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044 いい日、旅立ち

少し短いので2話投稿します。2話目は6時10分です

 一月になった。平民はこの日に一つ歳を取る。勇人も十一歳になった。かと言って特に行事がある訳ではない。少し夕食が豪華になったくらいか。


 そしてタミールとデボラは十五歳、この国での成人になった。三日にはここを旅立つことになっている。お金は教団からの祝い金と孤児院の狩の獲物の売却代金、勇人の獲物の売却代金からの支払いを含めると一人金貨二枚分弱になった。

 衣類は教団からの祝いの分、それまで来ていた分の二着を頭陀袋に詰めた。靴は革製の編み上げ靴。自分たちで一から作ったものだ。カモ肉の燻製、これはシモン、イサクの弓が得意な二人やアビーが獲ってきてみんなで燻製にした。それに鯉の燻製と干し芋、これは年少組が作った。これらの食べ物は別の袋に入れて子供たちが準備している。出発の日の朝、十四歳になったアラヤが渡すことになっている。


 クロスボウはタミールが二丁、デボラは一丁。勇人が預かっていたクロスボウの中から程度の良いのを選んで渡したが実質はエラドからの贈り物だ。


 ナイフと槍は自分たちで作った。穂先と刃は鉄木製だ。


 他には鎧代わりの厚手の皮ベスト、雨具代わりのマント、一人用のテント。あっ、引っ付けると二人用になる作りなんだ。


 その日の朝、みんなは教会の前に集まった。最初に助祭から話があった。


「お二人の将来が実りあるものであることをお祈りしています。ところでお二人はこれからどうするつもりですか」


「助祭様、これまでお世話になりました。これからは二人で助け合って生きてゆこうと思っています」


「二人で南のミフレケット伯爵領に行って、領都に近い町で猟師をするか、魔猟士になるか。いずれにしても二人とも経験不足ですので、狩猟分隊か魔猟士分隊に加えてもらって経験を積みたいと思っています」


 タミールとデボラは口々に二人でと言った。


「お二人はパートナー、そういう関係になるのですね」


「はい。五歳から一緒にここで育った仲ですから、お互いに良く理解していますし、一番信頼できる人です」


 デボラは力強くそう言った。少し首筋が赤くなっている。


「そうですか。お幸せに」


 助祭は静かにそう言った。若干の羨みと妬みの気持ちが顔に現れたと思ったのは気のせいだろうか。


「これは教会が出すあなた方の離村承諾書です。領主様の離村許可証も預かっています」


 助祭は二人に、教会名と助祭名の記載された身分証明書と領主の代理として村長が署名した離村許可証を渡した。これがないと領内外を問わず職に就くことができない。


 次にエラドが口を開いた。


「ここではみんな助け合って生活している。お前たちもここで五歳から育ったからそれが当たり前だと思っているかも知んねえ。だがな、世間に出るとそんな奴ばっかりじゃねえ。むしろ隙が在ったら騙してやろうとか身包み剥いでやろうなんて考えてる奴がゴロゴロ居るぞ。


 二人とも棒術はそれなりに強くなったが魔法はからっきしだ。魔猟士になるのははっきり言って難しい。町か村に落ち着いて猟師をやって行くのが無難だろう。


 傭兵にはなるんじゃねえぞ。あんなもんになったら命が幾つあっても足りねえ。それと自分たちの奥の手は最後の最後まで人に見せるんじゃねえぞ。初見の石弓は相当の手練れでも避けられねえが知られてしまえば一発きりの攻撃なんて避ける方法は幾らでもある。


 もう一つ。お前たち二人がそう言う仲だったとは気が付かなかったよ。タミール、上手くやったな。まあ二人とも幸せにな」


「エラド、ありがとう」


「ありがとう。石弓大切にするよ」


 二人は嬉しそうに礼を言ったが、エラドは少し目をそらして左手で頬を搔いている。照れくさいのか、羨ましいのか。


 年少組が食料の入った袋を渡して口々におめでとうとかありがとうとか言った。二人は受け取った袋を虚空庫に入れて年少組を一人ずつ抱きしめた。上の子たちとは握手だ。デボラは女の子たちと抱き合っている。顔は笑顔だが頬には涙が光っていた。


 勇人もタミールと握手をした。


「僕の記憶は一年もないけど、覚えてるだけでも随分お世話になったよね。知ってるように記憶の中の僕は見かけよりは随分歳上で、元の世界では結婚もしていた。その経験から言うと女の子は難しいよ。理解するのも扱うのも。だから扱われると良い。それから・・・」


 (うん。ろくな経験やなかったけどなぁ)


 勇人はサミュエルから受け取った金貨四枚分の(かね)を二つに分けて食料の入ったそれぞれの袋の中に小さな包みにして入れておいた。餞別のつもりだった。


 そのことを付け加えようと思って言い出しかけたが、二人が知ったら返してきそうな気がしたし、包みを開けて驚くのも一興だと考えて言うのをやめた。


 見るとデボラはアビーに声をかけている。


「アビー、できるだけで良いからみんなと同じように働こうとしてみてね」


「うん」


「それからリーアを守ってあげてね。あの子は【治癒】は上手に使うけど、そのほかの魔法はあまり得意じゃないから」


「うん」


 アビーが珍しく大人しく言うことを聞いている。俯いて涙を堪えて「うん」と言うのが精いっぱいのようだ。


 (こいつもこんな殊勝な面があったんや)


