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063 就職戦線異状あり(裏)

 時は勇人が十五歳の八月まで遡る。


 帝国軍人を名乗っているが見るからに怪しい風体の人物が教会を訪れた。その男はアビーとリーアの能力を確認しにきたと言い、命令書を助祭に提示したらしい。だが帝国軍人ならそれらしい軍服を着ていて問題ないはずだ。現にイサクの見分に来た士官は軍服姿だった。


 本人にその点を問いただすと魔導大隊には秘密任務があり所属がわかると暗殺される可能性かあるようなことを言っていた。しかしこれも不可解な話だ。帝国軍人の暗殺事件など起れば徹底的に捜索が行われるはずだ。たかが魔法能力の判定をすることが任務に過ぎない者が暗殺の対象になるだろうか。むしろ平服で行動する方が盗賊などに狙われ易くて危ないのではないか。


 ではなぜ軍服を着用しないのか。それは着用できない理由があるからに違いない。これは勇人の推測だが帝国軍人でない者が帝国の軍服を着用しているのが発覚した場合極刑に処せられるのではないか。そうすると帝国軍人を名乗る人物は実はそうではない可能性がある。


 勇人は何となく裏が有りそう、という軽い気持ちで助祭の応接室に盗聴器を仕掛け、村長と出会う度に盗聴と録音をしてみた。村長との会談を重点的に抑えたのは今まで来ることがなかったのに急に来出したからだ。


 軽い気持ちで始めたことだったが、結果は重大だった。村長に隣国の奴隷商会が接触している。目的はアビーとリーアの拉致だ。二人を違法に奴隷にして隣国に売り込むつもりらしい。村長たちへの報酬はなんと金貨五百枚。村長が頻繁に来るのは助祭を巻き込むためだ。


 最初はなぜ助祭の協力が必要なのかわからなかったが、農村から人が他村に移動するためには離村承諾書と離村許可証が必要だということを知ってその意味が分かった。つまり離村承諾書を作成するのは家長、ここでは助祭だが、それには皇都に行って魔導大隊に入隊すると言いう目的地と目的を書かざるを得ない。


 だがアビーたちを連れて行くのはどうも南の国らしい。南にはハッシバー大公国があるからたぶんここだろう。勇人が居る国では奴隷は禁じられているから、ハッシバー大公国を本拠地とする奴隷商会がアビーらを拉致しようとしているのだろう。


 そこで一つ問題が生じる。皇都は西にあるのだ。幾ら何でもアビーもリーアも西と南の区別は付くし、皇都が西にあることも知っている。騒ぎ立てられて離村同意書や離村証明書の提示を求められれば悪事が露見してしまう。それでもう一通南に行くことを正当化できる離村同意書が存在する必要があった。そのために村長は助祭を抱き込みにかかった。


 最初助祭が不機嫌な顔をしていたのは持ちかけられた内容に忌避感があったからだろう。それも金貨五百枚、一人頭二百五十枚で転んだ。その結果、本人たちに渡す本物の離村同意書とは別に、南の国境近くの町にある商家に亡き親の借金の返済のために働きに行くという内容の離村同意書が作られることになった。


 ここまでが盗聴で勇人が知った事実である。勇人はそれを元に活動を開始した。まず考えたのは誰にこれを収めさせるかである。領主か巡回司教しかないが領主には伝手は無い。したがって巡回司教一択である。


 巡回司教は一月二十五日前後に教会に来るがアビーらの出立日は分からない。拉致された日から巡回司祭が来る日まであまり長い間二人だけで生活させるわけには行かないからそこで何かトリックが必要だ。


 勇人はトリックの根幹に【亜空間庫】を使うことにした。だが生きているものでも入れられるというのはアビーらも知らない事実だ。これだけは隠さなければならない。


 勇人は藁人形を五体作った。藁人形と言っても要所要所に木材を使った結構本格的なものだ。また孤児院の在庫のうちからあまり人気が無く沢山余っている布地を持ち出し縫い合わせて大きなシートを作った。これで二人の目を暫く眩ませられれば良い。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そして翌年一月十日となった。みんな別れを惜しんでいるが勇人はこれが最後の別れではないことを知っているので冷めた目をしてみんなの涙や熱を帯びた抱擁を見ていた。


 二人が出発してすぐに勇人は開墾地に行くと問題の峠のある山に向かって飛んだ。ここは最初に飛んだ場所であり、いつも肉を領都に売りに行くときの中間点でもあるので慣れたものだ。


 そこから少し移動して南を見ると下に例の空き地が見える。勇人はそこへ飛び、少し歩いて峠の手前で道脇の藪の中に身を隠した。辛抱強く一時間以上待っているとやがて南から峠に近づいてくる箱馬車と騎馬一名が現れた。馬車は見るからに頑丈そうなうえに外から閂が掛けられる構造になっている。騎乗した男は護衛だろう。如何にも凶悪そうな顔をしている。


