039 田舎の肉屋は週休五日
短いので10分後にもう1話アップします
翌日、鍛錬のあと狩猟組が集められた。
「今日は丁度肉屋が開いている日だから余分の肉を売りに行くぞ。次からはお前たちだけで行ってもらうから良く見ておけ」
狩猟組を前にエラドが言った。
「えっ、肉屋って毎日開いてるんじゃないの」
そう聞いたのはアラヤだ。
「領都なんかではそうなんだがな、田舎の肉屋はそうは行かねえんだ。肉屋は猟師を兼ねてるからな。ここだと一日は上下ローレン村の肉屋夫婦四人がパーティーを組んで狩猟に出かけ、四人で二頭獲物を仕留めて山で内臓や血を抜いて持ち帰り川に沈めて冷やす。
持ち帰るのは下ローレン村の肉屋のかみさんだ。もうちょっと容量があれば魔猟士でもやってけたってのが自慢の女だからな。
二日目は皮剥ぎと肉を部位ごとに分ける作業だ。これは下ローレン村の肉屋で共同して行ない、二軒で平等に分けて上ローレン村の肉屋は肉になったものを持ち帰る。
三日目が肉屋の開店日だ。これを二回繰り返して一日休むと言うのが肉屋の一週間だ」
(上下の村の人口を千人として一人一日五十グラムほどの割り当てや。肉事情は村と孤児院で完全に逆転したなぁ)
「そうなんだ。お店って毎日やってるもんだと思ってた」
「領都なんかでは、肉屋は肉屋、猟師は猟師で分業だから毎日やってるがな。無駄口叩いてないで出発だ」
エラドはそう宣言すると勇人の亜空間庫に肉を仕舞わせて村へ向けて出発した。狩猟組はぞろぞろとその後に続く。村と言っても大きな集落がある訳ではない。村人は自分の田圃に近い高台に数軒ずつ肩を寄せ合うように集まって生活している。それぞれ何々集落と言うような呼び名があるらしい。
例外は村の中心集落で、本集落とか本所と呼ばれている。ここには村長とその補佐役兼次期村役候補者つまりは村の有力者たちの家と酒場兼宿屋兼集会所の建物、鍛冶屋、雑貨屋、肉屋、施療院などが集まって少し大きな集落となっている。酒場は村長が経営利権を持っており、儲けはその懐に入る。
付言すればサミュエルが取引をするのは主に雑貨屋、偶に鍛冶屋と施療院で一般の農民とは直接取引はしない。それをすると時間がかかりすぎるからである。雑貨屋とサミュエルの関係は問屋と小売りと考えれば良い。
エラドは中心集落に入ると肉屋を目指し、訪ないを入れることもなく引き戸を開けると店内に入っていった。孤児たちもそのあとに続く。
「エラドだ。居るか」
エラドが店の奥に向かって呼びかけると足音がして奥の部屋から小太りの中年女が出てきた。
「珍しいねぇ。今日は何の用だい」
その女は出てくるなりエラドの背中をバシバシと叩いた。
「おう、ジエラか。痛えじゃねえか」
店先は思ったよりも広く、引き戸の正面にカウンター、右側には大きなテーブルがあって包丁や皮剥ぎナイフが置いてある。そこで解体するらしい。女将はカウンターの中に入った。
「何匁要るんだい」
ジエラの声にエラドが答える。
「いや、買ってもらいたいんだ」
「益々珍しいねぇ。昨日までは買いに来てたのに今日は売りかい。どんな肉でも買値は一律十匁二文だよ。見せとくれ」
エラドは勇人を見て、店先のカウンターを指さした。
「ユージン、ここに出せ」
勇人は頷いて正肉にしたイノシシを出す。女将の態度にちょっとビビッてししまったがかろうじて表情には出さなかった。
「おいおい、ウサギかカモ二、三羽かと思ってりゃ猪肉かい。こりゃあここの秤で測ってちゃ時間が幾らあっても足りねえや。悪いがあっちのテーブルまで持って行っとくれ」
ジエラは顎で解体場所を指し示すとそちらへ歩いて行った。奥の方に大型の台秤がある。勇人が肉を仕舞ってそちらへ行くと女将が秤の台を示してそこに肉を乗せるように言った。
言われるとおりに乗せるとジエラは分銅を乗せ最後は目盛りの所にある分銅で釣り合いを調節していたがやがて頷いて言った。
「十貫と五百二十六匁。一万跳んで五百に十六匁だね。二千百三文になる。残りは四捨五入して文無しだ」
(この叔母はん、計算早ええ)
勇人は亜空間庫から算盤を取り出すと慌てて検算をした。
「十匁二文だから、五匁一文だよね。余りは四匁だから一匁分負けて一文足してよ」
「なかなか言うじゃないか。ガキに強請られたんじゃあたいも突っ張る訳にはいかないね。二千百四文だ」