「今日はどこまで行くつもりなの」


 勇人はタミールに聞いた。


「上ローレン村の一つ先の宿場町で道が二つに分かれてるんだ。北へ行く道と南と。そこまで二里ほどでそこで宿を取るのは勿体ないから南へ二つ目のリトバ村まで行くつもりだよ。南北の道は街道になってるから小さな村でも一、二軒は宿屋があるらしい。最初っから野宿は大変だから一番安い宿でもとるよ」


「そうか。宿をとったほうが楽だもんね」


「うん。ウサギくらいなら二人で狩れるから、見つけたら狩って路銀にしたり食料にしたりするつもりなんだ」


「ミフレケット伯爵領までどれくらいかかるの」


「領都までだと徒歩で十日くらいかかるらしいよ。途中ノッツェ村辺りからは魔物も出るようになるって聞いたから、それを避けてるともっとかかるかも知れないね」


「そうなんだ。先は長いんだから無理しないでね」


「おう。デボラを守らなくっちゃなんねえからな。無理はしないよ」


 タミールは照れくさそうに応じた。


 名残は尽きないが時間は容赦なく過ぎてゆく。


「それじゃあ、行こうか」


 タミールがデボラに声をかけた。デボラは黙って頷く。


「それじゃあ、みんな。今までありがとう。元気で成人を迎えられるよう祈っているよ」


 タミールはそう言うとそっとデボラの肩を抱いた。二人は一瞬顔を見合わせて笑みを交わすと教会に背を向けて田圃の中の道を下って行った。二人の手はいつの間にか繋がれていた。


 ほんの一時期だけ孤児院の子供は勇人を含めて十九人なった。あと十日もすれば巡回司教が新しい仲間を連れてくるはずだ。その時まで待っていればタミールもデボラもここで降りる子供の代わりに馬車に乗せて貰えた。


 だが馬車の行く先はラフィア辺境伯領の領都ラフィアディア、そこには孤児院で成人を迎えた者ばかりではなく近隣の村や諸領から農家や商家そして下級貴族家の後を継げない子供たちが毎年大勢集まってくる。その大半が魔猟士か猟師になる。そうしてそのままラフィアディアに残ってベテランになった魔猟士や猟師も居る。つまり魔猟士、猟師が過剰なのである。


 だからタミールとデボラは旅費と時間をかけてでも南のマルテフ伯爵領に行く決心をしたのだ。ここも近隣から集まってくる人は多いがラフィアディアほどではない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日の午後も半ばごろ、珍しく教会に来訪者があった。一目でベテランと分かる年恰好の魔猟士である。


「エラドは居るかい」


 その男は丁度その日の獲物を川に沈め終わって孤児院に帰ってきた勇人とアビーに問いかけた。


「出かける用事はないはずだから、裏庭か自分の部屋か食堂かその辺りに居ると思うよ」


 勇人がそう答えると男は元魔猟士仲間のヤロンだと名乗り、緊急の用件があるから呼んで欲しいと頼んできた。


「アビー、裏庭を見てきてくれ。僕は部屋を見て来るから」


 そう声を掛けると二人で食堂に入った。裏庭や居室に行くまでもなくエラドはそこに居た。


「エラド。ヤロンって人が来てるよ。緊急の用件があるんだって」


 勇人がそう言うと、エラドは「おう」と言って立ち上がり、外へ出て行った。二人もその後を追った。


「ヤロンじゃねえか。久しぶりだなあ。どうしたんだ急に」


 勇人もアビーもヤロンが齎す緊急の用件が何なのか知りたくて、庭の隅をウロウロしていた。


「おう。昔話は後にしてまず用件を言うぞ。ここの孤児院を昨日出たって男女が昨日泊まった宿で、同宿の奴らに刺された。何でも小金を持ってるってんで強盗に早変わりしたんだな」


「何。それで容態は」


「女の方は軽傷だが男の方は腹を刺されて相当の深手だ。助からねえかも知れねえ。で女の方からこっちへ来るなら孤児院のエラドに出来事を伝えて欲しいって言われたんでな。どうせなら早い方が良いと思って朝一番で出てきたってわけよ」


「そうか。ありがとよ。まあ、ここからじゃ何が出来るわけでもないが」


「そうだな。命を取り留めるように祈るしかねえか」


「まあ、入ってくれ」


「そうさせてもらうよ」


 二人はそう言いあうと食堂へと入っていった。


 薄情なようだが、腹を刺された者を治すような医療技術はこの世界にはまだ無い。加えて一日の距離の有る場所での出来事だ。出来ることは祈ることだけ、そう考えるのがこの世界の常識だった。


「ユージン、リーアを連れて来る。オレたちをタミールたちの所へ連れて行け」


 そう言うアビーの目は怒りに燃えていた。

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