 間違いなくこいつらが奴隷商会の手の者だ。南へ下る本道が領都マハラディアから出ており、ここは裏道になるため人通りは殆ど無く、目標を見違えることはない。勇人は馬車とその護衛の後ろに【亜空間庫】を出し、一瞬のうちに馬車、騎馬のすべてを収納した。


 会合場所になっている空地へ行くが、まだ村長の荷馬車は来ていない。空地の奥の藪を暫く進むともう一つ草地があった。馬の餌になりそうな草も十分に生えており、アビーとリーアに馬車の隠し場所と偽るには十分だろう。


 邪魔な雑木や灌木を切り払い、最初の空き地からここへ続く道を作っておく。道と言っても一見したところでは少し雑木が疎らになった土地という程でしかなく、そこを通って奥に行こうなんて考える者はまずいないだろう。それ以前に会合場所として指定されている空き地に入ってくる者さえ稀だ。


 【亜空間庫】で収納した馬車の中を見ると、備え付けの金庫の中に金貨が二千五百枚も入っていた。他に商会の名の入った便箋と封筒、ペン、インクなどの筆記具があった。勇人は金には手を付けずその便箋と封筒を一通分取り出すと箱馬車の中で村長宛に、今日来られなかった理由と二十二日に再度同じ場所で落ち合うことを記した手紙を作成した。


 そうしておいて藪の中に隠れていると村長の荷馬車がやってきた。村長もアビーたちもそこで所在無げに奴隷商会の馬車を待っていたが、二時間もすると諦めて村の方へ引き上げていった。


 それを見届けて勇人は【そこまでドア】でマハラディアまで飛び、郵便業者の店舗に行くと村長宛の手紙の配達を依頼した。翌々日着で銀貨五枚も取られた。ローレン村宛に手紙を出すものなど居ないので一通のみの配達となり割高なそうだ。


 それが済むと【そこまでドア】で孤児院まで帰り、何食わぬ顔でアビーとリーアを乗せた村長の荷馬車を出迎えた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一月二十二日が来た。勇人は村長の荷馬車を教会前で見送ると、直ぐに【そこまでドア】で飛んで十日に奴隷商会の馬車を収納した場所に行き、時刻を計ってそっとその場に馬車と騎馬とを出した。


 馬車の御者も乗馬していた護衛らしき人物も自分たちが【亜空間庫】に閉じ込められていたことにはまったく気が付いていないようだ。何事もなかったように前に進んで行った。


 勇人は馬車が十分に離れてから藪伝いに会合場所になっている広場の近くまでやってきた。そこから見ていると暫くして三叉路の方から村長の荷馬車が峠を登ってくるのが見えた。


「やあ。お待たせしてしまいましたかな」


「いや。俺たちもさっき着いたばかりだ。待ったと言う程ではないよ」


 村長と御者をしていた奴隷商会の手先とが挨拶を交わす。


「一応試させてもらいますよ。村長のヤコブです。火のないところに煙は立たぬ」


「当然だな。俺はマガルだ。水に水煙、土に土煙。」


 合言葉を確認しあっているようだ。


「おい、早くしろよ。荷馬車じゃ、尻がおかしくなっちまったぞ」


 アビーが荷馬車の上から悪態をつく。


「おお、そうかい、そうかい。これが火魔法使いのアビゲイル、通称アビーです。そっちの大人しいのがリーア。なかなかの治癒魔法使いだそうで」


「じゃあ引き渡して貰うぞ。これは約束の五百両だ」


 マガルと名乗った男は馬車の金庫から小さい方の袋を取り出すと村長に差し出した。村長はそれを受け取ると満面の笑みを浮かべてアビーたちの方を見た。


「おい、二人ともこの人について行くんだ。さっさと降りな」


 金のやり取りを見ていたため、少し訝し気な顔をしながらも二人は荷馬車を降りて箱馬車の方に近づいた。突然護衛の男がアビーに飛び掛かり右手を後ろに捩じ上げると後ろ手に金属で出来た枷をはめた。途端にアビーの周りに【虚空庫】に入っていたらしい荷物が散乱する。


「何すんだ。一発食らわすぞ」


 アビーが叫ぶが護衛は歯牙にもかけない。


「その枷を嵌められて魔法が使えるもんなら使って見な」


 アビーは後ろ手で【火箭】を放とうとするが全く魔法が出る気配がない。


「こいつはな、除魔の枷って言ってな、おまえたちみてえな魔法使いを黙らせる枷なんだよ。それを付けられてる間は魔法は使えねぇ。大魔法使い様もざまあねえな」


 護衛はニタニタと嫌らしい笑いを浮かべながら枷の効能を自慢げに話した。


「それで、二人の離村許可証は」


 マガルが村長にそう言うと村長は懐から二通の紙を取り出した。


「これが二人の離村許可証と離村同意書でさあ」


「オレたちの書類は俺たちが持ってるんだぞ」


「そっちは紙くずだぜ。たった今からおめえたちの書類はこっちだ。なになに、行く先はリトフ、南の国境近くの町だな。目的は亡き両親の借金返済のためこの町のバディア商会で年季奉公のためか」


