051 捨てる神あれば、拾う神あり
二月中旬、勇人はいつものように昨日仕留めて今日午前中に正肉にした猪肉を村の肉屋に売りに行った。当然のようにアビーも付いてくる。猪肉の重さは二十貫を越えるくらいある。銀貨四枚は固いと見込んでいた。
「こんにちは、ジエラさん。今日も猪肉を持ってきたんで買取をお願いします」
肉屋の中に入ると丁度カウンターのところに女将さんがいたので、挨拶をした。
「ああ、いらっしゃい。そのことで今日は亭主から話があるんだよ。聞いてやっとくれ」
今日のジエラはどうも歯切れが悪い。彼女は言い終わると亭主の方を見た。
「坊主、ここにいる四人で話し合ったんだがな、お前の肉はもう買わないことにしたんだ。もちろん孤児院の分は今まで通りに買わせて貰うよ」
突然の不買宣言だ。勇人は驚いた。
「急に何でそんな嫌がらせをするの。肉は足りてないんでしょう」
「村で肉が足りてねえのは事実なんだがな。村人が買わねえから売れねえんだよ」
「何で買わないの。まさか不買運動でも起こっているとか」
「その『不買運動』ってのが何か分からねえが、難しい話じゃねえ。村の連中の金が尽きたって話だ」
まさかの理由だった。
「村の連中が持ってる金ってのは、年貢を収めた後の米や麦を米穀商に売って得たもんだ。自分たちの食い扶持は残さなきゃなんねえから売れる量は限られてる。その金で身の回りの必需品や釘、鎹、蝶番など家の修繕に必要だけど買わなきゃ手に入らねえものを買って、残りを肉や酒なんかの贅沢品の購入に充てるってわけだ。
最初の内は肉が沢山手に入るって喜んで買ってたんだが三か月もすると金が底をつき始めたんだよ。それで酒を削り肉を削りで、肉が売れなくなったってわけだ」
(うへっ。ここでは肉は酒と同じ括りの贅沢品なんや)
「肉の値段を下げれば良いんじゃないの。例えば売値を十匁三文にするとか」
女将のネリアが口を挟んできた。
「それじゃあ、うちの儲けがなくなっちまうよ。うちは今まで孤児院からの分も含めて週五十貫を十匁四文で売ってたんだ。月の売り上げは二万文なりだよ。孤児院に二千文払うから儲けは一万八千文だあね。ここであんたの肉二十貫目を加えた七十貫を十匁三文で売ると売り上げは二万一千文。ここから孤児院に二千文、あんたに四千文合計六千文を支払うと儲けは一万五千文。二十貫余分に売って三千文儲けが少ないんじゃやってられないよ。孤児院とあんたの買値を十匁一文にしてとんとんだね」
(ううむ。数字は嘘つかんからなあ。数字に強いのが出てくると反論でけへんようになるわ。このおばはん苦手や)
「村長とか村役に買ってもらったらどうかなぁ」
「そんなもん、とっくにやってるぞ。孤児院の肉の大半はそいつらが買ってんだ。お前の分は村の連中が買っていたがその資金が尽きたんだ。孤児院で売って見ても、酒場に持って行っても売れねえぜ。買い手に金が無えんだからな」
今度は隣村の肉屋の親父だ。
「わかったよ。交渉の余地はないんだね。肉は持ち帰るよ」
勇人はそう言うとアビーを促して肉屋の店を出た。肉屋の中では笑い声がしていた。二人は急ぎ足で孤児院へ帰り始める。
「ユージン、どうすんだ」
アビーが心配顔で聞いてきた。
「ひと月前なら困っただろうけど、今は困らないよ。他に売りに行こう」
「近くの村か」
「村はどうせ同じことになるよ。領都の肉屋に売りに行こう。【そこまでドア】で行けばすぐだよ」
「それがあったな」
アビーは如何にもほっとしたという声で言った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
領都で売るとは言ってみたものの困ったことがある。勇人には領都マハラディアがどこにあるのか皆目見当がつかないのだ。誰かに聞くしかない。と言っても知ってそうなのはエラドと助祭だけだ。他にもサミュエルや巡回司教も居るが生憎ここに常駐しているわけではない。
エラドは世間ずれしているだけに妙に勘が働くから領都の場所なんか聞けば勇人が領都へ行くつもりだと感づいてしまいかねない。領都へ行くのを知られるのは良いとしてもその手段を知られるのは極めて具合が悪い。となると助祭一択だ。勇人は助祭から領都の方角を聞き出すことにした。
