006 ないわ~
この世界の魔法の説明回です。あと、タイトル回収回でもあります。
翌朝五時ころに、隼人はシモンに起こされた。眠い目を擦りながら起き上がるとすでに同室のヨナタンとヤスミンは着替えを済ませて部屋の外に出ようとしていた。
部屋の外の廊下では孤児たちが動き回る気配がしていた。顔を洗って口を漱ぐと、台所へ向かうその日の炊事当番以外の孤児たちは倉庫に行ってそれぞれ身の丈にあった棒を取って孤児院の裏庭に向かっている。
「なあ、シモン。今から何をすんのかな」
「決まってるだろう。棒術の稽古だよ」
(やっぱりそうなんや。剣道は昔学校で一寸かじっただけやし棒術はやった有らへん。こんな中世みたいな世界やし、武力も必要なんやろ)
孤児たちが手に手に棒を持って出て行ったのを見て棒術の練習かなと思っていたがその予想の通りだったので、勇人もみんなに倣って適当な長さの棒を取ると他の子供たちに続いた。こんな世界だ。身体を鍛えておくことに異論はない。
それに考えてみると棒術を選ぶのは理にかなっている。市中で争いごとに巻き込まれたときに刀剣や斧槍を持ち出して相手を殺傷するわけにはいかないだろう。その点棒なら相手を殺傷する危険性はかなり少なくなるし、第一市中を持ち歩いても刀剣などより剣呑さは随分と少ないに違いない。
もう一つ良い点は、棒術を学んでおくと短槍術の習得が容易なことだ。獲物を狩ることを考えたとき棒では威力不足は否めないが短槍なら威力は刀剣より上だろう。それに何よりこの世界ではたぶん鉄が潤沢にある訳では無いだろう。長い刀身全体に鉄を使う刀剣は高価にならざるを得ないが、槍は二、三十センチの穂先だけが鉄製でその分安価なので孤児院出身者向きの武器ではある。
裏庭ではエラドが同じように棒を持って待っており、孤児たちは柔軟体操で身体をほぐしたのちにエラドにならって棒の素振りを始めた。棒は各自の身の丈よりも少し長いもので一方の端が二、三十センチほど赤く塗ってある。恐らく短槍を模したものだろう。棒術、槍術の型の練習へと続き、年長組は模擬試合、年少組は打込み稽古へと進む。勇人も孤児たちに交って打ち込み稽古に汗を流した。
(驚いたなあ。身体が独りでに動くわ。ワイ、元の世界では中学、高校の体育で剣道はやったけど、棒術や槍術なんて聞いたこともないさかい、こっち来てから覚えたんやろな。体で覚えたことは忘れへん言うけど、言葉のことと言い、手間の係ることはすべてやって貰うてたわけや。ユージン様々やなぁ。
そう言えばワイもユージンて名乗るんやった。ええい、ややこしい。名乗った時期から言うて前のユージンは「ユージン一号」やな・・・ほしたらワイは「ユージン二号」・・・「ウキキ~」言わんならんのか)
単調な練習につい益体もないことを思い浮かべながら棒をふっていたが、ふと周囲を伺ってみると、模擬試合で身体が小さいのに一周り大きな子を相手にして互角以上に闘っている子や、大きな体に似合わず機敏に動く子が居るのに気付いた。
(そう言うたら魔法がある世界やったなぁ。今まで【虚空庫】言う名前の魔法のことしか話に出んかったけど、あの子ら、力の強うなる魔法や素早よう動ける魔法を使うとるんやろか。この世界で生きるんやさかい早いうちに魔法のことを聞いとかんならんわ)
一時間ほど棒術の練習をしたころエラドから号令が下された。
「よおし、外魔法組は各自魔法の鍛錬を始めろ。体魔法の者は魔法を使うことを意識して棒術の稽古を続けること。ユージンは俺の所へ来い。大事な話がある」
エラドは少し膝が痛むらしく、日当たりの良い場所にある丸太のベンチに腰掛けると勇人を手招きした。勇人が招かれるままにそちらに行くと、彼は勇人を横に座らせて話し始めた。
「どうせ魔法のことも忘れてんだろ。この世界にいる以上知らねえではすまされねえから、この機会に話しておく」
(こら渡りに舟やな)
「言われるとおりで、思い出せないんでお願いします」
