054 シイタケはブナの木より出でて、マツタケよりも高し
それからの日々はほぼ前の年の繰り返しだった。勇人はいつの間にか十二歳になった。
田圃は塩水選で種籾を選び、田植えはせずに水を抜いて泥田に筋撒きをした。草取りには鯉農法を試してみた。夏前には水を抜いて分けつを促した。
芋苗は無事一町の畑に植えることが出来た。これでカロリーの確保は出来るはずだ。残りの一町にはクローバーを植えている。牛のジョナが食べてせっせと糞をしてくれている。
鯉の稚魚も今年は去年の経験があるので時期も絞れたし、孤児たちの餌集めも順調だ。人手も引き臼ゃ薬研も増やした。碾き臼や薬研を作るのには【次元刀】を使ったので昨年よりは格段に楽になった。
聖域での狩猟は週二回続けている。
算術はどうにか一年で少数、分数の割り算、掛け算まで教えることが出来るようになった。同じことを毎年繰り返すのだから当然と言えば当然だ。よくできる子には下の子に教えさせている。
リーアの医術の勉強については、今、獲物の解体を積極的にやらせている。リーアもその意味が分かっているので簡単に内臓を捨てるのではなくどこに何があるのか確認しながら解体している。ついでに解体用のナイフの手入れも教え込んでいる。教えているのはエラドだ。
(あとは、ワイが出て行った後の肉の確保とガキどもの独立資金をどうするかやなあ)
勇人はそこに目を向けるまでの余裕ができた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その年の秋のことである。キノコ採りに裏の林に入っていたマルカが踊るように飛び跳ねながら帰ってきた。
「シイタケあったよ~♪」
調子っぱずれの歌まで歌っている。
(踊るんやったらマイタケやろ)
勇人は一足先にキノコ採りから帰って裏庭のベンチで休んでいたが、マルカがなぜ踊って歌まで歌っているのか分からなかった。
「まあ、シイタケですか。何本採れたの。早速干しましょう」
助祭が食堂の裏口から飛び出してくるなり淑女にあるまじき声で叫んだ。
「おおっ、シイタケか、やったなマルカ」
エラドまで急ぎ足で表から回ってきて、マルカのところに向かっている。
「おい、シモン。なんでみんな大騒ぎしてるんだい」
勇人は訳が分からない。ちょうど隣を通ったシモンに尋ねた。
「ユージン、シイタケはキノコの王様だよ。干すといい味がでるんだ。めったにお目に掛かれないけどね。前にエラドが言ってたよ。ラフィアディア辺りでなら干したもの一本で穴銀二枚にはなる高級品なんだって」
「へえ。上の世界じゃシイタケは生なら安いものでワンパック二十文くらいで売ってたよ。干した奴はそれより高いけど。松茸のほうがはるかに高かったね」
今度はシモンの方が訳が分からないという顔をした。
「マツタケはユージンも毎年食ってるだろ。裏の林の奥の方にある松林で幾らでも採れるぞ。歯ごたえは有るし匂いも良いけど、美味いというならヒラタケやマイタケのほうが遥かに美味いと思うよ。上とここでなんでそんなに違うんだろう」
そう言われて勇人には思い当たることがあった。人工栽培だ。
「ねえ、シモン。シイタケの養殖って聞いたことある」
「シイタケは人の手じゃ増やすことは出来ないよ。もしかして上の世界じゃ人の手で、養殖ってのかな、鯉みたいに増やしてるのかい」
「そうだよ。当たり前にやってる・・・そうか、それで安くなったのか。人工栽培ができるまでは高級品だったって聞いたことがある」
「ユージン、お前、そのやり方知ってるか」
シモンは小声になった。人に聞かれたくない話のようだ。勇人も声を潜める。
「僕の爺さんがやってるのを見たことはあるし、ちょっと説明もして貰ったけどその程度だよ」
シモンは見るからにガッカリした顔になった。
「そうか。出来れば俺たちがここを出て行ったあと、狩猟の代わりにお金が手に入って出て行く奴に渡せるのになぁ。
今はお前が居てくれるおかげで聖域での狩猟のお金を支度金として渡せてるけど、お前が出て行った後もエラドが聖域での狩猟を認めてくれるかどうかは分からないし、認めてくれたってお前が獲ってきてる分のお金は入らないだろう。それじゃあ三年前と同じになっちまうよ」
