059 出来の良い子は留年です
それから一週間もしないある日、勇人は久しぶりに助祭に自室に来るように呼ばれた。勇人が何を言われるかといぶかりながら助祭の客室に行くと、助祭はニコニコと笑いかけながら座るように言った。勇人が用心しながら応接用のソファーに腰かけると助祭はてづから勇人にお茶を淹れて話し始めた。
「そう固くならずにまずお茶はいかが。今日来て貰ったのは少しお願いがあるのよ」
勇人はお茶に口を付けて少し飲んでから疑問を口にした。
「どう言う要望かなあ。まず聞いてから出来るかどうか考えたいんだけど」
勇人はわずかに警戒心を見せて答えた。
「まあまあ、そう構えないでちょうだい。話は簡単なの。あなたは来年十五歳になったらここを出て魔猟士になるつもりだと聞いてますがそれで間違いないのかしら」
「ええ、僕に出来るのはそれくらいだから」
「お願いと言うのはそのことなの。ここを出るのを一年間先延ばしして欲しいのよ」
要望の内容があまりにも突飛なことだったため、勇人は思わず眉間にしわを寄せた。
「それはなぜなの」
「次の十四歳組はアビゲイルとリーアの女子コンビでしょう。狩猟の統率だけでなく普段の生活での特に年長組の男の子たちの統率が難しいように思うのよ」
「狩猟についてはアビーは十分に統率力を持ってるし、エラドも居るから心配ないと思うけど。普段の生活についてはアビーはあのとおり自由人だけどその分リーアがしっかりしてるし問題無いんじゃないかなあ」
「エラドは最近狩猟について行くのが大変そうなのよ」
これはその通りだ。最近エラドは殆ど聖域には入っていない。しかしそれが勇人を「留年」させる理由になるとは思えなかった。
「それならウサギも飼い始めたことだし、特に聖域でイノシシやシカを相手にすることもないよ。サミュエルさんとの約束もあるし僕としては来年ここを出たいんだ。助祭様も講師料を払わなくて済むからその方が良いだろう」
「そういう訳にはいかないのよ。私の助祭としての任期はあと一年で終わるわ。そうしたら還俗して輿入れ先を探すことになるわ。ここまで大過なく任期を務めてきたのに、あと一年の間に孤児たちやエラドが大けがをしたり亡くなったりしたらその経歴に傷がついてしまう。輿入れ先を探すのにも支障がでるのよ」
(こいつ思いっきし本音をぶちまけやがったわ。いや、本音は半分であと半分はワイへの嫌がらせか。一年余分に残るくらいかまへんけどこいつの思惑に乗せられるんはしゃくやなあ)
「何と言われても残る気はないんで来年初めには出て行くよ」
勇人のその言葉を聞いて助祭の顔付きが急変した。
(うわっ、般若や)
「あなたは何か勘違いしているようね。十五歳で孤児院を出て行くというのはあくまで孤児院側の都合で決められたことなのよ。限りある資金で大人まで養うことは出来ないわ。でも十五歳で出て行けると言う保証はないの。
この国では法の定めで家長の「離村承諾書」と領主の「離村許可証」を持っていない限りどんな職にも就けないわ。魔導士組合でさえ魔導士としての登録は受け付けられないのよ。
「許可証」は村長が取りまとめて役人の許可を貰うんで実質的には村長発行みたいなもの。そして家長の「承諾書」は孤児院では私が署名するのよ。つまりあなたは私が「承諾書」に署名しない限り魔猟士にはなれないわけよ」
(強権発動や。なるほどこれは参ったなあ)
「で、残るとして僕の立場はどうなるのかな」
「あなたは臨時雇いの教会下働きね」
「では、給金は」
「週六百文の給金を払っているでしょう。それに加えて週一回二日間の休暇と個人的要件での聖域への立ち入りを認めます。今までどおり狩猟で稼ぐといいわ」
(うわあ、やっぱりこれまでの意趣返し込みかいな)
「分かったよ。それで手を打つことにするしかないね」
勇人の身長は今百六十五センチくらいだ。孤児院育ちで十一歳まで栄養状態が良いとは言えなかったシモンより五センチ以上低い。今世間に出ても身長差とそれに付随する体力差で同年代の魔導士志望者と伍してゆくのは難しいだろう。
