064 聖女様は観てる
勇人の立てた計画に従って三人は教会の裏の林の奥まった所へやってきた。そこは林が疎らでちょっとした草地になっていた。そこには立ち木を利用して棟木を渡し、周りを丸太で囲って屋根を板で葺いただけの簡単な小屋掛けが出来ていた。床は丸太から切り出した角材を並べただけだ。
「悪いけど二十四日までここで隠れていてくれ。食料には米と魚の干物を置いておくから調理はアビーの火魔法と瓶に入れて置いた水で二日間くらい何とかなるだろう」
「大丈夫よ。やるわ」
「オレたちを嵌めた奴を叩き潰してやるんだろ。それくらい何でもないぞ」
「と言いながら全部リーアに任せてお前は何もしないんだよな」
「そんなことない。オレは見張りと護衛担当だぞ」
「分かった、わかった。寝袋とエアマット、エア枕、冬物の上下を出しておくから寝るときに使ってくれ」
勇人は元の世界から持ってきた防災グッズの中から寒さを防ぐものを中心にその場に出した。
「ユージンは良いもの持ってるな。孤児院で使わなかったのか」
アビーはそれらのグッズを見て自分たちが普段使っている寝具や衣類とは一線を画するものであることにすぐ気付いた。感嘆の声を上げる。
「僕だけ使っちゃ居心地悪いだろう。じゃあ怪しまれないうちに孤児院に戻るから」
そう言うと勇人は足早にその場を去って孤児院に帰った。暫く教会の表の広場でウロウロとしていると村長が荷馬車を操って教会にやってきた。すぐに助祭に無事送ってきた旨の報告をすると村へと帰って行く。勇人はそれを軽蔑を込めた目で見ていた。
その夜、村長が教会を訪ねてきた。助祭と二人、助祭の執務室で話をしている。当然勇人はそれを盗聴していた。
「お茶の一つも出ねえのか。仕方ねえな。早速なんだが、金を預かってきたから渡すぜ。五百の半分、あんたの取り分は二百五十だったな」
「貴方に出すお茶なんてある訳ないでしょう」
村長は助祭の前のテーブルに十枚ずつ金貨を積んで行く。
「書類を四枚作るだけで二百五十両の儲けか。あくどいもんだ。その代わりにばれた時には首と胴体が泣き別れだぜ」
「ふん。貴方だって書類四枚作っただけ、私との違いは村はずれまで二人を連れて行ったくらいでしょ。それにばれて死刑になるのは貴方だけよ。私は悪くて毒杯、普通は修道院行きで済むわ。これも辛いものだけど」
「お貴族様は良いな。だが体面お大事なお前さんの実家がそれで許してくれるかな。修道院で何時来るか分からない刺客を待つってのも乙なもんだぜ」
助祭は村長の言葉に小さく舌打ちをした。ザラザラと金貨をかき寄せる音が聞こえ、それに被せるように助祭の声が聞こえた。
「用事は済んだんでしょう。さっさと帰ってちょうだい」
「ふん。言われなくても帰るさ。あんたの仏頂面なんぞ見ててもしょうがねえからな」
村長が席を立つ音が聞こえ、ドアを開け閉めする音と遠ざかる足音がそれに続いた。
「あいつ、死んでしまえば良いのに。そうすればこの村で真相を知ってるのは私だけになるんだけど」
助祭は小声で物騒な独り言を言うと執務室から居室に向かう軽い足音がしてあとは静かになった。
(良え気なもんやな。明後日にはその泣きっ面見てやるわ)
勇人は受信機のスイッチを切り、レコーダーを止めてベッドに横になった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二十四日まで勇人は毎日アビーたちの様子を見に行ったが特に異常はなかった。二十四日の昼過ぎ巡回司教が教会に到着したのを確認すると、勇人は二人のキャンプ地に行って貸していた道具や衣類を回収し、二人をつれて峠の空き地まで飛んだ。そこで二人を待たせて藪の中に入ると馬車と騎馬を出し、騎馬はそのまま適当な木に繋ぎ、馬車を操ってさも二日間そこに馬車が置いてあったような顔をして二人の前まで馬車を運んだ。
「騎馬はどうしたんだ」
「居なかったよ。逃げたらしい。悪党二人と同室は嫌かも知れないけど、とにかく馬車に乗ってくれ」
「分かった。暴れたら蹴ってやるぞ」
「殺すなよ」
「半殺しで勘弁してやる。どうせ死罪だ。オレが痛めつけないでも、黒幕の情報を吐かせるために尋問で死ぬほど甚振られて、挙句は領都の広場で首ちょんばだぞ」
「奴隷目的の誘拐は死罪ですから」
二人ともこの国で人を奴隷化すればどのような刑に処せられるかはしっかり知っているようだ。
勇人は気絶したままの人身売買犯二人とその被害者二人を乗せて馬車を村の教会へと走らせ始めた。教会前に集まっていた公事方の人数から司教の裁定が済むのは四時ころだろうと見当を付けて馬車を走らせたので、教会に着いたのは午後三時半ころだった。
