034 人間五十年~呪いの内に永らえば~♪
翌日は川に向かった。大量の水を亜空間庫に出し入れしたかったからだ。川に着くと勇人は河原に座り込んで、亜空間庫からいろいろ取り出した。実は昨日の夜と今朝、収納魔法の使い道を確かめるための道具を準備していた。クロスボウと手製の投石紐だ。
クロスボウは強力な武器で距離や当たる角度などの条件にもよるが中世の甲冑を射抜く威力があった。ただ次発装填時間が長いことが最大の欠点で勇人の記憶ではイギリスとフランスの間の百年戦争で、確かスロイスの海戦とそれに続くクレシーの戦いで長弓に敗北したが、敗因は装填速度の違いだと言われていたはずだ。
投石紐も簡単に自作でき、弾もその辺に転がっている小石で良いので無尽蔵にあると言ってよく、古来から使われた遠距離攻撃武器であるが、的に中てるのに相当の熟練が必要なのが欠点だ。投げ釣りをしたことがある人ならその困難さはよく分かるだろう。
収納魔法はその二つの武器の欠点を解消してくれるはずだ。クロスボウについては時間をかけても亜空間庫に打ち込んでさえおけば使うときには連射ができる。投石紐も事前に亜空間庫に打ち込んでさえおけば方向は打ち出すときに自由に調整できるから前に飛ばせさえすればそれ以上の熟練は必要ない。
結論から言うとクロスボウは狙い通りにうまく行ったが投石紐は失敗だった。左手に出来た直径八十センチの的では、勇人一人では小石がそこに入る角度で投石紐を振り回すことが出来なかった。
(やっぱり一人では無理か)
「アビー、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
勇人は少し離れた所にべたりと座り込んで彼のすることを興味深げに見ていたアビーに声を掛けた。
「なんだなんだ、オレの力が要るのか」
アビーは嬉しそうな顔をして這い寄ってきた。
「こいつは投石紐って言う石を投げる紐なんだけど、これで【虚空庫】の中に小石を投げ込んで欲しいんだ」
アビーは訝しげな顔をした。
「お前の【虚空庫】は物を投げ入れられるのか。オレのは要れるものに触らないと入らないぞ」
「そうなのか。僕のは投げ入れられるんだけど、みんなには黙っといてくれよ」
「分かった。でも投げ入れろって言われてもどこにあるか分からないぞ」
(そうやった。【亜空間庫】の入り口が暗く見えるのはワイだけなんやったわ)
「僕の左手の先から直径で二尺ほどの円があると思ってそこに投げ入れてくれ」
「分かった。でもそんな紐使わなくても手で投げた方が早いぞ。オレは力も強いからな」
(アビーの力が強いとは思えんし、強い言うても九歳の女の子やから知れてるわ)
「投石紐を使って投げると手だけで投げるよりも何倍も強く投げられるんだ」
そう言うと勇人は投石紐の使い方を説明した。アビーはそういうものかという顔をして教えられたとおりに投石機の端にある輪に右手の指を通し、小石を挟んでからもう一方の端を掌で握って振り回し始めた。何回か振り回した後で掌の紐を放し小石を飛ばす。小石は的をかすりもせずに地面に叩きつけられた。
(まあ、こうなるわな。初めて投げ釣りをするときと同じや。目標に中てよ思うて石が目標に向いたときに紐を放すから遠心力と回転力の合力で飛んで目標より下に外すんや。飛ぶ方向の調整が投石紐の一番難しいとこや)
アビーは二、三回同じようにして投げたが当然結果は同じだったので癇癪を起す。
「何で、的に中らないんだよ」
「アビー、石が真上に来た時に紐を放してみろよ」
埒があかないのと、このままではアビーがへそを曲げてしまいそうなので勇人はあわててアドバイスをした。アビーはそれに従って小石が真上に来た時に紐の端を放したが、今度は的の上に外れた。
「何だよ。うまく行かねえじゃないか」
「投石紐はどこで放すかが一番難しいんだよ。言葉じゃ一番良い放し場所を伝えられないから、初めに放していた場所と今放した場所の間で放す位置を色々変えて的に中る放し場所を決めてくれ」
「むぅ・・・仕方ないからやってやる。一つ貸しだぞ」
「分かった、分かった。借りにしておくよ」
普段はのそのそしていることの方が多いが運動能力は高いらしく、アビーは数回投げるとほぼ的に入る所へ投げられるようになった。そうすると今度は別の問題が出てきた。上下に大きく外していた時には問題にならなかったのだがそれが少なくなると左右に外れるのが大問題になってきたのである。
亜空間庫の入り口は左手から出ている。投石がアビーから見て右に外れた時はどうと言うことはないが、左に外れると勇人の方に飛んでくる。数メートルの距離では単純に手で投げた小石に中ってもケガをする。投石紐で投げられた小石なら当たり所によっては命に係わる。
(こんな物、当たったらシャレにならんわ)
「アビー、一旦中止しよう。当たったら死んでしまう」
「ああせよ、こうせよって注文ばかりつけたくせに、せっかく面白くなってきたら今度は中止か。これくらい避けろ」
(無茶言うな。至近距離からの投石や。避けられるはずないやろ)
