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043 戦略兵器は紙装甲

 今年も残すことあと十日ほどだ。サミュエルに商材を売って金貨二十二枚、助祭からせしめる講師料があと金貨十二枚ほど、肉の売却代金が四年で金貨四十一枚、締めて金貨七十五枚にはなる予定だ。これで借金分五十枚の返済の目途は立った。ここを卒業するときにはアビーに幾らか渡せるだろう。


 勇人は十二月にしては麗らかな日で日光を浴びながら孤児院前の土塁に座っていた。子供たちは三々五々裏庭や表の広場に散らばってふざけあったり棒術の自主鍛錬、日向ぼっこと思い思いに麗らかな午後を楽しんでいる。アビーはいつものように勇人の近くに座って何をするでもなく村の方を眺めている。


 二町の開墾は終わって秋植えの作物の種まきも済んだ。開墾が進んだおかげで再来年の薪も十分にある。鯉の餌やりが済むとやることがない。勇人は何となく自分が手に入れた能力のことを考えながら【亜空間庫】を弄んでいた。


 便宜上【次元刀】と呼んでいるこの世界と不思議空間とを隔てていた幕のようなものに開いた穴の縁の切れ端と、それを円にしたことによって生じた便宜上【亜空間庫】と呼んでいるこの世界から不思議世界に通じる穴、これは元が同じなのだから当然同じものだ。だが在り方が違う。


 【次元刀】はおよそどんなものでも切断してしまう。その際にそれを振るう勇人には何の負荷もかからない。ものではなく物が存在する空間そのものを切っているのかもしれない。但し長さは最長二メートルくらいに限定される。


 ところが【亜空間庫】になるとその空間を切る能力は失われてしまう。その代わりにその中、つまり仮に亜空間と言っている不思議空間にあらゆる物を収納することができる。それも「生物は除いて」とか、「イノシシだけ」などかなり融通の利く限定を付けることができる。


 入口は円にして直径約十メートルまでに限定されるが、その円周の範囲内であれば入口の形はかなり融通が利く。切断能力が失われるため入口より大きいものは入れられないので、例えば地面の土を入れようとしても入らないが、土魔法とか【次元刀】で地面から切り離しておけば入れることができる。入れられないほど大きなものにぶつかるとそこで止まってしまうし、入口より大きなものがぶつかってくるとその物が入口のところで止まってしまうが、どちらも入口が跳ね飛ばされたり、勇人自身に反動が来たりすることはない。


 勇人が【亜空間庫】と言っている不思議空間は勇人が落ちてきた不思議空間と同じものだろうか。勇人にはそうは思えなかった。あそこでは勇人は考えることも動くこともできた。つまり時間は止まっていない。しかし【亜空間庫】では時間は止まっている。それとも外から見たときに止まっているように見えるだけで中と外で時間の観念とか流れる速度とかが違うのだろうか。


 ここまで何となく考えてきて、勇人は或ることに気づいた。【次元刀】は穴の切れ端のままだったから空間を分ける能力だけがあらわれた。【亜空間庫】は円にしたからその能力は失われたが異空間とこことを結びつける穴本来の能力が現れた。この穴にはもう一つ能力があるのではないか。勇人は元の世界側の穴から不思議空間に入ってこちらの世界に開いた穴から出てきた。つまり不思議空間に穴が二つあった可能性がある。【亜空間庫】がその小型版だとしたらひょっとするともう一つ穴を開けることが出来るのではないだろうか。


 勇人は穴の向こうにもう一つ穴があるということを強く意識して【亜空間庫】の闇を覗いた。それまで田園風景を区切っていた闇が消えていきなり景色が現れた。【亜空間庫】が消えたわけではない【亜空間庫】の外側の景色と内側の景色の間には薄っすらと【亜空間庫】の範囲を示す光の輪が見えていた。


 (びっくりしたでぇ。暗闇の向こうに出口が見える思うとったんやけど、これ入口と出口が引っ付いてんのかなあ。そやけど景色がえろう遠いなあ。これやったら亜空間通じんでも同じや。もうちょっと出口が向こう側にならんと)


 勇人がそう思った瞬間、見えていた景色がまるで望遠鏡をのぞくように近くなった。


 (おう。ズームレンズかいな。レンズだけなんかほんまに出口になってんのか試してみよか)


 勇人は一旦その【亜空間庫】を消して本来の機能に戻し、こぶし大の石を取り出した。そして今度は東側の林の入り口付近を覗き林の入り口にある木の根元がすぐそこに有るように見えるまでズームさせた。手にした石をその根元に向けて投げると林の入り口の所で石が木に当たる音が響く。【亜空間庫】を消して目を向けると先ほど手に持っていた石が狙った木の根元に転がっているのが見えた。ここで勇人は思案した。


 (これまでの【亜空間庫】の性質から見て生き物が通れるのは想定内やけど、ワイはどうなんやろ)