孤児院の子供たちも公事方で集まっていた村人たちも勇人が見慣れない馬車を操って現れたので驚いたらしく、中には事情を知ろうと勇人に話しかける者も居たが勇人は敢えてそれを無視した。そして勇人が話しかけたのは上ローレン村の村長だった。
「村長さん、今日の公事方はあと何組残ってますか」
「ああ、今裁定を受けているのが最後だがお前さんも何かあるのかね」
「ええ。緊急に公事方の申し立てをしたいと思っています」
勇人の言葉に上ローレン村村長は自分の役目を思い出した。
「よし。それでは次はお前の申し立ての番じゃ。そこで暫く待っておりなされ」
暫く待っていると公事方の二人が教会から現れて帰って行った。一人は意気揚々としもう一人は肩を落としている。それから見習い助祭が教会の扉から顔を出し次の人が入るように言った。
勇人は上ローレン村の村長に促されると御者台から降りて馬車の鍵を開け中に声を掛けた。
「二人とも出てきてくれ」
中から二人の返事が聞こえ、直ぐにアビーとリーアが馬車から降りてきた。それを見て孤児院の子供たちから驚いたようなざわめきが聞こえた。下ローレン村の村長は何か言いたそうだったが黙って二人を睨んでいた。勇人は子供たちのざわめきには一切答えることなく馬車に鍵をかけると二人を伴って教会へと入っていった。
「あなたはユージンとそれから今年ここを出たアビゲイル、リーアの二人ですね。あなた方が訴人ですか」
「アビゲイルとリーアが訴人だよ。僕はその代言をさせて貰う」
「アビゲイルとリーアはユージンがあなた方二人の代言をすることに同意しますか」
巡回司教は二人を見て尋ねた。
「同意するぞ」
「はい、同意します」
「それではユージンの代言を認めます。どのような訴因で誰を訴えますか」
「アビゲイルおよびリーアに対する人身売買およびそれを目的とする誘拐で下ローレン村村長ヤコブおよびローレン村教会助祭レヴィナ・ニサンを告訴する
」
「では三人は私の右手の原告席に着席して待ちなさい。見習い助祭、ヤコブおよびレヴィナを呼んできなさい」
「かしこまりました」
見習い助祭は短く答えると教会の扉を開き外に居るヤコブ村長に中に入るよう声を掛け、教会の助祭居住区画の扉を開けて執務室に居た助祭にも同じように教会の聖堂に入るよう促した。やがて二人がいぶかし気な顔をして入ってくる。助祭はアビーとリーアがその場に居ることに驚きの表情を見せた。
「あなた方二人に対してアビゲイルおよびリーアから両人に対する人身売買および同目的誘拐で告訴がありましたので審議します。二人は私の左手の被告席に着席しなさい」
「ええっ、何事ですか。そのような平民の言葉を信じて貴族である私を被告扱いされるなど言語道断ですわ」
「俺は何も知らねえ。言いがかりだ」
二人は口々に不満を述べるが司教は全く動じない。
「言語道断かどうか、言いがかりか否かはこれから調べることです。とにかくお座りなさい。それとも聖騎士の手を借りる必要がありますか」
そう言われては従うほかなく、二人とも黙って被告席に座った。
「それでは原告代言人は被告の罪状の詳細を述べなさい」
その言葉を待っていた勇人は立ち上がって話し始めた。
「被告二人は昨年夏前に名称不詳の外国奴隷商会からアビゲイルおよびリーアの誘拐および奴隷化するための国外移送について共同して実行するよう持ち掛けられてこれに同意し、
助祭においてはアビゲイルらからの帝国魔導部隊への士官待遇入隊希望の申し出があったのを幸いに村長を通じて奴隷商会に帝国魔導士部隊隊員を詐称する配下の者の派遣を要請し、
その者にアビゲイルの魔力を確認させ、ついでアビゲイルらに対して帝国魔道大隊の士官待遇採用に降格したかのように詐言を弄してそれを誤信させ、
さらに詐言を弄して成人後に大隊から下ローレン村先の峠まで迎えが来ると誤信させ、
そこまでアビゲイルらを輸送する役を担った村長と共同して目的地をリトフのパディア商会、目的を亡父母の借金返済のための年季奉公とした真実と異なる内容の離村承諾書を作成し、村長を通じて名称不詳の奴隷商会使用人マガルに交付してリトフまでのアビゲイルら誘拐被害者の通行を容易ならしめ、
上述のとおり助祭と共謀して事実と異なる内容の離村許可書を作成してこれを上述のとおりマガルに交付してアビゲイルらのリトフまでの通行を容易ならしめ、
正規の軍関係者に身柄を受け渡されるものと誤信したアビゲイルらを教会から峠まで輸送し、
村長は今月二十二日マガルから一連の犯行の報酬として金五百両を受領し、同日夜助祭は村長からその半金二珀五十両を受領し、
