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061 故郷は遠きに在りて思ふもの?

 二月になってエラドが故郷へと向かった。勇人は何時もの通り週に二回聖域に狩に行き、鯉を育て、シイタケを育て、そしてウサギを育てた。違っているのは自分が直接手を出すのではなく、孤児たちがそれを熟すのを見ていて、時に手本を見せ、時に指導して導く立場になったことだった。芋苗の芽出しや田圃への種まき、畑作の世話などは勇人よりも子供たちの方が良く知っていた。


 勇人が下男になってから助祭はなぜか機嫌が良く、エラドが故郷へ帰ってからは何かにつけて呼びつけては世間話をするようになった。


「助祭様、エラドが里帰りに一月くらいかかると言ってたけど、彼の故郷は随分遠いんだね」


「いいえ。彼の故郷は・・・名前は忘れたけどここから馬だと三、四日で行ける小さな町よ」


 勇人がほんの世間話のつもりで降った話題だったが、助祭の返事は意外なものだった。


「へぇ。じゃあ何で一月係るって言ったんだろうなぁ」


「さあ、久しぶりの故郷だから色々とやることが溜まってるんじゃないかしら」


「実家は父母と兄夫婦でやってる小さな商会だと言ってたから、傭兵崩れの弟にとっちゃあんまり居心地が良いとは思えないんだけど、三週間近く何をしてるのかなぁ」


「人には他人に言いたくないことも多々あるのですから、あまりその話題で詮索するのは大の大人のすることではありませんよ」


 助祭が普段に似合わず真面な言葉を発したので勇人は面食らってしまった。


「そ、そうだね」


 だが勇人は以前エラド自身から飛び出すようにして家を出たことや家族とは会う気はないなどと聞いていたので今回の旅行が少し意外に思えたのは事実だ。


 (金の無心かいなあ)


 心当たりと言えばそれくらいしかない。エラドに失礼ではあるが老境に差し掛かろうとしている今、孤児院の下男としての手当など当てに出来る金額ではあるまい。ましてほとんど飲み代に消えているようだし。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 二月の末頃にエラドが帰ってきた。


「エラド、お疲れさん」


「ユージン、お前こそお疲れさん。慣れない仕事を一月も押し付けちまって悪かったな。故郷で酒を買ってきたから今夜あたり一杯飲むか」


 エラドは疲れた様子だったが、反面上機嫌でもあった。金策が上手くいったのか。


「さそってくれたのは嬉しいけど、まだ酒は飲まないことにしてるんで」


 見せらせたのは珍しくガラスの瓶に入った透明の酒で、見るからに蒸留酒という雰囲気を纏っていた。


 (こんなん飲んだら一発アウトやな。昔はがぶ飲みしてたけどこの身体は受け付けんやろ)


「ところで往復と実家での滞在で一月もかかるってエラドの故郷は随分遠いんだね」


 勇人が水を向けるとエラドは笑って答えた。


「そんなこたぁねえよ。前にお前さんにも話したって思うんだが、俺の故郷は馬でなら三、四日で着くぜ」


「じゃあ随分長居したんだね」


「そうよ。なんせ家を飛び出してから初めて帰ったんだからな。ちっとは親孝行らしきこともせにゃなんねえし、昔のダチにも顔を見せなきゃなんねえし。会えば積もる話もあらあな」


「そりゃそうだね」


 (よう言うわ。どれくらい無心したんかな。えらい機嫌良う帰ってきたさかい、結構毟ったんやろなあ。兄さん気の毒に)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それから暫くは普通の日々が続いた。四月になって下ローレン村の村長がちょくちょく助祭を訪ねてくるようになった。助祭は最初苛ついて機嫌が悪かったが次第に真剣な顔で出迎えて長々と話し込むようになった。


「エラド、最近下ローレン村の村長がちょくちょく話に来るようだけど何事かなあ」


 気候の良い春とあって、エラドは昼食後は表の広場のベンチで休んでいた。勇人もその隣に座っていたが、退屈しのぎに話題を振ってみた。


「ああ、アビーが帝国魔法兵志望だしリーアも帝国治療兵志望に傾いているだろう。あいつらは二人とも士官扱いになる資格は十分に持ってる。


 そういう場合、帝国軍人が実力を見に来るんだが、その軍人を呼ぶにはルートがあってな。農村だとまず村長を通して領主に願い出て、領主から帝国の駐屯地に連絡をして、そっから帝国の関係部署に伝達されて、資格のある帝国軍人が派遣されんだ。たぶんそのための打ち合わせだろうよ。


 最初助祭が渋い顔してただろう、あれはたぶん領主んところで先に進まなかったからじゃねえかな。なんせ前回イサクが不合格だったんで領主の顔に泥を塗っちまったからなあ。領主も慎重になろうってもんだ。今はうまくいってるようだしこの分だと夏ごろには帝国軍人にお目に掛かれるぜ」


「そうなんだ。なかなか面倒なんだね」


「まあ帝都から軍人を寄こすんだ。無駄足を踏ませる訳にも行かねえからそれなりに吟味するってことだろ」


「ちょっとアビーに聞いてみるよ」


 勇人はその足でアビーの所へ行った。彼女は相変わらず田圃を見下ろす土塁に腰かけて村の様子を見ていた。


「アビー。暇そうだな」


「オレはユージンの護衛なんだがな、お前がどこへも行かねえから仕方なく村を見張ってるんだ。暇じゃないぞ」


 勇人が声を掛けるとアビーは前を向いたまま答えた。


「ところでアビー、助祭様に帝国軍人になりたいって伝えたのか」


「おう。一月くらい前に伝えたぞ。リーアも成るかもしれないって二人で言いに行ったぞ」


「そうか。それで助祭様はなんて言ってた」


「『そうですか、それでは村長に伝えましょう』って言ったが、ちょっと面倒臭そうだったぞ」


「まあ、面倒臭がるのはいつものことだな。誰かと良く似てるなぁ」


「そう言う奴はいっぱいいるからな」


 勇人は少し皮肉を交えたが、アビーは自分のこととは思ってないようだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 八月中旬になって帝国軍人が教会にやってきた。昼過ぎに来て、いつものようにベンチで休んでいたエラドがまず応対した。


