035 三段撃ちは単発の王道や
その日の、鯉のお陰で少し豪華になった夕食の後、勇人はエラドの席に行った。エラドは席を立って食堂を出ようとしているところだった。
「待ってくれ、エラド。少し話があるんだ」
勇人はあわててエラドを止めた。エラドは振り返って勇人を見たが、その真剣な表情から大切な話だと感じたらしい。
「あそこのベンチの所で聞こうか」
孤児院の前の広場を顎で指すと食堂を出てベンチの方へと歩き始めた。勇人もそのあとに続く。光石をぶら下げただけの街灯が孤児院や教会の軒下、ベンチの横などいたるところに設置されており、十一月の午後七時とは言えあたりはかなり明るい。勇人はこれだけはこの世界の良いところだと思っていた。なんせ街灯に費用が掛からず、点灯時間は日没から夜中までと比較的短いものの費用も要らずメンテもほとんど不要で光り続けるのだ。振り返るとレヴィナ助祭は教会の中に入るところだった。
二人がベンチに座るとエラドから話を切り出した。
「それで、何の話だ。お前の顔つきからして重要な話みたいだが」
「まずこれを見て欲しい」
そう言って勇人は立ち上がると三メートル位の高さから直径二メートルほどもある大石を落とした。昨日の夕方孤児院へ帰る前に【亜空間庫】に収納しておいた物だ。大石は腹に響く低い音を轟かせて地面にめり込んだ。
エラドは絶句している。
「見てのとおり僕は【虚空庫】も使えるようになった。容量はこのくらいの岩が五個入るくらいはある」
「・・・そうか。【虚空庫】も使えるのか。それで俺に何をしろって言うんだ」
「お願いしたいことが二つあるんだ。一つ目は孤児院の子供たちが聖域で狩猟をするのを認めて欲しい。ここの獣は人を見ると向かってくるから目の前にこの岩を落として衝突させるか、頭に落としてそれを潰せば仕留めることができる。持ち帰りも僕の【虚空庫】に入れれば手ぶらで帰れる。週に一頭シカかイノシシを狩ればここでの食料としては十分だろう」
「落とすのが速すぎて迂回されたり、遅すぎて落ちたのは通った後となったらどうするんだ」
エラドはあまり乗り気でない様子だ。万一にも孤児から死人や重傷者が出た場合に自分の職が危うくなるのを心配しているのかも知れない。
「それで二つ目のお願いになるんだ。これを見て欲しい」
勇人は【亜空間庫】からクロスボウを取り出した。
「えらく立派な造りだが、石弓だな。強力な武器だが一発しか撃てないって言うのが欠点で、狩猟では誰も使わねえ」
「例えば五人が一丁ずつ持ってれば五連発だよ。何発か当たって獣の突進が弱まれば槍や僕の土魔法で仕留められるだろ」
「そりゃあそうだが・・・買う金はどうするんだ。一丁で銀貨五枚から金貨一枚くらいはするぞ」
(大分話に乗って来よったな。もう一押しや)
「買わないよ。作るんだ」
「誰がだよ」
「エラド、あんたがだ。戦場で見たことあるんだろう。石弓の使い方で一番良いのは戦場で何人も横一列に並んで一斉に発射するやり方だ。二段撃ちとか三段撃ちとかもしていたのかなぁ。見たことがあればその構造や材料なんかは分かっているはずだよね」
エラドは小さく舌打ちをした。
「お前には勝てねえな。何丁欲しいんだ」
「最低五丁、できれば十丁」
「時間はかかるぞ。どうせ俺は畑仕事なんて見てるしか出来ねえから片手間に作ってやるが、そうだな材料集めに一週間、最初の一丁に一週間、あと四丁に二週間、ざっと五丁で一月はかかるぞ。十丁揃えるとなると・・・そうだなあ、あと二週間。全部で一月半と言うところだな。それでボルトはどうするんだ」
「期日についてはそれでいいよ。一丁毎に出来たら渡してほしい。それに年長者を一人ずつでいいから練習に回して欲しい。ボルトは僕とアビーとチビどもで作るよ。チビどもを二人ずつ日替わりでこっちに回して欲しい。それとボルトはこれを元に作るつもりだからクロスボウはこれを撃つつもりで作って欲しい」
そう言って勇人が手持ちのボルトを一本エラドに渡すと彼は暫くそれを見たあとで言った。
「これを元に石弓を作るのは分かった。でもこのボルトは遊び用だな。これでは獣に刺さっても大きな効果は望めないぞ」
