045 仁なき戦い
本日2話目です
アビーの目は今まで見たことがないほど吊り上がっている。自分とリーアをタミールたちのところへ連れて行けと言うや否やアビーは裏庭の方に走って行った。食堂は通らなかった。エラドには知られたくないのだろう。賢明な判断だ。
(やれやれ。秘密を守らんとと思うた途端にこれや。半月も持たんで【そこまでドア】知っとる奴が一人増えよる。秘密は知ってる者が三人になったら必ず漏れるて誰かが言うとったな・・・しゃあない、ここは腹くくろ。アビー怒らせたら怖いし)
勇人にはアビーの懇願を撥ねつける度胸も冷酷さも持ち合わせていなかった。元の世界から持ってきたものは事実上全部亜空間庫に入っているし、ここで作った武器、槍、クロスボウ、投石紐も入れている。生肉や生米だが三人が二、三日食べるだけの食料も入っている。出発の準備は出来ていた。
畑へ行く道で待っているとアビーがリーアを連れて走ってきた。二人を待って勇人は畑に走った。二人もついてくる。ここらで良いだろう。孤児院の裏手から見えなくなったところで止まり、先日行った山に向けてそこまでドアを開いた。
アビーは何も言わずリーアの手を引いてドアの向こうに行った。勇人も後に続く。季節は冬。木々の葉は落ちて見通しは悪くない。東の方を見る。
勇人が次に転移する場所を探しているうちに驚いて固まり口も聞けずにいるリーアに手短に状況を説明していた。
見たところ低い山が一つ視界を遮っているが、その頂上まで行けば東の街道が見渡せるはずだ。勇人は再度【そこまでドア】を使った。その山の頂上から見回す。あれが上ローレン村、その先が合流点の宿場町、そこから南へ林の中に点在する村を数えてゆく。一つ目、二つ目、あの村だ。
村の近くで転移できそうな場所を捜す。村に通じる街道から少し離れたところにある倉庫、その裏手なら誰にも見られないだろう。勇人はドアの焦点をそこに合わせた。同じように三人でそこに転移する。
「これから村に入る。焦った様子を見せちゃだめだよ」
そう言うと勇人は街道の方に旅人の速さで歩き始めた。宿屋が二軒ある。どちらだろう。暫く見ていると通りを通る地元民らしき人がチラチラと見る宿屋がある。あっちだな、勇人はそう目星を付けるとその宿屋に入っていった。二人は黙って後に続く。店の番台には勇人と同じくらいの年齢の男の子が座っていた。
「昨日泊ってる人が強盗に刺されたって宿はここだね。刺されたのは僕の知り合いなんだ。デボラにユージンが来たって伝えてくれないかな」
「分かったよ。かあさん、昨日刺された人の友人だって人が来てるよ。女の人に言って欲しいんだって」
男の子は奥に向かって大声で言った。二階でバタバタと音がして番台の横にある階段を慌てて降りて来たのはデボラだった。宿屋の女将が伝えるまでもなく子供の声は二階まで筒抜けだったらしい。
「ユージン、それにリーアとアビー。どうやって・・・」
「そんなこと後だ。リーアにタミールを看させろ」
「そうね。二階に来て」
デボラの後に続いて三人が二階の客室に入るとベッドに横たわる血だらけのタミールが居た。
「お腹を刺されたの。この村の治癒士が手当てをしてくれたんだけどお腹の中で血が止まらないんだって」
リーアはタミールの横に座って腹を触っていたが難しい顔をした。
「分からない。お腹の中なんて何がどうなってるのか全然わからない」
「リーア、落ち着いて聞いてくれ。血が流れる管、血管は分かるね。まずそれを繋ぐんだ。できるよね」
「繋いだ。でも血が止まらない」
「ほかにも切れた血管がないか探して繋いで」
「血は止まった」
「内臓に傷はあるかな」
「大きな管が半分くらい切れてる。何か出ちゃいけないものがそこから出てる」
(あちゃ~。大腸が破れてるんかな。こら予後不良かも)
「リーア、消毒薬は持ってるかい」
「二本ある」
(アルコールが一リットルくらいか。これに賭けるしかないなあ)
「リーア、大きな管の傷を治して」
「もう治した」
「ならもう一度お腹の皮を割いて中に溜まった血を外に出して」
リーアにナイフを渡すと器用に使って腹を割き、溜まった血を出した。
「大きな管の傷があったあたりの皮膚を少し大きめに切って消毒薬で傷があったあたりをなるべく丁寧に洗って。消毒薬の二本目は半分くらい残しておいてよ」
リーアは言われたとおりにした。勇人は亜空間庫からボルトを取り出すと矢柄にしていた篠竹を十センチほど切り取り、消毒薬で消毒してそれを最初に開けた腹の穴に差し、リーアにその両側の皮膚を治すように指示した。上の穴も
念入りに消毒してから閉じた。あとは様子を見るしかない。抗生物質があれば・・・せめてペニシリンでも。
そのとき、勇人はふと気づいた。タミールを亜空間庫に入れる。そのときタミール以外の生物は腸内に居るものを除いて亜空間庫に入らないようにと条件を付けたらどうなるのだろう。