「大まかに言うと、魔法には体内魔法と体外魔法がある。どちらも体内に貯めてある魔素、内魔素と言うんだが、それを必要な時に変換して魔法として発動させると言われてる。
内魔素はどこにあるかってえとそこいら中にある外魔素を取り込んで貯めてるらしい。では外魔素はどこから来るか、これについては色々言われてんだが、魔法が発動したあとに魔力が分解されて魔素に戻るってえのが一番納得できる話だな。
魔法の強さは第一に使い手が持っている内魔素の量、魔素量とそれを一定時間に魔法に変換できる力、魔力によって決まる。特に区別する必要がねえときには二つを合わせて魔力と言ったりもする。
さて、この魔素量と魔力が曲者でな、この世界に住むほとんどの者が全ての魔法を使えんだが、ほとんどの人が日常生活に使えるかどうかってえ程度の魔素量と貧弱な魔力しか持っちゃいねえ。一昨日晩飯のときに話に出ていた【虚空庫】で言えば一、二升を半日保つ程度、大きめの財布か小さい鞄と言った感じだな。
しかも魔力はどの魔法でも同じという訳ではねえんだ。使い手によって得手不得手があって、実用レベルの魔法が使える者でも一種類の魔法が実用レベルで他は日常レベルと言う場合がほとんどなんだ。
体内魔法というのは自分の身体の中で発動する魔法で、知られている限りでは力が増加する【剛力】、動作が早くなる【俊敏】、体内に別空間を作ってそこに物を入れることができる【虚空庫】、傷の治りを早くする【治癒】の四種類だ。【剛力】と【俊敏】はせいぜい元の能力を一・五倍にする程度で、そこまで能力を増加できるのは一〇万人に一人といわれている。普通の奴は実用レベルと言っても、せいぜい一・一倍だな。
【虚空庫】は昨日の食堂でのやり取りから分かったと思うが普通は一、二升を半日つまり十二時間保つ程度だ。半日を目安にするのは半日で内魔素が回復するからだ。理想的には八斗あるのが良いんだが、四斗あればそれで魔猟士パーティーに入れる。四斗の能力を持つのは千人に一人程度と言われている。八斗の能力があれば商人に高給で迎えてもらえる。
【治癒】はちょっと特殊で、自分だけでなく、他人にも掛けられる。上級者になると普通の傷の治りが十倍以上速くなる。もっともここまでの能力を持つのは一万人に一人位だな。
【剛力】、【俊敏】はそいつが素で持っている能力を超えて力を出そうとしたときに自然に発動する。【虚空庫】は使用しようと思った時から持続的に発動するが内魔素が尽きるか供給されなくなると中の物を吐き出して終わりだな。
【治癒】は自分については使おうと思わなくてもけがをすれば発動するが、他人に使用する場合には積極的に発動しようとしなければ発動しねえ」
「【虚空庫】には生き物を入れられるのかな」
「動物は無理だな。植物は場合による。枯れ木や玄米、切った薬草なんかは入れられるが根が付いた草や切ったばかりの木、種やモミなんかはだめだ」
(植物の場合は、再生、発芽能力があるかどうかで決まるわけやな)
「仕留めた獲物にノミなんかが付いている場合ってどうなるのかな」
「獲物に生き物がくっ付いてる場合は、【虚空庫】に獲物を入れたときにくっ付いてる生き物だけは外に残る。獲物を入れると白っぽいドロドロしたものが残るんだが、学者に言わせるとそれは獲物の身体の中にいる目に見えない小さな生き物の集まりだそうだ」
(ふーん。細菌は生き物扱いなんやな。ウィルスはどうなんやろ。まあこれは聞いても答えては貰えそうにないなぁ)
それから体外魔法の話が始まった。体外魔法としては【火魔法】、【氷魔法】、【風魔法】、【土魔法】、【雷魔法】があるとのことだ。対外魔法は外に向かって発動する魔法で、体内にある魔素をつかうのは体内魔法と同じだが、基本的な威力は魔力の大小によるらしい。