 勇人は躊躇した。勇人自身は通れないかも知れない。【次元刀】で自分が切れない、【亜空間庫】に自分が入れないということからすればこれは一番有り得る結末だろう。だが、自分が通れるとしたときに勇人の左手はどうなるのだろう。左手を何とかする方法がなければ向こうへ行っても【亜空間庫】を出しっぱなしでいなければならず、消すためにこちらへ戻ってこなければならないのなら行く価値はない。何らかの方法で消せたとして左手の掌だけ向こうに残るという可能性もある。


 (うわあ。左手の掌が真っ二つやて、それは勘弁や)


 うじうじと小一時間も悩んでいた。その間にごねごねと弄っていたので【亜空間庫】をズームレンズモードで出した場合には、大きさと形状は変えられるものの左手の掌の位置を変えられなくなることがわかった。川で【亜空間庫】の入り口を広げていた時に入っていた小魚を使って生き物が通れることも確かめられた。


「こんなところで魚を出したり入れたりして何してんだ」


 さすがに魚で実験していたときにはアビーから突っ込みが入った。アビーは勇人が【亜空間庫】から無意味に魚を出し入れしていると思ったらしい。アビーには【亜空間庫】自体は見えないしまさか結構離れた木の下に魚を放り投げているとは思っていないのだろう。さすがに本当のことは言わないほうが良い、勇人はそう判断した。


「【虚空庫】から物を早く出し入れする練習だよ」


「それは分かるけど、こんなに人が多いところでそれやって良いのか。生きた魚だぞ」


 アビーは声を潜めて言った。


 (やべえ。【虚空庫】には生き物は入れられへんのやった)


「忘れてた。ありがとう、アビー。良く覚えててくれたね」


「オレは記憶力も良いからな。一回貸しだぞ」


 あたりを見回したが幸い誰も気が付いていないみたいだ。


 (しょうないなあ。畑にでも行くか)


「出し入れの練習なら石っころでも良いだろ。何か新しいこと始めたんだな」


 (感の良え奴ちゃなぁ)


「ちょっと畑の出来でも見て来るかな」


 棒読みに近い言い方でそう言って立ち上がると勇人は畑の方に歩き始めた。後ろからアビーが付いてくるのが気配で分かった。


「付いてきても何にも面白いことなんかないよ」


「そんなことねえ。オレの感がビンビンなってるぞ。ユージンが面白いことするってな。オレは護衛だからお前を一人にはしないぞ」


 (しゃあないなあ。こいつには話しとくか。九歳なりに秘密は守るやつやし、ついでに実験台に使うちゃろ)


 勇人は畑に着くとすぐにズームレンズ型の【亜空間庫】を出し手北側の林が始まる所にある木を中心にズームインした。木から二メートル手前にレンズがある感じ形は四角形だ。


「景色が変だ。木だけ近づいたぞ」


 アビーにはズームレンズの枠は見えないらしい。木だけでなく周りの地面や草などもズームインしているのだが木が近づいたのが強烈な印象だったのかそのほかのものも近づいたのには気付いていない。


「アビー、その木の傍に行って幹を触ってみてくれ」


 勇人の言葉に、アビーは何の疑いもなく木に近づいた。アビーが【亜空間庫】の枠を完全に超えて、木を触ったところで勇人は彼女に声を掛けた。


「アビー、此方へ戻ってきてみて」


 アビーは振り返って不思議そうな顔をした。


「おーい、ユージン。何でそんなに遠いところにいるんだー」


「いいから、アビー、此方に戻ってきてよ」


 アビーは言われるままに歩き出し、すぐに勇人の横に出てきた。


「あれっ、さっきは遠くに居たのに五歩あるいたらユージンのそばに戻って来たぞ」


「うん。アビーはこことあの木の間にある空間を飛び越えたんだよ。僕の【虚空庫】の新しい使い方だ。出入口がこことあの木のそばにあるんだ。だからこっちから入ってあっちに出られるし、あっちから入ってこっちに出ることもできるんだ」


 勇人は腹を括って自分もレンズに入ってみることにした。そっと足を出したがレンズに弾かれることもなく木の方へ踏み出せた。身体が全部木の側に入ったので左手をそっと引いてみると手が完全にこちら側に来ると同時にレンズがすっと消えた。


 (あっ、消えるときは自動なんや)


「おーい、ユージン。急に遠くなったぞー」


 アビーが大声で叫んでいる。アビーの所に戻ろう、そう思って勇人はアビーの前にもう一度ズームレンズ型の【亜空間庫】を開いたが、自分が通る前にアビーが飛び込んできた。


「急にまた近くなったんでビックリしたぞ。そばまで来てやった、護衛だからな」


 切羽詰まった顔をしている。【亜空間庫】が消えた時に急に遠くなったのでよほど驚いたのだろう。


「心配しなくても【虚空庫】の出入口を消しただけだから」


「お前の【虚空庫】は出入口を出したり消したりして使うのか」


「そうみたいだね。でも二人だけの秘密だよ。それに景色が近くなって、その中に入るとその景色のそばに行けるってこともね」


「おう。二人だけの秘密だな。オレの口は堅いぞ」


 勇人はアビーと話をしながら別のことを考えていた。


 (まるで青猫のドアみたいやな。知ってるとこ言うたら河原か。思い出して・・・あかん、レンズが開かんわ。どうも見えるとこが限界みたいや。とするとあの山か)