教会に帰って来るや否や勇人は助祭の部屋へ向かった。十中八九ここに居るはずだ。居室のドアをノックする。
「助祭様、ユージンですが居られますか。少しお聞きしたいことがあるのですが」
「お入りなさい」
助祭の許しを受けて勇人は居室の中に入った。助祭は入ってすぐの応接室のソファに座って寛いでいた。
「何を聞きたいのですか」
「少し時間が空いたのでこの辺りの地理を勉強しようと思って伺いました」
「ああそう言えば地理を教えるときに大まかに国の中の諸領の配置は教えましたが、この辺りの細かい村々や領都がどこにあるかなどは教えていませんでしたね。良いでしょう。ここであなた一人に教えるのは二度手間になりますから、今日の勉強会はこの領の地理と言うことにしましょう」
(領都の位置が知りたいだけなんやけど、まあ今日中に知れるんならそれでも良えわ)
「分かりました。よろしくお願いいたします」
勇人はそう言って助祭の元を辞去した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夕食後の勉強会は周辺の地理の話だった。
それによると領都は下ローレン村から見て西にある。村から五キロほどのところで道が二股に分かれており、南に下ると川を渡って峠道になる。ここを進むと南の別領へと続いている。分かれ道を西に行くと三キロほどで別の村があり、そこから西に十キロ弱進んだところに領都がある。
領都マハラディアは人口二千人弱の比較的小さな街で周囲を高さ三メートルほどの城壁で囲まれた城塞都市である。門は城壁の南側に一か所あるだけでそこには門衛が詰めている。
出入りには身分証明が必要となっているが、農産物を持った農民や獲物を抱えた猟師はフリーパスである。彼らが領都の日々の台所を支えているのだ。それに子供は自分が獲った獲物や薬草を市場で売ったり八百屋、肉屋に売ったりして小遣い稼ぎをしており、もともと身分証明も持たないことからよほど怪しくない限り彼らもフリーパスである。近くの孤児院の孤児たちも良く売りに行っているらしい。
何とか入り込めそうだ、肉屋が子供から買うことにも慣れているようなので特にトラブルになることや買いたたかれることもなさそうだ、勇人は話を聞きながらそう思った。明日は領都まで売りに行こう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、鍛錬を終えて朝食を済ますと勇人は開墾地に向かった。アビーが付いてくるのはいつものことだ。
「アビー、今日は領都に肉を売りに行くだけだから付いてこなくていいよ」
勇人の言葉にアビーはニヤッと笑った。
「オレも領都は初めてだ。何があるか分からないからな。お前には護衛が必要だ」
(最初の一言が本音やな。ワイでもちょっとわくわくするんやから無理もないわ。連れて行こか)
「付いてきても良いけど街中でナイフを振り回したり、【火箭】を使ったりは絶対にするなよ」
「おお、分かってるぞ」
「この間はそう言っておいて勝手に跳び出しただろう」
「あれは出来ると思ったからやった。街中で刃物振り回したり魔法でケガさしたりはしないぞ」
開墾地から西を見ると確かに街道が西に続いていた。六、七キロ先になだらかな山が見える。最初に飛んだ山だ。これが助祭の言っていた峠のある山だろう。勇人は山の一番高いところに【そこまでドア】の焦点を向けてズームインした。山の頂上付近の木に焦点を当てて拡大する。すぐそばに立っているように見えるところまで拡大するとアビーに合図をした。
「アビー、行け」
アビーは頷いて【そこまでドア】をくぐると木の傍に立った。勇人も続いて潜りドアを消した。それから東の方向を見ると下ローレン村から西へと街道が続いており山の麓を東から西へ道に沿うように川が流れていた。
山の麓で街道が分かれており、南へ続く道は川を渡って峠に続いていた。南を見ると草原の中に林が点在しており、遥か彼方に田圃が光っていた。たぶん他の領の村があるのだろう。西を見ると三キロほど先に他の村があり、そのはるか先に領とらしき城壁が見えた。
