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067 隠し砦の二十五人

 三月九日の夜半、突然に鐘がなった。この日見張りに立っていたザカリーの叫び声がする。


「村が燃えてるぞ」


「村長の家か」


「良く分かんないけどそっちの方角だ」


 門は夕方に閉めてあるし、橋も上げてある。道の防御も同じころに済ませている。後は配置につくだけだ。三月一日に臨戦態勢に入ってからは夜も寝間着には着替えず、それぞれ自分の武器は枕元に置いている。


 勇人も元の世界から持ち込んだ防刃ジャケットを着こんだまま寝ていた。南側はエラドに任せて【亜空間庫】からヘルメットを取り出し、それを被りながら東側に向かった。


 暫くすると南側にちらほらと人影が見え始めた。走ってきたのだろう。門の前に三々五々息を切らして集まって来る。闇夜の為人数は不明だ。暫くすると人数が揃ったらしく、暫く棚田の入口に設置した門と柵を揺さぶっていたが壊れそうもないと判断したのか二手に分かれて門の両側から田圃に入り始めた。


 エラドは傍らに居た年長の槍組の一人の肩を叩いて囁いた。


「二枚目の田圃に掛かったら始めろ」


「うん」


 彼は頷いて小さく返事をした。賊たちは門を過ぎるとすぐに道に戻ろうとしたが、直ぐに怒号が響いた。


「くそ。何だこれは」


「道へは戻れねえ。このまま田圃の中を進め」


 道淵の田圃の中には茨の垣根が待っていた。勇人が聖域で集めてきて鉄条網代わりに設置したものだ。賊たちは冬でも水を張ったままの田圃の中をおぼつかない足取りで前に進み始めた。


 賊たちが一枚目の田圃を渡りきる直前、エラドが「投擲」と小さく叫んだ。彼の右側で小さな炎が上がりそれが暫くクルクルと回った後で空中に舞い上がり、賊の動きに呼応するように二枚目の田圃ゃ畔で薄手の壺が割れ、辺りに炎が広がった。投擲紐で火炎壺を投げたのだ。


 割れなかった壺や割れても火が回らなかった壺にはアビーの【火球】がとぶ。それは【火箭】より広い範囲の温度を上げる魔法だ。その分温度が上がるのは遅いがこの場合には壺全体が熱くなるので都合が良い。五秒ほどで火が付かなかった壺も爆発して中の油が飛び散った。油が広がって燃え上がり、畔の枯草にも燃え移った。


 賊たちは一瞬怯んだがそれでも畔を乗り越えて次の田圃へと入って行く。彼らは後ろの炎から照らされて黒いシルエットとなった。それをめがけて石弓五本と鐘楼からの長弓、アビーの【火箭】が襲い掛かる。一瞬にして賊の数名が倒れ伏した。


「盾を出せ」


 賊の指揮官から指示が飛ぶ。


「まずいな」


 賊が倒れるのを見てもエラドは渋い顔をしている。来るのは二、三十人と踏んでいたが正面だけで三十人は居る。おそらく十人くらいは東へ回っただろう。勇人の土魔法は初見殺しだから北の連中と合わせればそれくらいは対処できるだろうが、盾まで用意している。こちらは倒しきれずに何人か土塁の内側まで入り込んで白兵戦になるだろう。そうなると体力的に劣る孤児院の子供では対処できるかどうか。


 そう思っているうちに賊の指揮官から指示が飛んだ。


「半数は田圃の両側へ行け、あぜ道伝いに土塁を目指せ。残りは盾で防ぎながら少しずつ進め。土塁を越えりゃこっちの勝ちだ」


 それに応じてそれぞれ五、六人があぜ道を横に走って一帯の棚田の両端を目指す。


「アビー、右を。助祭様左を頼む」


 エラドは大声でアビーと仮助祭に指示を出した。


 アビーは右側へ行って【火箭】で賊を狙う。走っているので盾が前後に揺れてかえって狙いやすい。三人まで倒した。あと二人だ。仮助祭は冷静に弓を放ち六人中五人までを倒した。残り一名はエラドが駆け付けて土塁に取り付こうとしたところを切り倒した。


