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異世界人は魔法を使えませんって、そら無いでぇ~  作者: 浪花翁
第一章 孤児院編
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007 『衣食足りて礼節を知る』をぜひ知りたい

耐性が付いて、立ち直りが早くなります

 どれくらい時間がたったのだろうか。十分だったたのか一時間だったのか。勇人が落ち込んたまま固まっているとシモンが近寄ってきた。


「おい、エラドから聞いたんだけど魔法が使えないって知って落ち込んでるんだってな」


「シモンか。魔法のある世界で僕だけ魔法が使えななんて、落ち込むしかないじゃないか」


「魔法が使えるって言っても大半の奴は【虚空庫】を財布代わりに使うくらいで、魔法が使えないのと同じだよ。【火魔法】が使えてもそれでお湯が沸かせるのは一握りだぜ。普通はここいらの村でも魔導コンロや魔導暖房機なんていう魔道具を使って生活しているんだ。ここにはそれもないから火打石と薪だけどな。それに魔法が使えないのは世界でお前ひとりって言う訳でもない。チュードは全員使えないんだ」


「そうか、他にもここに落ちてきた奴はいるんだよな。それに魔道具なんてものも有るのか。なんでここには無いんだ」


「決まってるじゃないか、金がないからだよ。だから料理も暖房も薪ってわけだ。それより、今から田圃の代掻きだ。見に来いよ」


 (代掻きかぁ。懐かしいなぁ。ワイは小さいころ近所の農家でやってた。ワイんとこは農家やなかったんでワイは見とっただけで手伝うたことはないけど)


 この世界で自分は魔法が使えない。それは自分ではどうにもできないことだ。それを悔やんでも、そのことで自己憐憫に落ち込んでも出来ないことは変わらない。エラドの言うように身体を鍛えて武術を身に着けてこの世界の奴らに伍してゆくことを考えた方がはるかに建設的だ。


 とにかく今やらなければならないのは、孤児院での生活に馴染むこと。それからここを追い出されるまでにこの世界で生きて行けるだけの知識と身体的能力を身に付けることだ。


「もちろん行くよ。来年は手伝えるようになりたいからね」


 孤児院の(おもて)側に向かって歩き始めたシモンに向かってそう声を掛けると、勇人はベンチから立ち上がってその後を追った。


「なあシモン、この世界では一年は何日で、一年の初めの日はいつなんだ」


 (農業では季節を知っとくのが一番肝心やからな)


「一年は三六五日で十二か月だよ。それでひと月の日数は一、三、五、七、九月が三一日、二、四、八月と十月から十二月までが三十日に決まってる。但し十一月は四年に一度だけ三一日になるんだ。一週間って言う数え方もあって七日に一度安息日があるんだ」


 (太陽暦を使ってるんやな。同じ太陽暦でも、二月だけ二八日の地球の暦よりはよっぽど合理的や)


「年の最初の日は元日って言うんだけど冬至の日の翌日が元日になってる。この日にみんな年が一つ増えるんだ」


 (冬至は元の世界で十二月二二、三日頃やから、ここの暦は元の世界より十日ほど早いんやな)


「それぞれの人の誕生日は歳とは関係ないのかな」


「誕生日って、人が生まれた日のことかい。そんなもの覚えてたり、祝ったりするのは貴族様だけだよ。この孤児院じゃ知っているのは助祭様くらいだよ」


 (庶民は誕生日を祝う習慣はない言うわけか)


「それで、今日は何月何日になるのかなぁ」


「今日は三月の・・・十日頃かな」


 シモンの目が泳いでいる。ハッキリとは覚えていないらしい。


「シモン。今日がいつか覚えてないの」


「いいじゃないか。今日が何日かなんて必要ないだろ」


「今日は初めての代掻きの日なんだろう。毎年いつ何をしたかは農業にとって大事なことなんだよ。ちゃんと記録に残しておかなくっちゃ」


「字は習うけど、何に書くんだ。木簡や竹簡を作るのだって大変だし」


「紙は高いのかい」


「『紙』って何だい。羊皮紙のことか」


 (そこからかい。確かに『紙』に当たる単語は無かったなぁ)


「上の世界では、植物から作った羊皮紙のようなものがあるんだ」


 (羊皮紙という単語はあったわ。と言うことは植物紙は無い言うことかいな。ほんまに在らへんだらわら半紙でも作ってみよか)


 ハンスは分かったような分からないような顔をしている。羊皮紙も現物は見たことがないのかも知れない。


「それはそうと、代掻きをするのが随分と早いね。麦の刈り取りはもう終わったのかい」


「田圃で麦は作ってないよ。稲の後で麦を作るのは領主様から禁じられているんだ。これをやると最初の年は両方良く出来るんだけど、そのうちどんどん出来が悪くなって結局コメの収穫が減るんだって。ここは教会領だから領主様の命令に従う義務はないんだけど、収穫が減るのは一緒だから」