 山というのは勿論ターセン山ではない。ターセン山は確かに見えているが中腹から上は既に雪化粧をしており、山頂は雲に覆われて見えない。勇人が見ている山は孤児院から南東の方向にある山で上下ローレン村の田圃を潤す川、孤児院の東側を流れる川が合流する本流の向こうにある名も知らない山である。


 勇人はその山の頂に向けてレンズ型の【亜空間庫】を開くとズームして行った。直線で数キロの距離があるにもかかわらずズームは問題なくでき最終的には山の頂にある木を目の前に見るまでになった。


「アビー、行ってみようよ」


 勇人は急速に近くなってゆく景色を呆然と見ていたアビーに声を掛けた。


「お、おう。行くぞ」


 アビーは勇人の声に意識が戻り、勇んでその景色の中に踏み込んだ。勇人もそれに続いて入り【亜空間庫】が消えた時に景色を見ようと振り返った。そこには山すそを巻くように走る川とそれに合流する孤児院脇の川、川から村にかけて広がる田圃、孤児院と教会の建物、裏の林、その奥に広がる聖域とそびえたつターセン山。勇人がこの世界で初めて見る雄大な景色が広がっていた。アビーも黙って見ている。声も出ないようだ。


 (やっぱり青猫のドアの劣化版言うとこやな。見えるとこまでしか行けへんで【そこまでドア】やな、安直やけど)


 勇人はアビーに声を掛けると元の畑まで【そこまでドア】を開いて戻った。そこで残っていた切り株に座り込んでしまう。自分が手に入れた能力について大変なことに気づいてしまった。


 まず何でも切れる【次元刀】。木でも石でも切り出し放題だ。言い換えると野戦築城に必要な物資、特に豊富に在ってもこの世界の人間では使いにくい木材を容易に入手できる。


 次に【亜空間庫】。その容量は推定ではあるが無尽蔵だ。この能力だけで野戦築城用物資や食料、矢弾、予備武器などの戦略物資を大量に輸送することが可能になる。時間停止の機能があるから食料が腐ることもないし、もっと言えば銃後で調理した食料をそのまま輸送することも可能だ。


 更に【亜空間庫】には生物が入れられる。つまり完全武装の兵隊をそのまま運べると言うことだ。


 この二つだけでも十分に戦略兵器だが、最後に【そこまでドア】。これで勇人は身一つで大量の物資、兵員を普通の移動では考えられない速さで任意の場所に運ぶことが出来る。首都の真ん中に万の数の軍隊を送り込まれて耐えられる国はこの世界のどこにも無いだろう。いや、元の世界の地球にだってそんな国はそう無い。


 要するに勇人は軍隊で一番手間のかかる兵站を一人で担える文字通りの「歩く戦略兵器」になってしまった。


 それに比べて自分の個体防御の能力はどうだろう。槍術、棒術はそこそこ使えるようになったが、誰もが多少とも【剛力】や【俊敏】で能力の底上げが出来る世界で伍して行くのは難しいだろう。【次元刀】の二メートルの間合いがあり、刃物が見えず相手の武器・防具を問題にせずに切れるという能力や、【亜空間庫】の何もない空間からボルトや石を飛ばせる能力はどちらも必殺技ではあるが所詮は初見殺しに過ぎない。知られてしまえば対処法はあるだろう。どう考えても「紙装甲」だ。「中たらなければどうということはない」などとは言ってられない。むしろ「知られなければ~」と言うべきだろう。


 秘密の第一順位は【そこまでドア】と【亜空間庫】の生物収容能力だろう。第二順位は【亜空間庫】の無尽蔵の収容力と時間停止、これは「バカ容量」と「時間遅延機能」の範囲では開示もやむを得ない。ベクトル保持と【次元刀】は戦略兵器化と直接の関係がないから信頼できる範囲での開示はやむをえない。


 アビーは既に第一順位の秘密を知ってしまった。殺るか。流石に平和の国日本から来た勇人にそんなことが出来るわけはない。


 自分がここから消えるか。何の身分保証もない外見十歳の子供が自活できるほどこの国の制度は甘くない。十五歳までここで生活して、孤児として教会の身分証明を貰わない限り魔猟士として働くことさえできないらしい。


 結局出来ることは限られている。秘密をこれ以上他人に知られないようにすることと少しでも自衛能力を高めること。これくらいだ。


 勇人は先ほどの高揚感を全く失ない、頭を抱えてしまった。

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