もって名称不詳の奴隷商会と共謀して人身売買罪および同目的誘拐罪を犯したものだよ・・・であります。
なお、リーアが誘拐の対象となったのは、リーアの治癒魔法能力もありますが、主な理由はアビゲイルと強い共生関係にあったことから、リーアの身柄を抑えられるとアビゲイルが逃走を図れず奴隷としての身分に甘んじるほかないことを利用する意図であったと思う・・・われます」
ここまで話して勇人はフッと息をつくと静かに着席した。
「何の証拠があってそんな話をするの」
「そうだ。証拠もなしに罪をでっちあげるんじゃねえぞ」
二人の怒号を聞き流して司教は勇人に問いかける。
「今の告訴について何か証拠はありますか」
「ああ。表の馬車に証拠が乗ってるよ。持ってきたいんだけど、重たいうえにちょっと危険なのでできれば聖騎士様にご助力をお願いしたいんだけど」
「いいでしょう。バラク、手伝ってあげて下さい」
「ですが、この持ち場を離れても宜しいのでしょうか」
「私も仮にも巡回司教ですよ。この二人くらいはどうにでもなります」
「左様ですね。出過ぎたことを申しました」
そう言うとバラクと言われた聖騎士は先に立って教会の外へ出て行った。勇人も慌ててその後を追う。表に出ると勇人は聖騎士を追い越して馬車へ行き、鍵を開けてドアを開くと中に乗り込んだ。馬車の中は椅子一つない伽藍洞で、隅に縛られた悪党二人か転がっていた。
「これが証拠なんだ。申し訳ないけど運んでよ」
「何だ、証拠ではなく証人なのか」
「違うよ。この二人が【虚空庫】に持ってる書類が証拠なんだ。できれば司教様の前で取り出したいんで」
「なるほど了解した」
そう言うと聖騎士は二人を両脇に抱えて何事もないように馬車を出た。
「両手がふさがってるから教会の扉を開けてくれ」
勇人は言われるままに教会の扉を開け、バラクを通してから自分も礼拝堂に入って扉を閉めた。
「この者たちは何者ですか。証人なのですか」
司教から質問の言葉が飛んだ。勇人は司教に向かって一礼すると答えた。
「違うよ。後で被告席に座って貰う必要があるかも知れないけど今は二人が【虚空庫】に持っている書類を証拠としたいんだ」
そこで勇人は【亜空間庫】から封魔の枷を取り出した。
「この二つの枷はこちらの男が持っていた封魔の枷と言うものらしいね。一つはアビゲイルにはめられてその能力を封じ、おまけに彼女の【虚空庫】の中身を地面にばら撒いてしまってた。もう一つはリーアを脅すために使ってたよ。この二人に頭上から石を落として制圧した後に取り上げたものだ。これをこの二人に掛けて【虚空庫】の中身を出したいと思うんだけど、許可してもらえるかなぁ」
「それはすぐには許可できません。まずその二人の言い分を聞かなければならぬ。見れば気を失っているようですね。バラク、その二人を起こしなさい」
バラクは「御意」と短く答え自身の【虚空庫】から気付け薬を取り出すと二人に嗅がせた。二人はほどなく目を覚まし、自分たちが縛られて礼拝堂で巡回司教の前に引き出されていることに気付くと「放せ」と言い募りだした。
「あなた方はアビゲイル及びリーアの離村許可書、離村承諾書を持っていますか」
司教は一切構うことなく問いを発した。
「そんな物持っちゃいねえ」
「持ってます。今出します」
マガルは否定したが護衛は持っていることを認めて【虚空庫】から書類を出した。
「見習い、もう一人の言葉の真偽を判定しなさい」
「はい。あなたはアビゲイルとリーアの離村許可書、離村承諾書を持っていますか」
見習い助祭はマガルの手を取り、目を見ながらそう質問した。
「持っちゃいねえって言ってるだろ」
「この者の言は真実ではありません」
見習い助祭が司教にそう報告すると司教は勇人に封魔の枷を使うことを許可した。
「やめろ。止めてくれ」
マガルの懇願には一切構わず勇人は彼の手に封魔の枷を嵌めた。途端に辺りにマガルの【虚空庫】の中身が撒き散らされた。その中には二人の偽の離村許可書、承諾書があった。
見習い助祭がそれを拾い、護衛の所持していたものと合わせて司教に差し出す。司教はその内容を確かめてからため息をついた。
「助祭、ヤコブ、二人ともアビゲイルとリーアの誘拐については有罪のようですね。規定により【虚空庫】内の所持品を検査します。それとそこの商人と護衛、被告席に座って名前を名乗りなさい」
二人はバラクに引っ立てられ、被告席に連れて行かれた。二人は仕方なく名乗る。護衛の名前はガードだった。
(なんや、他の職には就けんような名前やなぁ。それにしてもすぐ白状しよってガードが甘いで)
勇人は公事方とは関係のないことを考えていた。




