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048 世知辛イモ談義

「大豆とレンゲの種はサミュエルに頼んだから良いとして、そろそろ種芋を手配しなけりゃなんねえな」


 エラドはそう独り言ちるとベンチから立ち上がって教会へと向かった。二月上旬のことである。


 いくら田舎だと言っても芋をタダで分けてくれるほどのお人好しは居ない。ここは教会運営費から購入資金を出すのが筋だろう。助祭に金の話をするのは全く気が進まないが、かといって自腹をきるつもりはないし、助祭の面子もあるから一旦は話をしなければならない。


 助祭は毎月教団から教会の運営費として幾ばくかの金銭を預かっている。孤児院は教会が運営しているのでその預り金の中には孤児院の運営費も入っている。そのうえ勇人が孤児院に入ってからはサミュエルから毎月銀貨五枚も受け取っている。


 だが助祭は教会の調度や香木の購入、営繕には資金を使うが孤児院の運営については極端に金を出し惜しみしていた。そのためエラドが孤児院に必要な資金を要求すると散々嫌味を言われるのが常だった。


 エラドは重い足取りで教会に入ると助祭の執務室のドアをノックした。


「エラドだ。少し話があるんだが、今良いかな」


「良いわよ。お入りなさい」


 エラドが執務室に入ると助祭はソファに座ってお茶を飲んでいた。実家からの差し入れなのだろう、この辺りでは手に入らない茶葉を使っており、良い香りが仄かに部屋に漂っていた。エラドが野良着のままなのを見て助祭は顔を顰めたが、それでもソファに座るように勧めた。それは言葉だけで本心は嫌々なのが丸わかりだ。


「いや、野良着のままなんで、立ったままで話をさせてもらうよ」


 エラドがそう言うと助祭はいかにも嬉しそうな顔をして何度も頷いた。


「裏の林の開墾が思いのほか捗って二町も畑に出来たんで、芋を植えてえと思うんだ。ついては預り金の中から種芋を買う金を出して貰いてえ」


 エラドがそう言った途端に助祭の顔から笑みが消えた。


「幾ら要るのかしら」


「時期的には端境期だし、二町分三百貫買うとして金貨二枚は欲しい」


「金貨二枚。冗談じゃないわ。一枚にしてちょうだい。お金も無限にある訳ではないのよ」


「香木をほんの僅か減らすだけでそれくれえは軽く浮くぞ。一両じゃとても足りねえ。一両五分は出してくれ。一度っ切りで来年からは自前でできるんだ」


「何を言ってるの。毎週の礼拝日に香木を焚き染めることで教会の威厳が保たれるのよ。一両二分よ」


「はい、はい、そうですか。一両三分で良いぞ」


「仕方がないわねぇ。今年限りよ」


 助祭の贅沢趣味は今に始まったことではないし、何を言っても治るものでもない。そのことが分かっているエラドは助祭が種芋の相場などろくに分かっていないことを見越して自分の見積もりの倍の金を吹っ掛けた。結果、目論見どおりの金額を得られた訳だ。


「それにしてもなぜ芋なの。どうせなら麦畑にはできないのかしら。麦ならパンか、悪くてもナンにはなるのに」


「開墾したばかりの畑に麦を植えてもろくな収穫はねえ。豆やレンゲを植えて土を肥やして、芋づるやレンゲそれに腐葉土なんかを何年も鋤き込んでやっと麦のできる畑になんだよ。田舎の孤児院を経営するならそれくれえのことは勉強しておけ」


「ふん。助祭の修業年限が終わればこんな教会はおさらばなんだから、畑仕事のことなんて覚える必要はないわ。そのためにあなたが居るんでしょう」


 助祭が嫌味を言いながらも取り出した銀貨十二枚と小銀貨十枚を受け取ると、エラドはもう一刻もここに居たくないという様子も露わにして、執務室を出た。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 教会を出るとエラドは下ローレン村へと向かった。前にも書いたが村と言っても一か所に民家が集まっているわけではない。各戸が自分の田畑に近いところに家を持っているため、数軒からせいぜい十数軒集まった集落が点在している。


 その中でも村の中心となっている所には鍛冶屋、雑貨屋、肉屋、施療院そして集会所兼飲食店兼宿屋があり、本集落とか本所などと呼ばれている。そこには村長と四人の村役の家もあり、エラドはその村役の一人であるウジエルの家へと向かった。


 村長は五年毎に五人の村役から領主に任命されるのが慣例となっているが、持ち回りと言う訳ではなく、領主であるマハラ男爵が人物、納税額などを勘案して任命することになっている。


 村長には、農家の三男以下など離村を求める者の離村許可を領主に進達する権限や耕作者が少なくなって耕作できなくなった田畑を他の農家に割り当てる権限など各種の利権があるが、一番の利権は飲食店兼宿屋の経営権である。宿屋はともかく村に一軒しかない飲食店経営の旨味は言うまでもないだろう。


 現役の村長でない四人の村役は皆次期村長の座を狙っており、ウジエルも当然そのレースに加わっている。


 エラドがその四人の中でも特にウジエルに目を付けたのはそれなりに理由があった。


 ウジエルは目端の効く男で、前の代で開拓したものの働き手が足りなくなって畑まで手が回らなくなった農家や田圃を増やしたので過去に開墾したが今では耕作放棄地となった山沿いの畑などを買いあさり、農地改良の名目で大々的に芋の栽培を始めた。


 麦ならば租税がかかるが芋は救荒作物で若干農地改良の効果もあるので無税である。当然必要以上の芋畑には麦を植えるように命じられるのであるが、農地改良であればそれ以上でも容認されることとなる。ここに目を付けて芋畑とし、さらに干し芋に加工することで嗜好品として領都で売り出してかなりの利益を出していた。


