを積んだ建物で両開きの扉が入口となっていた。勇人がその扉を押して中に入ると、左手が受付カウンターらしく受付嬢が一人暇そうに席についている。右手は飲食スペースになっており、仕事開けなのか仕事を休んでいるのか結構な数の者が、一人であるいは数人で飲食していた。正面に奥に入る出入口、正面右手には依頼書を張り出す場所らしい掲示板があり何枚か依頼書がピンで留められていた。そして勇人が入口から入ると同時に、中に居た者が一斉に彼に目を向ける。
(お約束のあれやな)
勇人はそう思い、注がれる視線を無視して左手にあるカウンターへ向かった。昼下がりの早い時期だったためかカウンターに客はおらず、受付も一人で相当眠そうだった。受付は他にもあるのに一人なのは、暇な時間帯に休憩を取ったり交代で昼食を摂ったりしているのだろう。勇人は受付の女性の前に立った。
「ご用件は何でしょうか」
「魔猟士組合に登録したいのと、ここに来る途中オーク二匹を狩ったんでそれを売りたいんだけど、どちらを先にしたら良いのかな」
その言葉に部屋の中の空気が変わった。
「登録をされればF級となります。E級とF級からはその一つ上のクラスの魔物しか買い取れないことになっております。オークはD級の魔物ですのでF級の方からは買い取れりません。ですから登録前に売却されることをお勧めします。組合員以外からでも買取は出来ますので。但し買取価格は一割引きとなります」
受付嬢は笑顔で答えてくれたが、最後の方は少し申し訳なさそうだった。
「ありがとうございます。買取はどこでお願いすれば良いのかなあ」
「奥の方に行っていただけば買取カウンターがあります」
そう言って受付嬢は左手で奥の方を示した。勇人は言われるままに右手にある出入口を通って買取カウンターまで行くと、そこにはこれもお約束と言わんばかりのごつい親父が待っていた。
「買取か。見かけねえ奴だな。他所の街の組合員か。獲物はそこに出しな」
「いや、まだ登録前だよ」
勇人は買取係の言葉に答えながら、買取カウンターの横にある広い解体テーブルにオーク二頭を出した。買取係はカウンターから出てテーブルの所まで行くと見分を始めた。
「組合員じゃなければ一割引きだぞ」
「分かってるよ」
「解体はおめえがやったのか。なかなか良い腕じゃねえか」
「魔物は初めてだけど獣はウサギからイノシシまで随分とやったからね」
「皮剥いで枝肉には出来るか」
「出来るよ。あまり数は熟してないから上手くはないけど」
「どうだ。魔猟士になるよりここの買取係にならねえか。俺の弟子にしてやるぞ」
「毎日毎日解体ってのは嫌だよ。飽きちまう」
「ははは。若けえ奴は辛抱が足んねえからいけねえや」
買取係は本気とも冗談とも取れない会話を続けながら見分してゆく。最後は計量だ。
「二頭で百五十八貫か。一貫三百文で四両七分四百文、皮付き骨付きだから三分の二で三両一分六百文、組合員外だから一割引きだが肉の状態が良いからこれはなしで良いぞ。あと魔石が無えな、心臓の周りに有るんだが捨てちまったのか」
買取係はそう言うと藁半紙のような紙に芯の太い鉛筆のような物でその値段と連絡事項らしきものを記入してそれに自分のサインを書いて勇人に渡した。
「これを表の受付に持って行きな。支払ってくれる。それからおまえさん、【遅延】の【虚空庫】持ちだな。【虚空庫】のことはともかく【遅延】が付いてることはあまり人には言うなよ。碌なことにならねえからな」
(なんや。藁半紙あるやないか。それに鉛筆も。孤児院の連中が知らんかっただけか。それはそうと・・・)
「ねえ。魔石って何だい」
「ははあ。おめえ魔猟士になろうってのに魔石も知らねえのか」
「仕方ないだろ。僕はターセン山のふもとの孤児院で育ったんだから」