「分かってるよ、矢尻だね。鉄木で狩猟用のを作って取り換えるつもりだよ。それじゃあ聖域での狩猟の許可は頂いたってことで、石弓の制作はお願いします」
「ちょっと待ちな。聖域での狩猟は俺とお前が付いて行くなら認めよう。石弓の使い方についちゃ、一丁ずつ五人で撃つより良いやり方を教えてやる。【虚空庫】にボルトをつがえた石弓を三、四丁入れて置いて、【虚空庫】から直接手元に出して撃ったらそれを【虚空庫】に入れて次のを出す。これで【虚空庫】に入れている石弓の数だけ連射できるぞ」
「あっ、そういうやり方があるんだ。元の世界では【虚空庫】なんて無かったから全く気が付かなかったよ」
「まあ、練習は必要だし、戦場では【虚空庫】に入れて置かなきゃならねえ物が沢山あったからこんなことをやる奴は殆ど居なかったがな。ここじゃお前が居る間は石弓だけ入れてれば良いから使えるやり方だろう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、勇人は川原へ向かった。やけににやついた顔をしている。彼のエラドとの昨日の話は聖域での狩猟とそれを安全に行うための準備という内容だったが、これには勇人の裏の思惑が二つ潜んでいた。
一つ目はボルトの量産である。【亜空間庫】は入っている物のベクトルを保持できるので、事前にボルトを打ち込んで置いて必要に応じてそれを【亜空間庫】から撃ち出すことで実質的にクロスボウに連射機能を持たせられるものの手持ちのボルトは三十本に過ぎない。
ボルトは消耗品なのでこれでは心もとない。多少質は落ちても大量のボルトを作りこれを【亜空間庫】に打ち込んで置きたかった。そのためにエラドに安全策としてクロスボウの利用を提案して彼にそれを作らせ、その一方でボルトは自分の方で作って狩猟に必要な分以外は自分の【亜空間庫】に打ち込んで置くことにした。
二つ目はボルト制作の手伝い名目で年少者の派遣を承諾させたことである。借り受けた年少組にボルト作りを手伝わせるつもりはない。彼らにはクロスボウと投石紐の練習をさせるつもりだ。
特に投石紐については、これでアビーの虚栄心を満足させることができるし、だいたい前に飛ぶくらいに上達すれば小石を【亜空間庫】に投げさせることで結構威力のある小石の連射ができることになる。これでイノシシを倒すことは出来ないだろうがシカなら倒せるだろうしウサギや中型の鳥なら十分に狩猟可能だ。なによりも手足を狙うことで非殺傷の対人兵器として使うことができる。命中率があがれば子供たちの武器にもなるだろう。
翌日、河原に着くとアビーは既にそこに居て投石紐の練習をしていた。
「アビー、頑張ってるね」
暫く見ているとあることに気付いた。命中率が明らかに上がっている。的になっている木を外すのは三回から五回に一回。この分だと明日には必中になっているのではないか。
(ワイも頑張らんとな。まずはボルトの材料集めや)
「あびー、ちょっと手伝ってくれないかな」
勇人はアビーに声を掛けた。
「なんだ。今、良いところなんだぞ」
「うん。上手くなったね。名人もすぐそこだ。それでちょっと実戦で練習はどうかなって思ってね。この先の池に水鳥が沢山いるだろ。それを投擲紐で狩るのはどうかなって思うんだ」
「だめだな。一発投げるだけで当たっても外れても鳥が全部逃げてしまうぞ」
アビーは眉を顰める。
「そうか。それは残念だね。実は羽根が欲しいんだ。どんな取りかたでも良いからなるべく羽根を傷つけないように獲ってきてくれないかな。鳥肉はみんなに喜ばれるよ」
この言葉はアビーの虚栄心をくすぐったみたいだ。鼻の穴が開いている。
「よし。いっぱい狩ってくるぞ」
「頼んだよ。僕は上の竹藪で篠竹を採ってくるからね」
その言葉も聞かずアビーは飛び出して行った。投石紐はちゃっかり持って行ったようだ。
勇人は少し山道を戻って道脇の竹林へと入った。
(これには本当に助けられるわ。真竹、孟宗竹、篠竹それくらいしか分らんけどいろいろ竹が生えとって用途によって取り放題て、神やな)
勇人は手元にボルトを出してその太さに合う篠竹を選んで二十本ほど【亜空間庫】に入れた。河原に戻ったが、まだアビーは戻ってきていない。