【火魔法】は物体の温度を上げる魔法、【氷魔法】は物体の温度を下げる魔法だ。物体の温度が上がって発火点になれば燃える。水の温度が下がって氷点下になれば凍るし、石などでも冷やせば周囲の空気中の水分が凍って霜のようになる。だから【火魔法】、【氷魔法】と言うらしい。
【風魔法】は空気を操る魔法、【雷魔法】は空気中に放電現象を発生させる魔法らしい。
【土魔法】は固体の一部を切断したり、切断面を融合させたりする魔法だ。地面の一部を切り取って建築材料にするのに使用されることが多いので【土魔法】と呼ばれているらしい。
「先ほど、魔法の練習をするみたいに言ってたけど、小さい時から魔法の練習をしてると取り込める魔素量が増えたり、魔力が上がったりするのかな」
「残念ながらどちらも鍛錬しても増えないとまでは言わねえが、殆ど増えねえ。不得手な魔法が得意になったりすることも無え。剣術の才のないやつがいくら修練を積んでも地元の剣術大会の予選さえ勝ち抜けねえって言うのと同じだ。修練を積んで大きく伸びるんならここの奴らにも良い生活をさせてやれんだがな」
「じゃあ、何で訓練をするの」
「そこよ。魔素量が増えたり魔力が増加したりしなくても修練をすれば使い方は上手くなる。たとえば【火魔法】で火をつけるのに一分かかる者がいるとする。このままでは【着火】の魔法としては実用的とは言えんが、修練で魔力が作用する場所をうんと狭められるようになって一秒で火が付くようになったとすると【着火】の魔法として十分実用レベルだ。更にそれを二十間先に焦点を集められるようになれば、【火箭】という攻撃魔法としても実用レベルに手が届く。要は使い方次第てぇことだが、それは訓練で身に着けることが出来んだ。それに【剛力】や【俊敏】というのは地力の何倍になるかだから、筋肉を鍛えて地力を上げりゃあ底上げができるし、修練で魔力が働く場所を限定できるようになれば、一・一倍を腕だけ一・二倍にしたりすることも可能だ。もっとも一部にだけ作用させりゃあ他の部分がついて行けずに筋肉が断裂したり、骨折したりってぇことも起こるからほどほどにではあるがな」
「それなら、少しは夢のある話なんですね。どんな魔法にどのくらいの適性があるのかはどうやって調べるんですか」
「【虚空庫】は四斗樽を何個十二時間保持できるかで客観的に測る。獲物や商品の運搬能力にかかわるから、これは魔猟士組合か商業組合で申告すれば測ってもらえる。あとは自己申告だな」
「僕の魔素量や魔力、魔法の適性はどれくらいなのか測ってみたかったんだけど」
「それがな・・・」
エラドは言いづらそうに顔をそむけた。
「ユージンの場合は、測る必要は無えんだ。さっき『この世界に住む殆どの者に魔力がある』と言ったよな。ということは魔力のない者も居るってえことだ。もっと正確に言うとだな『この世界で生まれた者全てに魔力がある』ってことになる。実はユージンのように上の世界から落ちてきた者、チュードには魔力はねえんだ」
(何やて。ワイだけ魔法が使えへんやてぇ。神さんに出会うてチート能力を授かる言うラノベ定番のイージーモードイベントこそ無かったけど、とりあえず孤児院でも生活だけはさせてもらえたし、若うなったし、ユージン一号が頑張って言葉を覚えてくれたし、ノーマルモード並みや思うてたのに、ここにきてハードモードに転落かいな。ラノベやったら蜘蛛やらスライムやらゴブリンやら剣なんちゅう無生物ですら魔法が覚えられたのにワイはその元になる魔力がないやて、そら無いわ~)
勇人はここが魔法のある世界だと分かった時から、まったく根拠はないままに自分も魔法が使え、修練次第では魔法の達人としてやって行けると思っていた。というよりも体術にまったく自信がなく生産系のチートも望むべくもない文系人間としては魔法ぐらいしか頼るものが無かった。それが全く望みがないどころか魔法については無能と宣告され、その場で文字通り頽れてしまった。
この世界の魔法は分子、原子、電子に干渉することで発生します。物理法則に微妙に遠慮しています。




