068 異世界爺(じじい)の名に懸けて、真実は一つや
「ちょっと良いかな。下の河原まで付き合ってよ。折り入って相談したいことがあるんだ」
いつものようにエラドが表のベンチで食後に寛いでいたところに勇人が来て誘った。
「なんだ。ここじゃあいけねえのか」
「うん。誰にも見聞きされたくない話なんだよ」
「まあ、しかたねえなあ。付き合うぜ」
そう言ってエラドは大儀そうに立ち上がると河原まで続く山道を下り始めた。勇人も後に続く。
十分ほど掛けてエラドはゆっくりと坂を下った。
「足の具合が悪いのかい」
勇人の言葉にエラドは少し投げやりに答えた。
「この間の立ち回りでまた痛めちまったようだ。禄でもねえ膝の野郎が歩く度に痛みやがる」
「すぐに痛くなくなるよ」
「そんなお為ごかし言っても膝の野郎にゃ効かねえぜ」
河原に着くとエラドは顔を顰めながら適当に選んだ石に腰をかけた。
「で、相談ってなんだ」
勇人も五メートルくらい離れた所にある石に腰をかけてから答えた。
「少し疑問があってね。この間の賊のことなんだけど、生き残りが『首領から大人は必ず皆殺しにしろと言われた』って言ってたよね。大人って言うと仮司司祭の他にエラドも入るよね。
まあそう言うと僕やアビーたちも入るんだけどあいつらの目から見れば僕たちはまだ子供だからこれは除いても良いと思うんだ。なぜ『司祭を殺せ』って言わなかったんだろう」
「やつらの考えることなんて解りゃしねえが、『司祭』って名指しするのがやりにくかったんじゃねえか」
「そうなのかなあ。それに金貨二千枚は誰に何のために渡すお金だったんだろう」
勇人はさも不思議そうに首を傾げながら言った。
「他にもだまして連れて行くやつが居て、その仲介した奴に対する報酬じゃねえか。代官もそう言ってただろう」
エラドは何でもないことをわざわざ聞く面倒くさい奴だという雰囲気を振りまきながら答えた。
「エラドが以前言ってたよねぇ。アビーは国に十人居るか居ないかの逸材だって。それが金貨五百枚だよ。あとそんな逸材が攫える状態で四人も居たのかなあ。それとも金貨二千枚の値打ちのあるとびっきりの逸材が一人居たのかな」
「いやに奥歯に物の挟まった様な言い方をするじゃねえか」
エラドは少し切れだした。
「うん。どうしても疑問が解けなくってね。一番の疑問はあの奴隷商会と繋ぎを取ったのは誰かってことなんだ。
助祭は小金を貯めるくらいの才覚しかない世間知らずのお嬢様だし、村長も所詮は小金のある農民に過ぎない。国境の町にある普通の商会を表看板にしている奴隷商会かそれを越えた外国にある奴隷商会本体との繋ぎを取れそうもないんだなあ」
「それがどうしたんだ。俺が繋ぎを取ったとでも言いたいのか」
エラドが完全に切れた。殺気立っているのが素人目にも分かる。
「端的に言うとそうなんだ。繋ぎを取れそうな人物はこの辺りじゃエラドしか居ないんだよ。あんた、去年の二月に一月ばかり休みを取ったよね。故郷に帰るって話だったけどそれなら半月もあれば十分に親孝行できたはずだよ。そのときに誘拐を持ち掛けに国境の町まで行ったんだろう。そして今回の首領と話を付けてリーアを金二千枚で売った。違うかい」
「証拠はあんのか」
「エラドがうまく立ち回ったから物的な証拠は残ってないよ。あるのは状況証拠だけだよ。でも繋ぎを取る知識と機会があったのはエラドだけだったし、
一緒に売られたリーアには金貨二千枚の価値があること、そしてそのことを知っているのは僕とアビーたちを除けばあんただけだった。それに首領が襲撃に当たって大人は必ず殺せって言ってたこと、状況証拠だけでもこれだけあれば後は巡回司教様の出番じゃないかな」
「それよ。首領が俺を殺したければ『エラドを殺せ』って命じれば良いはずじゃねえか。それに巡回司教に持ち込めばリーアの能力がばれてしまうぞ。それにお前の能力もな」
エラドはいやにニヤニヤと笑いながら反論した。
「そこなんだ、一番悩んだのは。でもよく考えると二つばかり理由があると思えてきた。一つ目はエラドって言っても手下の誰もその顔を知らないんだから『大人は皆殺し』って言う方が早いよね。
二つ目は、首領とあんたとの間で裏取引が有った。そう考えるとすんなり理解できるんだよ。あんたが金貨二千枚を受け取ってそのうちの例えば千枚を首領にバックする。そうすると首領は商会の金を安全に横領できる訳だ。
襲撃を指示した時にエラドを殺せって命じたら、そう言われたことは商会の上の方に伝わるよね。そうすると上の方としては関係ないはずの者を何で名指しで殺せって命じたのか調べ始める。それじゃあ首領としては都合が悪かった。こんなとこかな」
エラドが真顔になった。いっそうの殺気を振り撒きだした。
「なんでもお見通しなんだな。お前が推測したとおりだよ。隠密みてえな奴だ。いつから怪しいって思ってたんだ」
「僕、元の世界じゃ坂東勇人、探偵さ、うそだけど。それはそうと、怪しいと思ったのはエラドが僕にリーアに医学を教えて欲しいって頼んできたときからだよ。