ジエラの言葉にエラドが頷くと、女将は肉を抱えてカウンターの所に戻り肉を保管庫の中に入れた。その後に虚空庫から財布を取り出すとカウンターの上に貨幣を並べた。銀貨二枚、穴銀一枚、穴銅四枚だ。
「もう一つお願いがあるんだけど、穴銀一枚を大銅貨十枚でくれないかな」
「あいよ」
ジエラは気安く頷いて穴銀を引っ込め代わりに銅貨十枚を出してテーブルに置いた。エラドはそれを取ると自分の虚空庫に入れようとしたが、舌打ちをして勇人の方を見た。
「ユージン、入れて置いてくれ」
「分かった」
勇人は頷くと金を集めて亜空間庫に入れた。取引は終わったと感じたのだろうジエラが話しかけてきた。
「お前さん、ユージンってのかい。中々の虚空庫持ちだね。どれくらい入るんだい」
「調べたことないけど、四斗樽二つ分は入ると思う」
勇人は事前にエラドと打ち合わせたとおりに答えた。
「あたいと同じくらいか。ううん、惜しいね。その倍くらい入ればそれだけで食ってけるんだけど。八斗じゃ普通よりはかなり多いけど虚空庫持ちって胸張って言えるほどじゃないからねぇ」
「でも普段使いなら十分だよ」
「そうさね。うちもあたいが八斗入るから、亭主や上ローレン村の肉屋の夫婦と組んで猟師稼業が出来てるんだからねぇ」
事前にエラドから聞いたところでは二軒の肉屋の四人ともが普通の虚空庫しか持っていなければ一日一頭がせいぜいのところこの女将が八斗の虚空庫持ちなので一度に二頭を持ち帰れるとのことだ。
「ところでジエラ、今度からこいつらだけでたぶん週一で売りに来ると思う。それからこいつ、ユージンって言うんだがこいつも週一で一頭分売りに来るようになるだろう。値切らずに十匁二文で買ってやってくれよ」
「うちは正直で通ってるんだ。孤児院の子供の持ち込みだからって値切ったりはしないよ。でもどうしたんだい。自分たちが食べる分より多く肉が手に入るようになるなんて」
「ははは。特に隠すことでもない、聖域に入るようになったんだよ」
「聖域かい。うちも入れるようになればもっと肉を売れるんだけどねぇ。孤児院はもともと聖域進入御免だから今まで入らないのがどうかしてたんだよ。余りを店に卸してくれるんなら願ったりかなったりだ。値切るなんてとんでもない。出来る限りは買ってやるよ」
エラドの頼みにジエラは愛想よくそう答えた。十貫肉が増えれば収入が銀貨二枚分増えるのだから当然だろう。
「そう言ってくれると心強いな。よろしく頼むよ」
その言葉を潮にエラドは子供たちを引き連れて店を出た。孤児院の子供たちが村に来たと言うことが伝わったのか本集落の子供たち十人前後が集まって物珍しそうに勇人たちを見ている。どの子も孤児院の子供たちより良い身なりをしており、仕事をしている様子もない。
(まあ、ワイには縁のない世界やな)
勇人だけでなく他の子供たちもチラッと村の子供を見ただけで興味なさげに目を逸らし、ひたすら前を向いてエラドの後を追った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
孤児院に帰り着くとまもなく昼食の時間になった。穀類は相変わらず少なかったが鯉料理、肉料理が加わり豊かな食卓になった。昼食後みんなが食休みをしているときに勇人が立ち上がった。
「みんな聞いて欲しいんだ。今日肉を売ってきた。二千百四文になった」
勇人は銀貨二枚、大銅貨十枚、銅貨四枚を食卓の上に並べ、それを銀貨一枚、大銅貨五枚、銅貨二枚の二組に分けた。
「タミール、デボラこっちに来てよ」
勇人の呼びかけに応じて二人が勇人の前まで来ると、勇人は二人の前に硬貨を一山ずつ二人の前に押し出した。
「昨日の猪肉を売った代金だよ。昨日みんなで決めたとおり、二人に等分に分けたから確認して受け取ってよ」
「みんな、ありがとう。有り難く受け取らせてもらうよ」
「ありがとう。みんなに感謝してるわ」
二人は孤児たちの方を見ると口々にお礼を述べて効果を自分の虚空庫に仕舞った。みんなニコニコしてそれを見ている。
「さあさあ、おまえら、午後の仕事が待ってるぞ」
エラドの声に追われて、子供たちはあわてて自分の仕事に散って行く。勇人も開墾地で根を取り除く作業をするために食堂を出た。