 当然一度に干し芋にするわけではない。値崩れしないように売れ行きを見ながら干し芋を作って行くことになる。ここならば今でも種芋として買い取れるだけの芋がある、それがエラドの考えだった。


「ごめんよ。ウジエルの大将は居るかい」


 エラドが農家としては随分立派な土造りの家の戸を開けて大声で訪いを入れると、奥から大柄で筋骨の逞しい男がのそっと現れた。


「おお、教会のエラドか。まあ入んねえ」


 そのままずかずかと奥に戻って行くウジエルの後をついてエラドも奥の部屋に入った。そこは三和土の土間だがテーブルと椅子が在り、応接間のように使われている部屋だ。


 ウジエルは椅子に座るとエラドにも座るように勧め、エラドも適当に選んだ椅子に座った。


「で、今日は何の用でえ」


「うむ。種芋にするんで良いところを百五十貫ほど分けて貰いてえ」


 二人は気心の知れた飲み仲間である。単刀直入に用件を尋ね、単刀直入に答える。


「そりゃあ大層な量だな。一町は行けるんじゃねえか。確か教会の芋畑は二反ほどで、種芋分はとってあるはずだろう」


「裏の林の開墾が出来てな、一町ほど畑が増えたんだ」


 エラドは開墾した畑を少なめに言った。多いとその分疑いの目も強くなる。


「凄えじゃねえか。あの林を一年で一町も畑にするとはなあ。なんか秘密があんだろう。教えろよ。話によっちゃあ代金は大負けしてもいいぞ」


 ウリエルは目をぎらつかせた。


「そりゃあ企業秘密というやつだ。どうしても知りたきゃ金貨の十枚も出しねえ」


 エラドはにやりと笑った。彼に教えるつもりがないことはその金額を聞けば嫌でもウリエルにわかる。


「それは俺にはちっと荷が重いな。まあ、良いや。芋は売るほどあるからな」


 ウリエルは笑えない冗談を言って一人笑った。


「一貫目百文だ」


「可哀そうな孤児たちの食い物だぜ、手前が食いもんにしてどうすんだ。二十文」


「確かになぁ。あのアマが助祭で来てから食い物がひどくなったってえ話だ。だかなあ、干し芋にすりゃあ一貫目三百文になるんだぜ。八十五文でどうでえ」


「食い物がひでえのはあの女が来る前からだ。干し芋にするのにゃ人手が要んだろう。運賃もばかにならねえし道中で食い物狙いの馬鹿者が出ねえとも限らねえ。それを考げえれば右から左に流すだけで金になんだ。悪い話じゃねえぞ。三十文で手え打てよ。巡回司教様の覚えも目出度くなるかもしんねえぞ」


「巡回司教様はそんなことでお目こぼしはしてくれねえよ。いい加減なことを言うんじゃねえ。それに経費が掛からねえから三百文を八十五文にしたんだ。まあお前の顔を立てて大負けに負けて八十文だな。俺の仕入れ値だぞ」


「仕入れ値ったって、おめえ自前でもずいぶん作ってるじゃないか。それは只みたいなもんだろ。均しゃあ仕入れももっと安くならあ。それにウリエルよお、お前、次の村長を狙ってんだろ。領主様の覚えを良くしておきてえよな」


 ここでウリエルの目が鋭くなった。


「お前が村長の件で俺のことを良く言っておいてくれるならもう少し負けても良いぞ」


 領主は五年ほど前に領軍を率いて戦場に出たことがある。その際エラドも傭兵として同じ戦場に在って、領主が窮地に陥ったところを身を挺して救った。足の傷はその時に負ったものである。


 普通はこんな時でも傭兵には何も褒美はないかあっても雀の涙の報奨金くらいだ。それが彼らの仕事なのだから。


 だがここの領主はこれを恩に着てエラドに相当額の報奨金を与えたうえ教団にエラドをローレン村教会の下働きとして雇い入れるように推薦し、その結果余所者のエラドがこの村に定着して現在に至っているのである。


 このことからエラドは領主に何らかの影響力を持っているというのが村の主だったものの共通認識であり、エラドも敢えてそれを否定することはなかった。


「俺は表立ってそういうことは出来ねえんだがな、これ以上俺の口から言わせるなよ。だが孤児のことも大事に思ってるから出来るだけのことはしてやるさ。六十文で手を打たないか」


「良かろう。一貫目六十文で百五十貫、締めて九千文、銀九枚だな。付いて来な」


 そう言うとウリエルは立ち上がって更に建物の奥へと入って行った。途中何気ない風でエラドが話しかける。


「売り物にならねえ細いやつがあるだろう。それもおまけで付けてくれ」


「そんな物どうするんだ」


「ガキどもに食わせるんだよ」


「本気か。あんな物、筋が多くて食えたもんじゃないぞ」


「食う気になれば食えるさ。そうだ干し芋を作るときにはぎ取った皮があるだろう。あれも孤児院に寄付してくれ。焼くか煮るかすれば食える」


「分かった、分かった。孤児院てのは本当に飢えてるんだな。あるだけ寄付するよ。でもなあ全部で二百貫を軽く超えるぞ。二百五十貫行くかも知らねえ。どうやって持って帰るつもりだ」


 さすがにウリエルもあきれ顔だ。


「明日、力の強えやつを三、四人連れて牛車で取りに来るつもりだ」


「そうか。それじゃ今日んところは芋を選んで、屑芋と芋皮の量だけ確認して呉れ。金の受け渡しは明日見分が終わってからで良いぞ」


 エラドは翌日持ち帰るものの品質と量を確認するとウリエルの家を辞去した。

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