 アビーは両手に短剣を持つと土塁を登ろうと両手で取り付いた賊の頸動脈を右手の短剣で断ち切り、そのまま左の短剣でもう一人の盾をかちあげて心臓めがけて【火箭】を放った。


 残り十三名の賊は盾を構えて用心深く進んできた。石弓隊が盛んに射かけるがなかなか盾を射抜けない。やはり鉄木の鏃では貫徹力に難がある。結局石弓隊と長弓で三人を倒せただけだった。


 賊が堀までたどり着いたのを見てエラドが指示を出した。


「がんどうを点けろ」


 がんどうと言っても丸太を刳り貫いて横に穴を穴を開けただけのものだが、それでも自分たちは照らされずに相手だけ照らされるので提灯などよりはよほどメリットがある。


 たどり着いた残りの賊は一斉に堀に飛び込んだ。一メートルかせいぜい一・五メートルくらいの深さと踏んでいたのだろう。だが堀は養殖池兼用で深さは二メートル近くある。おまけに水の中に麻縄で編んだ目の粗い網が仕掛けられていた。それに両足を取られると股の間まで縄が食い込みなかなか抜け出せない。


 抜け出そうと藻搔くと自然と盾を手放してしまい、石弓や長弓の的になってしまった。これで残り五人にまで減った。あとは年長組の三人が槍を取り、残り二組は石弓を各三丁を持って石弓のローテーションでつるべ打ちにし、長弓の仮助祭と槍を持ったエラドで片づけてしまった。


「なんとかなったな」


 エラドは安どのため息をついた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一方勇人が守っている東側では、彼が物陰でじっとしていると林の中が騒がしくなり、忌々し気な声が聞こえてきた。林の中に仕掛けた茨の垣に引っかかったな、勇人はそう思い、柱に括り付けおいた懐中電灯を点灯すると茨の垣の方に向けた。


 案の定忌々し気な声を上げているのは茨に掛かった賊たちだった。勇人は九人居るのを確認するとそのうち四人を【亜空間庫】からボルトを打ち出して倒した。残りの五人をそのまま放置すると茨を越えて堀までやってきて、やはり二メートルほどの空堀を甘く見たのだろう、最初の二人はそこへ飛び込んだ。だがそこは茨地獄だった。動くたびに脹脛や太ももを茨に刺され小さく悪態をつきながら対岸に登ろうとしている二人に勇人は槍を取りだして容赦なく突き刺した。


 残りの三人は二人の惨状を見て堀を跳び越すことを選んだ。助走をつけて飛んで堀の向こうの土塁に取りつく。一人は槍で刺されたが残りの二人は土塁の向こうに降り立った。勇人が槍で突くが盾でいなされ、短剣が振りぬかれる。二対一では分が悪いので後ろへ飛んで【亜空間庫】から左手に模造刀を出し、右手の槍を仕舞うと両手で模造等を握った。短剣と同じくらいな長さの模造等に間合いを見誤った二人が斜め左右からずかずかと【次元刀】の間合いに入ってくる。勇人はそのうちの一人に次元刀の間合いギリギリで先手を取って横なぎに喉を切り割いた。もう一人は相方が突然に喉から血を噴き出して倒れたのを見て何が起こったのかわからず呆然としている。勇人は直ぐに【次元刀】を【亜空間庫】に切り替えて、もう一人の眉間にボルトを打ち込んだ。


 (【次元刀】一回使用や。これくらいやったら領兵はん、ごまかせそうやな)


 勇人が念のため【次元刀】に持ち替えて一息ついたとき、その背中を激しい打撃痛が襲った。勇人は思わず【次元刀】を後ろに向かって振るった。ガッと言う悲鳴ともうなり声ともつかぬ声がして一瞬の後にドサッと何かが崩れ落ちる音がした。


