038 前門の狼、後門の虎?
翌日は何時もの鍛錬のあと狩猟組全員で河原へ行き実習を兼ねてイノシシの皮剥ぎと解体を行った。夕飯は肉祭りだった。一人当た約四百五十グラムの肉が、焼き肉や猪鍋で供された。そして夕飯ののち片付けが始まる前にエラドから提案がなされた。
「今日の晩飯は昨日狩ったイノシシの肉だった。イノシシの肉が二十貫あったので、それを一週間で食べきる前提で一人当たり百二十匁の分量を調理してもらったんだが、食べられたか」
エラドの言葉は疑問形だが、結果は食卓の様子で明らかだった。焼き肉も獅子鍋もかなり残っているのだ。孤児たちも口々に多すぎるとか勿体ないなどと言っている。エラドはうんうんと頷いている。
「そこで俺から提案なんだが、毎日今日の半分の肉を食べるとすると一週間で約十貫になる。肉を一週間以上保たせるのはこの孤児院では無理だ。それに週一度は年長者を順番に連れて行って聖域で狩りをするつもりだ。あそこは獣が多いので狩りが獲物なしに終わることはないだろう。
そうすると十貫を越える肉が無駄になる。それで俺としてはこれを村の肉屋に売って金に換えたいと思う。そうすれば万一肉が採れなくとも買ってしのぐことができるし、食べ物以外の新しい服や布地便利な道具類も買うことができる。どうだろう」
誰も黙っている。今日の肉は多すぎたが、その半分と言われると思案が付かないのだろう。するとエラドは台所に行き、大小二つの肉の塊を持ってきた。たぶん事前に用意していたのだろう。まず大きい方の肉塊を手に取って前に突き出した。
「これが百二十匁の肉だ。毎日これを食べられるか」
エラドはなかなかの策士だ、勇人はそう思った。実際には三食に分けて食べるのだが百二十匁の肉を一度に晩飯に提供された後では何となく晩飯に食べる量と思ってしまう。それに実際には薄切りや細切れにして食卓に出るのだが塊で出されると四百五十グラムの肉のボリュームに圧倒される。
次にエラドは小さい塊を手に取って前に突き出した。
「これが六十匁の肉だ。鯉も食えるし、毎日食うならこれで十分じゃないか」
二百グラム以上の肉の塊はなかなかに迫力がある。これでいいやという声があちこちから挙がり、十貫を越える肉は売却処分するという雰囲気になってきた。
「売るとして一年間でどのくらいの金額になるんだ」
タミールがもっともな質問をしてきた。
「この村の肉屋の売値は何の肉でも十匁が四文と決まっている。逆に買値はその半額の二文だ。仮に平均十貫を売りに回せるとして週の売り上げは二千文、つまり銀貨二枚だ。これが一年、五十二週では銀貨百四枚。金貨十枚と銀貨四枚だな」
「そう言われても、金貨の値打ちがどんなもんか今一つ分かんねえ」
タミールの言葉にデボラが助け舟を出した。
「前に助祭様が金貨三枚で一家六人が一月普通に生活できるって言ってたわ」
助祭を見ると苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
「普通の生活ってどんな生活だよ」
これももっともな疑問だ。ここの孤児たちには一家での生活とか普通の生活とか言われてもそもそもそれを経験したことも見聞きしたことさえないのだ。想像がつくはずがない。
「金貨一枚で鉄製のナイフか槍の穂先が買える。青銅製なら両方と短剣か斧が買えるぞ」
エラドが孤児たちに分り易い例を出した。
「鎧は買えるのか」
タミールがそれに食いついた。やはり成人後の仕事として魔猟士を考えているのだろう。
「皮の鎧なら青銅製の手甲、グリーブを合わせて金貨二枚だ」
「魔猟士の装備が買えるんなら俺は肉を売るのに賛成だ」
「タミール兄が全部貰える訳じゃないぜ」
ウジが空かさず突っ込んだ。
「確かにそうだよな」
タミールもすぐにウジの言うことがもっともだと分かった。
「お金は誰が管理して何に使うの」
アラヤが一番重要な疑問を口にした。