「ここはローレン村教会と付属孤児院で俺はここの下働きのエラドだ。どちら様かな」


「自分は帝国陸軍第一魔導大隊、カトリエル大尉相当官である。魔導大隊士官待遇での入隊希望者があるので審査するようにとの命を受け訪問した。責任者に取り付き願いたい」


「これは帝国士官様でしたか、直ぐに助祭を呼んで参りますので暫時お待ちください」


「了解」


 勇人がベンチから見ているとエラドは直ぐに教会の中に入っていった。カトリエルと名乗った士官を見ると平服によれよれのマントという出で立ちで従者の一人も連れていない胡散臭い男である。


 (イサクのときに来た士官は旅汚れはしとったけどパリッとした軍服に身を包んで、従者をひとり連れとったなあ。カトリエルとはえろう違うわ)


 そう思っているうちに助祭が教会の正面扉からまろび出てきた。


「これはこれは、良くおいで下さいました。私はここの責任者で助祭のレヴィナ・ニサンと申します。教会で暫時ご休息を取られますよう。その間に受験者アビゲイルとリーアを呼んで参ります」


「当職は帝国陸軍第一魔導大隊、カトリエル大尉相当官であります。これが任務の命令書です。ご見分を願います」


 助祭はカトリエルから差し出された命令書を受け取り、エラドにアビーらを呼ぶように言うとカトリエルを教会内へと誘った。エラドは暫くするとアビーとリーアを連れて戻ってきて教会内に入っていった。


 それから教会内でどのような話し合いがあったのか勇人には分からなかったがベンチで待っているとカトリエルとエラドがアビーとリーアを伴って教会の玄関から現れた。


「これからアビーたちの能力を見るから河原に行ってくる」


 エラドは勇人に向かってそう言うと先に立って河原へ続く山道の方へ歩き始めた。


「わたし、ユージンにも来てもらいたいわ」


「オレもそう思うぞ。リーアの師匠だからな」


 リーアとアビーがそう言うとカトリエルもそれに同意した。


「おお、リーアの師匠なのか。それでは立ち会ってもらうべきだな」


「言われなくても立ち会わせてもらうつもりだった。ところで帝国士官と言えば公務の時には軍服を着ておられるものだと思ってたんだけど、カトリエルさんは随分ラフな格好なんだね」


「ははは。普通の軍人ならそうなのだが、我々魔導大隊の隊員は特殊任務が多いので公式行事以外は軍服は着ないんだよ。特に自分のような魔力が凡庸な隊員は狙われると自衛手段がないのでね」


「えっ、魔導大隊の人ってみんな特別な魔力を持ってるんじゃないのか」


「アビー君だったかな。私のように能力の見極めを任務としている者、事務や作戦を任務としている者など魔力に特筆すべきところが無い隊員も多いのだよ」


 結局勇人も立ち会うことになり一緒に河原に降りた。途中エラドに言われ、勇人はウサギを一匹持って行った。カトリエルはまずアビーの能力から検証を始めた。


「あの木を撃って見てくれ」


 アビーは言われるままに二十メートルほど先の木に【火箭】を撃った。【火箭】は木の前後に長い光の帯を残して一瞬のうちに木を打ち抜いた。それからアビーは言われるままに【火箭】を披露していった。やがてカトリエルは言った。


「分かりました。もう結構です。次はリーア、あなたが能力を見せて下さい」


 そう言われてエラドは勇人が持っていたウサギを受け取り、ナイフで後ろ足を大きく切った。ところがウサギが暴れたため思ったより傷口が大きくなり骨まで切断してしまった。エラドは慌てたが、リーアは特に慌てなかった。


 まず【止血】の魔法で両方の傷口からの出血を止めると、【全身麻酔】でウサギを眠らせ、骨、血管、神経、筋肉と活性化によって接着してゆき、最後に皮膚を縫合した。


「本当は消毒しなければならないんですが、消毒薬は手元にないんで今回は省きました。野生動物は強いですからこれでも治るかもしれません」


 そう言いながら【全身麻酔】を解くとウサギは普通に歩き始めた。


「ほう。素晴らしい。これは稀有の逸材だ」


 カトリエルは強い感銘を受けたようだ。一方他の者の目の届かないところで勇人は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


 (マル秘中のマル秘まで見せてもたなあ。これで任官する以外の道は無うなったかな)


 それだけではない。その特異な能力が知られたからには監禁状態になる可能性も無い訳ではない。咄嗟の出来事だったとは言えリーアにとって非常にまずい展開だった。だが起こってしまったことはもう無かったことにはできない。成り行きをみるほかないだろう。


「お二人の能力は十分に判った。自分には最終判断権はないので確たることは言えないが報告書には合格と書く。正式な合否通知は魔導第一大隊長名で領主殿から助祭に伝達される。合格の場合には、その際にこちらから迎えに行く日付も連絡する」


 五人は河原から教会に戻った。カトリエルは教会内に入り助祭と暫く話をしていたがやがて出てくると見守っていた四人に敬礼をして帰路に着いた。

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