 勇人が慌てて後ろを見ると、胴を両断された賊の身体が臓物を撒き散らして地面に横たわっていた。側に短剣が転がっている。これで切りつけられたが防刃ベストが切創を防いでくれたのだろう。


「うわっ。もう一人居ったんかいな。弱ったなあ。こんな死体置いといたらどうやって切った言うてワイの能力に疑いがかかるわ。何とかせな」


 勇人は死体や撒き散らされた臓物を【亜空間庫】にしまうと、先ほど喉を切った遺体を運んで血の跡を胡麻化すことにした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日知らせを受けた代官と領兵数名が教会に駆け付け、事情聴取が行われた。襲撃側で生き残っていたのは十三人、最初に石弓などで狙われた七人のうち六人が生き残っていた。死んだ一人はもちろん長弓で撃たれた者で眉間の真ん中に矢が突き立っていた。


 (おっとろし。鐘楼からやったら百メートル近くあるで。その距離で動いてる的の真ん中て、ほんま那須与一もウイリアム・テルもロビンフッドも纏めて裸足やな)


 首領らしき人物も槍で突かれて死んでいた。対して教会側の怪我人は慌てて石弓の弦で指を切った粗忽者を含めて三人、いずれも軽症で既にリーアが治療を終えていた。もちろん生き残った賊の十三人も手当を受けていたが何人かは恐らく予後不良だろう。


 首領が死んでいるので詳しい事情は分からず、生き残った者の供述から金貨二千五百枚を騙し取られた落とし前を付けに来たという程度のざっくりとした動機が分かっただけだった。


 正面での戦闘の様子には疑問にするような事情もなく、すぐに聴取は終了した。次は東側の戦闘状況の聴取だった。


「東側ではお主一人で十人を相手にしたと言うのか」


「はい。そうです」


 代官の問いに勇人はよどみなく答えた。


「信じられぬ話じゃ。詳しい状況を申してみよ。言葉遣いは気にせずともよいぞ」


「有難うございます。まず茨の垣根に全員が行く手を阻まれたので、連中がもたついている間に石弓でそのうち四人を倒したんた。五人目を倒そうと石弓を装填したんだけど間に合わなくって、先頭の二人が堀を渡ろうとして飛び込んだんだ。


 でも堀の中に茨を沈めて置いたから、奴らがそこでもたついている間にその二人は槍で刺し殺したんだ。残りの三人は堀を飛び越えて来たんだけど、土塁に上りつく前に一人を槍で刺して、降り立った二人のうち一人は石弓で射殺したんだ。


 残る一人とは短剣で切りあうことになったけど、運よく相手の喉を掻くことがことが出来たんだよ」


「領兵の報告によると血の跡が一か所余分についているとのことだったがこれはなぜじゃ」


「最後の賊を切ったあとで後ろから蹴り倒したから二か所になったんじゃないかなぁ」


「さようか」


 代官は少し疑問に思ったようだが、特に詮索するほどのこともないと判断したのかそれ以上の追及はなく、話は次に移った。


「ご領主様はこの度の奴隷売買組織の壊滅まことに見事であると仰せられ、褒美を取らせよとの仰せじゃ。何か望みがあれば申してみよ」


「それじゃ望みを言うよ。これまで僕が臨時の下働きをしてたんだけど、臨時だから今年で終わりなんだ。多分人手が足りないってことになると思う。だから教会の責任者の差配で必要に応じて村から臨時の下男を雇うことを認めて欲しいんだ」


 代官は少し難しい顔をして考え込んだ。


「教会がその差配で臨時であれ常時であれ下男を雇うことにはご領主様と言えども反対は出来ぬ。それは教会の専権事項である故な。村から臨時に雇うことについては、農作業に支障がない限りお許しがあろう。のちに書付を持たせるゆえそれでよいか。


 それにしても褒美としては少々足らぬな。ご領主様とて貴族様としての付き合いもある。吝嗇と言われるのも片腹の痛いところであろう。もう少し何か要望はないか」


 (思う方向へ行ってるやないか)