 (二毛作の弊害やな。肥料不足やろ)


「堆肥とか下肥とか、肥料はやらないのかい」


「畑にはやるけど、田圃はやらなくて良いんだって。それに畑はともかく田圃に下肥はやりたくないよ」


 (これは激しく同意やな)


「下肥はともかく、田圃だって肥料をやる方が稲はよく出来るよ。夏に田圃の水を抜くだろ。そのときにやれば良いんじゃないの」


「田圃の水は秋まで抜かないよ。稲が枯れてしまうじゃないか。稲刈りの前には水を抜いて刈り取りしやすいようにするけど、それが終わってからひと月くらいでまた水を張って冬の間に雑草が生えないようにするんだ」


「ほとんど一年中水を張ってるんだね。上の世界じゃ、夏に一度田圃の水を抜いて干上がらせるんだ。そうすると根がよく張って、その後の成長が良くなるらしいよ」


「ユージンは農業のことに詳しいんだね。自分で田圃や畑を作っていたのかい」


「いやあ。親父からの耳学問と田舎で生活してたときに見聞きしたことくらいだよ」


 勇人の父親は、農業とは全く関係のないサラリーマンだったが戦前の農業高等専門学校の出で、戦後一時期には今でいう農業高校の代用教員をしていたらしい。その関係で酔うと酒の肴がわりに幼い勇人に農業の話をするのが常だった。今思うと父親は意に反してサラリーマンをしていたが、農業技術者になりたかったのだ。せめて勇人に自分の意志を継いで貰いたくてそんな話をしたのだろう。


 (ワイも文系とはいえ大学まで出とるのに、ここで役に立つのは耳学問だけやて、情けのうて涙も出んわ。同じ文系でも経営学とか経済学ならちいとは役に立ったかも知れんのに。数学が壊滅的やったからもともと無理やったけど。それにしても、二毛作は無理っぽいなぁ)


 話しながら歩いているうちに、二人はいつの間にか孤児院の正面にまで来ていた。孤児院は南向きに居室が来るように東西に長く建てられており、その西隣に教会があった。教会の入口は南向きで左右にウイングがある。


 東側のウイングは助祭の居室と寝室で、その北側に食堂と台所があり、西ウイングは客間と、その従者の寝室になっている。


 孤児院の北側には教会とL字型に囲まれるようにして先ほどまで鍛錬をしていた裏庭がありその北側と東側には雑木林が広がっている。


 孤児院の裏手には広場があってその北側には牛小屋、厠。台所脇に鶴瓶付の井戸がある。


 孤児院と教会の南側も広場になっており、教会前の広場から村へと下る一本道が続いている。そしてその両側に何枚もの棚田が広がっていた。一枚の田で牛が犂を引きそれに二人の子供が取り付いていた。


「今日はショナの大活躍の日だね」


「ショナって言うのはどの子かな」


 勇人がそう尋ねるとシモンは吹き出した。


「あはは、あの一番大きいのがショナだよ。牛の名前だ」


 苦笑いをした勇人は照れ隠しもあって話題をずらすことにした。


「ところで田植えはいつ頃やるんだ。今代掻きだとすると五月ころかなあ」


「田植えって何だ」


「薄く水を張った苗床に種もみを撒いて、ある程度育ったところで三本位ずつ取って本田に等間隔に植え替える作業のことだよ」


「そのやり方って聞いたことはある。一時期村で流行ったんだけど作業が大変な割に収穫が増えないんで廃れてしまったんだ。もちろんここじゃそんな面倒なことは端からしてない。種もみを直接撒くんだ。これは村の農家も同じだよ。その方が楽だろ」


 (南方直伝の直播きかいな。撒くときには楽には違いないんやけど、草取り大変やで。この分やとあっちもやってへんな)


「撒く種籾はどうやって選んでるの」


「選ぶって・・・特に選んでないなあ。残しておいた籾をそのまままくだけだよ」


「大きいのを選び分けることはしないのかい」


「籾を一つ一つ分けるなんて無理だよ」


 (そんなことせんでも他の方法で出来んこともないんやけどなぁ)


 勇人は自分の食糧確保のために農業改革第一弾を打ち出すことにして田圃を見渡すと、エラドがショナの近くで代掻きの指導をしているのが見えた。


 (まずは田圃を二、三()(六十坪から九十坪)貸してもろて実験やな。収穫量二割増しくらいにできたら良えなあ)


「エラドさん、チョット良いかな。お願いしたいことがあるんだけど」


 勇人が大声でそう言うと、それが聞こえたのかエラドは怪訝な顔で振り向いた。


「何だ。ここが終わったら一休みすっから一寸待ってろ」


 暫くすると代掻きの指導が終わったらしく、エラドが田圃から上がって広場のベンチに腰かけ、勇人に手招きをした。勇人はエラドの隣に座ると話を始めた。


「二、三畝田圃を任せてくれないかな。ここでやってるのと少し違う稲つくりをやってみたいんだ。うまく行けば二割くらい増産ができるかもしれないよ。うまく行かなくても今くらいな収穫は出来ると思う」