「確かにそうだね。駄目元でやってみるか」
「駄目元でも良いから試してみてくれよ」
(確かキノコの人工栽培は原木栽培と菌床栽培があったはずや。それで爺さんがやってたのは原木栽培やで、やるとしたらこっちなんやけど確かえろう時間が掛かる言う話やったなぁ。どっちゃにしろまず種、胞子か、それを集めんと始まらんな)
「やるについては、シモンに頼みがあるんだ。木に生えたままのシイタケを捜してもらいたい。特にまだ開いてない奴を見つけてよ。それで見つけたら採らずに知らせて欲しい。シイタケの種、胞子と言うんだけどまずそれを集める必要があるんだ。種が無いとシイタケは生えないからね」
「子供たちは使っても良いかい」
「一人じゃ無理だから、子供たちは使っても良いけど、エラドと助祭様には何をするのか知られないようにね」
「なぜだい」
シモンは困惑顔で聞いてきた。勇人は苦笑いをする。
「もし成功したらその方法はたぶん大金で売れると思うんだ。
こんなことは言いたくないんだけど助祭様は契約期間が終わったら還俗するつもりなんだろ。でもその後の生活を頼れるほど実家は裕福ではない、だから教団から支給される運営費をちょろまかして小銭を貯めてる、違うかなあ。
それにエラドはここでの作業がつらくなってるように見えるんだ。引退したいけどそれだけの蓄えはない。なんせしょっちゅう村の酒場に飲みにいってるから貯金なんてないだろう。
だから二人ともまとまったお金が欲しいんじゃないかな。人工栽培のやり方を知ったら商売人に売って金にすると思うんだ」
シモンも苦笑いをした。
「大いに有りそうなことだね。そしたら孤児院の儲けはなくなるってことか」
「うん。高値を維持しながらなるべく長い間シイタケそのものを売り続けるのが孤児院としては一番良いと思うんだ。
「分かった。今日の夜にでも口の堅い奴を選んで頼んでおくよ」
勇人が礼を言うと、シモンは後ろ手に手を振ってマルカの方へと歩いて行った。
「それじゃアビー、僕たちは苗床の準備をしようか」
勇人は後ろにそっと近づいていたアビーに声をかけた。
「オレに気が付いてたのか」
アビーは勇人に知られないようにそっと近づいたのに振り向きもせずに声を掛けられて自尊心をいたく傷つけられたらしい。見るとちょっと膨れっ面をしている。
「ははは。気が付いてたわけじゃないよ。でも、僕が誰かと話をしてるとそっと近づいてきて盗み聞きするのは何時ものことだろ」
「盗み聞きじゃないぞ。護衛だからな、いつも護衛対象に気を配ってるだけだ。それで何をするんだ」
「まず種駒の元を作ろう。林に行くよ」
勇人が歩き出すとアビーも後を付いてきた。勇人は雑木林に行くとかなり太いブナの木を見つけて容赦なく切り倒した。そして五十センチくらいの丸太を二つ作ると【次元刀】を使って上から五センチのところで切り、大きい方を外側二センチくらいを残してくり抜き、小さい方はそれに嵌るように凸型にくり抜いて【亜空間庫】に入れた。そのあと枝を一本取るとそれから直径十五ミリ、長さ三センチから五センチの円柱形の栓のようなものを大量に作ってこれも【亜空間庫】に入れた。
勇人は種駒を打ち込むところは見ていたが、種駒は市販のものを購入するのが常識だったので種駒をどうやって作るのかは知らなかった。だからここは試行錯誤するしかない。
いつものようにアビーが聞いてきた。
「ユージン、それで何すんだ」
勇人もいつものように答える。
「これは種駒といってね、ここに胞子を付けて大きくするんだ」
それから倉庫から棕櫚縄を持ち出し、竹藪で太い竹を数本切り出すと、今度は林の中を歩き回ってシイタケの栽培に良さそうな場所を探した。畑から東の奥の方に畑の方向から見ると少し窪地になっていて一見しただけでは分からない土地があった。
雑木も適当に生えて日陰になっており、湿気もあっていかにもシイタケの栽培に向いてそうな土地だ。平地になったところの広さもそれなりにある。勇人はそこに目星を付けると今度はブナやクヌギなどの木を捜し始めた。それも少し探すと何本も見つかった。