「それじゃあ、教会領の林への不可侵の宣言をして貰いたいんだ。それと聖域での狩猟については慣例で教会が行えることになってるけど、これについてご領主様の文書による許可をもらえたら嬉しいんだけど」


「林への不可侵については問題ないであろう。聖域での狩猟については無制限という訳にはいかぬのう」


 これは勇人も予想していた返答だ。年に一度の狩の催しに獲物が少なくては困るということなのだろう。ケチな話だ。


「イノシシまたはシカを週三頭まで、小動物および猛獣については制限なしでどうかなぁ」


「その程度ならよかろう。猛獣について孤児院で大々的に狩れるとも思えぬしな」


 狙いは小動物の方だ。冬の毛皮は良い値で売れる。


「うん。万一出会った時のための備えの約定だよ」


「よい。その程度のことであればわしの差配で可能じゃ。この場は口頭で許可し、後日ご領主様の許可状を届けることとする」


「ありがとうございます」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 後日領主からの許可状が届いた。代官は誠実な人らしい。勇人は両村の猟師兼肉屋とその妻が集まっている日を見計らって下ローレン村の肉屋に行った。


「こんにちは。皆さんお揃いだね」


「なんだい、ユージン。今日は肉の卸の日じゃないだろ」


 下ローレン村肉屋の妻ネリアが愛想よく出迎えてくれた。この人との間が一番うまくいっている。


「ちょっと儲け話を持ってきたんだ。他の人も聞いて欲しいな」


 その言葉に呼応して他の三人も勇人のところに集まってきた。


「それで、儲け話ってのは何だい」


 勇人は持参した領主からの許可状を見せた。


「ご領主様の許可の内容では、教会は週にイノシシまたはシカを三頭まで狩猟できる。で教会は農作業に支障がない限り村から臨時の下男を雇える」


「それがどうしたんだい」


「教会としては上下ローレン村の猟師とその妻を臨時の下男として週一日雇いたいんだ」


「つまりあたいたちに下男として働けってのかい。手間賃はどうなるんだ」


「手間賃は狩ったイノシシまたはシカ三頭のうち、小さい方から二頭の現物支給だよ」


「悪かない話だね。一番大きいのはどうするんだ」


「一番大きいのは教会の取り分だよ。教会が必要なだけ取って残りは今までどおりここに卸す」


 ネリアは少し胡散臭い話だという目で勇人を見た。


「あたいたちが得をするのは分かった。だけど教会には何の得があるんだい」


「肉が今まで通り手に入るってことを除いて二つある。一つ目はエラドの手が空くってことだよ。エラドは足が悪いんで猟について行くのはしんどそうだ。二つ目はそれとも関係があるんだけど孤児院の子供たちを連れて行って狩りの仕方を教えて欲しいんだ。それとウサギなんかも狩るけどそれは教会の取り分だからね。あくまで報酬はイノシシとシカで二頭だよ」


「聖域は良く獲れるのか」


 下ローレン村の肉屋イサクが口を挟んだ。


「僕たちは毎週行ってるけど、一時間もしないうちに猟は終わるよ」


「それなら俺は異存ねえぞ」


 ネリアも上ローレン村の二人も異存なく同意した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 三月の終わり頃、本物の帝国士官がアビーとリーアの能力の見分に来た。アビーは双剣術、槍術、体術も加えて有りっ丈の能力を見せた。対照的にリーアは骨折の【治癒】と血管一本、皮膚の【治癒】のみ見せて切断した足の縫合やそれに伴う【全身麻酔】、【局所麻酔】は秘匿した。


 四月の半ばに合格通知が来て、同月の終わりには迎えが来た。如何にも帝国軍という立派な馬車だ。二人は喜び勇んで帝都へと出発した。


 四月下旬には仮助祭の交代要員が巡回司教の馬車に便乗して着任した。五十がらみの温厚そうな男性の司祭だった。


 勇人にはあと一つ、気が重いものの放っては置けない仕事が残っていた。


 五月にはサミュエル商会の馬車に乗ってラフィアディアに行くつもりなので早く済まさなければならない。

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