腸内細菌まで取り除いてしまうのはリスクが大きいがそう言う条件が可能ならタミールが生存できる可能性はかなり上がるのではないか。だめならタミール以外の生物全部除外に賭けてみるしかないが。勇人は腹に付けたドレン用の管を取り除きリーアに頼んで傷口をふさいでもらった。
「これから僕は特別なことをする。これは誰にも見られたくないので暫く全員この部屋から出て行って欲しい」
「わかったわ」
デボラは不満顔だったが、勇人がチュードだから特別な知識があるという信頼感から承諾して出て行った。他の二人は何も言わずに出てゆく、リーアはチョッと未練があるようだ。
(リーアよ。お前にはまね出来んことするんやから、そんな顔せんといて)
三人が出てゆくと勇人は生物はタミールとその腸内の細菌を除いて入れないという条件でタミールを亜空間庫に収納した。この条件が成立したことは感覚で分かった。何とも言えない色をしたものがシミになってシーツに残った。どうも身体中の細菌らしい。長い間亜空間庫に入れて置く意味はないのですぐにシーツの上に戻した。細菌で汚れているが仕方がない。
「もう入ってきて良いよ」
勇人がドアの向こうに声を掛けるとドアが開き三人が入ってきた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「話しにくいかもしれないけど、起こったことを話してくれないかな」
勇人はデボラに話しかけた。
「昨日の夜、宿で夕食を摂ってから部屋に戻って、子供たちの渡してくれた包みに何が入っているか調べておこうってことになったの。食料が入っていることは知ってたけど、どれくらいの量かは把握してなかったし、これから旅をしてゆくのに必要だって思ったの。
それで調べてみたら中に小さな包みがあって開けてみたら金貨が一枚と銀貨が十枚入っていたの。それを見たあの人が「金貨二枚分だ。二人で合わせて四両だぞ」って大声で叫んでしまって。
悪人も居るから用心しろってエラドから言われてたのに忘れてしまってた。生まれて初めてお酒を飲んだからそのせいかな。壁とドアがあるんで安心してたのもあったかも。でも安宿の壁やドアなんて在って無いようなものなのにね」
(ワイのせいやな。やっぱり別れ際にひとこと言うとけばよかったんや)
「隣の部屋を取ってた二人が悪い奴で、そのうち一人が土魔法使いだった。私たちが寝た後で壁を破って入ってきたの。ドンという音で私もタミールも目が覚めたんだけど二人の内の一人が私に切りかかってきた。そのとき腕を切られたわ」
見ると確かに左腕に切り傷があるらしく包帯が巻いてあり、血がにじんでいる。三人の目に気が付いたのだろう。デボラはちょっと笑いながら言った。
「大したことはないのよ。治してないのは治癒士の魔力切れ。それであのひとが咄嗟に石弓を出してそいつを撃ったの。腹の真ん中を突き抜けたわ。でももう一人がその隙にナイフでタミールの腹を刺した。タミールは刺された腹を抑えながらもう一丁の石弓を出してその男に向けたものだからあわてて逃げ出した。タミールが撃った石弓は当たらなかったけどその時には私も出していて、撃ったボルトはそいつの左肩に刺さった。でも逃げられてしまったわ」
「どこに逃げたか分かってるの」
「宿の客の話ではたぶん東の山の中らしいの。そこに十人前後で屯している山賊の内の二人だって言ってたわ」
「なんでそんな奴が堂々と宿屋に泊まれるんだ」
「普通は村の外で襲うらしいのよ。皆殺しにするから目撃者なし。怪しいってだけで宿泊拒否はできないんだって」
この世界での強盗は常に殺人を伴う。「金を出せ」などというまどろっこしいことはしない。仮にこれをやって有り金を全部出させても、身ぐるみを剥いでも虚空庫の中までは調べられないからだ。
虚空庫の中身を間違いなく全部出させる方法は魔導具で虚空庫への魔力の供給を遮断するか、魔力供給の大元を絶つ、すなわちその持ち主の命を奪うかである。前者は理由なく所持できない禁制品なので強盗にとっては殺人が手っ取り早い。魔力が遮断されると虚空庫が消滅して入っていたものは辺りに散らばる。
まあ、毎度形の変わるダンジョンで泥棒ネコが物を拾い集めるゲームで石ころに躓いたようなもんやな、と初めて聞いた時には呑気に思ったものだが、危うくその被害者になるところだった知り合いを目の前にするとその悪辣さに反吐が出る思いがした。
「領兵は捕まえないのか。巡回司祭に突き出せば良いだろう」
「領兵も証拠がなければ捕まえられないわ。それに巡回司祭が来る前後にはここに寄り付かないんだって」
「でも今回は宿泊したところは見られているし、宿泊した客室の壁が破られてる。それにデボラも、回復すればタミールも被害者として証人になれる。アジトの場所はわかってるのかなあ」
「詳しい場所は分からないらしいわ」
(そらそうやな)
では、アジト探しをするか。