(あいつのことやし二十羽くらい狩るつもりなんやろ。今日はそこまでは要らんのやけど孤児院の食料的には有りやな。まあこっちはこっちで作り始めよか)
勇人は河原で竹の節のところの出っ張りを取り除いてボルトの長さに合わせて切る作業り始めた。
一本の竹から四、五本、合計で二十二、三本も軸を切り出したところで一旦その作業を止めて今度は軸の矢羽根を付ける方に三か所矢羽根を差し込む切込みを入れて行った。
その作業が終わった頃にアビーが戻ってきた。投石紐を左手に巻き付けて両手で五羽のカモをぶら下げている。勇人の隣に座り込むとふーっと大きくため息をついた。
「投石でカモを仕留めるのは大変だったぞ。彼奴ら石を投げると一斉に飛び立つんだから一度に仕留められるのは一羽っきりだ。仕留められても当て損ねても違う池に行くしかないんだからなあ」
(うわぁ、ほんとに投石だけでカモを仕留めたんや。昨日投擲を始めた奴とは思えんわ)
「アビーは凄いな。昨日投石を始めてもう五羽も仕留められるくらい上達したんだ」
「そんなことあるわけないだろ。二羽目からは火魔法でやったぞ」
「それで良いんだ。取り合えず羽根が欲しいだけなんだから、投石は練習になればって思っただけだから。それにしても今日か明日はカモ肉が食えるな」
「おうよ。オレのお陰だからな。感謝して食えよ」
アビーは自慢げに少し上を向いて胸を張った。鼻の穴が開いている。
「ところでアビーは鉄木の生えているところを知ってるかい」
「知ってるぞ。オレだけじゃなくって孤児院の奴は誰でもな。知らないのは忘れちまったユージンと知る気のない助祭様だけだ」
「ここから遠いのか」
「十分もかかんないぞ」
「鉄木は切ってからどれくらいで固くなるのかな」
「木が乾くとナイフが通らなくなるんだ。季節によるけど一か月から数か月ってところかな。火魔法を使うとすぐに固くできるぞ」
「固くなったのを柔らかくするのは出来るのかい」
「半年くらい水に漬けておいたら柔らかくなるって聞いた。採ってすぐに水に漬けておくといつまででも柔らかいままだぞ」
「なかなか便利だなあ。今から採りに行こうか」
勇人の言葉に頷いてアビーは立ち上がり山道の方に歩き始めた。勇人も慌ててその後を追う。雑木の茂る中を歩くので大変だったが十分もしないうちに鉄木の群生地に着いた。余裕を見て矢柄の二、三倍の太さのある枝を選んで三本ばかり【次元刀】で切った。
「それ便利だな。鉈要らずか」
「魔法は他人にはやれないからなあ」
アビーが物欲しそうに見ているがこればかりはどうしようもない。【次元刀】は自分の左手から右手に移すことさえ出来ないのだから。勇人は要らない小枝を落として【亜空間庫】に収納すると元の河原へ戻った。
河原へ戻ると鉄木を十センチばかりの長さに切った。矢尻と矢筈にするつもりだ。矢尻は五センチくらいを底辺がひし形になる四角錐に削り、残りの五センチは矢柄にする竹の穴に合う太さに削る。それを矢柄に差し込むと留め金を打つ穴を開ける。
矢筈にする方は十センチを矢筈に加工し、残りの部分は矢柄に差し込むように竹の穴に合う太さに削る。矢羽根はカモの風切り羽を三本取り、それを半分にする。その同じ側だけを五センチくらいに切りそろえて矢筈側の切り込みに差し込む。長さや構造はできるだけ元の世界のボルトに合わせた。
「アビー、これを乾かしてくれよ」
勇人はアビーに先に作っていた矢柄と今作ったばかりの矢尻と矢筈を渡した。アビーは何も言わずにそれを受け取ると地面に置いて手のひらを向けた。手のひらと矢柄と矢尻と矢筈とが一瞬薄っすらと光り、それを手にするとアビーは勇人に突き出した。
「できた」
勇人が受け取って触ってみると固くなっている。矢尻の先端を手に当てるとチクチクと痛い。上出来だな、勇人はそう思った。矢柄に矢尻と矢筈を取り付け、矢尻は留め金に用に削った篠竹で、矢筈は麻縄をほぐして細くしたもので矢柄の根元を縛って固定した。これで手製ボルトの出来上がりだ。尖った矢尻がなかなか凶悪な面構えをしている。
午後一杯を使って二十本ばかりボルトを作った。それで今日の仕事は終わりだ。