あんたはリーアの能力がアビーの能力よりも何倍も貴重な稀有なものだから公になるとリーアの自由が奪われてしまう。だから秘密にするんだって言ったよね。その口でその公にできない稀有の能力を更に強化するように頼んできたのだから全く理屈に合わない。
あんたは粗野なところはあっても基本は理性的な人だ。そういう人が理屈に合わないことを言うのは理外の理があるからにきまってる。そのこととエラドの年齢、膝の傷のことを考慮すれば怪しいと思うのは当然だよ」
「そうか。子供の形をしているし話し方も普段は子供っぽいからつい騙されてしまったが、中身は大人だったな」
「そうだ、僕の秘密を一つ教えるよ。ここへ来たとき六十五歳だった。身体は子供、頭脳は爺だよ。じじいの名に懸けて真実は一つだ」
「何を言ってるのか半分くらいわからねえが、そうか。では一切合切の秘密を持ってあの世に行ってもらうしかねえな。公開処刑は御免被りてえからな」
「それは僕を殺そうってことかな」
「まあ、端的に言えばそう言うこった」
勇人はニヤリと笑った。
「やっと言ってくれたね。エラドを殺すか否か、ずっと迷ってたんだ。世話になったのは事実だし殺したくはなかったんだけど、僕の秘密を知りすぎてるからね。チュードが不思議な土魔法を使うとか収納魔法を使うとか吹聴されたくはなかった。それであんたに決めて貰うことにしてたんだ。
今の言葉で決心したよ。殺すことにする、って言いたいんだけど正直気が進まないんだよ。間違いなく世話にはなったんだし。そこで提案なんだけど、あんたが五十年くらい眠ってるってので駄目かな」
エラドは怪訝な顔をした。
「どう言う意味だ。俺はあと五十年なんて生きられねえぞ」
「僕の【虚空庫】はちょっと変わっててね、生き物も入れられるんだ。それにその【虚空庫】の中では時間も止まっている。そこで僕が死ぬまで待っててほしいんだ。エラドにとっては一瞬だよ。
そしたらそのときに【虚空庫】に入ってるものは全部エラドのものだ。たぶんお金も相当入れて置けると思うし、エラドは楽隠居できるよ。浦島太郎になるってことを除けば悪くない話だと思うんだけど、吞んでくれないかな」
エラドはゆっくりと立ち上がって【虚空庫】から愛用の剣を取り出し、それに呼応して勇人も立ち上がると左手に模造刀を出してそれを両手で握った。
「答えはこれだ。お前の土魔法は生物も簡単に切れるし目に見えねえ。初見だと何も分からないうちに切られちまう。だがなどんな必殺技でも初見でなけりゃ対抗策はあるもんだ。間合いは一間、さて戦場で生き残ってきた俺の剣を防げるかな」
エラドはそう言うと間合いをはかり、そのわずか外で剣を引き付けて正眼に構えた。勇人は模造刀を右横に構えている。
(ワイが横に振りぬいた後に突っ込んで突きを放ってくるつもりや。乗ってみるか)
エラドは突然に間合いに踏み込んできた。勇人は少し慌てたが模造刀を振りぬく。それを避けるようにエラドは急に止まると後ろへ飛んだ。勇人は模造刀から九十度遅らせる形で左手を振った。
「剣が見えなくてもそれがどこにあるかは手の動きを見れは分かるんだぜ。それが戦場の知恵ってもんだ」
エラドは勇人の左手の動きが【次元刀】を意味することを見抜き、それが自分の前を通り過ぎるのを待って突っ込んできた。
勇人はその正面に【亜空間庫】を展開した。エラドは勇人に向かって突っ込んだ勢いのまま自ら【亜空間庫】に飛び込んでしまった。
「ごめんよ。【亜空間庫】からボルトの斉射で殺ろうと思ったんだけど、出来なかったよ。だから自分に賭けをしたんだ。左手の仕掛けを見破れなかったらそのまま切る、見破られたら五十年眠ってもらうってね。僕が死んだら出てこれると思うからそのときには思いっきり腹を立てて罵ってくれ」
勇人は小さな声で自分に言い聞かせるようにそういうと静かにその場を離れて孤児院へと戻って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エラドの失踪は暫く話題になったが、結局ここでの仕事が嫌になって故郷へ帰ったか他の所へ流れたんだろうということで落ち着いた。
五月の中旬に勇人は五年間世話になった孤児院を後にしてサミュエル商会の馬車でラフィアディアに向かった。助祭もエラドも居なくなったし、子供たちも半分が変わった。世話になった分は返せたと思っている。ここに未練はなかった。
勇人を迎えた馬車の御者は驚いたことにサミュエル自身だった。
これで第一章は(やっと)終了です。
途中で筋書きを変えたこともあり、随分と長くなってしまいました。ここまで飽きずに読んでくださった方、心から感謝いたします。
明日から第二章を開始します。第二章も書き終わっています。もう少しスピーディーな展開になったと思っております。
第一章の最後でエラドを死なせるかどうか、随分迷いました。当初の構想では死んでもらうつもりだったのですが、情が移ってしまい五十年の眠りについて貰いました。ひょっとしたら本作品中で再度登場もあるかも知れません。