「私たち、捨て子なのよ。両親のことなんて知らないわ」


「そんなこたあ、どうでも良いんだよ。アビーとやらの証明書はこれだな。リーア、お前もアビーみたいに【虚空庫】の中身を地面にぶちまけたくなかったら素直に証明書類を出しな」


 護衛はアビーの証明書類を地面から拾い上げながらリーアを脅した。リーアは怯えた顔で【虚空庫】から自分の証明書類を出して護衛に差し出しす。護衛はそれをひったくるようにして受け取ると薄ら笑いを浮かべながらそれをマガルに渡した。


「それじゃあ、あっしはこれで帰らせてい頂きますぜ」


 村長はそう言うと馬車を返しほくほく顔で峠をもと来た方に下って行った。


「さあ、二人とも大人しく馬車に乗りな」


 そう言ってマガルが馬車のドアを開けたときだった。マガルと護衛の頭の上に頭と同じくらいの大きさの石が落ちてきた。二人とも揃って昏倒する。


「きゃっ」 「わっ」


 リーアとアビーも突然に降ってきた石と昏倒した悪党二人に驚いて思わず声を上げた。


「アビー、リーア。どうやら無事のようだな」


 勇人は藪から立ち上がって二人の前に姿を現すと、ガサゴソと音を立てながら藪から広場へと出てきた。


「おお、ユージンか。助かったぞ。早くこれをはずしてくれ」


「師匠。怖かったよお」


 アビーは後ろを向いて除魔の枷を外すように催促した。


「待ってろ。今鍵を捜すから」


 勇人は護衛の懐を弄って鍵を見つけるとアビーの枷を外した。アビーはその前からガシガシと護衛を蹴っていたが、枷が外れると護衛にピストル型にした右手を向けた。


「アビー、そこまでだ。殺しちゃだめだ。そいつは大事な証人なんだから」


「そうか、そんならオレと同じ目に合わせてやる」


 アビーは今まで自分が嵌められていた除魔の枷を護衛の男にはめようとした。


「アビー、待ってくれ。それも駄目だ」


「何でだ。いろいろため込んでるに違いないぞ」


「それを巡回司教様の前で出させるつもりなんだ。だから待ってくれ。それより二人が気が付く前に縛り上げるから手伝ってくれよ」


 アビーもそう言われると逆らう訳にもいかず、三人で悪党二人を縛り上げた。ご丁寧に後ろ手で縛った上に両親指を纏めて縛り上げている。足も縛り上げ、猿轡をして叫べないようにもした。


「これくらい縛っておけば逃げられないだろう。馬車の中に入れるから手伝ってくれ」


 これには異論なく、三人で悪党二人を馬車の中に運び込むと隅の方に転がした。勇人は用意していた布を二人に掛けて布をのけなければ二人が見えないように隠す。


「この藪の奥に馬車を隠せるところがあるから馬車と馬をそこへ持って行くよ。ここで待っててくれ」


 勇人はそう言うと騎馬の手綱を持って御者台に登り、馬車を操って藪の奥に入っていった。そして二人から見えないところまで来ると、馬車と騎馬とを【亜空間庫】に収納し、代わりに藁人形を寝かせて布をかけた。勇人にはもう一つやらなければならないことがある。勇人は【そこまでドア】で峠の見える山の頂上に飛んだ。


 そこからは三叉路まで見渡せる。思った通り村長はまだ三叉路の手前だった。勇人は三叉路前の端の下まで飛んで村長が通りかかるのを待ち、後ろから荷馬車ごと村長を【亜空間庫】に収納した。そこで村長の【虚空庫】の中を探り自分が村長に出した偽手紙を回収した。それが済むと村長と荷馬車を元の場所に出し、後は何食わぬ顔でアビーたちの所に戻った。


「あいつらに逃げられねえだろうな」


「巡回司教様が来るのは二十四日だし、それまでくらいなら縄も持つよ。それに馬車の戸に外側から閂をかけたからね。仮に縄が解けても馬車からは出られないよ」


 馬車は巧妙に普通の箱馬車に見せているが、奴隷運送用であり必要があれば外側から鍵を掛けたり閂を下ろしたりすることができるようになっていた。全く悪辣だ。アビーは逃げられる心配をしているが悪党どもを【亜空間庫】に入れた勇人はその心配は全くしていない。


「それで、これからどうするの」


 リーアからの質問がよい機会だとばかりに勇人はこれからの計画を細かく説明しだした。

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