「それは私が預かりましょう。何に使うかはその時に応じて私が決めます。ここの責任者は私ですから」
助祭が勢い込んで管理権を主張した。エラドがすぐにこれに反論する。
「あんたに任せたら、使わずに貯め込むばかりだろう。巡回司教様から支給されてる孤児院の運営費だってろくろく使ってないんだからな。俺が預かって孤児院の為に使うってのはどうだ」
「エラドに任せたら飲み代に消えてしまうのが見えていますよ。それに巡回司教様から預かっているのは教会の運営費です。孤児院は自給自足が原則ですよ。どうしても買う必要のある金属製の道具とか衣類などは教会の運営費から出すしかないから出しているだけです」
助祭とエラドの詰りあいになってきた。孤児たちは白けた顔で二人の口喧嘩を聞いている。
「教会の金だからあんたが管理するってのなら、肉を売った金は教会の金じゃないよな。子供たちが狩ってきた獲物の一部を売った金だから孤児院の金だ。
あんたは孤児院の運営については今まで手も出さず金も出さず、子供たちが作った飯を食うだけだった。子供たちが金を儲けたからってその管理をまかせろってしゃしゃり出てきても認められるはずはないってもんだ。
その点俺は子供たちに仕事を教え、物作りを手伝い子供と一緒になってやってきたんだ。子供たちの金を預かるのはあんたよりよっぽど理屈が立つと思うがな。ユージン、お前はどう思うよ」
(おやおや、こっちに飛び火するんか。まあ、ワイの考えを言うてやってもええがな)
「お金の使い道については僕に一つ考えがあるんだ。みんなも聞いてくれるかな」
勇人は立ち上がると孤児たちを見まわした。助祭とエラドには敢えて目を合わせない。
「ここの子供たちは成人しても仕事がない者が大半だよね。たぶん抜きんでた魔力がなければ魔猟士になるか傭兵になるのが唯一の道だと思う。そうするとここから移動するだけでもお金がかかるし、先ほどエラドさんが行ったように少し装備を揃えるだけで金貨三枚くらいは必要になる。
肉を売って得た金はエラドさんが言うようにここの子供たちのものだよ。だから毎年儲けたお金はその年一番お金が必要な人、つまり成人してここから出てゆく人二人に等分に分けて生活の元手にして貰うのが良いんじゃないかなぁ」
孤児たちはみんな頷いている。道理は分かってくれたようだ。
「それで管理者はどうするのですか」
「そうだ。俺なのか助祭なのか」
「お二人とも管理者にはならなくても良いよ。と言うか誰も管理者になって貰う必要がないんだ」
「どういうことだ」
「成人して孤児院を出てゆく二人に対する残る者からの餞別のようなものだから、売れる都度二等分して二人に渡せば良いんだよ。自分のお金を自分で管理するんだから一番安心・安全な管理方法だと思う」
孤児たちは激しく頷いている。
「それでは無駄遣いをすることに・・・」
「この村のどこで無駄遣いをするの。まさか居酒屋に行くわけはないよね。せいぜい鍛冶屋でナイフや槍穂を買うくらいだけど、これは無駄遣いではなくて先行投資だよね」
助祭もエラドも黙ってしまった。歯ぎしりの音が聞こえそうだ。しかし立ち直りはエラドの方が早かった。
「なるほど良い考えだ。俺も賛成するよ」
「来年成人するタミールとデボラには二カ月弱の分しか渡せないので少し気の毒だけど」
「いいのよ。今までの兄貴や姉貴は領都かラフィアディアへ行く旅費を出して貰っただけであとは一文無しでここを出て行ったんだから。それと比べたら銀貨八枚なんて夢のような話よ」
デボラはそう言い切った。タミールも頷いている。これでこの件は終わりだ。
「それじゃあ、儲けた金は今年はタミールとデボラに渡すってことで良いんだな」
エラドが改めてそう聞くと、孤児たちは口々に承諾の言葉を述べた。
「ついでにもう一つ提案があるんだ。僕に一人で聖域に行かせて欲しい。週にもう一頭獲物をしとめて売りたい。僕はここでは員数外だ。サミュエルさんの依頼があってここに置いて貰っている。
