069 旅立ちの日に
本日から第二部開始です。
第二部も完結まで出来上がっています
「改めて聞きますが、これからどう言う生活をして行くつもりですか」
馬車を操りながらサミュエルは隣に座っている勇人に話しかけた。
「前と変わらないよ。まずラフィアディアで魔猟士学校に入って一年間勉強するんだ。この世界で六年生きてきたけど孤児院生活だったからここでの常識的な知識にも結構穴があると思うし、相手にする魔物については全く知らないからね」
「そうですか。魔猟士学校の新学期は九月からなので、それまで三か月以上ありますよ。その間はどうするつもりですか」
サミュエルの何気ない一言に勇人は困惑してしまった。
(入学まで三か月もある言うて聞いてないでぇ。こ、これは有名な「孔明の罠」言うもんやろか)
「うーん。ラフィアディアに着くまで後十日ぐらいはあるんでしょう。それまでに考えて置くよ」
「やはり考えてなかったんですね。入学までうちで行商の護衛として働きませんか」
サミュエルは笑いながら言った。勇人は図星を指されて真っ赤になってしまった。
「サミュエルさんの行商を見せて貰って考えるよ」
そうこうしているうちに次の村に着いた。他と同じように雑貨屋の店先に行く。
「ギャルさん、こんにちは」
(ギャル言うけどおっさんや)
勇人はここでは通じないおやじギャグで脳内突っ込みをした。
「おお、サミュエルさん。今日は会長御自ら行商かいのう」
「偶には昔を思い出すようにしてるんですよ。初心忘るべからずってね」
「それは良い心がけじゃな。商売人の鏡じゃ」
「ははは。煽ててもまけませんよ」
「これはしたり。見透かされておったか」
サミュエルはギャルと軽口のやり取りをしながら、彼が品定めし易いように荷物を開いた。そして別の包みを取り出してギャルに渡す。
「前回ご注文の品です。中身を検めて下さい。四朱八十六文になります」
ギャルは中身を検めて頷いた。注文品に間違いは無かったのだろう。
「四分に負からんかのう」
「御冗談を。端数を切るくらいならさせて頂きますが」
「正直、その値では注文主に言いずらいのじゃ」
「では七十文でなら」
「せめて三十文ならば儂の所にも少しは利が残るのじゃが」
「注文を受けた者からは五分でと言われたと聞いていますよ」
「そこを何とか頼むわ。あれから農作物の値が下がって大変なんじゃ」
「仕方ないですねぇ。四分六十文で手を打ちましょう。それ以下なら持ち帰らせて頂きますよ」
「そう言われては仕方ないのう。それで手を打とう」
(面倒な駆け引きするんやなあ)
勇人は自分が肉屋相手にやってきたのを忘れて心底そう思った。駆け引きはしている方は面白いが、周りで見ている者には退屈なだけだ。
さすがに常備品として見せたものには正札が付いている。それを付けてなければ一日がかりの商売になってしまうからだ。ギャルはその中から幾つか自分の店で不足しているか不足しそうな物を買い入れ、端数を値切って商談を終えた。
これが行商のやり方で行商人は村の雑貨店とだけ取引をし、村人との直接取引はしない。単純に時間がかかり過ぎるからだ。そのため村には必ず雑貨店がある。専業でできないときは老人などの人手が余っている家が兼業で行う。そうして効率よく村々を一回りする販路ができ、それは利権化している。
サミュエルこのラフィアディアからターセン山を一回りして戻る販路を手に入れて行商人となり、やがてラフィアディアで商店を構えるようになった。だから勇人と出会う前も時々はこの販路を自分で回っており、初心忘るべからずというのはサミュエルの本音でもあった。
こうして日に三、四村を回って雑貨屋に品物を卸して行き、宿屋のある少し大きな村で一泊をするという生活を数日続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今日はいよいよ領都という日、サミュエルは思わぬ早朝に宿屋を引き払った。いつもより心なしか馬の歩みも速い。
「何か急いでる感じがするんだけど、どうしてなの」
サミュエルは真剣な顔で手綱を取りながらも答えてくれた。
「ここから領都までの間にこの販路最大の難所があるんですよ。ここだけ地形の関係で道がターセン山からかなり離れた所を通ることになっていましてね、おまけに深い森が続いていて、昼間はどうってことはないのですが、夜になると偶に逸れオークが出るんですよ」
勇人はオークと聞いて例の国民的RPGのキャラクタを思い出した。あれは息子とよくやったものだ。ブタの魔物だ。あと思い出したのは猪八戒こちらは熊手を担いだブタだ。