村と領都の間、領都寄りの所に山がある。勇人は【そこまでドア】で一旦その山の頂へ飛んだ。そこから城壁を見ると街道は城壁の南側を東西に走っており、門は勇人のいるところから死角になっている所が城壁の南側にあるようだ。門から東に五百メートルくらいの所、街道から北に五十メートルくらい入って結構大きな岩がある。その北側は街道からも門からも死角になっている。勇人はそこに狙いをつけると【そこまでドア】で飛んだ。
あとは辺りを伺いながら街道に出て何食わぬ顔で街道を門の方へと歩いて行った。門は開いていて門衛が二人暇そうに立っていた。
「止まれ。何しに来た」
「獲物が採れたんで売りに行くんだ、です」
「見慣れない顔だな」
「初めて来ました」
「どこからだ」
「下ローレン村です」
「随分遠いところから来たんだな」
「お父が、久々に獲物が獲れたから領都で売って来いって言われたんだ、です。新しいうちが良いかと思って朝早く出ました」
「そうか。何の肉だ」
「イノシシです」
「虚空庫に入れてるのか。なかなか優秀な虚空庫持ちだな」
「ありがとう、ございます」
「よし。入って良いぞ」
勇人とアビーは手を繋いで門をくぐろうとした。
「待て・・・真っすぐ行ったら左側にヤコブ精肉店という店がある。ここが一番真っ当な値で買ってくれるから行ってみろ」
勇人は呼び止められて一瞬ぎくっとしたが、門衛が親切心で店を紹介してくれただけだと知ってほっとした。振り返ると満面の笑みで礼を言った。暫く門から真っすぐに歩いて行くと左側にヤコブ精肉店があった。勇人はその入り口を入った。
「ぼうず、何か用かな」
カウンターでは豚が服を着たような容貌の大柄な男が包丁を振るって肉を切っていた。
(うわ。まんまイタリアの赤ブタ、ポ〇コ・ロ〇ソやな。黒メガネかけんかい)
「肉を買って欲しいんだ」
勇人はまずは幼気な少年を装った。
「ほう。ウサギか。カモか。キツネやタヌキはダメだぞ」
「イノシシだよ。一頭分、正肉にしてある」
勇人が肉を【亜空間庫】から取り出すと肉屋は驚いたように目を見開いた。
「坊主、中々良い【虚空庫】持ちだな」
(そっちかい。肉に驚かんかい)
「その肉どうしたんだ」
「父ちゃんが猟師始めて獲ってきたんだ。領都で売って来いって言われたから朝一番で家を出て売りに来たんだよ。門衛のおじさんにこの店が一番高く買ってくれるって言われたから来たんだ」
勇人はさりげなく門衛の推薦であることを付け加えた。
「ほう。ユダがそんなこと言ってたか。奴とは飲み友達だからな」
(あっ、あの門衛はんユダちゅう名前やったんか。ワイら銀貨三十枚で売られたんちゃうやろな・・・そんなにせえへんか。せいぜい穴銀三枚、今日の飲み代やな)
「まあ、儂は誰が売り主でも差別も値切りもせんのが信条や。買値は十匁四文、売値は八文そう決めてる。何の肉にするかはそのときある物と客の好みだ」
(うわっ、村の肉屋の倍の買値や。村で買えんようになって良かったんちゃうやろか)
「それでお願いするよ」
肉屋のヤコブは頷くと肉を持ってカウンターのすぐ後ろにある台秤に乗せた。
「二十一貫と八百六十四匁だな。八千七百四十五・六文、銀貨八枚、穴銀七枚、銅貨四枚、穴銅は四捨五入して六枚と、これで良いか」
勇人が頷くとヤコブは虚空庫から硬貨を取り出して種類ごとに並べた。勇人はそれを数えながら【亜空間庫】に入れてゆく。それが終わるとヤコブは二ッと笑った。
「また持ってきな。買ってやるぞ」
「お店はいつ開いてるの」
「朝十時から夕方六時までだ。日曜は安息日で休みだがな」
「日曜日以外は毎日空いてるの」
ヤコブは不思議そうな顔をして暫く黙っていたが合点がいったらしくちょっと笑って言った。
「ははは。ここは村の肉屋とは違うからな。肉は自分で獲りに行ったりはしないぞ。お前らの父ちゃんみたいに猟師をしてるものから買い取るんだ」
「そうなんだ。村では店が開いているのは週二日だけなんでここでも同じだと思ってたよ」
「それでも皮付きのまま持ってくる奴もいるから解体はやるがな。皇都や辺境伯領都みたいな大都市じゃ、解体も別の業者がやってるって聞いたぞ」
(しっかり一次産業から三次まで分業が成立してんのや)
「また獲物持ってくるから買ってよ」
勇人はそう言うとアビーと共に店を出た。