「まあそう言わずにあっちの木に向かって練習してくれ。三十間位な距離で百発百中になれば名人だな。いずれ年少組にも教えるつもりだからそのときは師匠だよ」
数メートルしか離れていない距離で投石紐からの小石を避けるのはどう考えても不可能だった。アビーを宥めるための苦し紛れで言った言葉のつもりだった。
(六十メートル近い距離から的に中てるなんて出来るわけないわな。これでアビーの気い反らしてその間に少しでも亜空間庫の入り口を広げよ)
「そうか。名人になれるのか。師匠って言われるのか。アビー名人、アビー師匠。オレに相応しい呼び名だ」
腕組みをして唸っている。名人・師匠という称号に嵌ってしまい、珍しくやる気を満々と漲らせて投石の練習を始めた。
勇人はその間に川岸に降りて昨日のように亜空間庫に水を入れたり捨てたりを繰り返した。その効果は驚くべきものだった。夕方孤児院に帰るころには亜空間庫の入り口は直径三メートル程に広がっていた。
(ほんまに安物のパンツのゴムやな。切れるんやないやろなあ)
そしてもっと驚くことには、アビーは二、三回に一回は的に中てることができるようになっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日も河原に行った。アビーは河原に着くや否や投石紐の練習を始めた。よほどはまったらしい。
まずは亜空間庫の入り口を広げることだ。水際まで行って水の出し入れをした。驚いたことに一回出し入れをするだけで直径が五十センチほど大きくなってゆく。面白くなって夢中で一時間ほど回数にして二十五、六回くらい水の出し入れをしたが、ふと気が付くともう入り口は大きくならなくなっていた。そのときには川の中に入り切らなくなっていたので途中からはどんどん入り口を楕円形にしていたのだが、円形に戻して最大限に広げると直径約十メートルになっていた。
(あぶな~。こないに早う伸びてまうとは思わんかったわ。もうちょっとで切れてたんちゃうか。ほんまに安物のパンツのゴムやなぁ。・・・あ、こっち来てから安物も何もパンツは履いたことなかったわ)
孤児院では男の子も女の子も越中褌だった。助祭は・・・知らん。
直径が約十メートルと言うことは円周は約三十メートルである。これを事実上二つ折りになるように細く引き延ばすと約十五メートルになる。その先端からボルト飛ばすとすると目標が十五メートル以内ならゼロ距離射撃になるから必中、それ以上でも十五メートルのアドバンテージが得られる。練習は必要だが飛距離も威力も命中率も大幅にアップするはずである。
勇人は河原を見渡した。川上は崖になっており、河原と平行に孤児院の方へと登る雑木林の斜面が続いている。それを見て勇人は雑木林を切り開き、むき出しになった斜面から土を切り出して川上の崖の方に積み始めた。射撃練習場を作るつもりだ。その近くで投石紐の練習をしていたアビーが早速寄ってきた。
「何やってんだ。オレの練習ができないぞ」
確かにアビーが的にしていた木に積み上げた土が掛かっていた。
「ごめん、ごめん。ちょっとだけ練習を待ってくれよ。そのかわり良い練習場を作るから」
「仕方ない。待ってやるから早くしろ」
アビーは勇人の傍らで腕組みをしてその作業を見出した。現場監督にでもなったつもりなんだろう。
最初は【次元刀】で少しずつ切り出して積んでいたのだが、ふと思いついて【亜空間庫】で切り取れないかやってみた。うまくゆけば【亜空間庫】で土を大きく切り取り切り取ると同時にそれに収納できるので時間の短縮になると思ったのだが、そう何でも上手くゆくなんてことはなかった。【次元刀】のときと【亜空間庫】のときでは縁の性質が変わるのか、【亜空間庫】にした途端に切断能力がなくなってしまった。
結局【次元刀】でブロック状に切った土を【亜空間庫】に収納し、崖の前で取り出して厚み五十センチ前後にブロック状の土積み、先に【亜空間庫】に保管していた雑木から板を作って並べ、その前に更に二十センチくらいの厚みで土を積むという面倒なことをして土壁を作った。その上に適当に丸を描くと的の出来上がりだ。
射撃練習場ができたので後は練習あるのみだ。最初はクロスボウで五メートルくらいの距離から始め、それを徐々に十五メートルまで伸ばしていった。そこから先は直接的を狙ったり、二つ折りにした亜空間庫の先端から打ち出したりしながら、六十メートルまで距離を伸ばした。二つ折りにした亜空間庫から打ち出す場合には目とボルトと的とが一直線上にあるときには少し練習すると文句なしに的に当たるようになった。しかし目とボルトとを結ぶ線から斜めに打ち出すと途端に命中率が下がった。
(これは練習が必要やな。横からとか後ろから狙って当てられるようになったら戦力としては一段アップやし、練習あるのみやな)
次に投擲紐を持ち出してやはり五メートルから練習を始めた。が暫くすると止めてしまった。
(分かってた。ワイ、親父に投げ釣りに連れて行かれても五メートルくらい先に叩き付けるかふけるかばっかりやったし、五十年前からずっとそっちの才能なかったわ。人生五十年の呪いみたいなもんや)
こっちはアビーに任せよう、そう思う勇人だった。