「そりゃ仕方ねえな。あの辺りにゃ魔物は居ねえからな。魔石ってのは魔物の心臓のところにある魔素の塊の石みたいなもんだ。魔道具の動力源になるから取ってくれば買い取るぞ。オークなら二朱、ゴブリンは五十文、角ウサギなんかは十文だから面倒がって捨てて来る奴も居るがな」
「魔物と普通の獣の違いは魔石があることだけなの」
「まあ、それが大きな違いなんだが、見て分かるのは角があるか無いかだな。魔物には必ず角がある。名前にも「つの」が付く奴が多いな。角ウサギとか角オオカミとか一角イノシシとかな」
「そうなんだ。色々教えてくれてありがとう」
勇人は書付を受け取ると表の受付カウンターまで行ってそれを出した。
「まあ、二頭も持ってたの。一頭はなかなかの大物だったようね。それに肉の状態も処理も『良』ってなってるわ」
受付嬢はすぐにお金を用意して渡してくれた。
「次は登録ね。許可証を出してちょうだい」
勇人が黙って【亜空間庫】からそれを出して渡すと受付嬢は詳細にそれを見分した。
「名前はユージン、出身はローレン村孤児院、あら珍しい離村承諾書の署名が『ローレン村教会仮助祭ナヴァ見習い助祭』ってこの人聖女見習いでしょ。それに離村許可書の署名が領主様の直筆。ひょっとしてあなた教会を襲撃した奴隷売買一味を根絶やしにしたあのユージンなの。ここじゃ隠れた有名人よ」
受付嬢は声を潜めて話したが、耳をそばだてているものには聞こえたはずだ。この人、口が軽くてやばい、勇人はそう思った。
「とりあえず早く会員証を作ってくれないかなぁ。これから回るところもあるんだけど」
「そ、そうね。ちょっと待ってて」
受付嬢はしまったという顔をして慌てて少し厚めの銅らしき金属板を取り出すと刻印機に活字のようなものを挟んで刻印を始めた。見ていみると元からラフィアディア魔導士組合と刻印があり、そこに上からユージン、ローレン村出身、次の行にアルファベットの「F」に相当する文字が打ち込まれた。
「で、職種は何にするのかな」
受付嬢が尋ねてきたが、勇人にはそもそもどんな職種があるのか分からない。
「どんな職種があるのかな。それに、職種を会員証に書く意味あるの」
「分隊が新入隊員を選ぶときの基準になるわ。魔法が得意な人は何々魔法師とか、後は槍術士、剣術士、弓術士などね」
「僕は【虚空庫】しかないんだけど。あとは棒術が少し」
「じゃあ『運搬士』ね。一日の間、少なくとも三十二斗の荷物を入れていたことになるから八級の『運搬士』よ。凄いじゃないの」
受付嬢は改めて買取係のメモを見てびっくりしたような顔で言った。
「じゃあ、それで」
受付嬢は頷いて次の行に「運搬士8」と刻印した。二人のやり取りに耳を傾けていた飲食スペースの雰囲気が少し殺気を帯びてきた。
「それでは組合規約を簡単に説明しますね。詳しくは二階の図書室に規約集がありますからそれを確認されるのをお勧めします」
受付嬢はそれから本当に簡単に規約の説明をした。魔猟士の仕事は基本的には食料になる魔物、主にオークを狩ってくることだ。それ以外に食料にならない害獣については農村などからの依頼が組合に出され、それが掲示板に依頼書として出される。またゴブリンとコボルトについては狩った数によって領主から報奨金が出される。
ラノベでパーティーと呼ばれることが多い、常時組んで獲物を狩る仲間についてはこの国では分隊と呼ばれ、三人から六人が推奨されている。
分隊間の争いや分隊の中での争いについては申し立てによって組合の裁定委員会が調停または裁定を行う。
E、F級の組合員については、ソロでは一つ上のクラスの魔物しか相手にすることは出来ないが、上のクラスの分隊に加わればその限りではない。
説明としてはこんなところだった。勇人が組合を出ようと出入口に向かったときだった。四人の屈強な男たちに周りを囲まれた。