「オークはねぇ。食べると美味いのですが、逆に人も食べられてしまうんですよ」
勇人は猪八戒を食べる自分を想像して少し気分が悪くなった。魔物であっても人型を食べるのはガニバリズム感が半端ない。
「人を食べるのは他の魔物も一緒でしょ」
「まあそう言われればそうですね。魔物は人を襲うのですが、めったに食べないのですよ。私が知っている魔物の生態なんて知れていますが、少しお話しておきましょうか」
これは勇人も聞きたかった話だったので即座に希望した。
「魔物は子供から成長するときには人族であれ獣であれ見つけ次第に捕食します。ところが成獣になると殆ど食べなくなるのです。これは成長のためには肉が必要ですが成長してしまえば魔素を取り込んで体を動かすからだと言われています。事実魔物がケガをしたときや、進化する前にはやはり肉を食べるようです。
例外はゴブリンとコボルトですね。此奴らは常に成長しているのか何時でも肉を食べています。それと魔物は肉を食べる食べないに拘わらず人族を見ると襲ってきます。その理由は分かっていませんが、奴らは人族の天敵です」
新しい魔物の名前が出てきた。それについても勇人には疑問が生じた。
「元の世界でもオークとかゴブリンとかコボルトとか言う名前の魔物が出るおとぎ話があるんだけど、同じ名前の魔物が何でこの世界にいるのかなあ」
思わず勇人がそう口にすると、サミュエルは事も無げに言った。
「ああ、昔のチュードがその名前を持ち込んだんですよ。それまではそれぞれタチツノウシ、コツノオニ、ケモチコツノオニと呼ばれていたのですがあるチュードが余りにも名前が言いにくいと今の言い方に変えるよう提案したのです。それが魔猟士の間で次第に定着してついには一般にもそう呼ばれるようになったと聞いています」
「そうなんだ。結構チュードも仕事してるんですね」
(なんぼ何でも安直すぎるやろ。どこのラノベ好きやこんな名前付けよったんは)
勇人はあきれて他に言う言葉を知らなかった。少し話を変えてみようと思う。
「オークは何が魔物化したって言われてるの」
「あれはイノシシが魔物化したって考えられてますね。イノシシの魔物化は二方向あって、一つは角イノシシ、そしてもう一つがオークだと言われています。他に指の形状から大熊猫が魔物化したものだという人もいますがね」
「じゃあゴブリンとコボルトは」
「両方ともサルが魔物化したと言われています。ゴブリンもコボルトも同じ種類の魔物でコボルトは寒い所に住んでいることから体毛が残っているのですが、ゴブリンは温かいところに住んでいることから体毛が無くなったと言われています。他に人が魔物化したと言う説もありますが、異端とされていますね」
「そうするとゴブリンは小さいの」
「いえいえ、四尺から四尺五寸くらいはありますよ。魔物化すると身体が大きくなるのが普通ですね」
(身長百二十から百三十五センチか、集団で襲われたら結構脅威やな)
「オークやゴブリンは武器は使うのかなあ」
「普通のオークやゴブリンは木の枝で作った棍棒くらいは使います。それから拾った剣や槍を振り回すこともあります。上級進化したアーチャーやメイジは自作の弓を使ったり、魔法を使ったりします。身体強化系の魔法は普通に使いますから侮れませんよ」
「一人じゃ、群れに襲われると大変だね」
(腕力に自信無いから、前衛職と分隊組まんと危険が危ないわ)
「それはそうと、ユージンも魔猟士になるんなら少し言葉遣いを改めたほうが良いですね。今の言葉遣いは多分リーアから習ったんだと思いますが、女の子の幼児言葉が語尾なんかに特に強く出ていますね。もう少し大人の男寄りの言葉遣いに改めないと魔猟士の中では軽く見られるかも知れませんよ」
「そうだね、僕もそう思ってたよ。なるべく改めるようにするよ」
「それが良いでしょう。話は変わりますが、先日提案した三ヶ月間うちで働くと言う話はどうですか」
サミュエルは何気ない調子で話しだした。
「行商の手伝いですか」
「それ以外にも【虚空庫】を使って商品を運んで頂く仕事は色々とありますよ」
(良えようにワイの【亜空間庫】使い倒すつもりやなぁ)
「この旅で見せて貰ったんだけど、行商だと待ち時間が多いね。時間を持て余すかなぁ。それに荷物運びだって【虚空庫】に荷物を入れたら目的地まで馬車に乗ってるだけでしょ。やっぱり詰まらないや。入学まで魔猟士登録してウサギかシカでも狩ってるほうが良いよ」
「まあ、そう言うと思ってましたがね」
サミュエルはちょっと残念そうだ。勇人はその声に溜息が混じっているような気がした。
それを潮に暫く話が途切れた。天使が通ったのかも知れない。




