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052 通りゃんせ~♪

 勇人たちがヤコブ精肉店を出て歩き出すとすぐにアビーが勇人の耳に口を寄せてきた。


「肉をカウンターに出してたとき、胡散臭い奴がチラッと覗いてたぞ」


「大通りを歩いてる分には大丈夫だろう」


 勇人がそう言った途端だった。後ろから近付いてきた男がいきなりアビーを小脇に抱えると横の路地に飛び込んだ。勇人は慌てて後を追いかけるが男は大柄で走るのも速くて追いつけない。やがて路地が行き止まりになった。男がアビーを抱えて立ち止まりゆっくり振り返る。小ざっぱりした身なりの顔だけ見れば上品そうな男だった。


 勇人もアビーも大通りでこの男が後ろから近付いて来たのは知っていたが、チラッと見ると身なりや顔つきがゴロツキには見えなかったので特に注意は払っていなかったのだ。


「アビーを返せ」


 勇人は努めて冷静な声で要求した。


「返したらどうするってんだ」


 勇人の後ろから品のないガラガラ声が発せられた。振り向くといかにもゴロツキといった風体の男が二人今来た道を塞ぐように立っていた。


「ユージン、店を覗いていたのはそいつだ」


 アビーが抱えられたまま声を上げた。小金を持った子供を狙う三人組の悪党ってところか。上品そうな男が何食わぬ顔で近づいてきて小脇に抱えて路地に踏み込む。人目に付かないところまで連れ込んで脅し上げて金を巻き上げる。そういう手口なんだろう。


 子供を狙い、怪我をさせたり命を取ったりしないところがみそだ。そんなことをすれば領兵が血眼になって犯人捜しを始める。小金のかつあげならば親もそんなに大げさに騒がないし、場合によっては子供が恥ずかしがって黙って泣き寝入りしてしまう。騒ぎになっても領兵も熱心には動かない。


「それで何が望みなの」


 勇人はただの子供を装うことにした。


「てめえら、肉屋で肉を売っただろ。ざっと見て二十貫。あの店の相場だと銀貨八枚にはなったよな。妹を放して欲しかったらそれを出しな。殺して身ぐるみ剥ごうなんて考えちゃいねえよ」


 ゴロツキその一がすごんだ。


「だってよ。アビーどうする」


「殺ったらいいだろ」


「ほらほら、妹ちゃんは効き訳が良いねえ」


 もう一人のゴロツキその二が茶々を入れる。分かってないなぁ。


「殺っちゃだめだよ。約束しただろ」


「おい、てめえ薄情な奴だな。妹の命が掛かってんだぞ」


 最初のゴロツキその一は二人の会話を勘違いしてさらに凄んだ。


「ちょっと手付けるくらいなら良いだろ」


「だめだ。全部出すんだ」


 アビーを抱えている上品男が言った。こいつも勘違いしている。


「全部出したら死ぬぞ」


 アビーが言った。言葉が全く足りてないが今はそれで良い。


「死にゃしないって、二人で誤ればお父上も許してくれるよ」


「試してみるか」


「アビー、だめだちょっとにしとけ」


「了解」


 アビーは言うや否や手を優男の自分を抱えている手に触れた。アビーと男の手の両方が僅かに光り、途端に男が悲鳴を上げてアビーを落とすと今度は自分の右手を抱えて地面を転げまわる。アビーは地面に放り出されたが暫くすると起き上がり男をゲシゲシと蹴り始めた。


「全部出せって言ったのにちょっとで勘弁してやったんだぞ。何でいきなり落とすんだ。この馬鹿野郎」


 勇人はアビーが魔法を使ったのを見てすぐに後ろを振り向き、呆然と優男の様子を見ているゴロツキその一、その二の右肩めがけて亜空間庫から石礫を放った。アビーは地面に突っ伏している上品男を蹴りつけているから見てないはずだ。それから六尺棒を取り出すと構えた・・・振りをした。石礫が当たった時に嫌な音がした。たぶん鎖骨が折れたか肩関節が砕けたか、いずれにしろこいつらの右手は暫く使い物にならないだろう。二人とも痛みで悶絶している。せいぜい良い治癒師に見てもらうんだな。アビーがゲシゲシしている間に石礫に使った小石を拾った。証拠は残さない主義なんだ。


 アビーは気が済んだのか暫くすると蹴るのを止めて勇人のところによってきた。見ると優男はその衣装も自慢の顔も見るも無残なことになっている。息はしているようだが意識はしっかり刈り取られていた。


「魔法はダメだって言っただろう」


「違うぞ。ユージンは『【火箭】を使うな』って言ったんだ。【火箭】は使ってないぞ。ナイフの方が良かったか」


「ナイフはまずいな・・・【火箭】じゃないなら何をしたんだい」


「あいつの手を温めてやった。寒そうだったからな。ちょっと温めすぎただけだ」


「【火箭】じゃないのか」


「火魔法持ちが最初に使い方を覚える【湯沸かし】だぞ。温めたのはあいつの皮膚とその下の肉だけどな、ギシシ」


 (変な漫画笑いすんな。どこで覚えくさったんや)