「おっ、心配してたが少しはやる気が出てきたか。魔法が使えねえって知ったときの落ち込み様は酷かったから立ち直るのにかなり時間がかかると思ってたんだが。


 サミュエルからはお前の記憶が戻って何かやりてえって言い出したら出来るだけ希望をかなえてやってくれって言われてっから、悪くっても収量に差が出ねって言うんなら二、三畝くらい任せるのはどうってこと無えが・・・一番上のあそこにちょうど二畝くれえの田圃があっからそこを使えば良いだろう。しかし具体的にはどんなことをするんでぇ」


 エラドはそう言いながら、用水路から一番近い東の端にある一枚の棚田を指さした。


「塩水選と正条植えをやろうと思ってる」


「何だ、それは」


 (やっぱり説明は必要やなぁ)


「塩水選って言うのは、塩水を使って籾の中から中味のぎっしり詰まったものを種籾として選び出すんだ。これで充実した苗が出来る。元の世界ではこれをやりだしてから一割くらい収穫が増えたと言われてるよ。正条植えと言うのは、苗を別の所で作って、ある程度育ったところで等間隔に田圃に植え付ける作業のことだよ」


「田植えは知ってるぞ。このあたりでも一時期流行ったんだが労力の割に収穫が増えないってんで廃れたやり方だ」


「もちろん失敗したその田植えとは少し違うんだ。正条植えと言って約一尺の間隔を開けてなるべく正確に植えるやり方だよ。そうやって植えることで苗に日当たりが良くなるうえに田圃に生える雑草を取る作業が簡単にできるようになり、やっぱり一割くらい収穫が増えたと言われてる。あっ、言い忘れてだけど田圃に種まきをする三、四日前に塩と、これまで撒いていた種もみの・・・そうだなあ、十倍の種もみを貸して欲しいんだ」


「十倍も種籾を使うのか。それに塩もそれなりに高価なんだぞ」


「大丈夫だよ。種籾の九割は返すし、塩も結構濃い塩水になるけど、塩水としてほとんど全部返すから」


「それなら問題ねえか。代掻きはどうすんだ」


「それは他の田と同じようにやってよ」


「人手が要るようなら小さいガキは使ってもいいぞ」


「それは助かるなあ」


「俺は商家の三男坊で農業のことはまったくわかんねぇから口は出さねえ。サミュエルのお墨付きもあるこったし、お前のやり方でやってみろ」


 (まずは食料確保へ一歩前進や。二毛作、やりたいなぁ。これ、やれたら来年の春には一気に食料問題解決やもんなぁ。まあ地道にやるしかないか、エラドにはああ言うたけど、大失敗ちゅう可能性も零ではないし、全部の田で一斉にやる言うことはでけへん相談や。二毛作も肥料問題を解決せんとでけへんしなぁ)


「ショナの糞や敷き藁の古いのはどうしてるのかなぁ」


「冬の間に集めた落ち葉なんかと一緒に堆肥小屋で堆肥にしてっぞ。畑には肥料が要るからな」


 そういえば槍術の練習をした裏庭の東と北に水路を挟んでそこそこの広さの畑があった。


「畑では何を作ってるの」


「夏は甘芋と夏野菜だ。冬は麦と玉ねぎなどの根菜類と葉物野菜なんかだ」


「大豆は作らないのかな」


「味噌豆か。作っているぞ。主に田圃の畔でだがな」


「畑を広げて味噌豆とジャガイモ、甘藷(かんしょ)を作れば食事の量が増やせると思うんんだけど」


「お前なぁ。裏の森を切り開いて畑にするってえのがどれほど大変なことかわかるか。木の根一つを掘るのにも総出で何日もかかんだぞ」


 ここにはトラクターもなければ重機もない。人力とせいぜい牛か馬の労力しかない世界なのだ。


 勇人は随分昔の話を思い出した。住んでいた地域に開拓地があったのだが、そこでは木の根を取り除くのに櫓を組んでブロックチェーンをぶら下げ、人力で根を切りながらそれで少しずつ持ち上げていた。ここにはブロックチェーンすらない。木の一本を処理するにも膨大な労力が必要になるだろう。


 とにかく畑作の規模を拡大するのが現実問題てとして不可能なことはよくわかった。コメの増産試験にゴーサインが出た、今はそれで良しとしよう。

勇人は二宮金次郎先生を目指しますwww

麦世界なら三圃制ですが、米世界なので・・・

見出しは『管子』牧民篇の「倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱を知る」という一句に由来しているそうです。

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