そのかわりサミュエルさんは僕の生活費として教会に月銀貨五枚を渡している。僕が成人するまでだから八年金貨四十八枚になる。利息が二枚で金貨五十枚。それが僕のサミュエルさんに対する借金になっている。
これを返済するまでは僕は本当の意味で自由の身にはなれない。何か考えついても優先的に彼に売らなければならないんだ。だからここに居る間になるべく沢山のお金を貯めて早く返済したい。そのために今できることは狩りしかないんだ」
「それはだめだ。お前一人でイノシシやシカを仕留められるはずがない。逆にケガを負わされて山の中で動きが取れなくなる可能性がある」
エラドが反対をした。これは予想の範囲内だ。助祭は何も言わないがニヤッと笑った。たぶん算術の講師費用を支払わなくてもよくなれば儲けものとでも思っているのだろう。
「エラドさん、僕はさっきも言ったけどここの員数外だよ。僕がたとえ死亡しても孤児院の員数には影響がないからあんたが馘首になることはないさ」
「だが、お前もここで生活している以上、孤児院の一員であることは間違いねえんだからその義務についてはどう考えてんだ」
(まあ、そう言うてくるんは想定内や)
「儲けの半分は孤児院に入れるよ。週二日分としては十分だろ。肉は先ほどの話のように一頭で二十貫として半分の十貫分が銀貨二枚だから僕の取り分は年金貨十枚、孤児院の取り分も金貨十枚。四年で僕は金貨四十枚手に入り、サミュエルさんへの借金はほぼ完済になる。今年孤児院に渡すことになる銀貨十枚はタミールとデボラに渡してもらえると嬉しい。次の年の分からはその時にもう一度みんなで考えようよ」
「それでいいぞ。タミールたちにはユージンが直接渡してくれ」
「それがいい」とか「そうだ」という肯定的な声が聞こえ、みんな納得顔で頷いている。
「しかし実際に危険だぞ。どうやって狩るつもりだ」
エラドが心配顔で聞いてきた。実際に心配してくれているのだろう。
「一つは一昨日見せた岩石落としだよ。もう一つはこれだ」
勇人は言うなり亜空間庫から右手にクロスボウを取り出し、それを打つマネをしてすぐに亜空間庫に入れて次のクロスボウを取り出し同じことを五回繰り返した。つまりクロスボウの五連射だ。
それを見たエラドは感心したように言った。
「なるほど、石弓の五連射か。お前の虚空庫ならではの作戦だな。それを先に獲物に打ち込んで止めに岩石落とし、それでもだめなら槍か」
「そうだよ」
とは言ったものの勇人はクロスボウ五段撃ちをするつもりはないし、岩石落としさえ万一の時の備えとしか考えていなかった。約十五メートル先から必中が狙えるのだ。獲物の目を射抜けばまず脳まで達し即死だろう。
「一人はだめだぞ。オレが付いて行く。ユージンの護衛だからな」
「アビー、連れて行けないよ。お前は正規の孤児だから、何かあるとエラドや助祭様に迷惑がかかる」
(阿呆なこと言いよって。こいつが来たら直接亜空間庫からボルトを打ち出す裏技が使えへんやないか)
「いや、確かに一人で行くのは危ない。何かあったとき連絡係が居るか居ないかで助かる確率が全然違うのは傭兵でも魔猟士でも常識だ」
(ここは妥協するしかないか)
「分かったよ。アビーを連れて行くことにするね」
「アビーはすばしっこい。普段はあんなのだがな。獲物の反撃を受けてしまうってのはまず無いから心配することはねえぞ」
アビーが胸を張っている。その鼻の穴が開いているところを見るとエラドから持ち上げられて良い気分に浸っているのだろう。
エラドの言葉を機にその日の会合は終わった。とりあえず肉の売上は助祭にもエラドにも渡らなかった。そして個人的な狩りも認めさせた。今はそれでいい、勇人はそう思った。
今日はこの後、助祭も勉強会をする気にならなかったみたいだ。勉強会はしないと告げてさっさと自室に戻ってしまった。孤児院のみんなもそれぞれの部屋に戻り一日は終わった。