「それで、こいつらどうすんるんだ。このまま許してやるのか」


「僕もそれを考えてたんだけど、アビーはどうしたら云いと思う」


 アビーは暫く考えていたがニヤッと笑った。


 (こいつ日に日に腹黒うなって来よるなぁ。しまいに暗黒面に落ちたりしてな)


「下半身裸の刑だ。縛って剥いて放置しよ。それで地面に『子供脅して金巻き上げる悪い奴です』て書いて置く。恥ずかしいし罪状は暴かれるし、一石二鳥だぞ」


 (おっとろし。とてもそこまではでけんわ)


「半分だけ採用。下半身裸の刑はなしだ。お前以外全会一致だよ」


「なぜだ!」


 (そんな古いギャグどこで知ったんや・・・偶然やな。そや、そうに違いないわ)


 という訳で逃げないように縛り上げて地面に罪状を書きなぐった。歩いて表通りまで行くと肉屋のヤコブと領兵が三名こちらへ走ってくるところだった。


「おお、お前ら無事だったか。お嬢ちゃんが攫われて兄貴が追っかけて行くのを見て領兵に連絡したんだ。この奥に犯人が居るのか。金は出来るだけ取り返してやるからな」


 ヤコブは一気に言った。息が荒い。本当に好い人みたいだ。


「金のことは大丈夫、盗られなかったよ。それより、この路地のどん詰まりのところに悪漢を三人縛ってあるから、領兵さんの方でよろしくお願いします」


「それはどういう事なのかな」


 領兵の一人が聞いてきた。この中では一番上位の人らしい。


「アビーの火魔法と僕の棒術で三人とも倒したんだ。縛り上げて放り出してある」


「本当かな」


 隊長はほかの領兵に向けて目配せすると、少し疑わし気な目で二人を見た。目配せをされた領兵の内一人が様子を見て来る旨告げて路地の奥に走り込んで行った。発育のあまり良くない十一歳児なのだから恐喝氾三人を倒したなんて疑われても仕方がない。隊長は言うなり鞘ごと腰の件を抜いてアビーに切りかかった。アビーはシャッとまるで猫のような声を出しながら後ろに跳んだ。地についたときには既に【虚空庫】から取り出したククリナイフを両手に握っている。勇人もほとんど同時に後ろに跳んで【亜空間庫】から六尺棒を取り出して構えた。


「ははは。すまんすまん。ちょっと実力を試しただけだ。獲物は収めてくれ。なかなかやるな」


 隊長は笑顔を見せながら剣を腰に戻した。勇人はすぐに六尺棒を【亜空間庫】に仕舞って平常を装ったが、アビーはなかなか警戒を解かない。


「アビー、もう良いよ。もともと隊長さんは危害を加えるつもりはなかったんだよ。僕たちの実力を知りたかっただけなんだからもうナイフは仕舞おうよ」


 勇人がそう言うとアビーも渋々といった様子でナイフを【虚空庫】にしまった。 


「もう良いでしょう。僕たちもそろそろ帰らないと夕飯が食べられなくなるし親父の機嫌も悪くなるんで」


「そう言ってもな。あいつらを正式に処罰するには被害者の供述調書が必要なんだ。協力して呉れよ」


 そういうやり取りをしていると悪漢どもの様子を見に行った領兵が戻ってきた。かなり慌てている。


「隊長。容疑者が見当たりませんでした。縛っていたロープが残っていただけです。どうにかロープを切って逃げたんだと思われます」


「なにっ・・・そういう訳だ。申し訳ないが君たちを脅した連中を捌くことは出来なくなった。誠に申し訳ない」


 隊長は領兵の報告を聞くと直ぐに勇人たちに頭を下げた。


「じゃあ、調書の必要も無くなったし、帰っていいですね」


「ああ、引き留める理由はなくなったからな」


 勇人たちは頷きあうとその場を去って街の門に向かった。門衛に挨拶をすると一人が近寄ってきた。


「どうだった。良い店主だっただろ」


「ええ、僕たちみたいな子供にもちゃんと取引をしてくれました。あなたがユダさんなんですね」


「ははは。そうだよ。彼奴に名前を聞いたのか」


「ええ、飲み友達だと言ってました」


「そうか。こんど奢らせないとな」


 (やっぱり銀貨三十枚や・・・ちゃう、穴銀三枚や。キリストはん売ったやつと比べたらひどう小物やな。まあ売られた方も小物やけど)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 街の門をでて歩き始めて暫くすると森の中から三人出てきた。あの三人だ。けがは治ってるみたいだ。よほど良い治療師にかかったのだろう。