記憶では十五から十六歳にかけて十センチくらい伸びて後は頭打ちだったはずだ。その一年を食の心配をしないで生活できる、そう考えると「留年」は損な取引ではない。勇人はそう考えることにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二、三日後にエラドに呼び止められた。
「おいユージン、一年作男で残るんだってな」
「そうだよ。僕としては出たかったんだけど助祭様に押し切られちゃったよ。あんたが年寄りで当てになんないから、事故で子供たちが大けがしたり死んだりしないように良く見とけってさ。事故があると自分の輿入れに差し支えるらしいよ」
勇人が不貞腐れると、エラドは上機嫌で笑いながら言った。
「あの婆の輿入れ先が悪くなるだって。あいつ貧乏男爵家の余りものの三女か四女だぜ。そもそも家庭教師も付けてやれねえからって十二歳くらいで教団に入れられたんだ。教団なら最低限の教育と行儀作法は教えてくれっからな。経歴に傷が付こうが付かまいが碌な嫁ぎ先が無えのに変わりはねえよ」
「それにしても、教団からここの運営費が毎月幾らって決まって出てるんだろう。それを碌々使いもせずに貯め込んでるんだから。巡回司教様もいい加減に処分するとか出来なかったのかなぁ」
「そこはちょっと難しくってな。教会の司祭や助祭を任命したり配置換えしたりするのは教団の権限なんだよ。それで教会の運営は任命された司祭や助祭の専権事項ってわけだ。
それについちゃ聖女会は文句が言えねえ。指導は出来るがそれ以上のことは出来ないってわけよ。聖女会が教会の司祭や助祭を罷免できるのは犯罪行為に加担してた場合だけだ。
あの助祭様、その仕組みが良く分かってらっしゃるから巡回司教様から何を言われたって『はい、はい』って言うだけで一向に改めやしねえ。最後に貯め込んだ金を持って還俗すれば教団からも聖女会からも糾弾されねえって踏んでるんだな」
エラドはさっきとは打って変わって吐き捨てるように言った。
「教団は何もいわないの」
「教会の司祭、助祭ってのは下っ端貴族の息子や娘の姥捨て山みたいなもんだ。それ相応の寄付を貰ってそいつらを司祭、助祭に仕立て上げてんだ。そんな金蔓を簡単に放り出す訳ねえだろう」
「そう言うものなの」
「ところでよう。お前さんが臨時で一年残ってくれるってんでこっちは助かってんだ」
「僕がそのまま居ついてエラドの仕事を取ってしまうかもしれないよ」
勇人がそう茶化すと、エラドは大声で笑った。
「月銀貨五枚の給金でやってみるかい」
勇人が笑ってそれは無理だと言うと、エラドは少し真面目な雰囲気になった。
「俺もいい歳になってきたし、一度親父の顔を見に帰りてえと思ってたのよ。だがな故郷へ里帰りするとなると一月くらいは見ておきてえ。その間ガキどもの面倒を見る奴が居ねえからずっと先延ばしにしてたんだ。お前さんが臨時で来てくれるんで遠慮なく里帰りができるってもんだ。来年の、そうさなぁ二月に一ヶ月くらいかけて出かけることにすっからその間のガキの面倒を頼むよ」
「その足で歩いて行けるの」
「そんな訳ねえだろ。村の顔役で懇意にしてる奴が居るから馬か馬車を借りるつもりでぇ」
「わかったよ。今まで仲間として過ごしてきた連中だから気心も良く分かってる。心配しないで行ってきなよ」
「遠慮なくそうさせて貰うぜ」
エラドは上機嫌でそう言うと表の方へ歩き去った。表のベンチに行くのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「師匠、一年残るんだって」
今度はリーアだ。アビーもくっついている。
「ああ、助祭様に押し切られちゃったよ」
「私は嬉しいな。もう一年治癒の勉強を手伝って貰えるわ」
「護衛の仕事は終わりだと思ってたのにまだ続くのか。オレも他の仕事で忙しいんだぞ」