そのうちで直径が十五センチくらいなものを数本切り倒し、一メートルほどの丸太を十本作って【亜空間庫】に入れた。榾木にするつもりだ。先ほど見つけた栽培地に戻ると竹で地上から五十センチくらいのところに榾木を立てかけるための横木を渡した。
木ではなく竹を使ったのは横木と榾木の材質を少しでも変えた方が良いのではないかと考えたからだ。横木に両側から交互に榾木を立て掛けてここの準備は終わりだ。
それから三日ほどかかったが、シモンが声を掛けた孤児院仲間と共に裏の林で一か所、聖域の森で三か所シイタケが生えているところを見つけてきた。聖域にはエラドに無断で入ったらしい。この頃にはエラドは孤児たちが自分に断りなく聖域に入るのにはかなり無頓着になっていた。さすがに一人で入ろうとすると止めたが。
勇人はシイタケから胞子が出るのを待ってシイタケ本体ごと【亜空間庫】に収納して回った。
孤児院に帰ると早速木で作った蓋付き容器と種駒とを【亜空間庫】から取り出して容器の中に種駒を入れて上から胞子を振り撒き軽く水を振って蓋をした。
「アビー、マルカはどこに居たかなあ」
「マルカなら当番だから昼飯の片付けをしてたぞ。呼んできてやる」
言うなりアビーが台所の方に行こうとしたので勇人は後ろから声をかけた。
「片付けが済んでからで良いからな」
アビーは分かったと言うように後ろ手に手を振って台所に走り込んだ。無理やり引っ張ってくるんじゃないかと心配しながら見ていると思いがけずアビーが一人で戻ってきた。
「片付けが終わってから来るって言ってたぞ」
「アビーも少しは人の都合を考えるようになったんだな」
勇人がそう言って笑いかけると、アビーは勇人の隣にドカッと腰を下ろして勇人を睨みつけた。
「オレは何時だって人の都合ぐらい考えてるぞ。お前が気が付かないだけだ」
それだけ言うとプイッと横を向いてしまった。暫くそうして待っているとマルカが手拭いで手を拭きながら裏口から出てきた。
「アビーがすぐ来いって言うから急いで片付けて出てきたんだけど、どんな用事なの」
(やっぱり無理言うてたんや)
「急ぎじゃなかったから片付けが終わってからで良いって言ってたんだけど、上手く伝わってなかったみたいだね。ごめんよ」
「ううん。アビーのことだからそうだと思ってたわ。だから片付けはちゃんとしてきたから気にしないで」
アビーは旗色が悪いと思ったのか何も言わないでマルカを睨みつけている。マルカの方は何時ものことなので知らん顔で勇人の前にしゃがみ込んだ。
「ずっと前のことだけど、鉢植えの花に魔力を込めたら早く育つって言ってたろう」
「うん。鉢植えの花じゃなくって、花を植えた土に魔素を込めるんだけどね」
「そうか魔力の元を込めるんだね。それでこの木のかけらに魔素を込めたらこれに振りかけたキノコの元が早く大きくなるのかなあ」
「やったことないから分からないけど、そうなりそうな気はするわ。ちょっとやってみるね」
そう言うとマルカは真剣な顔をして両手を木の鉢の方に向けた。マルカの手が薄っすらと光る。マルカはそれを十分も続けた。
「うん。これで木のかけら全部に魔素が入った。これ以上は入らないわ」
「随分時間がかかるんだね」
「最初は空っぽに近いからこれ以上は要らないところまで入れるのには時間がかかるの。次からは二、三日に一度減った分を入れるだけだから大した時間はかからないのよ」
「オレならもっと早くできるぞ。魔力はオレが一番だぞ」
魔力に自信のあるアビーが口を挟んだ。マルカはあきれ顔でアビーを見る。
「だめよ。魔力じゃなくって魔素を込めるんだから。時間を掛けてゆっくりしないと壊れてしまうわ。それにあんたは魔力特化で魔素なんて操ったことないでしょう」
マルカにピシャリと言われてアビーは何か言い返そうと口をむにゃむにゃとさせていたが、良い言葉が見つからなかったのだろう、諦めてまたそっぽを向いてしまった。
「マルカ、この木鉢はそこの隅に置いておくから二、三日に一度様子を見て必要だったら魔素を補充してほしいんだ」
「分かったわ」
よかった。マルカは気軽に応じてくれた。