「せっかく拾った命なのにまだやる気か」


 勇人より先にアビーが口を開いた。


「けっ、俺たちはこれでも商売人だ。客に舐められちゃこれからの生業に差し支えるんでな、ここで死んでもらうことにする」


 三人は勇人たちの周りを囲んで、腰の剣を抜いた。勇人とアビーは自然に背中合わせとなっている。


「アビーさん、殺っておしまいなさい」


 勇人がそう言うとアビーは何も言わずにナイフを取り出して構えた。勇人も左手にナイフを出す。それを待っていたかのように三人は一斉に剣を振り上げて勇人たちに向かってきた。


 アビーはやさ男の振り降ろしを右に避けながらその左胸目掛けて本気の【火箭】を放つ。男は勢いのまま前につんのめって倒れた。続けてゴロツキその二に向けて第二撃を放ったがこれは頭を掠っただけではずれた。が、その衝撃で立ち止まり、思わず後づさってしまった。


 勇人は【亜空間庫】からボルトを三本打ち出してゴロツキその一の胸に零距離で打ち込んだ。金属甲冑を射抜く威力のボルトを生身で受けたのだからたまらない。ボルトは男の胸に深々と刺さり男を仰け反らせた。そのあと勇人はゴロツキどもから距離を取るために後ろに下がりながらクロスボウを直接右手に落とし、ゴロツキその一の頭部に狙いを定めて引き金を引いた。


 立ち止まったゴロツキその二をアビーが見逃すはずはなく、今度は【火箭】が過たずにその心臓を貫いた。


「こいつらどうすんだ」


 アビーが三人の死体を指さした。


 (人を指さしちゃいけません・・・もう人とちゃうか)


「こうする」


 言うや否や勇人はそれを【亜空間庫】に入れた。


「そんなもん持って帰っても仕方ないだろ」


「まあ、そうなんだがな、持ち帰らなきゃ埋めるしかない。でも埋めた跡はどうしても残るから掘り返されると面倒だからなぁ」


 そうしているうちに街の方から歩いてくる人影が見えた。


「ユージン、街の方から誰か来るぞ」


 いち早く気が付いたアビーが注意を促す。


「隠れて様子を見よう」


 勇人は少し離れたところにある草むらを指した。二人は黙って移動すると草むらの中で出来るだけ身を低くした。来たのは領兵の一人、ゴロツキたちの様子を見に行った男だった。


「ちっ、彼奴らどこまで追いかけてんだ。ガキ二人始末するのにどんだけ手間かけてやがんだ。まったく使えねえ奴らだぜ」


 領兵は怒気を含んだ低い声で独り言を言った。これで確定だ。


 ゴロツキたちが縄を切って逃げたと聞いたとき勇人には違和感があった。縛った上に手足の親指どうしを縛っておいたのだ。この世界には【虚空庫】があるから縛っただけでは【虚空庫】から刃物を出して縄を切ることも可能だろう。しかし手の親指を後ろ手で縛られるとなかなか切りにくいものだ。それをわずかな時間で切っている。


 誰かが手助けをしたのではないか。手助けをしたのであれば、その最有力な容疑者はあのとき様子を見に行った領兵だ。そう思っていたのが的中した。


 アビーも独り言を聞いて領兵がゴロツキの仲間だと分かったのだろう。【火箭】を使うべく動きかけたので勇人は手でその動きを制した。アビーが不満そうに見たが、勇人は頭を左右に振って更に制止した。そのまま暫く身を潜めていると領兵は街道の先を見つめていたが諦めて街の方へと帰って行った。


「何で殺らねえんだ」


 アビーが不満そうに聞いてくる。


「ゴロツキは良いんだ、居なくなっても『よその町に行ったのかな』で済む。でも領兵はそうはいかないだろう。


 この町に住んでるし、身元も確か、友人知人もいる。家族だって居るかも知れない。そんな奴がいなくなれば大騒ぎになってどんなに隠していてもいずれは遺体が出てくる。そうなると僕たちは少なくとも容疑者の一人にはなっちまうだろう」


「それは・・・そうだな。肉を売りに行けなくなるぞ」


 (そんな簡単な話やあらへんのやけど、分かってくれたし、まあ良えか)


「ところで『アビーさん、殺っておしまいなさい』ってなんだ」


 (おお、今頃そこに突っ込むんかい)


「あれは上の世界で悪人に正義の鉄槌を下すときの決め台詞だよ」


 (自分で言うてて、なんやけど、「正義の鉄槌」て、言うてて恥ずかしいわ)


「そうなのか」


 アビーは感心したように顎に手を当てて頷いている。


「さあ、帰ろうか」


 二人は【そこまでドア】で孤児院まで帰った。あらためて思う。これ便利。

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