「リーア、もうあまり手伝えることは無いと思うけど疑問があれば聞いてくれ、一緒に考えよう。腑分けは出来ないよ。他の遺体は埋めちゃったからね」
腑分けが出来ないと言うのは嘘だ。まだ三体とも持っている。わざわざ埋めに行くのが面倒と言うこともあるが、何かに使えるかもとも思っている。勇人は基本倹約家なのだ。ケチとも言う。
「それからアビーさんや、お前さんの他の仕事って何だ。アリンコを数えることかな」
「アリンコじゃないぞ。アリンコみたいに見える村の奴らだ」
「前に『人をアリンコ扱いしてはいけません』って言っただろう」
「お前が先にアリンコ扱いしたんじゃないか」
「僕はアリンコを数えるのが仕事かって聞いただけだよ」
「ふん。ああ言えばこう言う奴だ」
リーアがあわあわしながら話に割って入った。アビーとのやり取りは何時ものことなのだがリーアは良く分かっていないようだ。
「それにウサギさんの世話もあるし。冬場はどうしたら良いのかわからないよ」
「まあ、野ウサギなんだし、適当に枯草をやっておくか、レンゲ畑に囲いを作ってそっちに移しても良いかな」
「オレたちと一緒にここを出るんだな」
「そうなるね。アビーとリーアは成人後何になるつもりなんだ」
「オレは帝国軍に入るぞ。魔法職はすぐ士官になれて給料も良いらしいからな。リーアは治癒職だ。これも腕のいい奴はすぐに士官だからリーアもすぐに士官だぞ」
「うーん。帝国軍の治癒職も良いけど、施療院に勤めて将来は自分の施療院を持つのも良いかな。でもアビーとは離れたくないし」
「オレもリーアとは離れたくないから、リーアは帝国軍で治癒職で決まりだ」
「リーアは施療院でも軍人でも良いけど目立つことはするなよ。そうでなくても【治癒】の魔力と魔素量では群を抜いているらしいから、それで十分だよ」
「うん、そうする」
「それで、軍とはどうやって連絡を取るんだい」
「イサクを覚えてるか。あいつも弓職で軍に入りたいって思ってて助祭に頼んだんだ。魔法兵が一番の花形だけど長弓兵もその次くらいに花形だぞ。それで助祭が軍に連絡をして夏ごろに軍人が見に来てたぞ。結局士官採用はだめだったけどな」
「そう言えば立派な軍服を着た人が来ていたね。あれがそうだったのか。軍に入りたい者はみんなそうするのかい」
「そんな訳ないぞ。教会の司祭や助祭が士官採用の見込みがあるって認めた奴だけだ。一般の志願兵は領都の事務所で志願手続きをして採用されれば現地の帝国軍駐屯地で現地勤務だ」
(本物の士官はたぶん士官学校みたいなところがあって、そこで戦略や戦術の勉強をするんやろ。本物の士官に戦闘技術は要らんからなあ。士官が剣持って戦うようになったらそりゃ負け戦やで。
それで技量の高い魔法兵とか長弓兵とかは一般兵やのうて士官待遇で優遇するちゅう訳やな。あとたぶん戦時には徴兵もあるんやろなあ)
勇人は自分の能力についてまた考え込んでしまった。【そこまでドア】と【亜空間庫】の組み合わせは最悪の組み合わせで、元の世界の核ミサイル並みの威力がある。なんせ少なくとも日本の師団規模の人員物資を敵の中枢まで簡単に運べるのだ。トップシークレットは【そこまでドア】だ。これと【亜空間庫】の能力のうち生物を収納可能な点、ほぼ無限の収納力がある点、時間停止の機能がある点は絶対に知られてはならない。そこまでではないが【亜空間庫】のベクトル保存の能力も【次元刀】の切断能力も戦術的には利用価値が高い。これも隠しておくべきである。これらは初見殺しだ。非力な勇人にとっては対魔物戦に留まらず対人戦でも切り札になり得る。
秘密にしなければならないことが多すぎるのだが、この二人はそのほとんどを知っている。知らないのは【亜空間庫】の時間停止機能とベクトル保存機能くらいだ。
(『殺るか』ってわけには行かへんのが辛いとこや)
「まあ、どう進むかは二人の問題だから口出しするつもりはないけど、一言だけ、死ぬなよ」
「オレには関係ねえぞ、そんな言葉」
「うん。『命だいじに』だね」
どこでそんなフレーズ覚えた!




